野外演習に備え、恋愛フクロウを利用しつつ、魔物解体の技術を身につけるため迷宮にもぐる

 ――あいつ、平然と女子風呂を堪能していたらしい。

 そんな、絶妙に嘘とも本当とも言えない噂を流されたクーガーは、相変わらず皆から浮いているままであった。


(うーん、やっぱそうだよな。入学する前は一切社交界から離れてて、入学直後からいきなり一週間休みをとって、今度は女子寮に無理矢理入り込むやつって、相当やばそうなやつに見えるよな。その上女子風呂を堪能してたとかいう噂が流れたら、非常識なやつどころではない。もはや変質者だ)


 女からは生ごみを見るような目でみられ、男からは恥ずべきものを見るような目でみられ、クーガーはかなりげんなりしていた。


 置かれている状況だけでいうとクーガーは、表面的には転生前より悪くなっている。ただ、目立たない部分で築き上げてきたものは山ほどあるはずなので、それをどこまで信用できるかの勝負であった。


 そして、入学して一ヶ月。そろそろ【fantasy tale】学園編第一の関門『野外実習』がやってくる時期であった。


(俺が思うに、学園編の関門は三つ。年一度開かれる『野外実習』、年一度開かれる『大魔術祭』、そして『卒業試験』だ。三つといっても、前者二つは残念ながら何度もお世話になる。最短で学生生活は四年間だから、四回だな――)


 周囲から浮いているクーガーは、まず『野外実習』でどんな班分けになるのか、そのことに思いを馳せないわけにいかなかった。


(まあ、どうせ余り物の班になることは確定だ。俺も爪弾きものだからな。仲良しグループはさっさと班を作って、余り物の寄せ集めに俺が合流するはず――)


 クーガーの脳裏には、『野外実習』イベントのテンプレートのようなものがあった。


 すなわち、よくある展開。我が儘で面倒くさい貴族と、いじめられっ子の平民と同じ班になり、班内の空気も先行き怪しいところに魔物が襲撃し、貴族も平民も役立たずのところクーガーが大活躍し、難を逃れ、さらにその夜平民に「自分を訓練してください」と頼み込まれ、平民を鍛えるとどんどん強くなり、厳しい野外実習の過程で貴族とも打ち解け、班の結束が高まったところで、教官たちが「まずい、予想外のトラブルだ」とか何とかいって、本来ここには現れないはずの強力な魔物が現れて、皆が苦戦する中、何とか皆の力を合わせて勝利し、最後、『野外実習』の最優秀チームにこのクーガーたちの班が選ばれるのだった――というテンプレ展開を考えていたのであった。


(まあ、そこまで上手くいかなくてもいいから、そこそこ優秀な成績には入りたいよな)






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 ――『野外実習』の班分けが決まった瞬間、クーガーは白い目にならざるを得なかった。具体的には神に色々と問い詰めたいところであった。


「何卒よろしくお願いいたします、クーガー。どうぞお手柔らかに」


「んふふ、この策士オットー・クレンペラーの予想通りでしたねェ」


(五人班なのに三人かよ。しかもいつもの三人じゃん……)


 早速先行きが怪しくなった――とクーガーは思った。王女ビルキリス、策士オットー、そしてクーガーとくれば、もはや余り物を寄せ集めたというより、何かの意図を感じるほどの操作であった。

 悲しいかな、ビルキリスとオットーには同情の視線が多数寄せられている。王女や侯爵嫡男と、問題児クーガーとでは釣り合わないらしい。ひどい話であった。


「……。一年生の『野外実習』は、迷宮第一階層の森に潜って指定の素材を集めてくること、だったかな。そもそも今回立ち入る森の区画は学院の私有地だし、教官があちらこちらに配備されているから、迷宮といっても比較的安全な実習だとさ。救援用の発煙筒も配られているし、水や食料も医薬品もすでに十分な量配られているし、減点されるが所定のポイントにいけば配給も受けられる」


「んふふ、至れり尽くせりですねェ。言ってしまえばお遊びで野営をするようなものですねェ」


 掲示板に書いてある説明を読み上げながら、クーガーはさて、と考え込んだ。


「野草を摘むのが一番簡単で安全。魔物を狩るのは少々危険が伴う。森さえ出なければ何をしてもいい……。ビルキリス王女殿下は魔物の狩りの経験があって、策士オタ殿は調薬術に詳しい、か……悩ましい」


「現地で薬草か毒草かを見分けるのは難しいでしょう。もし薬草を集めるなら、今のうちに図書館にいって図鑑を借りて、手帳に薬草の特徴をたくさん書き写しておかないといけません。ですが、もうすでに皆さんが図書館の本を競って漁っているところです。……出遅れましたね、クーガー」


「そうですね、殿下。薬草を集めるならオタ殿の知識に頼るしかないかもしれません」


「そういえば、お二方は魔物の解体は得意なのでしょうか? この策士オットー・クレンペラーは、魔物の解体があまり得意ではないですゆえ」


「策士オタ殿には残念だが、俺も王女殿下もあまり魔物の解体は得意じゃない。頚動脈を切って血を抜くと、頭には血が回らないから気絶してくれるけど、心臓が動いているから勝手に血が出てくれる、とかそういう基本ぐらいしか知らない」


