第3号「週刊カノジョイド!混乱!」

 あれから野上羽継ノガミハネツグは、まんじりともせずに一夜を過ごした。

 その間ずっと、マキナは首だけで部屋中を転げ回り、何故かベッドの下を点検し、本棚のマンガ本を広げて大爆笑していた。

 正直に言って、いい迷惑である。

 だが、羽継なりに状況を整理し、考えてみた。

 あくびを噛み殺しながらの登校中も、そのことで頭がいっぱいである。


「まあ、落ち着いて考えれば……なんとなくわかるけどよ、じいさん」

「ん? どしたの、バツにぃ! やっぱり具合悪い? あたしと家に帰る? 添い寝してあげるよ、そうしようよ!」


 妹の野上真璃ノガミマルリは、朝からテンション爆超ばくちょうである。

 ブラコンをこじらせてる彼女は、遠慮なく羽継の腕に抱きついてきた。もはや日常茶飯事の平常運行で、羽継自身も好きにさせている。いろいろ無駄だと思い知ったからだ。

 それに、今は昨日の事件のことで頭がいっぱいである。

 一つ、師匠としたった御影四郎ミカゲシロウの自宅が、突然の大爆発。

 二つ、四郎は行方不明……朝刊には、死体は見つからなかったとあった。

 そして、三つ……四郎あてに届いた謎の荷物から、死んだ孫娘にそっくりなロボット。


「あ、ロボットじゃなくてアンドロイドか。カノジョイド……マキナの奴、いったい」


 そう、マキナと名乗った頭部パーツは、カノジョイド。その名から察するに、十代の少女を恋人にしたい人間が買うものらしい。週刊カノジョイド創刊号は、紆余曲折うよきょくせつを経て羽継の元へとやってきた。

 初恋の女性、マリアにそっくりなマキナに、ただただ戸惑とまどうばかりである。

 だが、布団の中で一晩考え、羽継なりに納得した。


「なあ、真璃……もしさ、もし……俺が突然死んじゃったら、どうする?」


 ふと、密着してくる妹を見下ろし問いかける。

 だが、満面の笑みで真璃は即答した。


「バツにぃ、死んだらブッ殺す♪ 殺し直してあたしも死ぬよ!」

「……すまん、俺が悪かった。今の質問は忘れてくれ」

「うんっ! バツにぃがいなくなったら、あたし泣いちゃうから」


 天使の笑みに、死神がひそむ。

 どうやら羽継は、真璃の納得がいかない形では死ねないらしい。

 だが、この世は時として理不尽で、その仕打ちは不条理がつきまとう。

 四郎にとっても、最愛の孫娘であるマリアの死はこたえたはずだ。羽継にとっては片思いの相手だったが、その気持ちを伝えられなかっただけである。だが、四郎には孫娘のマリアは、たった一人の家族だったのだ。

 孤独になった四郎を、さらなる悲劇が襲ったことになる。


「もしさ、もし……俺とそっくりなロボット、あ、いや、アンドロイド? 俺そのものなアンドロイドが手に入るとしたら、どうだ?」

「ヤだ!」

「また即答かよ……でも、ありがとな」

「バツにぃはこの世で一人だもん。でも、それはそれ! これはこれ! バツにぃのそっくりさんは、あたし専用バツにぃにする!」


 やはり、真璃に聞いたのが間違いだった。

 彼女は大きな瞳に光を吸い込み、じっと羽継を見上げてくるのだ。

 とりあえず、このヤベェ妹をこの世に解き放つことがないよう、羽継は長生きしようと心に誓うのだった。

 そして、なんとなくだが持論を心の中で整理する。

 四郎は孫娘のマリアを失い、落ち込んでいた。そして、週刊カノジョイドの存在を知り……孫娘にそっくりなアンドロイドを手に入れようとしたのでは? そう考えると、辻褄つじつまが合う。残る謎は、四郎の家が何故なぜ爆破されなければいけないのかということだけだ。

 そうこうしていると、高校の校門が目の前に見えてきた。


「っと、じゃあまたあとでな、真璃。お前の中学は、あっち」

「うう、寂しいよぉ……バツにぃ、あんまし勉強頑張らないでね? あたしが高校進学するまで、留年し続けて。そしたら、毎日一緒にいられるから」

「や、それは無理」

「えぐぅ……じゃあ、夕方また会う時まで、バツにぃのアレコレをチャージしなきゃ」


 突然真璃は抱きついてきて、羽継の胸に顔をうずめる。

 周囲の視線が、凄く痛い。

 だが、お構いなしに真璃は何度か深呼吸して、ようやく離れてくれた。

 そんな、どう見ても危ない兄妹きょうだいりんとした声が投げかけられる。


「はいはい、そこ! 朝から風紀を乱さない! ……相変わらずよね、バツってば」


 眼の前に、一人の少女が腕組み仁王立におうだちしている。

 ノンフレームの眼鏡めがねに、やや釣り眼の整った顔立ち。長い長い三つ編みは、深窓しんそうの文学少女といったおもむきだ。腕には風紀委員の腕章があり、今日も登校する生徒達に目を光らせている。

