背中の治療という名目で三人で混浴しつつ、いたずらを仕返したりして過ごし、死霊術と回復魔術を研究して帰ってきたら、いつの間にか学校で下着泥棒事件の容疑者にされている

 三人で混浴すると効率がいいらしい。

 そんな訳の分からない誘いをクーガーが断らないのは、ひとえにクーガーも楽しみだからである。


(美人と風呂に入ることを断る人間なんているはずもない。役得だと思って楽しむことにしようじゃないか)


 地下ダンジョン内にある温泉に漬かりながら、クーガーは回復魔術で背中を少しずつ癒していた。


「んふふ、三人で回復魔術を使うと効率がいいですからねェ。それに回復魔術の練習にもなりますしねェ」


「人の背中で練習をするのかよ……」


「なりませんか、クーガー?」


「……ならないわけではないですね、王女殿下。むしろ喜んでこの身をお貸ししますよ」


「ならばよかったです。私たちも少々、貴方のこの背中の傷には心を痛めてましたので、何とか治せないかと思っていたところなのです」


「んふふ、そうです。こう見えて、この策士オットー・クレンペラーもクーガー殿のことが心配だったのです。――あと背中触れますし」


「おい」


 んふふ、んふふ、と気色の悪い笑い声が聞こえて、クーガーは急に興が削がれた。この策士オタは、こんな時でもぶれない奴であった。触り方がちょくちょくいやらしいので、触られるクーガーもげんなりしている。

 触られながらも、後で何か仕返ししてやろう、とクーガーは決意していた。


「痛くありませんでしたか、クーガー? ようやく若い肌が張り始めたようですが、最初はずるっと生傷っぽく爛れていた気がします。さぞや辛かったでしょう」


「大丈夫ですよ、王女殿下。あの時も回復魔術のおかげで、見た目ほどひどくはありませんでしたよ。まあ、寝るときはうつ伏せになる必要がありましたけどね」


(こんな時でも心配してくれるビルキリス王女殿下は優しい人だよなあ。ゲームのときの不機嫌な姿とは似ても似つかないな)


 一方の王女ビルキリスは、クーガーのことを本心から心配しているようだった。優しすぎて泣けるぐらいである。策士オットーとて優しいには優しいのだが、比較すればビルキリスは女神並に優しい。

 ゲームではつんと冷たい性格だったのに、人は変わるのだな――とクーガーはそんなことをしみじみと思うのであった。


(それにしても、回復魔術の練習か……。まあ、ゲーム内での呪文やエフェクトは俺がしっかり覚えているし、ビルキリスやオットーの勉強してきた回復魔術の知識も微妙に違う種類のものみたいだから、それぞれをシェアして、いろいろ試せば、ここにいる三人とも回復魔術のいい練習になるだろう……)


「それにしても、クーガーの知っている回復魔術は随分と手軽ですね。発動が簡単です」


 魔術を発動させながらビルキリスはそう言った。


「身体全体を活性化させて毒や麻痺などから回復するもの、傷ついた患部を癒すもの、味方全体を癒すものなど、結構種類があるのですね。私が知っているものよりも種類が多いです」


「んふふ、そうですねェ、知らないことばかりでしたねェ。この策士オットー・クレンペラーが知っている回復魔術といえば、薬草を患部に塗って使う医療魔術ですゆえ、少々新鮮です」


(あー、なるほど。呪文だけで回復魔術が発動するのはむしろ珍しいほうだったか。そりゃそうだよな。普通は、回復行為は医療行為なんだから)


「それと、回復魔術を使っていると結構魔力を消費しますね。後でパウリナと一緒に魔術式の改善を検討するのも面白そうです」


「そうですねェ……。では、この策士オットー・クレンペラーも、大量にあるハーブで回復薬が作れないか検討してみましょう」


(この迷宮第二階層にいると、時間が余っているから、こうやって好きなことを研究できるんだよな。俺も回復魔術の研究でもしてみるとするかな)


「……クーガー? もしかして眠っていますか?」


「んふふ、かもしれませんねェ。この薬草、実は副作用に眠気と、軽度の興奮がありまして」


(……確かに眠くなってきたかも。温かい湯のせいか、ちょっとまぶたが重たく……)


 とろん、と瞼が少し落ちてきたところで、クーガーはふと言葉に強烈な違和感を覚えた。

 "軽度の興奮"――?


