第二章 雑に始まる学園編、でも学園生活なんかより迷宮に潜ることを優先する
魔術学院に入学したら早速王女と再会し、石鹸利権について話し合うなどしながらも、さっそく入学段階で周囲の貴族から浮いて下っ端扱いになる
私有地が下手な貴族よりも広大で、なおかつ敷地内に
在学生は、巨万の富と珍しい素材を求めて、
強力な魔物を狩って、一発大儲けしたい。
珍しい素材を集めて、伝説の魔法薬を調合したい。
世にも珍味な魔物食を、迷宮街(迷宮内部にある街のこと)で食べてみたい。
迷宮から時々算出する、希少な魔道具が欲しい。
迷宮街に住む可愛い魔物っ子と、いちゃいちゃ遊びたい。
思い切り巨大な魔法を放ってもびくともしない空間が欲しい。
とりあえず適当にぼーっとしたい。
定期考査前だから、勉強する時間が欲しい。
――などなど。
人の欲望は限りがないもので、世界迷宮はそういった欲望を叶えるのにひどく都合がよかった。
そして、クーガー・ザッケハルトが入学するのは、そんな世界迷宮を学校敷地内に保有することを許されている、世界でも類を見ない特殊極まりない学院――魔術学院アカデミアなのである。
「マネーライフ:悪役貴族の人生やりなおし計画」 第二章
魔術学院アカデミアの入学式はそつなく終了した。クーガーはひたすら退屈であった。
それはそれとして、入学して早速、第九王女ビルキリスに声をかけられたので、クーガーはビルキリス派ということにされてしまった。
貴族派、王族派、庶民派などのいくつかある派閥の中で、田舎出身のバカ四男坊のクーガーの立ち位置は、もう決まったも同然であった。
(仮にも伯爵の嫡子が、王族派の下っ端グループの下っ端扱いって、何じゃそりゃ)
クーガーは早速、面倒なことになったなと頭を抱える羽目になった。
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クーガーは、件のビルキリス王女と人目にあまりつかないところで落ち合うことになっていた。
入学式のことである。学長講演、教科書販売の案内、校歌斉唱など面倒なイベントを無難にこなしたクーガーは、そこでビルキリス王女に声をかけられたのだ。「後でどこかで落ち合いませんか」と。
クーガーとしても、彼女はいわゆる文通相手であり、仲良くしている数少ない貴族である。どこかで落ち合おうと言われて断る道理はない。
なので「別に構いませんよ」と承諾すると、どうやらそのやり取りを遠巻きに見ていた人間が勘違いしたらしく、「クーガー・ザッケハルトはビルキリス派らしい」という噂が流れてしまった――という次第なのであった。
別に彼には、ビルキリス派とかそういうつもりはない。むしろ派閥争いは面倒なので、勝ち馬に乗りたいぐらいの気分である。
(派閥に入ってくれとかいう話だったらきっぱり断ろう)と考えながらも、クーガーはビルキリスのことを待っていた。やがて、ビルキリス王女がクーガーの下へと駆け寄ってくるのが見えた。
「お久しぶりですね、クーガー。以前お会いしたときはお優しそうな雰囲気でしたが、今は随分と立派な姿になっておいでで、些か驚きました」
「お久しぶりです、王女殿下。質実剛健のザッケハルトの系譜に連なるものとして、そして臣下として自己研鑽に励みました。殿下も
「結構。この学院では身分の上下は問題になりません。同じ学徒として、ビルキリスとお呼びください」
「失礼ながら王族の方の名を軽々しく口にしては、先祖に顔向けができません。せめてビルキリス殿下、と敬称を口にすることをお許しください」
「……やはり堅いですね。文通をする仲です。呼び捨てでも構いません」
「恐れ多くも私は、田舎貴族のしかも四男坊です。身分に過分なことは、私自身が今後敵を作ることになります。どうか勝手をお許しください」
「……許可します。よきに計らうよう」
どちらもその継承権からの遠さ故か、血筋以外に寄る辺がない。
だが、王族であるかそうでないかの差は歴然と二人を分けていた。
「……そういえば、この前献上された石鹸についてですが、非常に興味深いものがありました。王家へ石鹸と金貨を定期的に献上することを条件に、王家公認の免状を出してもいいとのことです」
「……ビルキリス殿下には厚く感謝しております。いつも誠にお世話になっております」
「構いません。贅沢品をいちいちお金をかけて買い漁るよりも、ただで献上してもらえたほうが嬉しいというものです。それに品質は、圧倒的に他の領地の特産品よりも優れています。王家公認の名の下に国外に輸出して、外貨を稼いだほうがこの国のためにもなるとの判断です」
会話は短くなされた。
これが、クーガーがビルキリスとの縁を大事にしている最大の理由である。
王家公認――この名誉は、特産品を産出する領土にとって命より大事なものである。
王家に公認された商品は、この国に広く行き渡るばかりでなく、貿易として国外にまで広がるのだから、経済影響は計り知れない。
