第8号「週刊カノジョイド!真相!」

 結局、妹の真璃マルリには自分の分のシュークリームも与えた。これで平和が買えるなら、安いものである。身内から犯罪者、それも猟奇殺人犯を出さないで済むのだから。

 そんな訳で、野上羽継ノガミハネツグは裏山へと歩く。

 突然訪問してきた、リーリア・ラスタンと共に。

 すぐに全焼した御影四郎ミカゲシロウの家が見えてきて、思わず足早になる。警察が張った黄色い規制線の向こうに、見るも無残な光景が広がっていた。


「……やっぱ、じいさんが戻ってきてはいないか。でも、まだ死体は見つかってない」


 この場所を訪れるのは、事件があってから初めてだ。

 リーリアに言われるまで、忘れていたのもある。

 無意識に遠ざけ、触れぬようにしてきた……この場所に本当は、平屋建ての古びた日本家屋があったのだ。四郎はいつも、縁側えんがわに座って庭を眺めていた。羽継が訪れれば、いつでも知識を授け、身体を鍛え、惜しみなく時間を使ってくれた。

 そんな師匠と弟子のような二人を、孫娘のマリアが温かく見守ってくれていたのである。


「リーリアさん、ここがじいさんの家……だったとこです、けど……リーリアさん?」


 妙齢の美女を振り向き、羽継は絶句した。

 リーリアはまるで彫像のように凍ったまま、泣いていた。

 こぼれる涙さえ忘れたように、立ち尽くしていた。

 だが、再度呼びかけるとほおを手で拭う。

 羽継の疑念は、この時点でなかば消え失せた。少なくとも、今日は先日のような荒事あらごとにはならないだろう。マキナを呼ぶためのバインダーBinDERは手にしているが、使わなくて済みそうだ。犯人は必ず、犯行現場に立ち戻る……そんな言葉もあるが、今回は違うと信じたい。

 リーリアは無理に笑うと、ぎこちなく微笑ほほえんだ。


「……ここに四郎が?」

「はい。俺が2歳か3歳の頃に越してきたと思います」

「そう……ありがと」

「い、いえ、俺は別に」


 礼を言われるようなことは、なにもしていない。

 だが、突然の訪問でリーリアが要求したのは、四郎の住んでいた場所はどこかという問いだった。彼女は、花やお酒が置かれた一角に立つと、左の胸に手を置いてうつむく。

 少し思い出話などを求められるかと思ったが、前を向いて彼女は振り向いた。

 そして、恋人の死よりも、羽継の事情について語り出す。


「改めて自己紹介するわね。私はリーリア・ラスタン。因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのエージェントよ……死んだ御影四郎と同じ、ね」

「いや、まだ死んだと決まった訳じゃ……その、親しかったんですよね?」

「ええ、それなりに。……将来を約束して、一緒に未来を守ってた。二人で進む未来、人類のあるべき未来を」


 リーリアは順を追って、わかりやすく説明してくれた。

 因果調律機構ゼウスは、天暦てんれき240年という遠未来えんみらいに結成された超法規的組織である。つまりリーリアと四郎は未来人で、西暦が終わったあとの時代から来た。

 そう、先程も言ったように……人類のあるべき未来を守るために。


「天暦という時代、人類は外宇宙そとうちゅうへと進出を終え、あまねく銀河の隅々へと版図はんとを広げて繁栄したわ。そして、繁栄し終えた」

「と、いうと……」

「人類という種そのものが老年期に入ったんでしょうね。探究心や好奇心より、停滞とさえ言える安寧あんねいを求め、終わり方だけを考えるようになった。成熟した種ゆえのアポトーシスみたいなものよ」


 生物の細胞は時として、全体のために自ら死んで滅びることを選ぶ……それがアポトーシスである。世界を構成する細胞の一つである人類という種が、役目を終え始めたのだとリーリアは語った。

 そして、話は本題へと入る。


「そして、人類の中から次なる人類が現れ始めた……彼等のことを私達は、DIVERダイバーと呼んでるわ」

「DIVER……あ! それで俺がDIVER-Xダイバー・エックスって」

「そう、信じられないかもしれないけどね、羽継クン。キミがこの世界での、最初のDIVERよ。超常ちょうじょうの力に目覚めた異能種いのうしゅ……次なる人類、DIVERの始祖しそにして真祖しんそ

「そ、それって」


 ぐいと身を寄せ、リーリアが手を伸ばしてきた。

 ひんやりと冷たい手は、柔らかく触れてくる。そして、羽継が前髪で隠しているひたいあらわにした。そこには、まるでバッテンのような古傷が鮮明にきざまれている。

 まさかと思ったが、リーリアはじっとその傷を見詰めてうなずいた。


「西暦の時代に、初めてDIVERとして覚醒した人間がいた。私達ゼウスは、時間を逆行しながらその人物を探し――」

「殺そうとした?」

「……ええ、そうよ。四郎は危険なその任務の専任だった。私より任務を選んだのかな? でも、失敗した……いいえ、彼が失敗したんじゃないの。因果の調律がなされなかった」


 昔、そんな感じのハリウッド映画を見た記憶がある。

 核戦争後の荒廃した未来から、筋肉ムキムキの殺人アンドロイドが送られてくる……そのアンドロイドは、未来の世界で人類の救世主になる子供と、その母親を殺そうとするのだ。

