第13号「週刊カノジョイド!休日!」

 蝶院寺静流チョウインイジシズルに、約束した。

 埋め合わせはすると、野上羽継ノガミハネツグは言ったのだ。

 しかし、まさかこんなことを要求されるとは思わなかった。

 今日は土曜日、学校は休み……考えてみれば、休日に静流と会うのは初めてかもしれない。羽継は待ち合わせした駅前の広場で、いつもの見慣れた背中に声をかける。


「よ、静流。悪い、待たせたか? ……おっ、どした?」


 振り向いて初めて気付いた。

 普段とは全然雰囲気が違う。

 よく見れば、静流は今日は眼鏡メガネに三つ編みじゃない。長い髪は今、優雅なウェーブで冬の風に揺れている。眼鏡もかけてなくて、少しめかしこんだ姿が別人に見えた。

 そう、見違えるとはこのことだ。

 驚いたのは事実だが……羽継は年頃の少年として非常に残念な言葉を向けてしまう。


「へえ、馬子まごにも衣装だな。コンタクトにしたのか?」

「そ、そうよ! 今日はコートから下着まで、勝負服なのだわ!」

「お、おう。いいじゃん、それ。んで、どこ行くんだ?」


 そう、静流から提示された条件は一つ。

 それは、休日に静流に付き合って遊ぶことだった。

 そんなことでいいのかと、羽継は驚く。同時に、なんて危険なことをと心配してしまった。こうしている今も、スナイパーライフルを構えた妹の真璃マルイひそんでいるのではと、本気で恐怖してしまう。周囲を行き交う人々全てが、変装した真璃に見えてくるのだ。

 そしてそれは、どうやら静流も同じようだった。

 彼女は周囲をキョロキョロと見渡し、胸を撫で下ろす。


「……よしっ! キモウトはいないみたいね。バツ、上手くまいてくれたんだ?」

「あいつ、なんか今日は大事な用事があるって。んで、朝から出かけてるんだよ」

「そ、そう。よかった……あ、あのね、バツ」

「おう」

「今日は……ありがと。その、付き合ってくれて」


 華やいだ町並みの中で、静流だけが浮かび上がって見えた。

 今日の静流は、なんだかかわいく見えていろどりにあふれてる。

 そう思ったら、何故か羽継は今になって頬が火照ほてった。

 隣の席のクラス委員長は、こんなにも可憐な女の子だったのか、そう思うといろいろ気恥ずかしさが込み上げてきた。


「まあ、ほら、いいんだよ。買い物とか? あと、映画とかさ。いろいろ付き合うから」

「ッ! そ、そうね、そうなのだわ! つっ、つつ、つっ! 付き合って!」

「おう。よし、行こうぜ」


 妙に意識してしまう。

 すぐ隣を歩く静流も、どこか落ち着かなそうだ。

 彼女はスマートフォンを取り出すと、なにやらネットで調べ始める。その手には、先日リーリア・ラスタンが渡した未来の携帯端末が装着されていた。ちょっと変わった腕時計にしか見えないし、今日はそのことよりも静流自体に視線が吸い込まれる。

