第6号「週刊カノジョイド!躍動!」

 突然のまぶしさに、野上羽継ノガミハネツグは思わず目を手でおおった。

 そして、マキナの声が叫ばれる。


「おおおっ! バディ・イィィィィィィィンッ! ダラッシャァ!」



 気付けば、彼は不思議な空間に立っていた。先程の路上ではなく、密閉された室内のようである。それでいて圧迫感を感じないのは、周囲にぐるりと外の風景が映されているから。

 まるでパノラマのように、見慣れた町並みが広がっていた。

 だが、少し様子が変だ。


「お、おい、マキナ! お前、どこにいったんだ? ここは」


 ぐるりと囲んでくる球形のモニターに、無数のメッセージが流れては消える。

 そして、小さなウィンドウがポップアップし、その中でマキナがニパッと笑った。


『マスターは今、わたしの中にいます!』

「な、なんだって!? じゃあ、俺は小さくなったのか!?」

『いーえっ! わたしが大きくなったんです! しかもっ! マスター、バインダーBinDERを通じて起動してください! わたしの第三の躯体くたい、バトルフレームを!』

「な、なにを……ん、光ってる。こ、これか!」


 そう、羽継を包む風景は、普段見るよりずっと遠くまで見える。

 眼の前に立つ巨大ロボット、謎の女がモビルタイタンと呼んでいた敵も、先程より小さく感じた。それでも、見上げる視線はマキナが二回りほど小さいことを示していた。

 そして、マキナの全身を表示するウィンドウが浮き上がり、その姿は変わる。

 変身……全裸状態なアーリィフレームを、あっという間に光が包んだ。そして、鋼鉄のドレスを着た戦乙女ワルキューレが現出する。最後にマキナは、そこだけ人間そのものな頭部にティアラのようなバイザーを装着した。


『セットアップ! バインダー、発動……やりますよ、マスター!』

「やりますよ、って、なにを!」

『やだなあ、マスターってば。若さに燃える少年が、カノジョイドとことといったら一つじゃないですか。ムフフ』

「そんなことを言ってる場合じゃ――」


 モビルタイタンが拳をぶつけてくる。

 だが、その大質量をマキナは片手でピタリと止めた。力を入れた素振りはない。ただ、迫る鉄拳にひるんだ羽継を、マキナは守ってくれたのだ。

 放熱と共に敵は豪腕を押し込んでくるが、マキナはぴくりともしない。

 恐るべき力の、その源は……羽継が手にするバインダーだと彼女は言う。


「このバインダーに、そんな力が?」

『はいっ! それはマスターがわたしを管理、操縦するためのデバイスです! さあ、いきますよ!』

「だから、いくって言われても」

『やだなあ、マスターってば。若さを持て余す少年が、カノジョイドにといったら』

「そのパターンはよせ、さっきも聞いたっ!」


 ようするに、巨大化したマキナは一緒に戦ってくれと言ってるのだ。

 だが、当たり前だが羽継にはその知識も経験もない。

 困っていると、バインダーから浮き出る立体映像になにかのリストが表示された。マキナのマニュアルのようだが、戦闘についての項目だけが次々と展開されてゆく。


『安心してください、マスター! わたしの操縦は音声入力です! あと、ガッツとファイトです!』

「おいおい……そんなにふわっとしてて大丈夫なのかよ」

『モチのロン! さあ、戦術オプション選択です。必殺技を叫んでくださいっ!』

「ありがちな! ええい、くそっ! こうなりゃ自棄ヤケだ、やってやるぞ! 因みにそういう意味じゃないからな!」

『まだなにも言ってませんよ。でもぉ、どーゆー意味なのかなぁー? フフーン?』


 うざい。

 なにこれ超うざい。

 だが、命の危険を前にマキナは助けてくれたのだ。

 そして、目の前の脅威を排除しなければ、元の時間軸には戻れないかも知れない。今、謎の女によって羽継達は通常の時間の流れから外れてしまった。先程の説明を聞けば、そうらしいと理解するしかない。だが、納得できるかどうかは別の話だ。

 ともあれ、羽継はバインダーが表示する戦術オプションを読み上げる。


「っし、やってみる! いくぞ……ただれた劣情を若さに任せて吐き出、し、た……おいマキナ、なんだこれ!」

『必殺技の名称です! 因みに全部、わたしが手入力で設定しました!』

「こんな……こんな技名、叫べるかっ!」


 どう見てもここでは書けないような単語を駆使した文章、卑猥な文章が並んでいる。しかも、それを叫ばないとマキナは戦えないらしい。

 かすマキナはついに、パンチを受け止めたまま組み付かれてしまった。

 パワーで勝るも、質量と体格では相手に分がある。

 このままでは、徐々に圧殺されるのは目に見えていた。

 熱くなる顔の火照りを自覚しながら、羽継は渋々叫ぶしかない。


「クソッ、背に腹は変えられないっ! やってくれ、マキナ! 爛れた劣情を若さに任せて吐き出したあの夏の思い出パンチッ!」

『略してぇ、ただのパァァァァァンチ!』


 重々しい敵を振り払って、マキナは振り上げた右の拳を放った。

 オーバーハンドで叩きつけられたパンチが、相手の顔面をとらえる。そのまま振り抜けば、あっという間に遠くに衝撃が突き抜けた。

 吹っ飛ばされたモビルタイタンは、何度も住宅街の民家を破壊しながら土柱をあげる。

 離れて見守る謎の女が、驚愕きょうがくに思わず漏らした声を外部スピーカーが拾う。


『ちょっと……ちょっと、ちょっと! 聞いてないわ! なんなのこれ』


 それは羽継の台詞セリフだ。

 突然襲われるなんて聞いてないし、助けに来たマキナにはあきれてものもいえない。略して、でいいなら羽継も略しちゃいけないのか? だが、バインダーには無情にもれた果実だの、青い衝動だの、ちょっとアブナイ単語が並んでいる。

