第15号「週刊カノジョイド!追跡!」

 野上羽継ノガミハネツグは、冬の町を走る。

 蝶院寺静流チョウインジシズルの手を引きながら。

 やはりどうしても、全力疾走よりはスピードが落ちる。だが、度の合わないコンタクトレンズを外した静流を置いてはいけない。

 気ばかりせいて、妹を連れたマキナの姿がどんどん遠ざかっていった。

 ついには、完全に見失ってしまう。

 その頃にはもう、周囲は賑わう繁華街はんかがいから遠ざかっていた。


「クッ、どこだ? あいつめ……なんで勝手に家から出てくるんだ」

「バツ、ごめん……私、足引っ張ってるよね?」

「ん? いや、いいんだ。気にするなって、それより、なんだか、こう……胸騒ぎが」

「ちょっと、手……痛いよ」


 思わず羽継はハッとした。

 あせるあまり、静流の手を強く握り過ぎていた。

 あわてて放せば、冬の風が冷たい。

 今まで手の中にあったぬくもりが、あっという間に奪われた。


「す、すまん。つい」

「ん、わかればよろしい! とりあえず、マキナを探すんでしょ? ほら、行こっ!」

「っと、待て静流! 危ないから!」


 まるで時代遅れのコントみたいに、静流はバス停の立て看板に激突した。

 顔面から突っ込んでしまい、赤くなった鼻を抑えて振り返る。

 涙目で笑う彼女に、自然と羽継も緊張がほぐれた。巻き込んでしまったその時から、静流だって立派な当事者だ。彼女を守りつつ、必要な時は力を借りればいい。

 まるでそう言ってるように、彼女は再び手を出した。


「さ、行きましょう! キモウトの貞操ていそうの危機なのだわ……女の子の純潔は、絶対に守らなきゃ!」

「いや、マキナがそんなことを……するな、する。やりかねない」

「でしょ? ……ちなみに、マキナのこと……もう少し、聞いてもいい?」


 改めて手を繋ぐとなると、少し恥ずかしい。

 だが、優しく握りながら、羽継は歩き出した。閑散かんさんとしてさびれた印象のこの地区は、中心市街地の再開発から取り残された場所である。人通りなど皆無かいむだが、照れる気持ちがついつい静流を引っ張ってしまった。

 それでも彼女は、あとをついて歩きながら言葉を続ける。


「バツが未来に凄い奴になって、それを防ぐために未来の人が暗殺しに来た……ここまでは理解したわ。でも、その、カノジョイド? マキナって一体なんなの?」

「それな、俺も実はわからないんだよ」


 そう、知っている情報は極めて少ない。

 一応、今は行方不明の御影四郎ミカゲシロウが、亡き孫娘に瓜二うりふたつのマキナを注文、定期購読したということになっている。その可能性を疑えないくらい、マキナは四郎の孫のマリアにそっくりだ。

 映し身とさえ言っていい。

 仮のボディであるアーリィフレームですら、機械にもかかわらずプロポーションが全く同じなのだ。それがわかるくらいには、羽継はマリアのことが印象深い。

 初恋の女性だったからだ。


「マキナは、俺の力……まだ眠ってる、DIVERダイバーとかってのの力を引き出すんだ。そして、それを恐ろしい破壊に使うためのロボットでもある」

「そ、そうなんだ。じゃあ、やっぱり未来から?」

「未来から送られてるとは思うんだけど、不思議なことにリーリアさんが知らないっていうんだよ」


 リーリア・ラスタンが生きる、天暦てんれきと呼ばれる時代。そこには、週刊カノジョイドなる雑誌は存在しないという。また、過去にも未来にも、その存在は観測できなかった。

 だが、毎週木曜日に羽継はどこからともなく届く宅配便で受け取っている。

 すでに、創刊号の頭部に加えて、右手も手に入れた。

 アンドロイドとは思えぬ程に、暖かくて柔らかい女の子の部品だった。


「マキナの力は未来の技術で、それもDIVER……俺みたいな人間が乗ることを前提とした兵器だと思う。そう、あれは兵器としか」

「……乗る? 乗るの!? えっ、ちょっと待って、マキナに? カノジョイドってそういう意味? ……ああ、そうなのね……バツ、そういう趣味が」

「おい待て静流、勘違いするなって! あいつ、デカくなんだよ。巨大ロボになんの。それで、俺が乗って操縦すんだ。これでな」


 羽継はかばんから、肌身離さず持ち歩くバインダーBinDERを取り出した。

 これさえあれば、例えピンチになってもマキナが助けに来てくれる。彼女はどういう訳か、通常の時間軸から切り離された閉鎖空間にさえ入ってこれるのだ。それだけでも、未来の技術で作られていることは間違いない。

