第7号「週刊カノジョイド!追加!」

 野上羽継ノガミハネツグを取り巻く環境は、一変してしまった。

 しかし、当の羽継本人以外に、大きな変化は見られない……それがまた、なにかの予兆めいていて恐ろしい。

 突然襲ってきた、因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのリーリア・ラスタン。

 師である御影四郎ミカゲシロウ殺害の嫌疑をかけられた、羽継。

 そして、窮地きゅうちを救ってくれたマキナの、ありえない戦闘力。

 全てが謎、謎、謎である。

 だが、不気味な平穏が続く中で、また木曜日が巡ってきた。


「ただいまー、っと。お? 俺宛に荷物……ああ、そうか。かあさん、これ――」

「キャハハ! 超ウケるし! っていうか、この時代のテレビ面白過ぎぃ! ……あ、マスター! お疲れ様です、おかえりなさーい」


 帰宅してみれば、玄関に羽継あての荷物があった。

 それを手に居間へ行くと……ソファでマキナが、せんべい片手にテレビを見ていた。あられもない格好で、大股開きでゲラゲラ笑っている。

 彼女がおおっぴらにこうしてくつろいでいるから、母は外出してるらしい。

 しかし、このままではもうすぐ帰ってくる妹の真璃マルリに見つかってしまう。

 溜息ためいきと共に、羽継はかばんからバインダーBinDERを取り出した。


「うおーい、マキナ。お前なあ……部屋から出るなって言ってるだろ。それをいつも」

「あ、待ってください! 今、とってもいいとこなんです!」

「はい、却下。ええと……ああ、これだ、これ」


 バインダーを開き、容赦なく羽継はマキナの強制躯体解除きょうせいくたいかいじょを命令する。光が浮かぶ立体映像が、その中でプログラムをリリースしてマキナへ送信された。

 あっという間に、仮の身体であるアーリィフレームが消滅する。

 マキナは頭部だけになって、ぶすっとしながら転がるのだった。


「ほら、そんな顔すんなよ。新しいパーツ、届いたみたいだぜ?」

「あ、ホントですか! ニシシ、それはそれは……ふふ、第2号のパーツ、絶対にマスターも気に入りますよ。だってほらぁ、マスターみたいな男の子にぴったりの恋人パーツですから!」

「な、なんだよ、やらしい顔すんなよな」


 ぽよんぽよんと、マキナの頭部はよく弾む。

 それを手に取り羽継が振り返った、その瞬間だった。

 そこに、あらゆる負の感情を凝結させた魔王の気配があった。


「……バツにぃから、女の匂いがする。今、女の声が、した、よ?」


 そこには、空気の密度を凝縮させる妹の姿があった。

 真璃の目が、死んでいる。

 混沌カオスふちよどんだ闇のように、暗く濁りきっている。

 これは、羽継への愛情が憎しみへと連鎖反応を起こした時の顔だ。早くなんとかしないと、被害が出てしまう。

 硬直したまま恐ろしさにすくみ、それでもなんとか打開策を考える。

 だが、わずか数秒で妙案が浮かぶほど、羽継は器用にはできていなかった。

 半ばパニックだったが、彼が選択した行動は――


「っしゃ、ディーフェン! ディーフェン!」

「ちょ、マスター、痛いっ! 痛いですってば!」

「ヘイヘイ、真璃! 行くぜインターハイ! ディーフェン!」


 突然、フローリングの上でマキナの頭部をドリブルさせる。

 いやもう、本当に中身が空気なんじゃないかってくらい、よく弾む。それをダムダムとドリブルさせ、


「ヘイ、真璃、パスだー!」

「え、あ、う、うんっ! 任せて、バツにぃ!」

「よーしよしよし、いいぞ真璃! 流石さすがは俺の妹だ!」

「エヘヘ、でしょでしょー?」


 咄嗟とっさにバスケでごまかした。

 諦めたらそこで試合終了ですよ……そう、いつだって四郎は言っていた。諦めた時が、本当に負けた時なのだ。フラットな表情で羽継は、再びパスを貰って階段を駆け上がる。

 なんだかよくわからないまま、真璃もキャッキャとついてきた。

 だが、部屋の前で急ブレーキをかけつつ、ドリブルはやめない。


「よーしよしよし、真璃! これでおやつ買ってこいよ。俺、おごるからさ」

「えっ、いいの?」

「おう! 好きなもん買ってこい。二人で食べようぜ」

「わぁ……う、うんっ! バツにぃの好きな、駅前のケーキ屋さんのシュークリームにするね! 売り切れてたら作らせるから! 待てって、バツにぃ!」


 怒涛どとうの勢いで、五百円玉を掴んだ真璃は走り去った。

 それを見送り、部屋に入るなり羽継は崩れ落ちる。

 危ないところだった……ギリギリのギリでセーフだった。人間、勢いだけでなんとかなるもんだと、妙な安堵感に力が抜けてゆく。

 それでも、不満そうなマキナの頭部を拾ってやる。


「悪い、マキナ。でも、お前が迂闊うかつなんだぜ? 部屋から出るなって」

「でーもー、ひまです! マスターの部屋、もう全部本も読んじゃったしぃ」

「そっか、まあ……考えとくわ。お前にスマホ預けておくのもいいかもな……それで安全が買えるなら、安いもんだ。ネットでも動画でも好きにしろ、と。それより」


 小脇に抱えていたダンボール箱を置いて、丁寧ていねいに開封する。

 やはり、中身は週刊カノジョイドだった。

 最大の謎はこれである。

 行方不明中の四郎が、死んだ孫娘にそっくりなマキナを注文した。しかし、届く寸前で自宅が爆発……リーリアは四郎が死んだと思いこんでいる。つまり、リーリア達の組織、因果調律機構ゼウスがマキナを送り込んでる訳ではないのだ。

 リーリアも、マキナの存在にはおどろいてた。

 いったい、週刊カノジョイドとはなんなのか?