 学校とはまるで別人になった彼女は「よし!」と前を向いた。


「行きましょ、バツ。あんなに怖くて恥ずかしい思いをしたんだから、今日は沢山遊ぶんだから」

「あ、ああ。最初はどこに行くんだ?」

「買い物! うーんと荷物持ちさせてあげるから、覚悟なさい?」

「へいへい」


 静流はなんだが、眉根まゆねを寄せてスマートフォンをにらむ。そして、液晶画面を前後に動かし文字を拾って、なんとか情報を読み取ったようだ。

 折角せっかくかわいいのに、ちょっと女子がしてはいけない表情を見せていた。

 もしかして、と羽継は歩きながら小声で囁く。


「……お前さ、静流。ひょっとして……コンタクト、初めてか?」

「そ、そうよ! ……やっぱり、おかしい、かしら」

「いや、そうは言ってないけどさ。ちょっとなんか、度が合ってないんじゃないかって」

「もともと私、すっごい近眼なの。だから、どうしても度の強いものになっちゃって」


 並んで歩けば、道行く若者達の何割かが振り返る。

 それなのに、静流は目を細めて渋い顔をしていた。

 やはり、コンタクトが合ってないような気がする。折角のお洒落しゃれも、これでは台無しだ。突然正体を現した美少女は、ぼやける視界の中で顔をしかめているのである。


「あんま無理すんなよ? 頭痛くなったりするからな」

「う、うん。でも、ほら……私、垢抜あかぬけなくて野暮やぼったくて、その上に田舎娘いなかむすめ丸出しのガリ勉眼鏡だってキモウトが」

「や、そこまでは言ってない。と、思う。流石の真璃もそこまでは」

「なんかね、バツ。私の日常、変わっちゃったから。台無しだけど……でも、ちょっとラッキーなこともあったもの。前も言ったでしょ? ……助けて、くれたんだよね?」


 二度も静流を巻き込んだ挙げ句に、真実を打ち明けるハメになった。彼女が無関係な第三者ではいられなくなったのは、羽継にも責任があるのだ。

 だが、ラッキーという言葉は不思議だ。

 非日常のなにが幸運なのか、聞こうと思ったその時……不意に背筋を電流が駆け抜ける。

 思わず全身が硬直し、体感温度が軽く五度は下がった。


「ん、どしたの? バツ?」

「……そのまま振り向くな、静流。前だけ向いて自然に歩け」

「えっ、ちょ、ちょっと? まさか」

「悲しいけどな、静流。わかるんだよ……このじっとりした視線を俺は、十年以上浴びてきたからな」


 まさかとは思うが、やはりとも感じる。

 そう、まとわりつくような湿った視線が注がれていた。それはまるで、軟体動物のぬめる触手のごとからみついてくる。

 振り向いて確かめる必要もなく、妹の真璃に見詰められていると察した。

 真璃は、実の兄である羽継に異常な執着と偏愛をもっていた。誰もがキモウトと呼ぶ、極度に尖って先鋭化した愛情表現の持ち主なのである。

 羽継は静流と一緒に歩調を強めて急ぐ。

 同じスピードで、背後の気配もぴったりとついてきた。まるですぐ後ろ、うなじに真璃の呼気が触れるような密着感……決して姿は現さず、絶対に逃すまいという執念が迫っていた。


「どうやって知ったんだ、おいおい……すまん、静流!」

「いいけど、その、やっぱりキモウトに例の話は」

「真璃は巻き込んでいない! それだけは、絶対に防がなきゃいけないことだ」


 未来の人類が干渉してくる、因果調律いんがちょうりつを巡る壮大な戦い。そして、DIVER-Xダイバー・エックスと呼ばれる羽継の謎に、カノジョイドことマキナの謎、消えた御影四郎ミカゲシロウの謎……謎、謎、謎のミステリーは現在進行系だ。

 だからこそ、危険な思いを家族にはさせたくない。

 静流だって成り行きでこうなったったが、絶対に守りたいと羽継は思っていた。


「朝から大事な用事って言ってたくせに……ああもう、走るぞ! 静流!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 駆け出す羽継の横で、静流がよろけた。

 優等生を地でゆくタイプの彼女は、運動センスも悪くない。そんな静流が、両膝に手を突いて立ち止まってしまった。


「……やっぱり眼鏡、持ってくればよかった」

「大丈夫か? とりあえず、コンタクト外そうぜ。やっぱ、慣れてないみたいだからさ」

「でも、それだと」

「しかめっ面されるよりいい、俺はそう思うけどな。あと……もう走らなくていいみたいだ」


 ガシッ! と二の腕に、なにかが抱きついてきた。

 この過剰な密着感は、間違いない。


「あはっ、お兄ちゃんっ! 偶然だねっ、一人でなにしてるの? あ、いいんちょさんだ……いつもの地味オーラがないから、気付かなかったよぅ」

「こらこら、真璃。あんまし静流に失礼なこと言うなよ」

「エヘヘ、ごめんなさぁい。でも、いいんちょさんみたいな人ならあたし、安心なんだよね。カモフラージュが必要だし、形式上でもバツにぃには結婚してほしいし!」


 おいおいなにを言いやがりますか、このキモウトは。

 だが、見下ろせばまばゆい笑顔がそこにある。

 世の中には、かわいい妹が大好きという人がいるらしいが、羽継の妹は上級者向けである。難易度ベリーハード、常に爆発寸前のピンキーボムだ。

 そんな真璃の言葉に、プルプルと静流は震えている。

 そのまま彼女は、真璃をガン見した。

 目がわっている。


「ちょっと? 誰が仮面夫婦ですって? 政略結婚じゃないもん!」

「ふふ、いいんちょさんっ。ないもん、ってかわいく言っても駄目ですよーだ。バツにぃにはね、あたしが必要なの。兄妹きょうだいの血よりも濃ゆいきずなで結ばれてるんだよ?」

「むっ、結ばれてる……結ばれたの!? ちょっとバツ」

「バツにぃ、あたしも一緒に行っていいよね? でないと、今朝みたいにバツにぃのスマホからアレコレ引っこ抜くからね?」


 修羅場であった。

 羽継はなんだか、頭が痛くなってきた。

 ただでさえ、最近は妙なことに巻き込まれて疲れてる。その上に、妄想をこじらせた静流と、兄妹愛を履き違えた真璃の仲裁をしなければいけない。

 もう限界だった。

 今日は静流のために一日を使う、そう決めているのだ。


「悪いな、真璃。お土産みやげ買ってくるからさ。ちょっとすまん、静流」


 静流の手を取り、手首に装着してある端末に触れる。

 ボンッ! と静流が赤くなり、同時に空気へ殺意が満ちた。あっという間に真璃の瞳から光が消え、スクリーントーンの四十番を貼ったような虚ろさが満ちた。


「バツ、なにを……手、手っ! 手を今」

「ああ、これかあ。なるほど、このアプリ……静流、リーリアさんには秘密な?」

「へっ? あの、バツ?」


 それらしきアプリを、立体映像の中に見つけて起動する。

 その瞬間、バツと静流以外の全てが固まった。そう、時間操作で二人だけを時の流れから分離したのである。勿論もちろん、軽はずみにやっていいことではないと知っている。

 だが、彫像と化した真璃の抱擁から腕を抜き、羽継は改めて静流の手を握った。


「行こうぜ、静流。真璃と離れたら元に戻すからさ」

「……え、ええ! ずっとこのままでも、私はいいのだわ! ……い、行きましょ」


 静流も手を握り返してきた。

 リーリアが見たら仰天ぎょうてんして憤慨ふんがいするかもしれない。だが、平凡な日常を奪われた羽継としては、これくらいの役得はあってもいいと思ったのだ。

 こうして二人は、全てが静止した町へと駆け出すのだった。

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