(王家公認にまで漕ぎつくのに二年。上等な結果だろう。――石鹸の技術が外に漏れることはないだろうし、漏れたところであまり痛くも痒くもない。皆が
クーガーの計算は冷徹である。
それこそ、わざわざオリーブ、ナタネ等の植物性油を輸入して、手間のかかる鹸化作業をして、ようやく同じ石鹸が手に入っても、王家公認のお墨付きをもらえなかったら意味がない――という段階なのだ。
これによってクーガーは、石鹸作りの圧倒的な利権を手にすることができたのだった。
もちろん、クーガーとて石鹸に甘えるつもりは一切ない。今後は領地内で自給自足できればそれで十分、とさえ考えているほどである。最悪の場合、技術ごと王家に献上してもいいのだ。石鹸の重要性に気付いた王家が、国の名の下に製造法を制定するようになったときは――技術の献上と引き換えに何らかの利権を握る算段なのである。
だからこそビルキリス王女という王家への
「……ところで、今からお茶でもいかがでしょうか? まだいくつか面白い話でも出来ればと考えておりまして」
「はい。勉強しながらでよろしければ」
問いかけるビルキリスに、微笑で答えるクーガー。二人の目には、何か野心のようなものが渦巻いて見え隠れしている。
クーガーとビルキリスとの関係は、とどのつまり共犯者、という表現の方が近かった。
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ソーシャルゲーム【fantasy tale】の学園編では、四人の敵役が存在する。
露骨な噛ませ犬、クーガー・ザッケハルト。
いわゆる当て馬、ビルキリス・リーグランドン。
自称・天才策士、オットー・クレンペラー。
そして――謎多き聖職者の子、エイブラム・ツェデク。
ちなみに前者三人は大したことがない。ゲーム内では、それぞれ貴族派の弱小一派、王族派の弱小一派、貴族派の弱小一派のリーダーであった。貴族派も王族派も一枚岩ではなく、複数のグループへと分割されるわけだが、その中でも弱小だとか強大とかがあるのは世の常である。
(まあ、ゲーム内の史実ではそうなんだけど、残念ながら現実はちょっと違うらしい)
しかし現実は、ちょっと違うようであった。
まずクーガーは、複数ある"貴族派"の中の弱小一派を率いる立場――ではなかった。ゲームではボンクラモブどもを従えるガキ大将みたいなポジションだったのが、今やそんな配下など居ない。むしろぼっち。悪化していた。
それどころかクーガーは、ともすればビルキリス派(王族派の中の弱小一派)にゴマをすっているという物の見かたをされている始末である。「孤立が嫌だからって、王家と大した付き合いもなければ縁もないのに王族派を選んだバカ」「第九王女という継承権が低いビルキリスなら与しやすい、となめてかかっている不届き者」「入学前に派閥に所属することができずに今更あせっている無能」――ひどい言われようである。
よく考えると、その点ゲームでのクーガーは、ボンクラモブどもたちとはいえ従えることが出来ていたのだから、今のクーガーよりある意味優秀だとも言える。
「……もしかして盛大にミスっている?」
もしかしなくても盛大なミスなのだが――入学早々からクーガーは、大失敗をしでかしたのだった。
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学院の授業は新鮮である。
例えば
他にも
(こっちもこっちで、前世の知識であれこれ色々と無双出来そうなんだよなー。例えば染料の合成とかさー。魔法と科学とを組み合わせたらかなり新しいことができそうなんだよね)
クーガーは想像した。
実際、科学と魔法は不可分であるぐらい絡み合っている。
例えば錬金術はその代表である。クーガーの想像通り、染物屋と錬金術師が力を合わせて染料を作ったりすることも歴史上あった。
しかし基本的に錬金術は門外不出の秘術であることが多く、その上、オカルト的な技術は素人には再現不可能であることが多いので、残念ながら例は多くはない。
そもそも優秀な錬金術師は、国のお抱えとなり軍に従事していることが多いので、そんな錬金術を染料へと応用するというクーガーの発想自体が中々珍しかったりするのだ。
(……抗生物質を作ることも、錬金術とかで実現できたら面白そうだな。例えばペニシリンなんて、青カビから抽出しようと思ったらかなり運試しだし、間違って猛毒を生成するカビを繁殖させてしまったら一大事だ。だからこそ錬金術で確実にペニシリンが作り出せたら――面白いことになるだろう)
クーガーの想像はさらに広がる。
彼の見据えるものは、発展した未来。魔術を神秘として見るのではなく、便利な技術として見る人間だからこそ想像できる、夢の世界である。
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