週刊カノジョイド!創刊!

ながやん

第1号「週刊カノジョイド!着弾!」

 野上羽継ノガミハネツグ驚愕きょうがくに固まった。

 平穏で退屈な高校生活、どこにでもいる少年の日常が崩壊した瞬間だった。


「なっ、なにが……嘘だろ、おいっ! じいさん!」


 爆音をとどろかせて、目の前の一軒家が爆発した。

 火柱は天をき、紅蓮ぐれんの炎が空を焦がす。

 自宅の裏山にあった邸宅は、燃え盛る業火の中へと消えていった。そこに暮らす老人を飲み込んで。なにもかもが皆、真っ赤なゆらぎに塗り潰されてゆく。

 一歩間違えば、羽継も巻き添えを喰っていた。

 吹き飛ばされて大地に転がっているが、幸いなことに無傷である。

 そして、顔をあげると視線の先から声が走る。


「やっぱり! 危ないところでしたね、マスター! さ、わたしを連れて逃げてください。すぐに騒ぎを聞きつけて、警察かそれに類する組織が駆けつけます。早く!」


 可憐な少女の、よく通る声。

 それが今、

 なんてことはない、ごく普通のダンボール箱だ。このサイズは、果物ならスイカかメロンかという大きさである。

 学校を終えて帰宅した羽継は、母から頼まれたのだ。

 宅配便を預かったから、裏のおじいちゃんに渡してくれと。そして、少し様子を見てきて欲しいと言われたのである。

 その宅配便の荷物が、ガタゴトと揺れながら話しかけてくる。


「さ、マスター!」

「あ、ああ……えっと」

「まずは身の安全です。ほら、サイレンの音が聴こえてきました!」


 誰かが通報したのだろう。

 閑静かんせいな住宅街は、あっという間に異変を広げていった。訳も分からず羽継は、立ち上がってダンボール箱を拾う。少し重いが、片手でも持てる程度だ。

 改めて羽継は、先程の状況を思い出す。

 家の裏に住む老人、御影四郎ミカゲシロウは羽継の友人で師匠、そして恩人だ。

 があって、最近は思い詰めたかのような日々が心配だった。

 心配していた矢先の出来事だったのだ。

 訳も分からず、羽継は箱の中の少女の声に従う。


「じいさん……なにがどうなってんだよ」


 小さな裏山を降りれば、すぐに羽継の家が見える。その向こうで、人だかりがささやきとつぶやきを連鎖させていた。

 その中を、ダンボール箱を抱き締め走る。

 逃げ込むように玄関へ飛び込んで、靴を脱ぎ散らかすなり二階へ。

 自室に戻ってドアを閉めても、心臓の鼓動はずっと高鳴ったままだった。乱れた呼吸が胸を上下させる。感情と思考は、ただただパニックの実感だけを伝えてきた。

 テロか? 事故? それよりも、じいさんは無事なのか?

 外は消防や警察の車両が集まり、サイレンの大合唱が響いている。

 羽継は冷たい汗に濡れながら、どうにか部屋の中央へと箱を置いた。中からは、開封をうながしねだる声。震える手でガムテープを剥ぎ取り、羽継は箱の中をのぞき込む。

 すぐになにかが飛び出て激突、前髪で隠したひたいを抑えながら羽継はへたりこむ。


「痛ぇ! な、なんだよ……あ、あれ? ……嘘だろ、おい」


 眼の前に、見目麗みめうるわしい少女が浮かんでいた。

 そう、ありえない顔が浮いていたのだ。

 顔だけが今、頭上から満面の笑みを向けてくる。


「はじめまして、マスター! このたびは、週刊カノジョイドの定期購読、ありがとうございます! 毎週届くパーツで、わたしを立派な恋人に造ってくださいね!」


 そう、首だ。

 頭部だけの少女がにこやかに微笑ほほえむ。

 彼女の表情も髪型も、ピンク色の長髪も見覚えがある。

 羽継は気付けば、その名を叫んでいた。


「なっ……マリアさん!」


 小首をかしげる生首を指差し、二度目の衝撃にいよいよ混乱が深まってゆく。先程大爆発で炎上した家に、じいさんこと御影四郎は住んでいた。孫娘の御影マリアに世話されて。

 そのマリアの首だけが、眼の前にある。

 フリーズしてしまったが、背後でドアを叩く音。

 思わず羽継は、浮かぶ生首少女に抱きついてしまった。

 ふわりと長い髪が舞い上がって、胸の中に甘やかな香りが満ちてゆく。

 優しい匂いすらもマリアと全く同じで、羽継は息を飲んだ。

 全身でマリアの映し身を隠しながら、彼は背中でドアの開く音を聴くのだった。

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