第15号「週刊カノジョイド!追跡!」
やはりどうしても、全力疾走よりはスピードが落ちる。だが、度の合わないコンタクトレンズを外した静流を置いてはいけない。
気ばかりせいて、妹を連れたマキナの姿がどんどん遠ざかっていった。
ついには、完全に見失ってしまう。
その頃にはもう、周囲は賑わう
「クッ、どこだ? あいつめ……なんで勝手に家から出てくるんだ」
「バツ、ごめん……私、足引っ張ってるよね?」
「ん? いや、いいんだ。気にするなって、それより、なんだか、こう……胸騒ぎが」
「ちょっと、手……痛いよ」
思わず羽継はハッとした。
今まで手の中にあったぬくもりが、あっという間に奪われた。
「す、すまん。つい」
「ん、わかればよろしい! とりあえず、マキナを探すんでしょ? ほら、行こっ!」
「っと、待て静流! 危ないから!」
まるで時代遅れのコントみたいに、静流はバス停の立て看板に激突した。
顔面から突っ込んでしまい、赤くなった鼻を抑えて振り返る。
涙目で笑う彼女に、自然と羽継も緊張が
まるでそう言ってるように、彼女は再び手を出した。
「さ、行きましょう! キモウトの
「いや、マキナがそんなことを……するな、する。やりかねない」
「でしょ? ……
改めて手を繋ぐとなると、少し恥ずかしい。
だが、優しく握りながら、羽継は歩き出した。
それでも彼女は、あとをついて歩きながら言葉を続ける。
「バツが未来に凄い奴になって、それを防ぐために未来の人が暗殺しに来た……ここまでは理解したわ。でも、その、カノジョイド? マキナって一体なんなの?」
「それな、俺も実はわからないんだよ」
そう、知っている情報は極めて少ない。
一応、今は行方不明の
映し身とさえ言っていい。
仮のボディであるアーリィフレームですら、機械にもかかわらずプロポーションが全く同じなのだ。それがわかるくらいには、羽継はマリアのことが印象深い。
初恋の女性だったからだ。
「マキナは、俺の力……まだ眠ってる、
「そ、そうなんだ。じゃあ、やっぱり未来から?」
「未来から送られてるとは思うんだけど、不思議なことにリーリアさんが知らないっていうんだよ」
リーリア・ラスタンが生きる、
だが、毎週木曜日に羽継はどこからともなく届く宅配便で受け取っている。
アンドロイドとは思えぬ程に、暖かくて柔らかい女の子の部品だった。
「マキナの力は未来の技術で、それもDIVER……俺みたいな人間が乗ることを前提とした兵器だと思う。そう、あれは兵器としか」
「……乗る? 乗るの!? えっ、ちょっと待って、マキナに? カノジョイドってそういう意味? ……ああ、そうなのね……バツ、そういう趣味が」
「おい待て静流、勘違いするなって! あいつ、デカくなんだよ。巨大ロボになんの。それで、俺が乗って操縦すんだ。これでな」
羽継は
これさえあれば、例えピンチになってもマキナが助けに来てくれる。彼女はどういう訳か、通常の時間軸から切り離された閉鎖空間にさえ入ってこれるのだ。それだけでも、未来の技術で作られていることは間違いない。
そして、DIVERの力を得た時……恐るべき
「一度、マキナともきっちり話しとくべきだな。ただ」
「ただ?」
「敵じゃないと思う。全体的に残念な奴だけど、いつも助けてくれるから」
「ふぅん、そっか……ふふ、少し
そう、マキナは敵ではない。
なにもわからない中で、それだけは羽継は信じていた。
その思いがこれから、裏切られるとも知らずに。
「駄目だ、完全に見失った……
「実はもう、キモウトを連れて家に戻ってるとか?」
「いや、わからない……俺等のデートを守ってくれるなんて、そういう気の利いたことはしない
デートという言葉に、静流は顔を赤らめた。
だが、スマートフォンをいじる羽継の焦りは、徐々に心身に満ちて侵食してくる。胸騒ぎは既に、確証のない確信に変わりつつあった。
間違いなく、真璃に危機が迫っている。
それだけははっきり感じるから、焦れる。
「くっ、圏外だ」
「バツ、そのバインダーで呼び出せない? なんか、聞いた感じだと」
「あ、そうか! ナイスだ、静流!」
すぐにバインダーを開いて、マキナを呼ぼうとした。
だが、無数の小さなウィンドウがポップアップして、普段の操作ができない。
「えっ、なんだこれ……更新プログラム? なになに、114件の緊急アップデートが……ああもうっ、勝手に動くなよ! ってか、長ッ!」
表示されたゲージが、全く進まないまま伸びしろだけ増えてゆく。
こんな時に限ってついてない……そう思った時だった。
不意に悲鳴が響いた。
その声は、間違いなく妹の真璃だった。
「どこからだ!? どこ!」
「バツ、見て! あそこ! ほら、また!」
再度響き渡った絶叫が、ぱたりと止んだ。
縁起が悪いが、まるで
その声は、フェンスの向こうにある廃工場から聴こえてきた。急いで羽継は、入り口を探して走る。
「私は大丈夫。ゆっくりなら、一人でも歩けるから。行って、バツ!」
「悪ぃ!」
走り出せばすぐに、静流が背後に消え去った。
全力疾走する羽継は、敷地内へのゲートを見つける。閉鎖されたまま、
迷わず羽継は、ゲートを登って飛び越えた。
四郎との日々で、中途半端に体力や
それが今はありがたくて、彼は慎重に薄暗い廃工場へと潜入した。中に人の気配はなく、無数の落書きがカラフルに踊っている。工作機械は沈黙して久しいらしく、古い油の臭いが鼻についた。
「マキナ! 俺だ、羽継だ! いるんだろ? お前、どうしたんだよっ! おかしいぞ!」
高い天井へと、自分の声だけが反響する。
だが、すぐに反応があった。
薄暗い奥から、ゆっくりと
間違いなく、ボロ布を
いつもの親しげで馴れ馴れしい笑顔は、もうない。まるで本当にロボットかアンドロイドのように、その表情は凍りついている。
そして、声音はいつもの口調を忘れていた。
「来たのね、野上羽継」
「俺の……名を? マキナ、お前……」
「あなたの妹、野上真璃は無事よ。
パチン、とマキナが指を鳴らした。
同時に、低く唸るようなモーター音が響く。
羽継の背後で、クレーンが作動していた。そのウィンチが、吊るされた
宙吊りで止まったその姿は、鎖で縛られた真璃だった。
思わず絶句する羽継に、いつになく優しげな声が浸透してきた。
妹を連れ去り拘束しているのに、マキナの声は穏やかで静かだった。
「安心して、羽継くん。眠ってるだけだから」
――羽継くん。
その声、そう呼ぶ息遣いが記憶に触れる。
未来を失い過去へと埋もれた、消え去りし面影が脳裏に浮かぶ。
ありえない、その人は確かに死んだのだ。
ロボットでもアンドロイドでもない、ましてカノジョイドでもない……ただの人間だったから死んだのだ。
そこには、御影マリアが微笑んでいた。
マキナが決して見せない、慈母にも似た
「う、嘘だろ……マキナじゃ、なくて……マリア、さん? え、どうして」
「……羽継くん、お願いがあるの。私と一緒に、来て。あなたを守りたいの」
唐突な再会に、羽継は言葉を失う。
そして、暗がりの奥から出てきた人物に、羽継は再度驚き目を見開くのだった。
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