第12号「週刊カノジョイド!告白!」

 野上羽継ノガミハネツグは再び、現実の時間の流れへと戻ってきた。

 マキナから降りると、そこには……表情を凍らせた蝶院寺静流チョイウインジシズルがいた。

 なにはともあれ、無事だ。だが、その顔には普段の勝ち気な笑みがない。自分に向けられる視線は、揺れる瞳が恐怖を物語っていた。

 リーリア・ラスタンの提案で、とりあえず場を変え話し合うことになったのだった。


「……それで? 説明してもらえるんでしょうね? バツ」


 駅前で二十四時間営業のドーナツ屋に入った。

 温かいコーヒーを飲んで、少し静流も落ち着いたようである。

 そして、当然のように彼女は追求の言葉を投げてきた。

 もう、誤魔化ごまかすことはできないだろう……彼女は見てしまった。巨大化する謎のアンドロイド、マキナを。そして、転任してきたばかりの女教師も、全て羽継と繋がっていたのだ。

 一連の事件について、どこから話そうかと思った、その時だった。


「ンまーい! やばいですよマスター、あまりの美味おいしさに語彙喪失ごいそうしつです! やーっぱ一働きしたあとは、甘いものに限りますなー!」


 次から次へと、マキナがドーナツを食べているのだった。

 その姿に、流石さすがの静流も唖然あぜんとしている。今のマキナは、リーリアが以前着ていたトレンチコートですっぽり身体を隠している。まあ、その下は機械の肉体ながら全裸だ。

 やれやれと苦笑しつつ、羽継は少しだけ心が軽くなる。


「まず、紹介するよ。こいつ、マキナ。アンドロイドなんだ。おい、自己紹介」

「ほえ? ああ、はいはい。ども、マキナっすー! カノジョイドやってまーす! つまりマスターのコレですよ、コレ」


 小指を立てて、マキナはいやらしい笑みを浮かべた。

 静流は露骨ろこつに嫌そうな顔をして、羽継へと声を細めてくる。


「ちょっとバツ、これ……こないだの痴女ちじょよね。あとに出た痴女の方よね!」

「ああ……ついでに言えば、例のもこいつだ」

「なんなのよ、もう。そ、その……カノジョイド? って? バツ、まさか――」


 急に静流がほおを赤らめた。

 違う、そうじゃない。

 どうにか弁解しようとするが、マキナが調子に乗っていらないことを喋り出す。その間も彼女は、両手で交互にドーナツを口に運んでいた。

 行儀が悪いから、話しながら食べるのはやめてほしい。


「わたしはそう、マスターの愛の奴隷どれい……熱くたかぶるマスターが、わたしの中に入ってくるんです! そして、一つになって燃え上がる」

「なんですって! う、嘘……まさか、私という絶世の美少女が身近にいるのに、バツってばそんな……コスプレ女と毎夜毎晩、それだけでは飽き足らず学校では新任教師とも」


 静流という女、かなりの妄想癖もうそうへきの持ち主である。

 見かねたリーリアが、助け舟を出してくれた。


「ちょっといいかしら? えっと、静流ちゃんだったわね。私はリーリア・ラスタン、今はキミの担任教師。しかしてその正体は……まあ、未来から来たエージェントだと思って頂戴ちょうだい


 静流は「あっ……」という顔をして、そのあと妙に優しい笑みを浮かべた。まるでかわいそうな人を見る時の表情である。

 そして、ガシリ! と羽継の腕に抱きついてきた。


「バツ、もう行くわよ! こんなアブナイ人達と、一緒にいては駄目なのだわ!」

「ちょ、ちょっと待てよ。静流、いいから聞いてくれ」

「……本気なの? バツ、おかしいわよ」

「本当におかしい話だ、俺もそう思う。でも、現実で、真実で、その全てがおかし過ぎて……逃れられない本当の話なんだ」


 立ち上がった静流は、羽継の目を見詰めて再度座った。

 どうやら、真剣に話を聞いてくれるみたいである。

 珈琲コーヒーを片手に、リーリアが話を続けた。


「まあ、信じられないのも無理はないわ。簡単に説明すると、私達の時代では人類が衰退して、それに変わる新たな霊長れいちょうとして、DIVERダイバーと呼ばれる異能者達が台頭してきてる」

「なんか、漫画みたい……」

「そうね、私もそう思うわ。で、そのDIVER達の最初の一人、原初のDIVERが彼……野上羽継クンよ。そして、私の組織は彼を殺すことで歴史を修正、因果調律いんがちょうりつを行ったの」


 彼女はコートをマキナに渡して寒いのか、セーター姿の己を抱いた。

 店内は温かいが、彼女にとってはまだまだ受け入れがたい現実へと話が近付く。そう、彼女の同僚であり、恋人でもあった男……御影四郎ミカゲシロウは避けて通れない話題の一つだった。