 そして、次のマキナの一言がトドメになった。


『マスター、バディ・インしてる時のわたしは基本、マスターの思考通りに動きます。でもほら、必殺技は叫ばないと!』

「……ほう? 言うことはそれだけか」

『さあ、次はトドメです! あの日見た夕日の中で交わした口づけ、その行き交う呼気の熱さをもう一度キック、略してあのキックです!』

「考えるだけで、いいんだな?」

『そうですが、叫んでもらわないとわたしの気分が、んごぉ! ぎっ! ふがあっ!?』


 突然、マキナは

 そのまま器用に片足立ちで、今度は拳のアッパーカット。

 うん、やはり思った通りに動く。

 一番ブン殴りたい奴を、ちゃんとマキナは殴ってくれた。


『酷いですよ、マスター! わたし、こう見えてもバトルフレームの時は凄い攻撃力なんですから!』

「やかましい! でも、助かった。ありがとな、マキナ」

『フフーン、そうでしょう! そうでしょうとも! わたし、でかした! でかしてる!』

「調子に乗るんじゃないの。さて、ちょっと降ろしてくれ。あの人ともう少し話さないと、訳がわからない」


 ふわりと風が羽継を包んだ。

 そのまま彼は、真下に開いた穴から滑り降りる。

 ゆっくりとアスファルトに着地すれば……そこは巨大化したマキナの股間の下だった。見上げて思わず赤面し、慌てて離れる。マキナはマキナで、メタリックな変身ヒロイン風のスカート装甲を抑えて「いやん」と笑う。

 嫌になってくるのはこっちの方だ。

 それはさておき、羽継はあっけにとられる先程の女性に向き合う。


「教えてくれ、どうして俺を襲った? 時間の流れから切り離したと言ったな……俺達は戻れるのか? それと、静流シズルは無事なんだろうな!」


 今もずっと後ろの方で、蝶院寺静流チョウインジシズルは固まっている。

 時間の流れが止まってしまったのだ。

 それは全て、謎の女の出現と共に始まったのである。


「……いいわ、教えてあげる。私はリーリア・ラスタン……因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのエージェントよ」

「因果調律……ゼウス? それって」

「そしてキミは、野上羽継クン。後の世の、DIVER-Xダイバー・エックス……数年後にキミは、世界で最強の力を手に入れる。そして、それを止めようとしたあの人は……御影四郎ミカゲシロウは、キミに殺された」

「ま、待ってくれ! それは違う! なんの話か、俺にはさっぱりわからないんだ!」


 まさに、寝耳に水である。

 リーリアの言っていることが、これっぽっちも理解できない。その全てが預かり知らぬことであり、四郎にいたってはまだ生死が不明なのだ。

 それ以上に、羽継には四郎を殺す理由がない。

 しかし、おぼろげながらもわかることが一つ。


「リーリアさん、あんたは時間を操った……その、因果調律機構? ゼウスっていうのは」

「そうよ。キミから見て未来の時間軸から来てるわ。勿論もちろん、四郎もそう。彼は仲間で、相棒で……私にとって、大切な人だった」

「それと、もう一つ。教えてくれ……DIVER-Xってなんだ? 俺はなにか、しでかしちまうのか?」


 リーリアは少しの沈黙を挟んで、やれやれと肩をすくめた。


「ま、いいわ。今回は私の負けね……まさか、覚醒前のDIVER-Xが、あんな戦力を持ってるなんて。なに? あのロボット。しかも、趣味が悪い」

「ロボットじゃないですよぅ! アンドロイド、カノジョイドです!」

「……ますますわからないわ。観測した限りでは、この時代にそんなものは……っと、そろそろ限界か」


 リーリアは最後に、手首についている小さな端末を操作した。

 彼女は、ここが切り離された時間なので、現実の時間軸にはなんの被害も出ていないという。つまり、先程派手にモビルタイタンをフッ飛ばしたが、それで破壊された民家は『この閉鎖空間のみ』ということになるようだ。

 そして、時間が動き出す……背後では、マキナは普通の大きさに戻っていた。


「あっ……ちょっと、リーリアさん!」

「また会いましょう、羽継クン。キミ、逃さいないぞ? じゃ、またね」


 リーリアはジャンプと同時に電柱の上に立ち、そのまま遠くへ飛んで消えた。ただただ見送るしかない羽継は、背後で悲鳴を聴く。

 元に戻った静流は今、マキナを指差し「へっ、変質者!」と絶叫していた。

 そのままくらりとよろけて、静流は気を失った……それは、皮肉にも羽継には都合のいいことなのだった。

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