第30号「週刊カノジョイド!鉄拳!」

 時空神クロノスと呼ばれた黒きモビルタイタンが、よろけた。

 雄々おおしく地面を踏み締める巨躯きょくの、その足元から……激情が咆哮ほうこうとなってほとばしる。

 かろうじて顔を上げた羽継ハネツグは、見た。

 そして聴いた。


「うわあああああっ! マスッ、タア、からあ! はーなーれーろおおおおおおおっ!」


 小さな白い手が、圧倒的な質量差を持ち上げていた。

 それは、週刊カノジョイド第二号に付属してきた、マキナの右手だ。柔らかくて温かい乙女の手、ひじから先だけの細腕が、信じられないパワーを発揮している。

 そして、モビルタイタンに踏みつけられていたマキナ自身が姿を現した。

 頭部だけで文字通り転がり出ると、彼女は燃える瞳でマリアを睨む。


「黙っていればあ、いい気になんなよぉ! この、ブース! ヘタレ! 小悪魔系!」


 いや、お前……黙っててほしい時もしゃべってたよね? っていうか、同じ顔の作りなのにブスって。最後なんかもう、微妙にののしりじゃないし。

 そう考えていると、不思議と羽継は冷静さを取り戻し始めた。

 ひたいの発光現象からくる頭痛も、どうにかやわらいでくれる。

 逆に、マリアは苛立いらだちを隠そうともしなかった。


「不愉快ね! まずはその右手をいただくわ! 次のパーツも、その次のパーツも! 頭部はいらない……叩き潰してあげるっ!」

「うるせー、バッキャロォ! そんなにほしいなら……くれてやるーっ!」


 マキナは本気で怒っていた。

 羽継には何故なぜか、ぼやけて見える彼女の顔が泣いてるようにも見えた。

 マキナは器用に右手を呼び戻すと、それを口にくわえて回転を始める。


「ふがが……ッ! ふぉまえなんかおまえなんかー! やっふけひゃいますやっつけちゃいます! 死にくされぇ、このクソビッチがあああ! ――ロケットパーンチッ!」


 あろうことか、マキナは遠心力で加速しながら右手を投げつけた。

 馬鹿ばかだ。

 大馬鹿だと羽継は思った。

 わざわざ相手に、欲しがってる右手を投げるなんて……もらってくれと言ってるようなものだ。でも、マキナらしいなと思った。自分のために馬鹿をやってる、自分と一緒に怒ってくれてる。

 だから、羽継も馬鹿になれるのだ。

 妙な気持ちと一緒に、立ち上がる力が込み上げた、そんな時だった。

 マキナは先程の羽継の思考へ返事をするように、贈呈ぞうていの気持ちを発射していた。


「ッ! ……でも、貰ったわ! お馬鹿さんね!」


 当然のようにマリアが、ゆるゆると飛ぶマキナの右手をキャッチした。

 その時にはもう、勝敗は決していたのだった。


「今のは牽制けんせいっ! お見舞みまいするのです……ロケットォ! ずーつーきーっ!」


 ――

 そう、マキナの頭が火を吹き飛んでいた。

 丁度ちょうどマリアが、バインダーを持つ手と逆側でロケットパンチをつかんだ……否、掴ませた間隙かんげきへと吸い込まれていく。

 両手のふさがったマリアの顔面に、ロケット頭突きが直撃した。

 悲鳴が一瞬、りし日のマリアの声に戻る。

 同時に羽継は、全身を最後の力で引っ張り上げた。


「今です、マスター! おっしゃゲット! ヘイヘーイ、パース!」

「しまっ……バインダーBinDERが! 最初からこれが狙いだったのね!」

「あったりめぇーよ! 出たとこ勝負の結果オーライってやつです!」

「全然狙ってたことにならないわ! ……くっ、あののペースに乗せられては!」


 拘束こうそくを振り払ったマキナの右手が、わちゃくちゃとマリアからバインダーを取り上げる。放られたそれに向かって、羽継は手を伸ばした。

 DIVER-Xダイバー・エックスとしての超能力は、発光現象の中でまだ顕現けんげんしていない。

 テレパシーもテレポートもない、いらない。

 ただ自分の持って生まれた力だけで、羽継は両足で立った。

 すぐにバインダーを展開するや、叫ぶ。


「マキナ! アーリィフレーム展開!」


 あっという間に、マキナの首から下が現れる。

 同時に彼女は、まだ右手と低レベルな格闘をしているマリアへと走り出した。

 全力疾走で、そこだけ欠けた右腕を振りかぶる。


「ああもうっ、なんなの! 手癖てくせが悪い! 右手だけなのに――ハッ!?」

「歯ぁ食いしばれええええっ! これはっ! マスターのっ、分っ!」


 マリアが持つ右手に、フル加速でマキナはドッキングした。

 一拍いっぱくの間を置いて、ドン! とマリアの背中へと衝撃が突き抜ける。歯を食いしばれと言っておきながら、

 目を見開くマリアが、くの字に折れ曲がって浮き上がる。


「ついでに、いいんちょさんの分! そしてぇ! わたわたわたわたわたわたわわた、わたぁ! ホォォォォォ! わたぁ、しのっ、ぶううううううん!」


 デコピンを挟んでから、マキナは容赦なくマリアをフルボッコにした。目で追えぬ程に高速のパンチを、これでもかと無数に叩き込む。最後にオーバーハンドのトドメを振り下ろすと、ついにマリアはその場に崩れ落ちた。

 だが、彼女は全身から伸びるケーブルとコードにすがるように、顔を歪めて立ち上がる。

 同時に、轟音を響かせモビルタイタンの手がマリアを拾い上げた。


「どこまでも、ふざけて……私は真剣なの! どうして……どうして羽継くんごと不幸にしようとするの!」

「あ、そゆの重いッスから。マリアさんはロボでアンドロイドかもしれません。でも……わたしはっ、マキナは……宇宙でたった一人の! 野上羽継ノガミハネツグ専用カノジョイドですから!」


