第16号「週刊カノジョイド!黒幕!」

 その声に思わず、野上羽継ノガミハネツグは固まった。

 呼吸も鼓動も忘れたかのような、永遠の一瞬……驚きの次には、嬉しさが込み上げて思わず叫んでしまう。


「じいさん!? 四郎シロウのじいさんなのか!」


 マキナの後ろから現れたのは、御影四郎ミカゲシロウだ。

 包帯姿も痛々しいが、よろけながらも彼はこちらへ歩み出た。


「心配をかけたなようだな、羽継……さて、どこから説明したものか」


 四郎にとって、恩人で友人、そして師匠。家の裏山に住んでる、風変わりな世捨て人が四郎だ。彼は羽継に、様々なことを教え、一緒に遊んでくれたのである。

 先日の爆発事故で、消息不明になっていた。

 生存は絶望的と思われていたが、彼は生きていたのだ。


「じいさん、俺……俺っ!」


 突然、視界が歪んでぼやけた。

 鼻の奥がツンとして、泣いている自分に羽継は驚く。だが、涙をゴシゴシとこぶしで拭って、再度しっかりと四郎を見た。確かにそこに、四郎は立っていた。

 なにから話せばいいだろうか?

 四郎が行方不明だった間に、羽継の日常は一変してしまった。天暦てんれきと呼ばれる時代から来た未来人によって、自分がその後の世界を揺るがす人間だと知らされてしまったのだ。四郎の正体も、知ってしまった。

 四郎は苦しげに顔を歪めながらも、包帯だけをまとった胸を抑えて話し出す。


「まず、真璃マルリちゃんを降ろしてやりなさい。何故なぜこんなことをするんだ……マリア」

「へっ? いや、じいさん……そいつは、マキナ、で。え? ど、どういうことだ!」


 そう、確かに四郎ははっきりと告げた。

 目の前の少女を、マリアと呼んだのだ。

 それはすでに死んだ人間で、ここに存在しているはずがない。それに、ボロ布で身体を隠しているが、彼女は機械の身体だ。そう、マキナのアーリィフレームと全く同じ姿をしているのだ。

 マリアと呼ばれた少女は、まゆをひそめて背後を振り返った。


「おじいちゃん……いえ、御影四郎。……私の、マスター」

「私にとっては、お前は孫娘だったよ。一番の家族だったんだ」


 混乱が広がっていった。

 今までマキナだと思っていた少女は、マリア? そして、彼女は四郎をマスターと呼んだ。それは、本物のマキナが羽継を呼ぶ時と一緒である。

 結論はもう、一つしかなかった。


「え……マリアさん? 死んだ、筈じゃ……交通事故で。でも、えっと」


 そう、目の前の全てが真実で、それは一つしかない。

 マリアは生きていた。

 彼女が人間ならば、そういう表現が適切だろう。だが、マリアはマキナと同じアンドロイドだったのだ。今はそのことを、隠そうともしない。

 マリアはその時、羽継が初めて見る表情で笑った。

 自虐じぎゃくに満ちて自分を卑下ひげするような、とても醜い笑みだった。


「そうよ、私はアンドロイド……機械だったの! 滑稽こっけいだわ……ずっと人間だと思ってたのに、あの事故で知ってしまった。私は死なない、何故なら! 最初から生きていないから!」


 酷い事故だったと羽継は聞かされていた。

 居眠り運転の大型トラックが、信号無視でマリアをいたのだ。遺体は見せられない姿になったと言われていたが、その意味がわかった。見せられないのは、無残な姿になったからではない。遺体にはならず、マリアはただ機械として損傷しただけだったのだ。

 四郎がそのことを説明し始める。


「マリアは私の補佐のために、とある時代で私が作ったアンドロイドだ。……すまない。彼女をずっと人間として扱い、人間として振る舞うようにプログラムしたんだ」

「ええ、そう! 全てはプログラムだった! 私には気持ちも想いもなかった……それは全て、電気信号の0と1の連なりだったの!」

「聞いてくれ、マリア……こんなことはもう、やめるんだ。なにも取り戻せないし、失い過ぎたと思ってはいけない。君にだって、これからはあるんだ」

「嫌よ! 嫌……そんな生き方、インストールされていないもの!」


 事情がまだまだ飲み込めず、頭は理解を拒否するようにフリーズしっぱなしだ。だが、羽継はそっとマリアに近付く。

 間近に寄れば、顔はやはり当時のままのマリアだ。

 今はもう、マキナに似ているマリアという印象がある。


「マリアさんが……じいさんの家を? じいさんを殺そうとしたのか?」

「そうよ」

「どうして……機械だって、俺には関係ないよ。マリアさんはマリアさんじゃないか」


 どうして、もっと早く違和感に気付けなかったのだろう。

 思えば、マリアは羽継が小さな頃からずっと、裏に住むお姉ちゃんだった。そう、全く年齢を重ねていないかのように見えるのだ。永遠の少女でいられた理由は、彼女がアンドロイドだったからなのだ。

