第24号「週刊カノジョイド!反転!」

 信じられない、現実。

 羽継ハネツグは、マキナとマリアの一騎討ちが終わった昨日を思い出していた。

 二人は最後、互いにこぶしをぶつけあい、全身を削り合って戦った。

 結果、マリアは逃げ去り、マキナだけが残った。

 そう思わされていた。

 だが、


「あの時だな……マリアさん、どうしてこんなことを」


 青白い月の光が、一人の少女へスポットライトを当てている。

 スタイル抜群のシルエットは、今は金属特有の冷たさが月光に輝いて見えた。長い髪を掻き上げる笑顔は、愉悦ゆえつとろけている。

 マキナを演じることをやめたマリアの、震えるようなよろこびが伝わってくる。

 逆に、うつむきへたりこんだマキナは、顔さえ見せてくれない。


「ふふ、羽継くん……気付かなかったでしょう? 私がマキナでも、構わない……そう思うわ。だって、基本的に同じなんだもの」

「ち、違う!」

「えー、だってマスター気付かなかったじゃないですかぁ。今後も私がずっと、ずーっと! カノジョイドでいてあげますね。エヘッ! ……どうかしら?」

「違うんだ! マリアさん、どうしてそこまで」


 声真似こえまねは完璧だった。

 仕草や言動、少しイラッとするけど憎めない独特の愛嬌あいきょう……マリアが駆使するマキナの仮面は、今でも全く見分けがつかない。

 両者が互いに似通った、鏡写しのようなアンドロイドだから。

 そして、マシーン特有の精密な挙動が、マキナを完全に再生しているのだ。

 全く機械らしさを感じぬマキナを、こうも見事に演じてみせる。だが、それはあくまで演じているのであって、その奥に隠したマリアの真意は別にあるはずだ。


「教えてくれ、マリアさん……どうしてこんなことを!」

「どうして? ……あの時、マキナに負けてさとったのよ。ああ、勝てないわ……って。だから、決めたの。人間になるのが無理なら、マキナになろうって」

「クッ! マリアさん、それは!」

「そうするしかないの! そうしたいのよ! マキナになれば、羽継くんの側にずっといられるでしょう? カノジョイドって多分、そういうものよ。私、構わないわ。むしろ、望んでる……羽継くんの全てを受け止め、受け入れ、愛し合いたいの!」


 ――狂っている。

 言葉や文字で表現できぬ、この世の全ての語彙ごい凌駕りょうがする狂気があった。

 そして、マリアはそのことに肯定的ポジティブで、前向きだった。


「羽継くん、私はロボット、アンドロイド……であれば、人間よりずっと楽しく使いやすい恋人になれるわ。理想のカノジョイドにね」

「やめてくれ……マキナはそんなんじゃない! マリアさんだって、そんな目で見たことは!」

「あら、そう? 残念……だって、私達は両想いなのよ? なら、進展は当たり前じゃない。人間として、それは当然だわ。本能であり願望、欲望だわ」

「それは否定しない、けど!」


 話にならない。

 会話が成立してるとは言い難い状況だった。

 リーリアも、あまりの光景に呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。

 眼前のマリアから逃げるように、羽継は再度マキナへと手を伸ばした。いつものくだらない冗談で、エヘヘと笑う声が聞きたかったのだ。

 だが、顔を片手で覆うマキナは、そのまま嫌がるように後ずさる。


「アゥ……ヴゥゥゥ」

「おいマキナ、どうした? なあ、俺だよ。羽継だ」

「ヴァウ! ァ、ァ……」


 どういう訳か、マキナは羽継が触るのをかたくなに拒んだ。その声はまるで、追い詰められた野獣のようにうなるだけ。底抜けに明るいあの声音ではない。

 顔を隠したまま、彼女は言葉をかたどらぬままうめくだけだった。

 そして、マリアの声が静かに響く。


「羽継くん、それはもういらない筈よ? カノジョイドだかなんだか知らないけど、君に愛されるのは私。機械だと知らぬまま、私も君を想っていた……君の憧憬どうけいを感じていたの」


 まるで歌うように、うっそりと声色が湿ってゆく。


「自分の正体を知って、絶望した。人間でいたかったし、そうあるために戦ったわ。そこのマキナと。そして、彼女の一言で救われたの」

「救われた!? なら、どうしてこんなことを!」

「機械の自分を受け入れる……そして、機械ならば……!」


 あらゆる機械は道具として生まれ、要求される性能スペックを満たすことで人類を幸せにする。それが文明の叡智えいちであり、知恵を具現化するという意味だ。

 人間や生き物と違って、機械には生まれた意味、生きる意味が最初から存在する。

 達成すべき目的があり、最初からどうあつかわれるかが想定されているのだ。

 そして、自分をそこへと落とし込んで、マリアはかたに自らを納めたのだ。


「人間じゃなくても、羽継くんは愛してくれる……マキナを見て、そう思った。やっぱり羽継くんは、優しい子。私の大好きな羽継くん」

「俺は、別にマキナのことは! ……あ、相棒、だし、助けられたし。それに、俺はまだマキナのことをなにも知らない! カノジョイドってのは、そういう意味じゃないと思うし」

「あら、そう? でも……彼女さえいなければ、これから毎週届く生体パーツは、全て私のもの。互いの規格を比べて驚いたわ。私は、マキナとほぼ同じ構造、共通規格なの」


 マリアは「マキナが私に似せて造られてるのよ」と微笑ほほえんだ。

 確かに二人は瓜二うりふたつ、だが大きく違うところが沢山ある。マリアは清楚せいそ可憐かれんという言葉がぴったりの少女だったが、マキナは野放図のほうずでだらしなく粗野そやで下品だ。

