第4号「週刊カノジョイド!起動!」

 学校の屋上へと飛び出て、空の下。

 本日快晴、とてもいい天気である。

 野上羽継ノガミハネツグは背後でドアを閉めるなり、リュックの中身をぶちまけた。


「ああっと! ら、乱暴ですよぉ! もぉ、マスターってば……そういうプレイ、まだ駄目ですってばぁ」


 ぽいん、ぽいん、とゴムまりのように弾む頭部パーツ。

 そう、マキナである。

 何故なぜか教科書や筆記用具の代わりに、マキナがリュックの中に入っていたのだ。

 息を荒げて、羽継はマキナの頭に駆け寄る。


「おい、お前っ! なんで……ってか、俺の勉強道具は? 弁当は!」

「あっ、大丈夫です。ちゃんと部屋に置いてきましたから。因みに今日のお弁当は、唐揚げと卵焼き、ベーコンのアスパラ巻きなんかが入ってましたね。ごちそうさまです!」

「おま……食ったのかよ! つーか、食ったもんどこに行くんだよ!」

「それは女の子に聞いちゃ駄目なやつですよぉ」


 マキナは全く悪びれた様子がない。

 全く意味がわからない。

 彼女の行動が理解不能だ。

 加えて言えば、首一つにしては行動力があり過ぎる。

 呆然ぼうぜんとしている羽継の前に、ふわふわとマキナは浮かび上がった。


「実は、マスターにお伝えしていなかった大事なことがあって」

「そ、そうなのか? いやでも、お前なあ」

「とっても緊急のことだったので、忘れちゃいけないな、って。そう思ってたんですけど、すっかり忘れてたんです、わたし」

「ア、ハイ……で? なんだよ、もう」


 正直、昨日からマキナに振り回されっぱなしだ。

 まず、彼女の存在を知ったら……妹の野上真璃ノガミマルリは平常心を失うだろう。もともとおかしい妹のアレコレが、新たなやばさに覚醒するのだ。兄がカノジョイドなる、女の子のロボットを造ろうとしている。それを知ったら、羽継の命に関わる。

 だが、マキナは全く気にした様子を見せない。


「マスター、創刊号に一緒についてきたバインダーBinDER、ありますよね?」

「……バインダー?」

「はいっ! その、バインダーについての説明を忘れていたんです」


 マキナは、リュックの中にバインダーとやらを入れてきたと言う。

 渋々中を見れば、確かに大きなバインダーが入っていた。学校でもよく見る、プリント等をはさめておくあのバインダーである。A4サイズより一回り大きく、不思議な素材の手触りはプラスチックとは思えない。