 そのことばかり最近は考えてしまうが、羽継はマキナにかされ箱を開いた。


「おっ……手だ。って、手ぇ!? なんで頭の次が、手なんだよ!」

「そこはそれ、お約束ってやつですよぉ! ヘイラッシャイ、わたしの右手!」


 出てきたのは、手だ。

 ひじから先の、手。

 パッケージに密封された、細くて白くて綺麗な手である。当たり前だが、女性のものだ。そして、やっぱりマリアのことを思い出してしまう。

 御影マリアの手に、触れたことはない。

 だが、彼女はいつも柔らかな手で羽継に触れてきた。ほおで、髪を撫で、ひたいの傷に触ってくれた。気にすることはないと言い、羽継のバッテンじるしが好きだといってくれたのだ。

 そのマリアも、もういない。

 なのに、全く同じ美貌のマキナたるや、おおよそ女子がしてはいけない言動のオンパレードである。


「マスター! よかったですね、ほら! 恋人の右手ですよ、!」

「ちょ、おまっ! う、うるさいよ!」

「多感な少年時代のアレコレ、わたしがしぼってあげますからね」

「……いや、普通に引くからやめて」


 ともあれ、バインダーを出してまずはマキナのアーリィフレームを出してやる。

 相変わらずスタイル抜群の姿が浮かび上がって、全裸ながらメカメカしいマキナが目の前に立った。そして、さらに操作を続ければ、送られてきた新しい右手が光となって彼女に吸い込まれる。

 マキナの鋼鉄の右腕が、すぐに人間同様のものに置き換わった。

 こうして毎週、彼女にパーツを足してやるわけである。

 マキナは、新しくなった右手を見詰め、嬉しそうにグッパグッパと開いては閉じていた。


「わぁ、マスター! 見てください! すっごくいいですよぉ、これ!」

「おう、よかった。それでな、マキナ……いつもはぐらかされてるけどさ。そろそろ、お前のことを話して――って、なんだよ、おい」


 突然、座る羽継の鼻先に手が差し出された。

 今しがた付けられたばかりの右手を、マキナが差し出してきたのである。

 彼女はエヘヘと笑って、意外なことを言い出した。


「マスター、握手あくしゅしましょう!」

「……はぁ?」

「これからずっと、この手がマスターのカノジョイドの手です! バトルフレームでの戦闘以外は、この手がマスターをお支えして、尽くしますです!」

「お、おう。いや、なんか……そんなに改まってどうしたんだ」


 おずおずと立ち上がり、しょうがないからマキナの手を握る。

 そこには、ちょっとした驚きがあった。


「お……マキナの手、温かいな」

「はいっ! カノジョイドとしての正式な手ですから! 他には? 他にはなにかありませんか?」

「えっと、柔らかい」

「そうでしょう、そうでしょうとも! エッヘン! マスター、これからもよろしくお願いしますね」


 マキナは嬉しそうに、握手を交わした手を上下にブンブン振った。

 なんだか照れくさいが、彼女は本当に嬉しそうである。

 だが、ほわわかな一時もそこまでだった。

 突然、下の玄関から女の悲鳴が響く。

 きぬを裂くような女の悲鳴とは、こういう声を言うのだろう。

 慌てて羽継は部屋を飛び出し、ついてこようとするマキナを追い返した。急いで階段を降りれば、そこには見知った女性がへたりこんでいた。

 そして、ドス黒いオーラをゆらめかせて、帰宅していた真璃が振り向く。


「あ、バツにぃ……なんか、知らない女の人が……バツにぃ、居るかって」

「ま、待て! 早まるな、真璃! ドウドウ、ドウ! ウェイト!」

「あは、大丈夫だよぉ? バツにぃに近づく女は、全部あたしが駆逐するから」

「その人は、ええと、リーリアさんは違うんだ!」


 そう、怯えた表情で震えているのは、誰であろうあのリーリアだ。今日はまともな服装で、ジーンズに革ジャンとラフな格好である。

 その彼女が、玄関で悪鬼羅刹あっきらせつごとき少女に気圧けおされていた。

 意外な珍客だが、殺意も敵意も感じない。

 それ以前に、怯えてすくむ姿に声もでない羽継だった。

 リーリアは、上ずる声でなんとか言葉を絞り出す。


「わ、私、は……あの、裏の四郎サンの、親類で、えと……その、キミは羽継クンの」

「妹を超えた恋人、むしろ愛人? だから、邪魔者は」

「ま、ままっ、待って! 助けて、羽継クン! この、変よ!」


 まさか、向こうから穏便な接触があるとは思ってもいなかった。それで羽継は、自分の分のシュークリームを犠牲にすることで、なんとか真璃の怒りをなだめることにするのだった。

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