 とたん、それがすぐに理解できてしまったクーガーは、先ほどからこんなこと・・・・・になっている理由に一瞬でたどり着いた。

 雷に打たれたような衝撃が走った。

 だばっ、と湯ごと身体を持ち上げたクーガーは、咄嗟にオットーのほうに向き直った。


「! 待て! お前これまさか、あの媚薬サテュリオンじゃ……!」


「んふふ、大丈夫ですよ。媚薬サテュリオンでは・・ないです。れっきとした別の薬草です。……それよりもですねェ……」


「!! く、クーガー、そ、その、あの、それは……な、なりません……!」


「! あ、いえ、これは、その、違います!」


 王女が酷く赤面したことを悟り、クーガーもまたあわてて前を隠した。人に見せるような代物ではない。特に今は、人に見せるような状態・・ではなかった。

 クーガーは、興奮作用のある薬草なんて滅んでしまえと内心で呪った。

 ついでに言えば、先程から何だかんだ言いつつガン見している王女様もちょっとは遠慮してくれと願った。


「んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ、んふふ――」


 ――策、なれり。

 そんなことをにまにまと笑いながら口にするオットーに対し、クーガーは絶対きついお仕置きをくれてやろうと決意したのだった。






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「このゲームの謎アイテムの一つに『おぞましくくすぐったい猫じゃらし』というものがある。特殊なレシピ通りの配合で錬金術をすると、この謎の猫じゃらしを作り上げることができるが、これを使うといい拷問になる」


「これに『敏感薬』というアイテムを組み合わせる。本来は風の流れを肌で感じたり、敵とのエンカウントを予知できるようになる薬だが、こいつが凶悪なシナジーを発揮する」


「ゲーム【fantasy tale】が神ゲーと言われている理由の一つに、この『おぞましくくすぐったい猫じゃらし』『敏感薬』を街中のモブNPCに試すことができるという点がある」


「本当は、村人に化けた盗賊や、人に化けた人狼、イカサマを働いているディーラーなどを炙り出すためのアイテムだが――その効果のほどを試してみるのも悪くないだろう」


「悪く思うなよ、オットー。言うなれば、そうだ、巡り合わせが悪かっただけだ」






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 ――断末魔のような笑いが迷宮第二階層に響いた。

 魂がねじきれるような苦悶の叫びだったという。


 のたうち回って、悶絶して、「はー……はー……」と息を荒らげる芋虫がそこにいた。オットーである。涙と共に鼻水も出ているが、クーガーはみじんも罪悪感が湧かなかった。

 これが代々、王宮私有地を拝領する名門貴族、クレンペラー家の令嬢オーディリアの末路なのだが――クーガーにとっては知ったことではなかった。


「ほれ、鼻水は拭いてやるから。手足が縛られてたら拭けないだろ。ちょっとじっとしてろ」


「はー……し、死にます……死んでしまいます……はー……」


「ほれ」


「! いひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! いひゃひゃひゃひゃひゃっ! いひゃっ、や、やめっ、いひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