 その姿を見て、真璃が表情を明るくする。

 見るからに委員長といった雰囲気の彼女だけが、軽くんでる妹が普通に接する唯一の女子だった。


「あっ、いいんちょさんっ! 今日もバツにぃのこと、よろしくお願いしますっ!」

「はいはい、わかったから。ちなみに私は蝶院寺静流チョウインジシズル、そろそろ覚えて頂戴ちょうだい? いいこと?」

「いいんちょさんは、いいんちょさんだよぉ。なんか野暮やぼったくて垢抜あかぬけないから、あたしすっごく安心してます! それじゃ!」

「ちょっと待ちなさいよ、それってどういう……あーもぉ、バツ! あのなんとかしなさいよ!」


 風紀委員でクラス委員長、蝶院寺静流がギロリとにらんでくる。

 妹のキモさとヤバさは自覚してるので、羽継としては平謝りだ。


「すまん、静流! このとーりっ! あいつ、悪気はないんだよ。頭は悪いけど」

「知ってるわよ! ……また、野暮ったいって、垢抜けないって言った。地味眼鏡で根暗ねくらな委員長キャラって」

「や、そこまでは言ってないって」


 静流を一言で言うと、面倒くさい女子である。

 だが、羽継とはクラスメイトで席が隣同士、なにかと馬が合うのだ。

 苦笑交じりに肩をすくめて、静流は腕時計を見やる。ちょっと高そうなブランド物で、彼女の生まれと育ちが自然と知れた。

 そして、予鈴よれいの金が響き渡る。


「さて、と。行きましょ、バツ。風紀委員が遅刻してちゃ、目も当てられないわ」

「だな」

「そういえば……昨日、大丈夫だった? あんたの家の近くで、テロがあったんでしょ?」


 どうも、話は随分と尾びれ背びれがついているようだ。

 羽継は経緯をかいつまんで説明しながら、玄関で靴を履き替える。こうしていつもの日常に戻ってくると、昨日の出来事はまるで夢のよう。

 そう、悪い夢をみていたんだと思うこともできる筈だ。

 四郎の死体が見つからなかった、つまり死亡は確認されていない。

 まだ希望は持てるし、諦めを拒絶しあらがうことを教えてくれたのも四郎だ。

 静流と教室についた時には、羽継は少しだけ気持ちがやわらぐのを感じたのだった。


「おっ、バツじゃんかよ! 無事だったな! 昨日、凄かったんだって?」

「タンクローリーが裏山に突っ込んだらしいな」

「いや、俺が聞いた話じゃ、妹さんがまたやらかしたんだろ?」


 いつもの面々が出迎えてくれて、羽継も笑顔で挨拶に応じる。

 妹の奇行も含めて、いつも通りの朝だ。

 なにも変わらない。

 そしてまだ、なにも失っていないと思いたい。


「や、違うんだよ……なんかさ、裏山のじいさんちが爆発して。……まあ、でも、まだ死人が出たって決まった訳じゃなくてさ」


 羽継は自分の席にリュックサックを置いて、押し寄せる質問にまとめて応えた。

 それでもワイワイと集まるクラスメイトを、静流が押し留めてくれる。彼女なりの気遣きづかいが嬉しいし、逆の立場なら羽継も彼女を守っただろう。


「はいはい、いいから席について! 朝のホームルームが始まるでしょう? バツだって大変だったんだから、そういう話はまたの機会にして」

「ちぇー、委員長はいつもこれだ」

「いいよめを持ったな、バツ!」


 これもいつものやり取りで、すぐに静流は顔を真赤にして叫んだ。


「だっ、誰が嫁よ! 鬼嫁なんかじゃないもの、せきだってまだ入れてないし、バツなんかと結婚するもんですか! それを、遺産目当ての泥棒猫どろぼうねこだなんて!」


 そこまで言ってないし、そもそも野上家に財産なんてない。

 だが、お馴染なじみな光景に羽継も笑みが浮かんだ。

 また、笑えた。

 悲しい驚きを、今だけ少し遠ざけられた気がする。


「はは、静流さ……少し、俺が、傷つく。あと、うちなんかに嫁に来るなよ? 俺は殺人鬼の兄になっちまうからさ。さて、と……ッ! ――ほああああっ!」


 リュックサックから教科書等を出そうとして、羽継は頓狂とんきょうな声を張り上げてしまった。そこには、そんじょそこらのホラー映画も裸足はだしで逃げ出すシチュエーションが待っていたのである。

 歩道下の排水口から、ピエロに呼びかけられた気分だ。

 なまじ笑顔なだけに、心臓に悪い。


「ん? どしたの、バツ。ま、まあ……あのキモウトにも言われてるし、な、なんでも、私にそっ、そそ、相談、しなさ――って、バツ?」

「悪い、静流! 俺っ、ちょっとトイレ! れそうだ!」


 あわてて羽継は、リュックサックを背負い直す。

 そのまま猛ダッシュで教室を出るや、あせる気持ちにまかせて廊下を走った。どこへ向かえばいいかもわからず、とりあえず階段を上に駆け上がる。

 その間もずっと、背中からあの声が呼びかけていた。

 そう……リュックの中には何故なぜか、

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