 外観も全く同じだが、マキナには先日届いた週刊カノジョイド第二号の右手がある。

 マキナの顔と同様、本当の人間と同じ体温、柔らかい肉と皮膚の手が。


「まあいいわ、羽継くん。よくマキナを見てて。私と同じ……いえ、私以下の機械だから」


 不意にマリアは、手にしたバインダーBinDERを開いた。

 思わず羽継は、絶叫を迸らせる。


「や、やめろっ! やめてください、マリアさんっ!」


 だが、遅かった。

 闇夜に浮かぶ光学ウィンドウの光は、無数に文字列を並べて輝く。

 そのまぶしさがあっという間に消えると、悲鳴が響いた。

 それは、人語を話さなくなったマキナの慟哭どうこくだった。


「はい、アーリィフレーム解除。ふふ……その右手も私、もらってもいい、よ、ね?」

「マキナッ! ……お、お前」


 芝生しばふの上に、ごろりとマキナの首が転がった。

 その近くに、白く小さな右手が落ちる。

 いつもなら文句を言いながら、ふわふわと首だけで浮かび上がってくる筈だ。だが、いつもの毒舌どくぜつが聴こえてこない。ただただ、低く唸る声がむなしく響いていた。

 そして、羽継は見てしまった。

 それを見てなお、抱き上げようと駆け寄る。


「ァ、ァ、ウゥ……ヴーッ! ヴァーッ!」

「マキナ、お前……マリアさんが? 嘘だ、こんな酷いこと」


 転がるマキナの頭部、その首筋になにかのパイプが突き刺さっていた。それは、以前二人が戦った廃工場に転がっていたのだろう。ひび割れ砕けた鋭利な先端が、のどつらぬいている。

 マキナの頭部は、機械とはいえ完全に人間の構造を模したものだ。

 当然、声帯を物理的に破壊されると、声が出せなくなる。

 そして、見るも無残な姿はそれだけではなかった。


「フフフ、どうかしら? 私の顔を盗んだ罰を与えたの。ねえ、羽継くん……君の優しさでも、そんな姿を愛してあげられる?」


 マキナの顔は、右側半分が無残に破壊されていた。

 人工皮膚は泡立つままに溶けて固まっている。その奥から大きく露出しているのは、鈍色にびいろの金属のフレーム……人間と同じ骨格だ。顔の半分はもう、頭蓋骨ずがいこつき出しにした状態だった。

 ギョロリと動く右目から、涙があふれ出ている。

 左半分が悲しみの表情に歪む反面、ショートの火花で飾られた機械構造はグロテスクだった。人工筋肉繊維らしき樹脂系のパーツが、ところどころ焼け焦げて異臭を放っている。

 だが、それは間違いなくマキナだった。

 羽継は黙って、彼女の頭部を胸に抱く。


「やっぱり優しいのね、羽継くん。好きよ……大好き、もっと好きになったわ」

「マリアさんが、やったのか? どうして。四郎シロウのじいさんも俺も、マリアさんに人間らしさなんか求めなかった筈だ。人間は、他者へ求め過ぎちゃいけないって知ってる。だからこそ、自分からよりよくなろうと思えるのに」

「マキナも同じ様なこと、言ってたわ。それは、機械としてインプットされた言葉。そして……同じ機械なら、私をとなりに置いてほしいの。羽継くんの隣に」


 まだ、羽継の額で十字傷が光っていた。

 背負わなくていい十字架を背負わされ、神ならぬ己の分身に罰を受けたマキナ。泣き止まぬ彼女の剥き出しの金属フレームを、羽継の光が照らしていた。

 そして、脳裏に何度も『ごめんなさい、マスター』の声が響く。

 テレパシー能力で、マキナの気持ちが痛いほどに伝わってくる。その声は泣きながら響いて、羽継の鈍感な心をきしませた。


「……マリアさん。許せないっ! どうしてこんなことを! なんで、どうやったらこんなことができるんだ!」

「今までを否定され、これからも閉ざされたから……なら、未来は自分で創り出すわ。羽継くんの隣に、私の居場所がほしいの」

「俺が好きだったマリアさんをやめてまで、どうやって!」

「消去法よ、羽継くん。あの眼鏡めがねの同級生と、あとは妹の真璃マルリちゃん。ふふ、私しか目に入らないようにしてあげるわ。物理的にね」


 近付いてくるマリアを肩越しに振り返って、咄嗟とっさに羽継はマキナの右手を拾った。

 マリアには渡せない……今のマリアには、渡したくない。

 羽継に触ってくれた、でたり叩いたり、ちょっとつやめいた指使いをみせることもあった。首にそのまま接続して、二本の指でトテトテ歩いたこともあるし、時々手付きがいやらしいこともあった。

 これはマキナの手だ。

 そのことを羽継は、必死で叫んだ。


「……そう。でも、これが私の手の中にあることを忘れないでね。ふふ……私も巨大化した時、お腹にコクピットがあればよかったのに。羽継くんが赤ちゃんみたいになるお部屋、欲しかったわ」


 それじゃあ、と言って、マリアは飛び去った。

 マキナとのきずなでもあるバインダーは、彼女によって持ち去られてしまったのだった。

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