 そして、DIVERの力を得た時……恐るべき鋼鉄はがね堕天使だてんしと化すのだ。


「一度、マキナともきっちり話しとくべきだな。ただ」

「ただ?」

「敵じゃないと思う。全体的に残念な奴だけど、いつも助けてくれるから」

「ふぅん、そっか……ふふ、少しけちゃうな」


 そう、マキナは敵ではない。

 なにもわからない中で、それだけは羽継は信じていた。

 その思いがこれから、裏切られるとも知らずに。


「駄目だ、完全に見失った……真璃マルリの携帯を鳴らしてみるか」

「実はもう、キモウトを連れて家に戻ってるとか?」

「いや、わからない……俺等のデートを守ってくれるなんて、そういう気の利いたことはしないはずなんだよ。むしろ逆に、首を突っ込んでちょっかい出してくる、それがマキナだ」


 デートという言葉に、静流は顔を赤らめた。

 だが、スマートフォンをいじる羽継の焦りは、徐々に心身に満ちて侵食してくる。胸騒ぎは既に、確証のない確信に変わりつつあった。

 間違いなく、真璃に危機が迫っている。

 それだけははっきり感じるから、焦れる。


「くっ、圏外だ」

「バツ、そのバインダーで呼び出せない? なんか、聞いた感じだと」

「あ、そうか! ナイスだ、静流!」


 すぐにバインダーを開いて、マキナを呼ぼうとした。

 だが、無数の小さなウィンドウがポップアップして、普段の操作ができない。


「えっ、なんだこれ……更新プログラム? なになに、114件の緊急アップデートが……ああもうっ、勝手に動くなよ! ってか、長ッ!」


 表示されたゲージが、全く進まないまま伸びしろだけ増えてゆく。

 こんな時に限ってついてない……そう思った時だった。

 不意に悲鳴が響いた。

 その声は、間違いなく妹の真璃だった。


「どこからだ!? どこ!」

「バツ、見て! あそこ! ほら、また!」


 再度響き渡った絶叫が、ぱたりと止んだ。

 縁起が悪いが、まるで事切こときれたように途絶えたのだ。

 その声は、フェンスの向こうにある廃工場から聴こえてきた。急いで羽継は、入り口を探して走る。


「私は大丈夫。ゆっくりなら、一人でも歩けるから。行って、バツ!」

「悪ぃ!」


 走り出せばすぐに、静流が背後に消え去った。

 全力疾走する羽継は、敷地内へのゲートを見つける。閉鎖されたまま、びついた南京錠なんきんじょうがぶらさがっていた。そして、その奥に雑草まみれの道が廃工場へ続いている。

 迷わず羽継は、ゲートを登って飛び越えた。

 四郎との日々で、中途半端に体力や体捌たいさばきには自信がある。

 それが今はありがたくて、彼は慎重に薄暗い廃工場へと潜入した。中に人の気配はなく、無数の落書きがカラフルに踊っている。工作機械は沈黙して久しいらしく、古い油の臭いが鼻についた。


「マキナ! 俺だ、羽継だ! いるんだろ? お前、どうしたんだよっ! おかしいぞ!」


 高い天井へと、自分の声だけが反響する。

 だが、すぐに反応があった。

 薄暗い奥から、ゆっくりと痩身そうしんが歩み出る。

 間違いなく、ボロ布をまとった姿はマキナだった。

 いつもの親しげで馴れ馴れしい笑顔は、もうない。まるで本当にロボットかアンドロイドのように、その表情は凍りついている。

 そして、声音はいつもの口調を忘れていた。


「来たのね、野上羽継」

「俺の……名を? マキナ、お前……」

「あなたの妹、野上真璃は無事よ。御覧ごらんなさい」


 パチン、とマキナが指を鳴らした。

 同時に、低く唸るようなモーター音が響く。

 羽継の背後で、クレーンが作動していた。そのウィンチが、吊るされた華奢きゃしゃ矮躯わいくをゆっくりと下ろす。

 宙吊りで止まったその姿は、鎖で縛られた真璃だった。

 思わず絶句する羽継に、いつになく優しげな声が浸透してきた。

 妹を連れ去り拘束しているのに、マキナの声は穏やかで静かだった。


「安心して、羽継くん。眠ってるだけだから」


 ――

 その声、そう呼ぶ息遣いが記憶に触れる。

 未来を失い過去へと埋もれた、消え去りし面影が脳裏に浮かぶ。

 ありえない、その人は確かに死んだのだ。

 ロボットでもアンドロイドでもない、ましてカノジョイドでもない……ただの人間だったから死んだのだ。

 そこには、御影マリアが微笑んでいた。

 マキナが決して見せない、慈母にも似た微笑びしょうがある。


「う、嘘だろ……マキナじゃ、なくて……マリア、さん? え、どうして」

「……羽継くん、お願いがあるの。私と一緒に、来て。あなたを守りたいの」


 唐突な再会に、羽継は言葉を失う。

 逼迫ひっぱくした声が叫ばれたのは、そんな時だった。

 そして、暗がりの奥から出てきた人物に、羽継は再度驚き目を見開くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る