第13号「週刊カノジョイド!休日!」
埋め合わせはすると、
しかし、まさかこんなことを要求されるとは思わなかった。
今日は土曜日、学校は休み……考えてみれば、休日に静流と会うのは初めてかもしれない。羽継は待ち合わせした駅前の広場で、いつもの見慣れた背中に声をかける。
「よ、静流。悪い、待たせたか? ……おっ、どした?」
振り向いて初めて気付いた。
普段とは全然雰囲気が違う。
よく見れば、静流は今日は
そう、見違えるとはこのことだ。
驚いたのは事実だが……羽継は年頃の少年として非常に残念な言葉を向けてしまう。
「へえ、
「そ、そうよ! 今日はコートから下着まで、勝負服なのだわ!」
「お、おう。いいじゃん、それ。んで、どこ行くんだ?」
そう、静流から提示された条件は一つ。
それは、休日に静流に付き合って遊ぶことだった。
そんなことでいいのかと、羽継は驚く。同時に、なんて危険なことをと心配してしまった。こうしている今も、スナイパーライフルを構えた妹の
そしてそれは、どうやら静流も同じようだった。
彼女は周囲をキョロキョロと見渡し、胸を撫で下ろす。
「……よしっ! キモウトはいないみたいね。バツ、上手くまいてくれたんだ?」
「あいつ、なんか今日は大事な用事があるって。んで、朝から出かけてるんだよ」
「そ、そう。よかった……あ、あのね、バツ」
「おう」
「今日は……ありがと。その、付き合ってくれて」
華やいだ町並みの中で、静流だけが浮かび上がって見えた。
今日の静流は、なんだかかわいく見えて
そう思ったら、何故か羽継は今になって頬が
隣の席のクラス委員長は、こんなにも可憐な女の子だったのか、そう思うといろいろ気恥ずかしさが込み上げてきた。
「まあ、ほら、いいんだよ。買い物とか? あと、映画とかさ。いろいろ付き合うから」
「ッ! そ、そうね、そうなのだわ! つっ、つつ、つっ! 付き合って!」
「おう。よし、行こうぜ」
妙に意識してしまう。
すぐ隣を歩く静流も、どこか落ち着かなそうだ。
彼女はスマートフォンを取り出すと、なにやらネットで調べ始める。その手には、先日リーリア・ラスタンが渡した未来の携帯端末が装着されていた。ちょっと変わった腕時計にしか見えないし、今日はそのことよりも静流自体に視線が吸い込まれる。
学校とはまるで別人になった彼女は「よし!」と前を向いた。
「行きましょ、バツ。あんなに怖くて恥ずかしい思いをしたんだから、今日は沢山遊ぶんだから」
「あ、ああ。最初はどこに行くんだ?」
「買い物! うーんと荷物持ちさせてあげるから、覚悟なさい?」
「へいへい」
静流はなんだが、
もしかして、と羽継は歩きながら小声で囁く。
「……お前さ、静流。ひょっとして……コンタクト、初めてか?」
「そ、そうよ! ……やっぱり、おかしい、かしら」
「いや、そうは言ってないけどさ。ちょっとなんか、度が合ってないんじゃないかって」
「もともと私、すっごい近眼なの。だから、どうしても度の強いものになっちゃって」
並んで歩けば、道行く若者達の何割かが振り返る。
それなのに、静流は目を細めて渋い顔をしていた。
やはり、コンタクトが合ってないような気がする。折角のお
「あんま無理すんなよ? 頭痛くなったりするからな」
「う、うん。でも、ほら……私、
「や、そこまでは言ってない。と、思う。流石の真璃もそこまでは」
「なんかね、バツ。私の日常、変わっちゃったから。台無しだけど……でも、ちょっとラッキーなこともあったもの。前も言ったでしょ? ……助けて、くれたんだよね?」
二度も静流を巻き込んだ挙げ句に、真実を打ち明けるハメになった。彼女が無関係な第三者ではいられなくなったのは、羽継にも責任があるのだ。
だが、ラッキーという言葉は不思議だ。
非日常のなにが幸運なのか、聞こうと思ったその時……不意に背筋を電流が駆け抜ける。
思わず全身が硬直し、体感温度が軽く五度は下がった。
「ん、どしたの? バツ?」
「……そのまま振り向くな、静流。前だけ向いて自然に歩け」
「えっ、ちょ、ちょっと? まさか」
「悲しいけどな、静流。わかるんだよ……このじっとりした視線を俺は、十年以上浴びてきたからな」
