第4号「週刊カノジョイド!起動!」
学校の屋上へと飛び出て、空の下。
本日快晴、とてもいい天気である。
「ああっと! ら、乱暴ですよぉ! もぉ、マスターってば……そういうプレイ、まだ駄目ですってばぁ」
ぽいん、ぽいん、とゴム
そう、マキナである。
息を荒げて、羽継はマキナの頭に駆け寄る。
「おい、お前っ! なんで……ってか、俺の勉強道具は? 弁当は!」
「あっ、大丈夫です。ちゃんと部屋に置いてきましたから。因みに今日のお弁当は、唐揚げと卵焼き、ベーコンのアスパラ巻きなんかが入ってましたね。ごちそうさまです!」
「おま……食ったのかよ! つーか、食ったもんどこに行くんだよ!」
「それは女の子に聞いちゃ駄目なやつですよぉ」
マキナは全く悪びれた様子がない。
全く意味がわからない。
彼女の行動が理解不能だ。
加えて言えば、首一つにしては行動力があり過ぎる。
「実は、マスターにお伝えしていなかった大事なことがあって」
「そ、そうなのか? いやでも、お前なあ」
「とっても緊急のことだったので、忘れちゃいけないな、って。そう思ってたんですけど、すっかり忘れてたんです、わたし」
「ア、ハイ……で? なんだよ、もう」
正直、昨日からマキナに振り回されっぱなしだ。
まず、彼女の存在を知ったら……妹の
だが、マキナは全く気にした様子を見せない。
「マスター、創刊号に一緒についてきた
「……バインダー?」
「はいっ! その、バインダーについての説明を忘れていたんです」
マキナは、リュックの中にバインダーとやらを入れてきたと言う。
渋々中を見れば、確かに大きなバインダーが入っていた。学校でもよく見る、プリント等を
真っ黒な分厚いそれは、まるでなにかのマニュアルである。
「な、なんだ!? おいマキナ、これは」
不意に、開いたバインダーの上に映像が浮かび上がった。
信じられないが、空気中に立体映像が表示されている。
「はい、それがバインダーです、マスター! それでですね、って……マスター?」
「い、いや、これどうなってんだよ」
「あー、ちょっと
「や、やっぱり毎週お前の部品が送られてくるのか?」
「はいっ! 次の第二号は……ふふ、とっても恋人チックなあのパーツですよ!」
思わず、想像してしまった。
羽継も立派な男の子、まだまだ思春期真っ盛りな16歳である。
それはそうと、改めてバインダーが宙に
コロコロと転がってきて、マキナが羽継の頭に乗ってくる。
「実は、わたしも首だけっていうのは凄く不便なんですよ。だから」
「だから?」
「バインダーの機能の一つである、アーリィフレームを起動してほしいな、って」
「アーリィフレーム? それは――」
「ちょっと待ってくださいね、ええと……えいっ!」
マキナの大きな瞳が点滅する。
無数の光が行き来して、バインダーの表示する内容も変化してゆく。そして、目の前にすらりとスタイルのいい少女の立体映像が現れた。
思わずその姿に、羽継はゴクリと
綺麗にくびれた、腰。
優美な曲線を描く、ヒップライン。
スラリと長い手足。
そしてなにより、大きくて形良い
顔は、マキナ……死んだ筈の
「え、えっと、これがアーリィフレームか」
「はい! 本来の部品が全部揃うまで、首から下をサポートするボディですね。では、実体化、開始っ!」
ぽいん、とマキナが頭から降りた。
本当によく
そして、時々マキナは本当に頭の悪いことを言うのだ。
だが、突然の光が羽継を包み込む。
その中心でマキナは、みるみる輪郭を膨らませていった。
「ん、オッケーですね。マスター、これがわたしのアーリィフレームです。どうです? これならパーツが揃う前でも、いろいろとマスターのお役に立てると思います!」
マキナに身体がついていた。
首から上は人間そのもの、本当にマリアの美貌がそのままだ。だが、身体は優美な女性的ラインで構成されているものの、これぞマシーンという光沢に満ちている。
羽継は思わず、鼻の奥がジンと熱くなった。
アンドロイドとはいえ、裸の女の子が目の前にいるのである。
「おっ、おお、お前なあ! とりあえず、なんか着てくれ……その、見てて、ちょっと」
「あれれー? マスターってばメカフェチですか? 今はまだ、機械の身体そのものですけど……こゆの、お好きですか?」
「ちっ、違う! 違うからな! ただ、やっぱり、恥ずかしいからさ」
「ふふ、うぶなんですね。マスターってば、かっわいー!」
「うるさいよ!」
とうとう本当に、マキナは肉体を持つ一人の少女になってしまった。そして、その姿は嫌でもマリアを思い出させてしまう。
ちゃんと見れば、金属らしき身体はメカそのものだ。
だが、
「さて、バインダーはしっかり管理してくださいね。それ、とっても大事なものですから」
「あ、ああ……えっと、お前は」
「わたし、家で待ってます。学校にいたら、マスターのご迷惑になりそうですし」
「ん、そ、そうか」
意外と聞き分けのいいことをマキナは言い出した。
そして、ニコリと笑って羽継の手を取る。
冷たくて硬い、機械の手。
だが、更に手を重ねてくるマキナは、じっと熱っぽい視線で見詰めてきた。
「マスター、なにかあったらわたしを呼んでください。そのバインダーでわたしと連絡が取れます。わたし、必ずマスターをお守りしますので!」
「なにか、って……あのなあ、お前の助けが必要になるかっての」
「なるんですよ、きっと。多分、おそらく……確実に」
「……マジ?」
「マジです」
マキナは真面目な表情で
初めて見るその表情は、緊張感に満ちて
そして、美しい……でも、羽継の
「あれ、マスターどうしました? ひょっとして、
「う、うるさいよ」
「この身体なら、マスターを守って戦えますし、いろんなことしてあげられます。一緒にお風呂にも入れますし、添い寝もバッチリです! でも、おさわりは厳禁ですよ?」
「しないよ、そんな……これじゃ、本当にマリアさんじゃないか」
いつも優しくて、とても親しかった女性。少し年上の、綺麗なお姉さんだった。四郎の家に行けばいつも、笑顔で迎えてくれた。
マリアは交通事故で死んだ。
四郎もそうだったろうが、羽継もショックだったのを今でも覚えている。そして、心の傷はまだ
そんな時にマキナが現れた。
そして今、意識するなというのが無理な姿で笑っている。
「では、わたしはこれにて! マスター、お勉強頑張ってくださいね」
「あ、ああ……って、おい! ま、待てよ、ここは屋上――!」
不意にくるりと身を
ヒョイと身軽にフェンスの上に立ち、そこから飛び降りたのだ。
慌てて駆け寄る羽継は、見た。
長い髪を風になびかせ、跳躍するマキナの姿を。
彼女は屋根から屋根へと、ジャンプを繰り返して見えなくなった。
「ああ、びっくりした……でも、凄い身体能力だな」
そう、マキナはアンドロイド……カノジョイドである。
機械の身体に秘められたパワーは、羽継の想像を上回るものだった。
そして、彼女ははっきりと明言した。
羽継を守る、と。
その言葉は、暗に羽継を襲う脅威があることを意味している。だが、羽継には全く心当たりがない。強いて言えば、妹の危なっかしさが日々膨らんでいくくらいである。
この時はまだ、知るよしもなかった。
既に羽継は巻き込まれていた……謎の老人、四郎を巡る大きな事件へと。
朝の風が冷たくて、前髪で隠した十字傷を洗って吹き抜けるだけだった。
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