 少し考え込んでから、静流は自分で整理してから言葉を反芻はんすうする。


「つまり……過去のバツを殺して、未来の、ええと、DIVER? そういうのが出てくるのを防ごうとした」

「ええ、大雑把おおざっぱに言えばそうね」」

「ッ! 駄目だわ、バツ! 行きましょう! そうと聞いたら、ますます信用できない……嫌よ、バツが殺されるなんて」


 またしても静流が席を立つ。

 店内の客もまばらだが、彼女へと視線が殺到した。

 羽継は彼女の手を握り、落ち着かせるようにゆっくり喋る。


「最後まで聞いてくれ、静流。……巻き込んでしまって、悪いとは思ってるんだ」

「バツ……あなた」

「静流ももう、第三者でいられなくなっちまったんだ。だから……だから、俺が守る。そのために、全てを知っててほしいんだ。今日、学校では有耶無耶うやむやにしたけどな。ちゃんと話すよ、全部」


 なにも言えなくなったようで、黙って静流が座る。

 そしていよいよ、先日の爆発事故へと話は進んだ。

 リーリアは流石に精神力が強いのか、以前よりも口調は落ち着いている。


「羽継クンを殺した男は、私の……仲間で、御影四郎という人よ。そう、彼は何故なぜか……羽継クンを殺した時代からさらに過去へさかのぼって、彼を近くで見守り始めた」

「あっ! ……そ、それって」

「ええ、羽継クンの自宅の裏山に住んでた老人がそうよ」

「じゃあ、この間の爆発は」

「それがわからないの。それと、もう一つだけ……この子の存在自体がね」


 リーリアが見詰める先へと、静流も羽継も首を巡らせた。

 そこには、まだまだガツガツとドーナツを頬張るマキナの姿がある。

 そう、マキナこそが今回の事件の最も大きな謎だ。恐らく、四郎が注文したであろう、週刊カノジョイド……送られてきたマキナは、死んだマリアそのものである。

 勿論もちろん、マリアはこんなにガサツで図々ずうずうしい少女ではなかったが。

 だが、アーリィフレームによる機械の身体であっても、その女性的なシルエットはマリアに瓜二うりふたつ。ずっと恋慕れんぼの情を抱いてきた羽継は、時々ドキリとする位である。


「ほへ? わたしがどうかしましたかー? あっ、マスター! おかわり、おかわりしたいです!」

「……ま、いっか。お前、今日は頑張ってくれたもんな」

「いやぁ、それほどでもありますけどぉ」

「ほら、これで買ってこいよ」


 羽継は財布から、なけなしの千円を取り出し渡してやる。

 キラキラと瞳を輝かせて、マキナはそれを受け取るや行ってしまった。店のカウンターに並ぶドーナツのショーケースに張り付いて、手にしたトングをカチカチ歌わせている。

 旺盛おうせいな食欲もそうだが、とてもアンドロイドには見えない。羽継や静流が暮らす現代の科学技術を、軽く凌駕りょうがしているように思える。そういう意味では、マキナも未来の世界の産物のような気がするが……残念ながら、リーリアには心当たりがないというのだ。


「ま、そういうわけよ。静流ちゃん、私からも謝罪するわ。この間は巻き込んじゃったし……」

「あ、いえ……でも、この話って本当なんですよね? 映画の撮影とか、ドッキリじゃ」

「残念ながら、全て本当の話よ」


 そう言ってリーリアは、ふところからなにかを取り出した。

 それは、彼女が身につけている腕時計のような携帯端末である。


「静流ちゃんも、これを持ってて。私の予備だけど、いつでも私か羽継クンに繋がるようにしてあるから。……私達には今、敵がいるの。正体不明だけど、はっきりとした殺意を持つ敵がね」


 ゴクリ、と静流はのどを鳴らした。

 不安そうに羽継を見てくるので、大きく頷いてやる。

 彼女はおずおずと、携帯端末を手にした。


「操作はスマートフォンとほぼ同じよ。ただ、アイコンは大半が立体映像で浮かび上がるから」

「わ、凄い……そっか、やっぱり未来の人なんだ。こういうの、今はないものね」

「そゆこと。で、赤いアイコンがあると思うんだけど――」

「これね!」


 リーリアの話が途中なのに、静流は即座に宙空のアイコンへ触れた。

 瞬間、光が彼女を包んでゆく。

 店の誰もが驚きに声をあげ、即座にリーリアも自分の端末を操作した。

 時間が停止して外部から切り離されると、そこには……例の際どいボンテージ風の特殊スーツに身を包んだ静流がいるのだった。


「……なによ、これ……いやぁ! ちょっとぉ! はっ、恥ずかしい!」

「もう、説明が途中だったのよ? 危険な時は、私達を呼ぶこと。あと、本当に生命の危機を感じたら……その特殊スーツを着れば、少しはマシになるわ。で、今はちょっと時間を止めてみたの。どう? 信じる気になったかしら?」


 固まってしまった周囲の人達を見て、静流は静かに頷いた。

 リーリアから解除方法を教わり、再び私服へと戻る。


「そういう訳なんだ。とりあえず、俺達は四郎のじいさんを探しつつ、謎の敵と戦わなきゃいけない。で、俺のことについては……リーリアさん、どうしましょう」

「……まずは四郎の生死を確認するわ。それまでキミのことは保留、それでいい?」

「すみません、じゃあそれで。静流、混乱してるかもだけど、俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。埋め合わせというか、おびというか、さ……そういうの」


 恥ずかしい姿を見られた静流は、涙目で羽継を睨んでくる。

 そして彼女は、とんでもない条件を羽継へと突きつけてくるのだった。

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