 そして、そのことを彼女自身が否定しようとしている。

 悲痛な声は、人間同様に涙でかすれてゆく。


「関係なくなんか、ない……全部、偽物にせものだった。嘘だった! ……羽継くんが好きになった、この気持ち、持て余す感情も全て」

「マリアさん……」

「だから私、人間になるって決めたの」


 優しい微笑みを被り直して、マリアは手をかざす。その先には、クレーンに釣られた真璃の姿があった。

 以前と同じ笑顔なのに、羽継は戦慄に汗が止まらない。

 恐ろしい殺気が、狂気を帯びて周囲に満ちてゆく。

 マリアは四郎の制止する声に、振り向きもしなかった。


「やめるんだ、マリア! これ以上……やるなら、私だけに、グッ! うう……」

「マスターはそこで見ていてください。順序が前後しましたが、あなたへの復讐も完遂しますのでご心配なく。そう、復讐……人間であるために、そうした感情と行動が必要!」


 一際高く天井まで、クレーンが持ち上がった。

 あの高さから落とされたら、気絶した真璃はただではすまない。

 慌てて駆け寄ろうとした羽継は、背後から冷たい硬さに抱き締められた。夢にまでみたマリアの抱擁ほうようは、耳元で甘くささやき拘束してくる。


「ねえ、羽継くん……人間の条件って、なんだと思う? こんな身体でも、飲食や排泄だってできる。生殖行為もパーツ次第で可能だわ」

「放してくれ、マリアさんっ! 妹が、真璃が!」

「あの子、羽継くんのことが本気で好きなの。だから、殺す……ね、嫉妬しっとしてるのよ? これって、人間なら当然でしょう?」


 手を伸べ叫んでも、羽継は一歩も動けなかった。

 ギリギリと万力で締め上げるように、マリアの腕に力が込められてゆく。

 無理矢理に引き剥がそうと暴れても、マリアはびくともしない。だが、揉み合う中でかばんが落ちて中身がぶちまけられる。

 咄嗟とっさに羽継は、地面のバインダーを足で蹴りながら叫んだ。


「来いっ、マキナ! 頼む、来てくれえええええっ!」


 それは、吊るされた真璃が落下し始めるのと同時だった。

 ジャラジャラと鎖が音を立てて、硬いコンクリートの上に滑り落ちる。

 だが、その先に光が集束して、誰からも視界を奪って輝き出した。

 そして、お馴染なじみの緊張感がない声が響く。


「呼ばれて飛び出てぇ、ズババババーン! ナイスバディで良き相棒ベストバディ! 最強カノジョイド、マキナ参上でーす! うーん、ナイスキャッチわたし!」


 白く塗り潰された周囲が輪郭を取り戻すと、そこには真璃を受け止めたマキナが立っていた。間一髪だったようである。

 彼女はマリアの腕の中で暴れる羽継を見て、表情筋に緊迫感をともす。

 だが、どこまでいってもマキナはポンコツなダメロイドなのだった。


「マスター、わたしというものがありながら! どうして他の女と……そんなにハーレム展開がいいんですか! 妹、クラス委員長、女教師と来て、こんどは……おろ?」

「おろ、じゃないっ! 助けてくれ、マキナ!」

「そこにいるのは、わたし!? おおー、そっくりさん! つまり、ロボによくある偽物さん? ……こうしてみると、わたしって絶世の美少女ですね!」


 駄目だ、終わった。

 ニヘラッと笑うマキナの緊張感は、五秒しか続かなかったのだ。


「……わかった、俺が悪かった。マキナ、せめて真璃を連れて逃げてくれ」

「がってーん! ……なんて言いいませんよ、マスター! 少し本気でお助けします! 今までのはジョーク、イッツジョーク! カノジョイアンジョークです!」

「なんでもいいから、早くしてくれっ!」


 背後では、マリアを止めようとした四郎がその場に崩れ落ちる。やはり、あの爆発でかなりの怪我けがを負ったらしい。巻かれている包帯はあちこちに血をにじませていた。

 そして、マリアの言葉に羽継は驚く。


「また、私と同じアンドロイド……あなたは誰っ! どうして私と同じ顔をしてるの!」


 羽継は耳を疑った。

 マリアは、マキナのことを知らなかった。

 最初は四郎が、死んだマリアをしのんでマキナを買い始めたと思った。だが、そのマリアは生きていた……ならば、マリアがと思ったが、それも違うらしい。

 マキナはいったい、どこから誰によって取り寄せられているのか?

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「さあ、マスターを放しなさい! わたしが相手です、ダークマキナ!」

「そんな名前などではない! 私は……私は、御影マリア。そういう名前の人間だ!」

「お前のような人間がいるか、です! ボインでも、アーリィフレームじゃムニュムニュムチーン! なことはできないんですからね!」


 羽継を解放するや、マリアが地を蹴った。

 同時に、マキナも駆け出す。

 全く同じ容姿の二人は、機械の身体を武器に戦い始めたのだった。

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