第23号「週刊カノジョイド!再戦!」

 グラグラと揺らいで見える世界。

 闇夜の中、マキナと対峙たいじする姿がにじんで見えた。

 羽継ハネツグも、信じられない。

 だが、まとうボロ布から見える両足は、マキナと同じ機械の身体だった。そして、マキナ以外に考えられる人物は、ただ一人である。


「ウ、ウゥ……ァ、アア! ウァァァァゥ!」


 慟哭どうこくにも似た、嗚咽おえつのような声が響いた。

 それは全て、暴走状態のマリアから発せられていた。

 いったい彼女になにがあったのか?

 まるでコーナーポストに登ったチャンピオンのように、電柱の上からマキナが降りてくる。彼女は背で羽継をかばいながら、鋼鉄の拳を握った。

 マリアへと向けられた右拳とは逆の手に、バインダーBinDERを抱えたままである。


「マスター! とりあえず下がってちょ! わたしが語りかけてみます! 肉体言語で!」

「あ、ちょ……待て、待てって! なにか事情が!」

問答無用もんどうむよう! 大丈夫です、壊したりしませんから……うおおお、死ねぇぇぇっ!」


 かたわらのリーリアが、慌てて腕時計型の端末を操作する。

 小さく電子音が鳴って、周囲の時間が停止した。それは、羽継達をそのままに、周囲を本来の時間の流れから切り離したのだ。

 怯えて頭を抱えたまま、襲われていた少女は彫像と化した。

 現実の彼女は今、突然羽継達が消えてしまったように見えているだろう。少なくとも、彼女を襲った異変は消え去った筈だ。

 同時に、マキナが全力で戦えるようになったことを示していた。


「すみません、リーリアさんっ!」

四郎シロウから少しは聞いてるわ! でも、あれがマリア……マキナとそっくりじゃない!」

「そ、そうなんです。でも、まずは話を……ああ、クソッ!」


 先程からずっと、羽継の頭の中に悲鳴が響いている。

 これが覚醒を始めたDIVERダイバーの力……DIVER-Xダイバー・エックスと呼ばれる始原の超能力なのか? 自分の処理能力を超える大量の情報が、羽継の意思とは無関係に注ぎ込まれていた。

 その全てが、救いを求めている。

 助けを欲して望みながら、それが得られずに泣いているのだ。


「くっ、閉鎖空間にも悲鳴は届くのか……無事だと、いいけど」

「羽継クン、大丈夫?」

「俺は、平気です……それより、リーリアさん。マキナを、止めないと!」


 すでにもう、マキナは戦っていた。

 防戦一方のマリアを、ねじ伏せるように圧倒してゆく。

 不思議とマリアは、攻撃してくる素振りを見せなかった。

 周囲の民家を吹き飛ばしながら、二人の戦いが徐々に遠ざかってゆく。


「とにかく、一度、二人を……止めて、話を……クッ!」


 よろけながらも、異空間と化した町で羽継は走る。

 あとを追うリーリアも、腕時計型の端末を操作しながら続いた。


「そういえば、あのマキナってアンドロイド……カノジョイド? とか言ったわよね。以前も、閉鎖空間に飛び込んできた。羽継クンを助けるために」

「あいつの、正体は……俺も、よく、わかってなくて」


 そういえば、マキナは以前も羽継を助けてくれた。

 勘違いしたリーリアのけしかけた巨大ロボット、モビルタイタンと戦ってくれたのである。その時も、時間の止まった閉鎖空間の中へ単身で飛び込んできた。

 ますます深まる、マキナの謎……カノジョイドとはなんなのか?

 そして今、彼女は圧倒的な力でマリアを追い詰めてゆく。


「くっ、やめろ……やめ、るんだ……マキナッ!」

「羽継クン、止められないの? あの二人……まるで勝負になってない!」

「バインダーが、ないんです。今、マキナが」


 その時だった。

 頭部から発する七色の光が、一際強くほとばしった。

 同時に、周囲の光景がグニャリとゆがむ。

 それは、身を寄せ支えてくれるリーリアにも見えているようだった。


「な、なに……? 羽継クン、周りが!」

「リーリア、さん……俺に、つか、まっ……つかまって!」


 ビリビリと全身が震える。

 粟立あわだつ肌は、全身の毛穴が裏返るような感覚だ。

 驚き目を見開くリーリアの、その細い腰へと羽継は腕を回す。強引に抱き寄せた瞬間、視界が暗転した。

 一瞬で景色が消え去って、違う風景が上書きされる。

 突然、二人は森の中にいた。

 そこが市内の森林公園だと気付くまで、少し時間がかかった。森の中だが、木々は人工的に植えられ、手入れされたものばかり。そして、遠くにビル群がある、ここはコンクリートジャングルの中にあるオアシスだ。