 真っ黒な分厚いそれは、まるでなにかのマニュアルである。

 勿論もちろん、中にはまだなにも挟まっていない……そう思った瞬間だった。


「な、なんだ!? おいマキナ、これは」


 不意に、開いたバインダーの上に映像が浮かび上がった。

 信じられないが、空気中に立体映像が表示されている。


「はい、それがバインダーです、マスター! それでですね、って……マスター?」

「い、いや、これどうなってんだよ」

「あー、ちょっと馴染なじみのないデバイスですか? まあ、紙を挟めるものではないんですけど、毎号送られてくるパーツのデータを管理してもらわないと」

「や、やっぱり毎週お前の部品が送られてくるのか?」

「はいっ! 次の第二号は……ふふ、ですよ!」


 思わず、想像してしまった。

 羽継も立派な男の子、まだまだ思春期真っ盛りな16歳である。

 それはそうと、改めてバインダーが宙にえがく文字を目で追った。

 コロコロと転がってきて、マキナが羽継の頭に乗ってくる。


「実は、わたしも首だけっていうのは凄く不便なんですよ。だから」

「だから?」

「バインダーの機能の一つである、アーリィフレームを起動してほしいな、って」

「アーリィフレーム? それは――」

「ちょっと待ってくださいね、ええと……えいっ!」


 マキナの大きな瞳が点滅する。

 無数の光が行き来して、バインダーの表示する内容も変化してゆく。そして、目の前にすらりとスタイルのいい少女の立体映像が現れた。

 思わずその姿に、羽継はゴクリとのどを鳴らす。

 綺麗にくびれた、腰。

 優美な曲線を描く、ヒップライン。

 スラリと長い手足。

 そしてなにより、大きくて形良い胸の膨らみナイスボイン

 顔は、マキナ……死んだ筈の御影ミカゲマリアにそっくりである。裏のじいさんこと、御影四郎ミカゲシロウの孫娘。そして、羽継にとって初恋の人。


「え、えっと、これがアーリィフレームか」

「はい! 本来の部品が全部揃うまで、首から下をサポートするボディですね。では、実体化、開始っ!」


 ぽいん、とマキナが頭から降りた。

 本当によくはずむ、まるで中身が空っぽのようだ。

 そして、時々マキナは本当に頭の悪いことを言うのだ。

 だが、突然の光が羽継を包み込む。

 その中心でマキナは、みるみる輪郭を膨らませていった。

 まばゆい輝きが集束すると、そこには……あの日去ったマリアの映し身が微笑ほほえんでいた。


「ん、オッケーですね。マスター、これがわたしのアーリィフレームです。どうです? これならパーツが揃う前でも、いろいろとマスターのお役に立てると思います!」


 マキナに身体がついていた。

 首から上は人間そのもの、本当にマリアの美貌がそのままだ。だが、身体は優美な女性的ラインで構成されているものの、これぞマシーンという光沢に満ちている。

 羽継は思わず、鼻の奥がジンと熱くなった。

 アンドロイドとはいえ、裸の女の子が目の前にいるのである。


「おっ、おお、お前なあ! とりあえず、なんか着てくれ……その、見てて、ちょっと」

「あれれー? マスターってばメカフェチですか? 今はまだ、機械の身体そのものですけど……こゆの、お好きですか?」

「ちっ、違う! 違うからな! ただ、やっぱり、恥ずかしいからさ」

「ふふ、うぶなんですね。マスターってば、かっわいー!」

「うるさいよ!」


 とうとう本当に、マキナは肉体を持つ一人の少女になってしまった。そして、その姿は嫌でもマリアを思い出させてしまう。

 ちゃんと見れば、金属らしき身体はメカそのものだ。

 だが、見目麗みめうるわしいシルエットは裸そのものである。


「さて、バインダーはしっかり管理してくださいね。それ、とっても大事なものですから」

「あ、ああ……えっと、お前は」

「わたし、家で待ってます。学校にいたら、マスターのご迷惑になりそうですし」

「ん、そ、そうか」


 意外と聞き分けのいいことをマキナは言い出した。

 そして、ニコリと笑って羽継の手を取る。

 冷たくて硬い、機械の手。

 だが、更に手を重ねてくるマキナは、じっと熱っぽい視線で見詰めてきた。


「マスター、なにかあったらわたしを呼んでください。そのバインダーでわたしと連絡が取れます。わたし、必ずマスターをお守りしますので!」

「なにか、って……あのなあ、お前の助けが必要になるかっての」

「なるんですよ、きっと。多分、おそらく……確実に」

「……マジ?」

「マジです」


 マキナは真面目な表情でうなずいた。

 初めて見るその表情は、緊張感に満ちて凛々りりしい。

 そして、美しい……でも、羽継の眼差まなざしにマキナは、にぱっと笑った。


「あれ、マスターどうしました? ひょっとして、なおしましたか?」

「う、うるさいよ」

「この身体なら、マスターを守って戦えますし、いろんなことしてあげられます。一緒にお風呂にも入れますし、添い寝もバッチリです! でも、おさわりは厳禁ですよ?」

「しないよ、そんな……これじゃ、本当にマリアさんじゃないか」


 いつも優しくて、とても親しかった女性。少し年上の、綺麗なお姉さんだった。四郎の家に行けばいつも、笑顔で迎えてくれた。

 マリアは交通事故で死んだ。

 四郎もそうだったろうが、羽継もショックだったのを今でも覚えている。そして、心の傷はまだえていない。抱えた喪失感は、んだ心の傷となって出血しているのだ。

 そんな時にマキナが現れた。

 そして今、意識するなというのが無理な姿で笑っている。


「では、わたしはこれにて! マスター、お勉強頑張ってくださいね」

「あ、ああ……って、おい! ま、待てよ、ここは屋上――!」


 不意にくるりと身をひるがえして、マキナは行ってしまった。

 ヒョイと身軽にフェンスの上に立ち、そこから飛び降りたのだ。

 慌てて駆け寄る羽継は、見た。

 長い髪を風になびかせ、跳躍するマキナの姿を。

 彼女は屋根から屋根へと、ジャンプを繰り返して見えなくなった。


「ああ、びっくりした……でも、凄い身体能力だな」


 そう、マキナはアンドロイド……カノジョイドである。

 機械の身体に秘められたパワーは、羽継の想像を上回るものだった。

 そして、彼女ははっきりと明言した。

 羽継を守る、と。

 その言葉は、暗に羽継を襲う脅威があることを意味している。だが、羽継には全く心当たりがない。強いて言えば、妹の危なっかしさが日々膨らんでいくくらいである。

 この時はまだ、知るよしもなかった。

 既に羽継は巻き込まれていた……謎の老人、四郎を巡る大きな事件へと。

 朝の風が冷たくて、前髪で隠した十字傷を洗って吹き抜けるだけだった。

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