「んふふ。でしたら薬草についても調べましょう。この策士オットー・クレンペラーの名前を使えば、まあ腐っても"霊薬卿"クレンペラー家の名前ですから、平民より優先されて薬草図鑑を差し押さえられるでしょう」


「やめておけ。ゲームではクーガーが伯爵家の名前でそれをやって、いざこざを起こして、主人公たちと戦闘イベントが発生するんだ」


「?」


 どうしたものか、とクーガーは考えていた。魔物狩りも薬草摘みも両方バランスよくやるのが無理がない。どうせ食糧確保のために魔物は狩る予定であり、かといって魔物を狩れない事態になったらいけないので薬草摘みをする準備ぐらいはしておかないといけないだろう。

 幸いクーガーは、ザッケハルト家の図鑑を大量に手帳に写したり、迷宮第二階層でも冒険者ギルドに立ち入って図鑑を大量に手帳に写したりしていたので、知識量に関して言えばかなりのものを持っている。手帳もこの度十二冊目を迎えており、全部アイテムボックス内に入っている。


「王女殿下。薬草の知識は何とかなります。それよりも魔物の捌き方を調べませんか?」


「……生憎ですがクーガー、魔物の解体法を書いた本も図書館で人気のようです。やはり我々の名前を出すしか方法はないかも知れません」


「いえ、じっくり調べられるではないですか。殿下ならご存じのはずです。……地下で」


「!」


「……地下?」


 怪訝な顔をするオットーに対し、クーガーは含みを込めた笑みをにやりと返すのみであった。






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「実は、この学院には有名な『恋愛フクロウ』という石像があってだな、この像に質問するとイエスかノーかを聞くことができる」


「おお、おお……。流石ですクーガー殿。この策士オットー・クレンペラーでも知らない知識を把握してらっしゃるとは……!」


「この像、不思議と恋愛に詳しいらしく、誰が誰を好きなのか確かめることができる。魔力を注がないと目を覚まさないからか、知っている生徒は少ないが、かなり重宝するはずだ」


「んふふ、胸が熱くなりますねェ。そのフクロウに色々と質問して、色んな人の弱味を握りたいですねェ」


「で、情報料代わりといってはなんだが、策士オタ殿にはやってほしいことがある」


「何なりと仰せ付けください、クーガー殿。この策士オットー・クレンペラー、どんなことでもしてみせましょう」


「これからそのフクロウを使って、同級生たちは誰が誰を好きなのかを洗いざらい調べたいんだが、手伝ってくれるか?」


「――んふふ、心配には及びません! この策士オットー・クレンペラーは貴方の友です!」






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 普通、魔術学院アカデミアの学生は、『野外実習』を通じて世界迷宮を知り、身をもってそれを学ぶ、とされてきた。

 つまり『野外実習』の前にいきなり世界迷宮に潜ったクーガーやビルキリスは異常なのである。


 そして、『野外実習』までの準備期間の五日間、夜中に出かけては朝帰りをする不届きな学生が三人もいたという。


 誰が誰とは、今更言うまでもない話である。


 睡眠時間を八時間とすれば、往復で二時間消えるとしても六時間ぶんが余る。それを迷宮第二階層時間で換算すれば、25日ほどになり、それは魔物の解体を練習するのに十分すぎる期間になる。

 地上で五日間あれば125日だ。つまりクーガーたち三人は『野外実習』の練習を十分以上に積んできたことになる。


「んふふ、この策士オットー・クレンペラー、己の不明を恥じます――お見それいたしました、クーガー殿」


「いや、大したことじゃない。むしろ迷宮第二階層まで連れまわしてすまなかったな」


「魔石の養殖、地下を利用したハーブ栽培および農作物栽培、そして数々の品種改良――貴方は天才です。こんなの――錬金術師からすれば夢のような環境ではありませんか!」


(まあ発酵食品造りと養蚕実験については全然教えてないんだけどな。それに魔石の養殖は言外しないように厳命したし大丈夫)


 迷宮第二階層につれてきたとき、オットーはとても興奮していた。

 そもそも迷宮第二階層にいきなり行くということにも驚きを隠せていなかったが、そこから、かなり大きな屋敷に連れてこられたこと、その屋敷の管理人が危険な悪霊のレイスであること、そのレイスをクーガーが従えていること、クーガーが地下にダンジョンを作っていること、そしてそこで魔石の養殖や数々の実験を行っていること――を矢継ぎ早に目の当たりにすることになり、それ以来恍惚として憚らないのであった。


『クーガー殿、どうかこの策士オットー・クレンペラーを貴方のお側に……』


 それはオットーが何度も口にした言葉である。赤らんだ顔でそんなことを懇願されても、クーガーはむしろ困るだけであった。

 そんなことよりさっさと解体の練習をしろ、蹴るぞ、と言いつけると、オットーはぞくぞくと震えていた。その度クーガーはげんなりするのだった。


(解体の練習は何度か行ったけど、まあ下手くそなレベルからそこそこ見れるレベルにはなったかな。俺なんかは特に筋力もあるし、多分悪くはないはず)


 ――色々あった五日間を経て。


 クーガー、ビルキリス、オットーの三人は、迷宮第二階層での練習を経て、『野外実習』に万全の態勢で臨むことになった。

 五人班じゃなくて三人班になっていることに対し、三人は何らハンデを感じることはなかった。



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