 羽継の場合は、四郎が殺しに来たとリーリアは言っている。

 映画と違うのは、刺客しかくを送り込んだ側が人類ということだけ。


「結論から言うと、西暦2025年の野上羽継を殺すことに成功したわ。まだ微弱な能力しか持っていない、ただの市民だった青年をね」

「でも、失敗したというのは……」

「過去を修正することで、その影響を未来に……私達の時代と、その先へつなげる。これを因果の調律と呼んでるの。でも、キミの死はなにも変えなかった」

「そ、そりゃそうですよ! タイムスリップ系の基本なんじゃないですか? え、ええと……エビフライエスプレッソ?」

ね。そう、地球の裏でちょうが羽ばたく、ただそれだけで未来は変わってしまう。そして、本来あるべき不動の未来と別に、


 四郎が大人になった羽継を殺しても、それは新たに『DIVERという新人類が現れない未来、野上羽継がいない未来』が発生するだけである。新たな可能性へと分岐ぶんきした未来は、決してリーリア達の生まれた未来へは繋がらないのだ。

 本来ならば、そうだ。

 だが、それを繋げるからこそ因果の調律だと彼女は言い切る。


「因果の調律は、極めて高度な計算のもとに行われるわ。西暦2025年が選ばれたのも、その時点でキミが死ぬのが、最も影響が少なく、かつスムーズに本来の歴史に繋げられるから。でも、なにかしらの計算ミスがあったみたい」

「その原因は?」

「不明よ。ただ……四郎は何故なぜか、突如とつじょとして組織を抜けて消えた。更に時間をさかのぼり、この時代……西暦2003年に来て、今度は逆にキミを守り始めた」

「西暦2003年……あっ! 俺が生まれた年か」


 リーリアは大きく頷くと、ヒョイと規制線を軽々と飛び越えた。

 力を込めた様子を見せなかったが、彼女はそのまま焼け跡の中を歩き出す。


「ゼウスはすぐに四郎を追跡し、連れ戻すべく探した……ようやく、この西暦2019年で彼をとらえた。ま、前後して数年をいろんな時代で継ぎ接ぎに過ごして、おじいちゃんになってたけど」

「それで、口封じのために殺した……? この家を爆破した!」

「違うわっ! 違う……私は、説得して連れ戻したかった。でも、来てみれば彼は謎の爆発で生死不明。でも、その近くにキミがいた。本来、私達古い人類が修正しなければいけない特異点……後の世にDIVER-Xと言われるキミが」


 なんとまあ、壮大な話だ。

 その話が本当なら、羽継とリーリアは互いに勘違いをしていた。相手が四郎を殺したと思っていたのである。

 そして、さらに話をややこしくする声が降ってきた。


「マスターッ! 怪しい痴女ちじょがまた来たようですね。でも、ご安心を! わたしが、カノジョイドのマキナがお守りしますっ! さあ、かかってこーい!」


 見上げれば頭上に、ふわふわとマキナの頭が浮いていた。

 アチャーと、思わず羽継は顔を手でおおう。

 声もデカいし、死ぬほど目立つ。他の人間に見られたら非常に困る。なので、羽継は渋々バインダーを開き、彼女のアーリィフレームを実体化させた。

 突然首から下が現れて、マキナは空中で暴れ出した。


「あ、ちょと、マスター! わたしの頭部が持つ浮遊能力の限界重量は、わたしの頭部一個分なので! 急に身体が生えると、おお? あわわ、落ちるっ!?」


 無様にマキナは落っこちてきた。

 彼女のキャラ的に、人の姿の形をした穴が空いてもおかしくなかった、そんな落ち方だった。だが、彼女は起き上がるや羽継に近付き背にかばってくれる。


「さあこい、痴女! あんなエロカワなコスチュームでマスターを誘惑するなんて」

「……いや、あれは、その……天暦時代のゼウスの多機能戦闘服なんだけどね。まあ……少し恥ずかしいのは確かかも。で、ね? それよ、それ……なんなのかしら? 羽継クン」


 なにかを探すように歩いていたリーリアは、振り返ってマキナを指さした。

 だが、それは羽継が聞きたいくらいである。


「因果の調律ってね、最小限で最低限の歴史修正で、極めて近い近似未来きんじみらいを派生させるの。そして、分岐した『』と、本来の未来をすり合わせてく。でも、羽継クンを殺しただけでは駄目だった。そして、ここには謎のカノジョイドとかがいる……説明してほしいわね」

「いや、それは俺が聞きたくて。勝手に送られてきたんですよ! じいさんあてに!」

「……四郎に?」


 リーリアは自分のひじを抱いて、考え事を始めたようだ。

 一方で、マキナは鼻息も荒く臨戦態勢である。


「マスター、やっぱりああいう大人の女性が好きなんですか! いわゆるお隣の綺麗なお姉さん的なサムシングなんですか!」

「いいからお前、ちょっと黙っててくれ。それとも……お前、自分のことをアレコレ俺達に教えてくれるのかよ」

「わたしはカノジョイド、毎号届くパーツで完成するマスターの恋人です! ……あ、あれ? いや、そうなんですけど」

「ん、どした?」


 身構えたまま、エヘヘとマキナは振り向いた。

 彼女は不意に「わたしの中に、プロテクトのかかった機密事項が」と笑った。それが恐らく、謎を解く鍵かもしれない。

 だが、現代の技術は勿論もちろん、リーリアが軽く触ってみたくらいでは、彼女の中の情報は引き出せないのだった。

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