第5号「週刊カノジョイド!変形!」
勉強道具を筆箱ごと忘れてきたからではない。強いて言えば、羽継が忘れた訳じゃない。だが、常に隣の
これも全部カノジョイドのマキナって奴の仕業なんだ。
そう、全てマキナが悪い。
下校中の今も、その想いは虚しく身に満ちている。
「ちょっと、大丈夫? バツ、今日はなんだか……その、少し面白いけど、変よ?」
隣を歩く静流が、深刻な顔で覗き込んでくる。
ギギギギと不協和音を奏でるような気持ちで、羽継は彼女へと首を巡らせた。
静流はフラットな表情の羽継を見て、プッ! と吹き出した。
そういうとこは、とてもかわいい女の子だと思う。
意外と隠れファンが多いのも納得だ。
「なぁに? バツ、この世の終わりって顔してるんだもん……やだもう」
「この世の終わり、かあ。俺、始まってすらいないんだけど」
「そ、そうよね、確かに、そうだわ! 私達、始まってすらいないのだわ!」
「おいおい、なんで急に盛り上がるんだよ」
そういえば静流は、時々こうして羽継についてくる。彼女の自宅は反対方向の
だが、そのことをやんわり伝えたら、彼女は
なにか失礼なことを言ったかなと思ったが、心当たりはない。
「そっ、そそ、それは、ほら! 今日、帰りのホームルームでも言ってたじゃない? この辺に不審者、怪しい女が出るって! もしそうなら、一人は危険よ」
「っべー、それな。うん……すっごい心当たりがあるっていうか」
「違うわよ、あんたのキモウトじゃなくて。あれは不審者じゃなくて、変質者でしょ」
「否定できないのが兄として辛いな」
そうか、と羽継は静流の言葉に感謝した。
彼女は
「なんか、ありがとな、静流」
「なっ、なな、なによっ! 改まっちゃって……その、クリスマスは暇でしょ? 元日とか、バレンタインとか……それにほら、卒業式は体育館裏の桜の木の下で待ってるから」
「なんだそれ、意味がわからん」
「ッ! なんでもないのだわ!」
うろつく不審者の女というのは、ホームルームも虚無感に浸っていた羽継には記憶に薄い。だが、
だが、プイとそっぽを向いてしまった彼女を追いかける。
異変が襲ったのは、その時だった。
「……ん? あれは……ははーん、あれか」
住宅街で人通りは多くないが、往来にはまだお
冬の訪れを感じる冷たい風の中、一人の女が立っていた。
第一印象は、怪しい。
不審者と呼ぶに相応しい様子だ。
その女性は、長い長いトレンチコートを着ており、伸ばした髪はなんと緑色だ。ちょっとセンスを疑う。そして、郵便ポストの影に隠れるようにして、大通りの方をこっそり見ている。まるで監視しているかのような雰囲気だ。
これはまずいぞと、羽継は思わず前に出る。
片手で静流を制して
「むむ? ああ、丁度よかった。そこのキミ……って、ありゃりゃ? ……ほうほう」
かなり美人だ。
外国人だと思うが、すっきりとした目鼻立ちは日本人にも見える。なにより、
だが、怪しい……彼女は羽継を見るなり、目の色を変えたからだ。
「あ、あのっ! 俺に手を出すと妹がタダじゃおかないですよ。ほんともう、あいつは警察沙汰になりますから! 俺、妹を犯罪者にだけはしたくないんですよ、だから」
「ん? えっと……キミ、野上羽継クンよね?」
「そうですけど……おい、静流。やばいぞ、お前だけでも……あれ?」
謎の女を睨んだまま、羽継は口早に呼びかけた。
だが、反応はない。
妙だと思って振り返り、絶句。
そこには、まるで凍りついたかのような静流の姿が立ち尽くしていた。
「お、おいっ! 静流! お前、なにやってんだ……逃げろって!」
「無駄よ、羽継クン。いえ……
女は着ていたトレンチコートを脱ぎ捨てた。
やっぱり不審者、変態さんだった。
白い肌に悪目立ちする、毒々しい黒のラバースーツ。しかも、局所的に露出度が激しい。こういうの、よく子供向け番組で悪の女幹部が着てる気がする。
でも、現実で遭遇したらただの変態さんだった。
「くっ、どうなってるんだ? おいっ! 静流になにをした!」
「その
空を飛ぶ鳥、大通りの車、そして周囲の全てから音が消え去っていた。
それだけではない、あらゆるものが静止して見えた。
そう、まるで時間が止まってしまったかのように。
ありえないと思いながらも、羽継は改めて女に
「……時間を止めた、のか? どうやって」
「正確には、私とキミだけを時間の流れから切り離したの。つまり……こういうことになっても、誰も助けには来てくれないわよ? そう、誰の邪魔も入らない」
突然、轟音と共に風が舞い上がった。
そして、激震。
風圧の中で自然と、羽継は自分で静流を守る。
だが、まるで彫像のように黙した静流は、普段の元気も柔らかさもなかった。ただの冷たい輪郭、彼女の外側だけがそこに
それでも、羽継は舞い上がる
そして、振り向く肩越しに見た。
「なっ……おいいっ! 待て待て、待てって! なんだよ、それ」
そう、そこには巨人が立っていた。
静止した世界の中で、女と羽継の他に動いている。
全高はゆうに7mはある。そして、人の姿をしているが、全身が筋肉で膨れ上がったプロレスラーのようだ。
甲高い駆動音と共に、その鉄巨人はこちらへ一歩を踏み出した。
「あの人の
羽継の前に今、迫る死がそびえ立っていた。
その巨大な
こんな時、走って逃げればいいのに足が動かない。完全に
だが、ふと頭の奥から声がする。
師匠と慕った男の声が、その教えが響いてくる。
「クソォ、なんだってんだよ!」
――
その男、
その意味がようやくわかって、羽継は身を投げ出す。
アスファルトに無様に転がれば、先程まで自分がいた場所に鉄拳が振り下ろされていた。
えぐれた道路から右腕を引っこ抜き、モビルタイタンと呼ばれた巨大ロボットは再び迫る。
「クッ、どうすれば……冷静になれ、冷静になるんだ!」
打開策を頭の中に探して、立ち上がろうとする。
全身の力が漏れ出てゆくようで、入れ替わりに絶望が這い上がってきた。
だが、必死に
――おお勇者よ、死んでしまうとは情けない……マスターはわたしが守ります!
反射的に羽継は絶叫していた。
「あのダメロイド! 回想なのに細部が全然違う喋りじゃないか、クソォ!」
迷っている暇はなかった。
リュックサックを放り投げるようにして下ろし、中から
震える手で開けば、光が広がった。
それを見た例の女が、表情を引きつらせる。
「むっ? な、何故……どうしてそんなものを!? それは――」
だが、構わず羽継は叫んだ。
「マキナッ! 助けてくれ! お前の力が……お前が必要だ!」
情けない話だが、他に手はなかった。
そして、次の瞬間……開いたバインダーから天へと
その
「呼ばれて飛び出て、ズババババーン! ツヨキャワ☆カノジョイド、その名もマキナッ! マスターのためにただいま参上!」
しゅたっ、とマキナが目の前に舞い降りた。
同時に、羽継を踏み潰そうと迫る鉄塊の足を受け止める。
「うっ! ぐぐぐ、んぎぎ……うおおっ、高まれ女子力!」
「マッ、マキナ! お前」
「マスター、バインダーを! そう、バインダー……
アーリィフレームと呼ばれる、マキナの仮の身体。その全身が光り始めた。
溢れ出る
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