 絶句していたリーリアが、ようやく言葉を取り戻す。


「……瞬間移動? まさか……テレポーテーション!?」


 先程の市街地からは、距離にして数キロはある。

 その距離を、わずか一瞬で羽継達は移動した。

 リーリアの言う通り、結果だけ言うならば瞬間移動である。そして、それもDIVER-Xである羽継の新たな力かもしれない。

 だが、先程にも増して強い悲鳴を羽継は受け止めていた。

 耳元で叫ぶように、助けを求める声が鳴り止まない。

 その時、木々の向こうで巨大な土柱が屹立きつりつした。


「マキナッ、そっちか!」

「あ、待って! 羽継クン!」

「リーリア、さんも……急いで! 俺は、二人を、止め、なきゃ!」


 弱々しい足取りで、走る。

 テレパシー能力に加えて、テレポーテーション能力……だが、さらなる力の肥大化を受け手、羽継は少しだけ楽になった気がした。

 最初に発現はつげんした能力、相手の心の声を拾う力。それをだんだんと、制御できるようになった気がした。それで、先程からの悲鳴が女の子のものだと再認識する。無数に交錯する多くの声の中で、それだけが深々と頭に刺さってくる。

 そのボリュームを調節できる気がして、試してみた。

 代わって、他の声が大きくなって数多の中に膨らんでいった。


『クソッ、今日も残業かよ』

『――けて』

『課長、もう一杯いきましょ! もう一杯!』

『たす、け――』

『ちょっと彼女ー? 今あがり? どーよ、俺等と遊んでかなーい?』

『たす――け、て――マ、マ――マス――』


 視界が開けて、噴水前の広場へと出た。

 そこで羽継は、脚を止めて目を見張る。

 追いついてきたリーリアも、口に手を当て息を飲んだ。すでにもう、ここは閉鎖空間ではない。先程のテレポートで、どうやら本来の時間に戻ってきたようである。そしてやはり、マキナには時間を行き来する力があるのだろうか? 目の前には、力なくうなだれるマリアを、片手で軽々と吊るし上げるマキナの姿があった。

 月の光を受けて、マキナの瞳があやしい光を満たしている。


「あ、マスター! こいつ、オシオキしときましたぁ! あは、逃げようとするんで、軽く半殺し? って感じですねっ」

「マキナ、お前……さっき、どうやって」

「さっき? あ、ああ、そうでした! 確か、そっちの、えっと、リーリアさん? 彼女、時間と空間を操作できるんですよね。ほら、でもわたしはカノジョイドですから!」

「降ろせ……降ろして、やれ」

「えっ? ああ、はいはい。やだなぁ、マスター。ちょっと怖いですぞ? にしし。でも、DIVER-Xの力っての、ですか? オデコ、光ってます」


 ドサリ、とマリアは地に落ちた。そのままマキナの足元に崩れ落ちる。既にもう、動く気配がなかった。

 急いで駆け寄る羽継は、勝ち誇ったように胸を張るマキナへ手を伸べた。


「マキナ、バインダーを……それを、返せ」

「んんー? ああ、これですか。それより……大丈夫ですかぁ? ちょ、まぶしい! マスター眩しい! 光が」

「いいから返すんだ! ……いつからだ?」

「ほへ?」

「いつから、お前は!」


 羽継はようやく気付いた。

 今も頭の中では、女の子が泣いている。

 力を先程よりは、少しだが制御できるようになった……それで初めて、鮮明になった声のぬしを感じることができるのだ。

 助けを求めて泣いていたのは、羽継が助けた女子高生ではなかった。

 そう、本当に助けを求めていたのは――


『たす、けて……たすけて、ください! マスター!』


 バインダーを渡す素振りを見せずに、マキナはフフンと鼻を鳴らしている。

 構わず羽継は、ボロボロのマリアへ向かってかがんだ。

 うつむくそのほおに、手を伸ばす。

 よわよわしく、マキナはその手を振り払った。

 だが、羽継に確信が満ちる。

 真実はあっけないほどに単純で、気付かなかった自分が愚かしい。

 それほどまでに、二人は似ていた、同じ姿をしていたのだ。


「ごめんな、俺……やっと気付けた。……?」


 マリアはビクリ! と身を震わせた。

 抱き寄せようとする羽継を、右手でグイと押しやる。

 その手は、その右腕だけはやわらかな人間そのものだった。寒さにかじかんでいるが、握れば温かい。体温を宿した、カノジョイドとしての本当のぬくもりがあった。

 リーリアが驚く気配が、次には警告を叫んでくる。


「羽継クン、後っ!」


 肩越しに振り返れば、そこには……みにくい笑みに表情を歪めるマキナ……マキナと自分を偽っていた、マリアの姿があった。彼女はバインダーを開きながら、ニィィとくちびるはしを吊り上げる。

 そう、二人はあるタイミングで入れ替わっていたのだった。

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