「おいおい、じっとしてろと言っただろ?」


 正直、クーガーは楽しんでいた。

 この『おぞましくくすぐったい猫じゃらし』の効果は、相手を衰弱状態にするというものである。

 その威力たるや、一部のボス敵ケット・シーなどを一発でダウンさせるほどの凶悪さであり、生身の人間にとっては拷問に等しいものであった。


「おっ……お……ぉぉ……」


 呼吸が変になってきて、そろそろぐったりしはじめたのを見て、クーガーはようやく手を止めた。流石にそろそろオットーも反省しただろうと考えたのである。

 ついでに言えば、背中からの二名(パウリナとビルキリス)の視線が痛かった。


「縄で束縛した女の子に、猫じゃらしを使うこと。……クーガー、あなたはそういったことを嗜んでいらっしゃるのですね。深く、深く勉強になりました。王族として、人の営みの一面に触れられたような気がします」


「わー……。おちんちん硬くしながらそんなことするの、ボクどうかと思うけどなー……」


「これ薬草のせいだからな?」


「その、具体的には、どのようなことをなさるのですか、縄と、猫じゃらしと、おちん」


「なりません。なりませんよ王女殿下」


 ――そのときのクーガーの電光石火たるや、自分で自分を褒め称えたいほどであったという。おおよそ一国の姫に言わせてはいけない言葉というものがある。クーガーはそれを辛うじて守ったのであった。






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 迷宮第二階層の屋敷での療養を終えて、学校に帰ってきたクーガーたちは、生傷なんてどこへやら、というばかりに元気になっていた。

 療養の間、死霊術の研究、回復魔術の研究を大幅に進めたこともあって、三人は上機嫌であったという。


(特にパウリナが古代魔術や妖精魔術などに詳しいこともあって、俺たちはかなり知識が深まった。ルーン文字、ヘブル文字、サンスクリット文字の正しい理解なんかは、どの魔術を使うにしてもかなり役立つはずだ)


 パウリナが古代魔術や妖精魔術を。

 オットーが調薬と医療魔術を。

 ビルキリスが王家魔術の一部を。

 そしてクーガーが、攻略wikiの情報を。


 これらの技術をあわせた結果、死霊術と回復魔術との相性は意外と悪くないことが判明し、また新たな死霊術が生まれそうなところで――クーガーたちはいったん学校に戻ることになったのだった。

 惜しい気がしたが仕方がない。

 まずは、魔術学院アカデミアを無事卒業するのが、貴族としてのステータスなのである。研究に夢中になって、学業に支障がでるようでは本末転倒もいいところである。


 なので、後はパウリナを信じて任せるほかはなかった。


(蘇生術――その一歩手前の回復魔術ができるはず。魂が朦朧とするような致命傷を受けても、死霊術での魂の固定と、回復魔術での肉体の回復をあわせることで、擬似的な蘇生術が可能になるはずだ)


 もちろん魂が霧散した後は、その回復魔術に意味はないのだが――それでも助けられないはずの人間を助けられる可能性が広がったのは事実である。実用レベルに進むまでには、もっと研究を続ける必要はありそうであったが、この技術も多いに夢のある話である。

 このことは、クーガーの内政計画が大きく変わりそうな発見であった。






 それはさておき、学校である。


 奇妙なことだが、クーガーが女子寮に帰るとざわざわと周囲がうるさい気がした。

 確かに、筋肉男が平然と女子寮に入っていく構図は、不自然極まりないといえば不自然極まりないのだが、それ以上に周囲が色めき立っているような気がしなくもない。


(何だ? まさか『野外実習』でユースタスケル一行を倒したことで話題になっているのか? それとも料理を皆に振る舞ったりしたことで見直してくれたとか?)


 いろいろと考えてみるも一向に答えは出ない。

 第一、周囲の反応は、好意的なものかというと微妙なのだ。これはむしろ危険なことが起きているのでは、とクーガーは気を引き締めなおした。


 ――果たして、その予感は正しかった。


『ランジェリー同盟参上、貴殿らの下着を頂戴いたした』という文字が大々的に女子寮の壁に書かれてあった。最悪なことに、クーガーらが迷宮第二階層に潜っていて、アリバイも目撃証言も何一つないタイミングでの事件であった。


 要するにクーガーは、さっそく容疑者となっていた。

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