 鼻息も荒くドヤ顔のマキナが、チラッとこっちを振り返った。

 露骨ろこつに「わたし今、いいこと言った!」と言いたげだ。

 羽継も、モビルタイタンの胸部でコクピットを開くマリアを見上げる。


「マリアさん……俺が始まりのDIVERダイバー、バケモノなら! 人ですらないなら! それを人類が拒むなら……黙って受け入れる。静かに隠れて生きるよ。そして……いつかまた、一緒に生きたいと思い続ける――」


 ――人は皆、一人では生きられないから。

 独りぼっちでも、二人ぼっちでも、死んでないのと生きることは別の話だ。

 そう結んで、羽継はマキナの名を叫んだ。

 無駄にイイ笑顔でサムズアップして、マキナがジャンプする。その全身を、鋼鉄のドレスが覆っていった。純白の装甲は今、以前よりフリルとレース五割増ごわりましで華美なスカートを広げる。

 しかし、マキナが羽継へ搭乗をうながすべく……徐々に大きくなりながらのM。げんなりしたが、毎度のことなので羽継はそのまま吸い込まれた。

 そう、復活のマキナが羽継をいつもの自分にしてくれた。

 奇妙な事件に巻き込まれて、それでも続く日常に今、続く道が見える。


「おっしゃ、合体っ! バディBuddyインinダイバーエントリーライドDiver Entry Rideでさぁ、旦那だんな!」

「旦那ってなんだ、旦那って!」

「ンもぉ、未来の旦那様おっとに決まってるじゃないですか。カノジョイドは条件を満たすと、ヨメノイドにメガ進化するんですよ?」

「あーうるさい。……やるぞ、マキナ。マリアさんを止める! 力を貸してくれ!」


 いつものコクピットに立てば、眼の前に巨大なモビルタイタンが迫る。

 その胸の奥へと消えた声が、怒りと悲しみでいていた。


「羽継くんっ! またそんな女のお腹に! どうして……なんで私をわかってくれないの!」

「マリアさんっ! わからないけど感じたい、知りたい! でも、そのために必要なのは、条件でも状況でもない! そして、必要なのは今までじゃない……今から始まる、これからだっ!」


 もはや言葉とさえ言えない絶叫が、巨大な鉄槌てっついを振り下ろしてくる。

 だが、ゆっくりとマキナは右手をあげて受け止めた。

 優雅なウェディングドレスを着た花嫁のように、彼女は光のブーケの奥でひとみを輝かせる。そして、その動力源としてDIVERの力を注ぐ羽継にも、変化が現れていた。

 額の光が静かに、穏やかな明かりへと変わってゆく。


「マスター! ブライド・システム、活動限界まであと180秒です! 決めちゃいましょう!」

「えっ、ちょ、ちょと待て、なんだそれ! 聞いてないぞ!」

「今、始めて話してます! 最強モードなんですが、活動限界を超えると死にます! 中の人が! マスターが!」

「馬鹿野郎っ、早く言えよ!」

「カツドウゲンカイヲコエルトシニマス!」

「そういう意味の『速く言え』じゃないっ!」


 モビルタイタンのパンチを、片手で静かにマキナは押し返した。

 同時に、羽継の視界の隅にカウンターが現れる。デジタルの数字は、180から一気に減り始めた。これが0になると、羽継は死んでしまうらしい。

 冗談じゃないと思った、その念じた気持ちがマキナに伝わる。

 マキナはそのまま、膨らむスカートを両手でつまみつつ、ヒールを鳴らした。

 ゆっくりと、そびえ立つ鉄巨人クロノスへと歩み寄る。


「終わりですっ! 最後に……マリアさんっ! 週二しゅうにでどうですか!」

「なっ、なによ! 週二って!」

「今ごめんなさいすれば、一週間に……二時間だけ、わたしの生体パーツを全部お貸しします! それでおかし――おっと、危ない!」

「せこいのよ、あんたっ! 本当にムカつくわっ!」


 モビルタイタンの頭部、けいと光る双眸そうぼうからビームが迸った。

 だが、はいはいうるさいうるさい、とばかりにそれをマキナは片手で振り払う。

 同時に、羽継は身を声にして叫んだ。


「マキナッ! さっさと決めろ! 俺は死にたくない……みんなと、生きたいっ! お前とも!」

「そーです、それでいいんです! 調律されるべき未来とか、人類をおびやかす存在とか、関係ないっ! 男の子はぁ、恋すればっ、愛! 最後に愛はぁ、勝ぁつ!」


 マキナは両手を頭上に高々とかざした。

 町を一発で消し飛ばす、DIVERの力を内包したからこその一撃……だが、以前にもまして黒き波動の中から、マキナは闇の刃を取り出した。


「スターレス・セイバー! ――ザン・ザ・ザン! でもすっごく手加減てかげんモード! かーらーのっ! 出てこいゴルァ!」


 ヒュン、と黒い光の剣がモビルタイタンを一閃した。

 それだけで、瞬時に敵の両手両足が切り落とされる。

 最後にマキナは、右手をいつもの……そう、まるで人間の少女そのものの手へ変えて、崩れ落ちる巨体の胸へと触れた。そっと触れてノックして、不思議と開いたハッチの奥からマリアだけを優しく取り出す。


「――ブライド・システム、緊急停止! これにてりょうっ! なんつって!」


 大爆発するモビルタイタンを背に、マキナが決めポーズで笑う。

 それが、彼女と羽継が一緒になった、身も心も重ねた最後の瞬間になった。

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