まさかとは思うが、やはりとも感じる。
そう、まとわりつくような湿った視線が注がれていた。それはまるで、軟体動物のぬめる触手の
振り向いて確かめる必要もなく、妹の真璃に見詰められていると察した。
真璃は、実の兄である羽継に異常な執着と偏愛をもっていた。誰もがキモウトと呼ぶ、極度に尖って先鋭化した愛情表現の持ち主なのである。
羽継は静流と一緒に歩調を強めて急ぐ。
同じスピードで、背後の気配もぴったりとついてきた。まるですぐ後ろ、うなじに真璃の呼気が触れるような密着感……決して姿は現さず、絶対に逃すまいという執念が迫っていた。
「どうやって知ったんだ、おいおい……すまん、静流!」
「いいけど、その、やっぱりキモウトに例の話は」
「真璃は巻き込んでいない! それだけは、絶対に防がなきゃいけないことだ」
未来の人類が干渉してくる、
だからこそ、危険な思いを家族にはさせたくない。
静流だって成り行きでこうなったったが、絶対に守りたいと羽継は思っていた。
「朝から大事な用事って言ってた
「ちょ、ちょっと待って!」
駆け出す羽継の横で、静流がよろけた。
優等生を地でゆくタイプの彼女は、運動センスも悪くない。そんな静流が、両膝に手を突いて立ち止まってしまった。
「……やっぱり眼鏡、持ってくればよかった」
「大丈夫か? とりあえず、コンタクト外そうぜ。やっぱ、慣れてないみたいだからさ」
「でも、それだと」
「しかめっ面されるよりいい、俺はそう思うけどな。あと……もう走らなくていいみたいだ」
ガシッ! と二の腕に、なにかが抱きついてきた。
この過剰な密着感は、間違いない。
「あはっ、お兄ちゃんっ! 偶然だねっ、一人でなにしてるの? あ、いいんちょさんだ……いつもの地味オーラがないから、気付かなかったよぅ」
「こらこら、真璃。あんまし静流に失礼なこと言うなよ」
「エヘヘ、ごめんなさぁい。でも、いいんちょさんみたいな人ならあたし、安心なんだよね。カモフラージュが必要だし、形式上でもバツにぃには結婚してほしいし!」
おいおいなにを言いやがりますか、このキモウトは。
だが、見下ろせば
世の中には、かわいい妹が大好きという人がいるらしいが、羽継の妹は上級者向けである。難易度ベリーハード、常に爆発寸前のピンキーボムだ。
そんな真璃の言葉に、プルプルと静流は震えている。
そのまま彼女は、真璃をガン見した。
目が
「ちょっと? 誰が仮面夫婦ですって? 政略結婚じゃないもん!」
「ふふ、いいんちょさんっ。ないもん、ってかわいく言っても駄目ですよーだ。バツにぃにはね、あたしが必要なの。
「むっ、結ばれてる……結ばれたの!? ちょっとバツ」
「バツにぃ、あたしも一緒に行っていいよね? でないと、今朝みたいにバツにぃのスマホからアレコレ引っこ抜くからね?」
修羅場であった。
羽継はなんだか、頭が痛くなってきた。
ただでさえ、最近は妙なことに巻き込まれて疲れてる。その上に、妄想を
もう限界だった。
今日は静流のために一日を使う、そう決めているのだ。
「悪いな、真璃。お
静流の手を取り、手首に装着してある端末に触れる。
ボンッ! と静流が赤くなり、同時に空気へ殺意が満ちた。あっという間に真璃の瞳から光が消え、スクリーントーンの四十番を貼ったような虚ろさが満ちた。
「バツ、なにを……手、手っ! 手を今」
「ああ、これかあ。なるほど、このアプリ……静流、リーリアさんには秘密な?」
「へっ? あの、バツ?」
それらしきアプリを、立体映像の中に見つけて起動する。
その瞬間、バツと静流以外の全てが固まった。そう、時間操作で二人だけを時の流れから分離したのである。
だが、彫像と化した真璃の抱擁から腕を抜き、羽継は改めて静流の手を握った。
「行こうぜ、静流。真璃と離れたら元に戻すからさ」
「……え、ええ! ずっとこのままでも、私はいいのだわ! ……い、行きましょ」
静流も手を握り返してきた。
リーリアが見たら
こうして二人は、全てが静止した町へと駆け出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます