第14号「週刊カノジョイド!遭遇!」

 昨日までのクラス委員長、席が隣のクラスメイトは一変してしまった。今はもう、休日にはなやぐ少女の姿がまぶしい。そして、これからはどうなのだろうか……野上羽継ノガミハネツグはつい、そんなことを考えてしまう。

 だが、蝶院寺静流チョウインジシズルとの休日は純粋に楽しかった。

 買い物を堪能たんのうしてもらって、今は少し遅めの昼食を共にしている。

 まさか静流と、小洒落こじゃれたイタリアンのランチメニューを食べる日が来るとは思わなかった。往来に面した席に二人で座れば、これはまるで……まるで、まるで。その先を考えれば、顔が火照ほてる。


「ねえ、バツ。じゃあその……四郎シロウさん? 裏のおじいさんは、未来人だった訳よね?」


 静流はパスタを、上手にフォークで巻取り食べる。

 昼の話題は、羽継の巻き込まれた現状に関する、補足説明という感じのものだった。同世代の女の子になにを話していいかわからず、ついついこんな話題を選んでしまったのだ。

 だが、静流は真剣に聞いてくれるし、必要な話でもある。

 そして、順を追って説明することで、羽継も現状の認識を新たにしていた。


「俺はなんか、さ……DIVER-Xダイバー・エックスってのらしい。つまり、未来の地球の新たな種族、DIVERダイバーの最初のご先祖様ってことなんだとさ」

「えっ……なにそれ! ちょっと待って、凄いじゃない! 設定盛り過ぎじゃない?」

「いやあ、俺も言われてチンプンカンプンなんだ。ただ」


 ――ただ、羽継は別の時間軸で一度殺されている。

 因果調律いんがちょうりつによって、DIVERの台頭する未来を書き換えるために。

 そして、そのために因果調律機構ゼウスから派遣されたエージェントが、御影四郎ミカゲシロウだ。彼は今から少し未来の地球で、青年期の羽継を殺した。それによって分岐した『』を発生させ、互いを擦り合わせて統合する。それが、因果調律……しかし、計画は失敗に終わったのだ。

 そして何故なぜか、今度は四郎は羽継をすぐ側で見守るようになった。


「で……その四郎さんって、リーリアさんの恋人なのよね!」

「そう、みたい、だけど。なんだよお前、なんでそこで盛り上がるんだよ」


 羽継はピラフを口に運びながら、身を乗り出してくる静流に驚いた。

 だが、彼女は瞳を輝かせてほおを両手で包んだ。


「年の差の愛……いいものなのだわ。リーリアさん、きっと片思いだったのでは」

「や、じいさんはいろんな時代を行き来してて、時にはその時代に留まったりしたから歳をくったらしい。……お前、こういう話好きなのな」

「だって、ロマンチックじゃない! 時空を超えた恋愛なんて」


 あまり実感はないが、女の子はコイバナが好きだともいう。

 静流はハスハスと嬉しそうにお喋りを続けていた。


「でも、再会できなかったのは残念よね。生死不明で行方不明っていうけど、まだ望みを捨ててはいけないのだわ。それに」

「それに?」

「なんとなくだけど、いろいろわからない謎を紐解ひもとかぎって……その、四郎さんが関係してる気がするの」


 確かに、全ては四郎の自宅が爆発したことから始まった。

 週刊カノジョイドを定期購読しようとしたのも、四郎だ。

 今も羽継達を狙う、正体不明の敵……それは、通常の時間軸から切り離した閉鎖空間から、リーリアが放棄したモビルタイタンをサルベージするだけの力を持っている。

 勿論もちろん、羽継に心当たりはない。

 生きていれば、どこかで恨みを買うことはあるだろう。

 だが、遠未来のテクノロジーを駆使する人間なんて、周囲にはいなかった。あの四郎でさえ、一度もそういう素振りを見せなかったのだ。言われるまで、彼が未来人だとは知らなかったのである。


「とりあえず、リーリアさん以外で未来人、ないしは未来人の技術を手に入れてる人間。これが犯人像だな」

「……バツ、あんまり言いたくないんだけど、その」

「わかってるよ。この条件には、四郎のじいさんも当てはまる。死んだと思わせて身をひそめ、俺を狙ってる……その線が実は、一番現実的だもんな」


 そう、四郎の死亡はまだ確認されていない。

 生きているとしたら、表に姿を現さない理由はなにか? それが、羽継を再び亡き者にするべく身を隠しているとしたら? 考えたくないが、ありえない話ではない。


「まあでも、そうだとしたら……じいさんにはなにか、そうせざるを得ない理由がある。もしくは、できた。でなきゃ、十年以上近所付き合いしたのに、不自然だろ」

「そうよね。それに、あの、マキナ? だっけ? 週刊カノジョイドっての、定期購読しようとしてたんでしょ? そこが少し気になるな」


 静流はパスタをぺろりと平らげ、紙ナプキンで口元を拭う。

 確かに、妙だ。これから姿を消して、死を偽装し行動を目論もくろむ男が……わざわざ週刊誌を定期購読するだろうか? しかも、恐らく未来の世界から届いてるであろう、超高性能アンドロイドを組み立てる雑誌を。

