第11号「週刊カノジョイド!発動!」

 深夜の町を、野上羽継ノガミハネツグは走っていた。

 冷たい夜気やきは、ほおを切り裂くように過ぎていった。

 少しは鍛えた身体に自信があったが、胸に出入りする空気がけるように熱い。そして、すぐ隣をリーリア・ラスタンとマキナが並走している。

 アンドロイドのマキナは勿論もちろん、リーリアも呼吸を乱した様子はない。


「こっちよ、羽継クン! やっぱり、起動信号を受信してる……でも、どうやって」


 リーリアは手首の腕時計みたいな端末を操作しながら、苦もなく抜きん出た。因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのエージェントというだけあって、その身体能力には目を見張る。

 逆に、全く緊張感のないマキナは隣から離れようともしない。


「クソッ、静流シズル……無事でいてくれよ!」

「むむっ、そうでしたか。やはり、クラス委員長も攻略対象! つまり、わたしのライバルですね! メインヒロインの座は渡しはせんよ! わたし、カノジョイドですから」

「あー、うっさい! お前もリーリアさんを見習え、全力で走れ!」


 もともとが閑静かんせいな住宅街で、もうすぐ日付が変わろうとする深夜帯である。

 人通りはなく、犬の遠吠えが細く響いていた。

 やはり、蝶院寺静流チョウインジシズルには学校で、きつく言っておけばよかった。風紀委員でクラス委員長、生真面目が服を着てるような堅物かたぶつだ。奇妙な責任感を暴走させているのだろう。

 だが、相手は遠い未来の巨大ロボットだ。

 ただの女子高生が探偵ごっこで解決できる事件ではないのだ。


「そういえば……その、モビルタイタン? ってのは、どうやって閉鎖された空間からよみがえったんでしょ」

「知るかっ!」

「いえいえマスター、この辺はマスターの安全にも関わることなので! だって……少なくとも、この時代の常識を崩してでも、なにかしでかそうって敵がいるんですから」

「敵、か……もう、俺にはなにがなんだかわからないことだらけだよ」


 本音の本心だ。

 裏のじいさんが未来の人間で、その人に未来の自分が殺されてて、何故なぜかと言うと自分が次世代の人類の始祖だから。今どき中学生だって、こんな物語を黒歴史ノートにつづったりはしない。

 だが、リーリアやマキナの存在は、すでに羽継を常識的な日常から切り取ってしまった。

 だから、せめて本当の日常を生きる人間は巻き込みたくない。

 そう思っていると、突然マキナが抱きついてきた。


「覚えててくださいね、マスター……わたし、絶対に! 常に! かなり! マスターの味方ですから」

「お、おう……って、おい放せ馬鹿! ちょ、ちょっとぉ!?」

びますっ!」


 不意にマキナは、羽継の腰に手を回して軽々と持ち上げてしまう。そのまま小脇に抱えるや、彼女はわずかに沈んだ瞬間、跳躍ジャンプした。月と星とが照らす夜空を、羽継は荷物になってせる。

 マキナは前だけ見て、リーリアを直線的に追いかけた。

 屋根から屋根へと、迷いなく最短距離を進む。

 そして、聴き慣れた声が悲鳴となって響き渡った。


「今の! 静流の声だ!」

「ほいほい、急ぎますねっ。マスター、バインダーBinDERは」

「ここにあるっ!」

「いつもの感じでよろしくです! 二人のラブラブパワーで、甦ったポンコツをやっつけましょう!」


 先程にも増して、速く鋭くマキナが駆ける。

 情けないことに、羽継は手にしたバインダーを落とさぬようにするだけで精一杯だった。

 そして、目の前に異様な光景が現れた。

 闇夜にえる巨人を中心に、同心円状に家の明かりがついてゆく。

 両腕を振り上げるモビルタイタンの前には、すくんでへたり込む静流の姿があった。


「リーリアさんっ! 例のあれを! 時間を切り離して!」


 ブロックべいの影に隠れながら、リーリアが端末を操作する。

 それは、静流の頭上に巨大な鉄拳が落ちるのと同時だった。

 迷わず覚悟を決めて、羽継はその瞬間をにらみ続ける。声に出して言うより早く、マキナは思う通りに動いてくれた。

 衝撃音が響いて、羽継はアスファルトの上に放り出された。

 同時に、世界の時間が停止してゆく。


「羽継クンッ! なんて無茶を、キミッ!」


 リーリアの叫びを聴いて、羽継は飛び起きる。

 全身が痛んだが、マキナがなるべく丁寧に落としてくれたのが伝わった。そして、そのマキナは今……振り上げた両手でモビルタイタンの拳を受け止めていた。彼女の足元がひび割れ陥没かんぼつして、あられもない声が苦しげに響く。


「んごっ、んぎぎぎぎ……ギリギリのギリ、セーフでしたね! マスター!」

「ああ! ……悪い、ちょっと待っててくれ、マキナッ!」

「ほいきた!」


 今、周囲の時間は停止した。

 過去から未来へと流れる、従来の時間軸から隔離されたのだ。

 それでも羽継は、急いで静流に駆け寄る。頭を両手で抑えたまま、眼鏡の奥で彼女は泣いていた。その頬を伝うしずくも、止まっている。

 羽継は急いで彼女を抱え上げ、まるで冷凍されたように固まる身体を脇に寄せた。

 リーリアもすぐに駆けつけ、手伝ってくれる。


「ゴメンな、静流……重いなんて言ったけど、割りとお前の存在って重いんだよ。重要なんだ、俺にとって。誰もが全員、関わるなら全部!」

「羽継クン! これは切り離されたこの時空に残された、いわばこの子の抜け殻みたいなものよ? あんな危ない真似まねまでして!」

「これは静流ですよ! 静流の形をしてるんです! どうにかなったら、俺は平気でいられないっ!」

「ふーん、そっか。ま、いいわ。お姉さん、そういうの嫌いじゃないぞ? ……四郎シロウに似てきたかな、少し。ほんの少し」


 彫像と化した静流を、安全な場所まで運んでから下ろす。

 振り返れば、マキナは圧殺寸前の状態でまだ耐えていた。

 迷わず羽継は、手にしたバインダーを開く。


「よしっ、マキナ! 俺を乗せろ! 例のやつだ、ほら! あれだよ、あれ!」

「ふぎぎぎぎ……し、死ぬっ、死ぬ……あ、はい! マスター、合体ですね! まさしく、夜のいとなみですね!」

「いいから早くしろっ!」

「りょーかいっ! バディBuddyインinダイバーエントリーライドDiver Entry Ride! レディLady!」


 マキナの全身が光り出した。

 そして、その中で膨らみ始める彼女へ吸い込まれる。

 気が付けば羽継は、以前と同様に球形の空間に立っていた。手にするバインダーは次々と立体映像で情報を処理し、周囲360度をカバーするモニターにウィンドウがポップアップする。

 ここは、あのマキナのコクピットだ。

 ダメダメでウザいカノジョイドの、バトルフレーム……ようするに、マキナは羽継が乗って戦う戦闘用ロボットでもあるのだ。


「さっさと片付けるぞ、マキナ! 押し返せっ!」

「ガッテーン!」


 今、マキナの全身をドレスのような装甲が包んでいる。

 スカートこそ短いが、まるで鋼鉄の魔法少女か変身ヒーローだ。ナニキュアですかといった格好で少し恥ずかしいが、金属製の華美なよろいは無数の光を明滅させている。

 光の女神と化したマキナは、闇夜に純白の姿をひるがえした。


「うおおおーっ、どっせーい!」


 見た目を裏切る、身もふたもない気迫の声。

 あっという間にマキナは、モビルタイタンを押し返した。すぐに羽継は、舞い上がる土煙の中でリーリアを探す。彼女は、避難させた静流をすぐ側で守ってくれていた。

 例え現実の静流が無事でも、彼女が無残に潰されるのは見たくない。

 文字通り凍ったような彼女が、バリンと音を立てて粉々になる姿を想像する。

 ここ最近襲ってくる理不尽と不条理への怒りを、羽継はその光景で着火させた。


「片付けるぞ、マキナッ! なにか必殺技的なの! 一番痛いのをお見舞いしてやるっ!」

「でしたら、突然の雨で雨宿りに駆け込んだ軒先のきさき、濡れて透けた制服の君は――」

「そういうのはいいっ! ガチであいつをブッ壊せっていってるんだよ!」

「了解っ! ではでは、セフティー解除っ! DIVERダイバー反応、同調! ユニゾン係数、12%……いけますね、むしろイケてます! こっ、れっ、でぇ――」

「な、なんだ? おいマキナ、お前……なにをした!?」


 突然、コクピットをまばゆい輝きが満たす。

 自分が光っているのだと知って、羽継は思わず片手でひたいを抑えた。

 そして、知る……自分のオデコの十字傷が光っていた。

 同時に、マキナは両腕を高々と天へ突き上げる。

 月をつかんで捧げるようなその手と手に、バチバチと黒いプラズマがまたたく。それは渦巻き空気を震わせながら、巨大な槍へと姿を変えていった。

 夜空よりも尚も暗い、全てを吸い込む暗黒のような禍々まがまがしさが凝縮されてゆく。


「マキナ、これは……俺の力なのか!?」

「当然ですっ! バインダーは……バディ・イン・ダイバーエントリーライドは、DIVERの力を最大限に発揮できるゴイスーな力です。覚醒前のマスターでも、これくらいは!」

「……嘘だろ、これが俺の……力?」

「って訳でぇ、消し飛べっ! 必殺っ! スターレスゥゥゥゥ! デ・ス・ト♪ ルァクショオオオオオオンッッッッッッッ!」


 ――スターレス・デストラクション。

 こっ恥ずかしいが、割と普通の技名だった。

 チョイエロなおどけた雰囲気がないので、それが逆に羽継の不安を増長させる。

 そして、解き放たれた漆黒の光闇ヒカリは……モビルタイタンに突き立ち、そのまま町の向こうへと飛んでゆく。直線上にある全てを灰燼かいじんと化し、見えなくなって……そして、大地を揺るがす巨大な爆発が起こった。

 否、それは爆発と呼べる認識ではない。

 文字通り、目の前の全てが消滅してしまった。


「ふう、お疲れ様です! マスター! いやあ、出力12%でも楽勝でしたね! 圧勝ぉ! ……マスター? あれ、どうしたんですか?」


 羽継は戦慄した。

 現実には影響しないとわかっていても……今、目の前の全てが消し飛び、巨大なクレーターが広がっていた。爆心地ははるか遠くで、今も暗く輝く光芒こうぼうが天に屹立きつりつしている。

 これがDIVER-Xダイバーエックスの力だと、小さくつぶやくリーリアの声が耳に拾えるのだった。

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