 死んだ孫娘の面影を求めた、こっちの方がありきたりだが信憑性はある。

 そのマキナに関しても、謎が多い。

 先日、その本当の力を羽継は使ってしまった。

 マキナは、DIVERと呼ばれる人間の能力を引き出し、それを圧倒的な破壊の力に変えることができる。ゆるほわなアホの子キャラだが、恐るべき殲滅力せんめつりょくを秘めているのだ。


「マキナ、なあ……そういやあいつも、謎というか……むしろ、謎しかない」


 食事の手が止まっていたので、羽継も慌ててピラフをかっこむ。

 頬杖ほおづえついて見守る静流に、優しい笑みが浮かんでいた。


「ほら、バツ? ご飯粒、ついてる」

「ん? ああ、悪い」


 そっと静流の指が、頬の米粒を拾った。

 それを彼女は、特に気にした様子もなく口に運ぶ。

 なんだかドキリとして、羽継は残りを一気に食べて飲み込んだ。


「と、とりあえず、な。まずはじいさんを探そうと思う。リーリアさんにとってもそれが一番だし、じいさんを見つけて話さなきゃいけない」

「ん、そうね。大丈夫よ、きっと生きてるわ」

「だな。生きててほしいんだよ、本当に。じいさんがもし、仮に俺を狙ってたとしても……そのためにじいさんがなにを思って行動してたか、一度は話しを聞いておきたいしさ」


 ウェイトレスが食後のコーヒーを持ってきた。

 店内はどのテーブルも埋まっているが、混雑する時間帯は過ぎたようだ。今はそこかしこで、市民がお茶を片手に談笑を楽しんでいる。

 こういう日常、平凡な人間社会が……遠い未来には失われる。

 種族としての活力を失った人類に変わって、超常ちょうじょう異能力いのうりょくを持った者達が台頭するのだ。それは全て、羽継から始まること。羽継こそが、未来の新人類の始祖なのだった。


「ま、この話はこの辺にしようぜ? 今はもっと遊ばなきゃ、そうだろ?」

「そうね。せっかくバツと二人きりなんだし。……ちなみに、あのキモウトは」

「振り切った、と、思う。まあ、あいつの行動力は異常だけどな」

「ふふ、愛されちゃってるわね、バツ」

「嬉しくない。でも、真璃と家族だけは巻き込みたくない。本当はお前だって」


 いいのよ、と静流は笑った。

 今はコンタクトレンズを外しているから、彼女はあまり周囲が見えていないはずだ。かなりの近眼だと言っていたし、危ないから歩く時は二人で手を繋いだ。

 そのことをもう、午前中で羽継は恥ずかしいと感じなくなった。

 ちょっと嬉しいとさえ思えているのだ。


「じゃあ、午後はどうする? 今日は俺、どこにでも付き、あ、う……って、ありゃ?」

「どしたの? バツ」


 バツは、見てはいけないものを見た。

 見つけてしまって、思わず目を背けた。

 恐らく、困惑が顔に出ていたのだろう。静流もハッとした顔で顔を近付けてくる。二人はひたいを寄せ合うようにして、小さな声を交わし合った。

 窓際の席は、ガラスの向こうに負のオーラを感じさせていた。


「やばい、静流……補足された」

「ちょっと、もぉ! なんなのよ、あのキモウト……どうする? バツ」

「いや、どうするって言われても」

「って、ちょっと待って、バツ! あれ、なにか変よ」


 静流に言われて、羽継は外へと視線を滑らせた。

 目が合ったりしたら、やばい……そう思う彼の視覚が、奇妙な景色をとらえた。

 それは、謎の人影に捕まり、小脇こわきかかえられる妹の姿。

 そして、まるで荷物のように小柄な真璃を持ち上げているのは――


「なっ……マキナ!? あいつ、なにやってんだ! あんな格好で!」


 そう、カノジョイドのマキナだ。

 彼女は今、ジタバタ暴れる真璃を抱えて、去ってゆく。首から下はやはり金属で、すすけたボロ布をマントのように羽織って隠していた。

 慌てて羽継は立ち上がる。


「おいおい、そういうおせっかいはいいんだ。ってか、見られまくってるじゃないか!」

「どうする、バツ? 時間、止めようか?」


 静流が腕の携帯端末に手を伸ばす。

 リーリアから借りている予備のもので、設定した対象以外の時間を止めることが可能だ。原理的には、時間の流れから切り離された閉鎖空間へと逃げ込めるのである。

 だが、朝にスナック感覚で気軽に使ってしまった。

 アプリを立ち上げてみると、どうやら連続使用はできないらしい。チャージ中の文字が立体映像となって浮かぶだけだった。


「とにかく、追いかけよう! すまん、静流」

「ん、まあ……いいわよ、バツ。凄く楽しかったし、ふふ」

「そ、そうか? なんか、半端なデートになっちまったな。……デート? 俺は今」

「いっ、いいわよ! デートでいい! それでいいから、ね? 急いで行かなきゃなのだわ!」


 静流も伝票を片手に立ち上がる。

 そうこうしている間にも、マキナは雑踏ざっとうの中に消えてゆこうとしている。

 だが、その時羽継は見た。

 彼女は肩越しに振り返り、奇妙な視線の矢を放つ。

 ゆるゆる笑顔の空っぽ頭、そんなマキナとは思えぬ強い視線だ。

 羽継は急いで静流と会計を済ませ、慌てて外へと飛び出すのだった。

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