第10号「週刊カノジョイド!夜行!」
疲れていたのだ……主にマキナのせいだが、頭痛の種はそれだけにとどまらない。今日はあのあと、
突然、
彼女の存在と町での怪異について、小一時間問い詰められたのだ。
結局、時が来たら話すと言って、話を
(ああ……もうなんか疲れた。俺、疲れたよ……マリアさん)
羽継は今、なにもない空間を
泳ぐように浮かんで、ただ流されてゆく。
夢を見ているという自覚すら無く、目の前の光景に吸い込まっれていった。それは、過ぎ去りし遠い過去。羽継が
まだ小学生の羽継に、
いつだって彼女は、羽継の理解者だったのだ。
『あら、羽継くん……どうしたの? さ、こっちにいらっしゃい。そんなとこで泣いてちゃ駄目。ね?』
いつも見てきた、古びた平屋建ての日本家屋。
庭から入れば、いつもの
立ち尽くしていた幼い羽継は、泣き疲れて縁側へと上がり込む。
すぐにマリアが、手にしたハンカチで涙を拭いてくれた。
『どうしたんだい、羽継。また、
『おじいちゃん、羽継くんに変なことばかり教えちゃ駄目よ。もうっ!』
『なぁに、男の子なんだから武道の一つや二つくらい。なにより、肉体とともに精神が鍛えられる』
『だーめ! ごめんね、羽継くん。おじいちゃん、毎日やることがないもんだから』
涙の乾いた
その体温を今も、羽継ははっきりと覚えている。
『マリアねえちゃん、おれね、おれ……』
『いいのよ、羽継くん。泣きたい時は泣いて、逃げたい時は逃げる。いつでも私のところに来てね?』
『うん……でも、みんなが……おれのこと、バッテンだって』
くすりと笑って、マリアはそっと羽継の前髪をかきあげる。
額に
物心ついたころには、羽継のオデコにあったのだ。
彼女はそれをまじまじと見て、優しく微笑む。
『ねえ、羽継くん。確かにバッテンにも見えるけど、私は違うと思うな』
『そう、なの?』
『ええ。形は同じでも、意味の違うものってあるでしょう? だから、これはバッテンじゃないわ。きっと、誰かが羽継くんに教えてくれてるの……その意味は、きっと
『えっくす?』
マリアはそっと、小さな羽継を抱き締めてくれた。
――X、それは可能性のシンボル。
未知の神秘であると同時に、未来の可能性だと彼女は語った。だから、羽継はバッテンなんかじゃない。額の傷は未知数の
その言葉は今も、羽継の心に深く刻まれている。
自分自身がまだまだ正体不明だとしても、マリアの想いだけは確かだと言える。
『よし、羽継! 俺と少し身体を動かすか。いいか、泣いても逃げてもいい。負けたって構わない。でも、諦めたら……負けることを受け入れ戦うことをやめたら、それが本当の負けなんだよ』
『ですって、羽継くん。ふふ、おじいちゃんもたまにはいいこと言うわね』
『そう
セピア色に乾いてゆく、それは思い出の化石。
徐々に遠ざかるヴィジョンへと、羽継は別れを告げた。
そして、現実への覚醒……目覚めれば、周囲はまだ闇に満ちていた。部屋には、カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。
そして……すぐ間近にマリアの寝顔があった。
そう、マリアそっくりなマキナが隣に寝ている。白く小さな右手の感触も同じで、布団の中から伸びて頬に当てられている。その手に羽継は、自分が泣いていたことを気付かされた。
「うわっ! っと……こいつ、また勝手に。おい、起きろよ。お前は押入れだっ――っとおおおおお!? ……し、心臓に悪いなあ」
思わず布団をはねのけたら、マキナのあられもない姿が
そう、彼女は頭と右手しかない状態だった。布団をかぶっていたので、見えなかったのである。そう、羽継はなにかとうるさくてウザいマキナを、夜は部品だけにして押入れに放り込む。
アーリィフレームすらない状態で、ムニャムニャとマキナは目を覚ました。
「あ、マスター……おはよーございまふ。ほれれ? まら夜れふ」
「お前なあ、マキナ」
「あ、いえ、マスターが泣いてるので、こう、右手を」
「……そっか、ありがとな」
ふわりと浮かんだマキナの頭部、その断面をさらけ出した首に右腕が合体した。
キモいのでやめてほしい……見るもおぞましい
浮遊する生首が、下に右腕だけを直接ぶら下げている。
だが、懐かしい夢にまどろむ羽継の涙を、彼女は
そのことに感謝しつつ苦笑していると、マキナはやっぱりいつもの調子だった。
「右手を! わたしの右手を、使ってください! ほら、右手が恋人、的な!」
「おい馬鹿やめろ、また作者がカクヨム運営側から警告メールもらうだろ!」
「涙よりも違うものを出しましょう、そうすればスッキリしますよ。シュッシュと……あ、違った、さっさとヤりましょう! モヤモヤを発散です!」
ふわりと床に着地したマキナは、右手の人差し指と中指でガサゴソと歩く。
もはやグロ画像一歩手前である。
だが、マキナは気にした様子もなく、ジャンプしながら手をワキワキさせた。ここまでいくと、グロい上に
「マキナ、おい……」
「あ、いえ! 冗談ですよ、冗談! カノジョイアンジョークってやつです」
「なんだそら。ったく、久々に夢で会えたのにさ、お前ってやつは」
「まあまあ、所詮は
ハハハこいつめと笑って、羽継は思いっきりマキナを蹴り飛ばした。大丈夫、これくらいで壊れないのは
やれやれと二度寝をしようと思えば、目覚まし時計は深夜の11時を示している。
疲れて早く床についたからか、半端な時間に起きたにしては頭が冴えていた。
そして、気付けばカーテンの向こうに人影が立っていた。
先程から二人のやり取りを見ていたのか、肩を震わせ笑っていた。
「まー、右手が恋人って年頃、誰にもあるわよね。でも、
「あっ……リーリアさん。え? なんで!? ちょ、ちょっと待って」
「こんばんは、羽継クン。突然で悪いけど、キミにも協力してもらおうと思って」
そこには、例のボンテージみたいな特殊スーツを着たリーリアが立っていた。
おいおい土足で上がってくるなよと思ったが、彼女はヒールの高い靴でふわりと舞い降りる。もはや羽継には、平和に
だが、リーリアの話は緊急性があって、その上に重要なものだった。
「羽継クン、私と初めて会った時を覚えてるかしら?」
「忘れたくても忘れられないですよ……正直、最悪でしたね」
「まあまあ、そう言わないで。あの時、私が使ったモビルタイタン……型式はGG-17Mっていうんだけど。ほら、本来の時間の流れから隔離された空間で戦ったじゃない」
「ええ、まあ。それがどうかしたんですか?」
巨大化してバトルフォームを得たマキナに乗って、羽継は戦った。
へんてこな恋人志望のアンドロイドは、人形機動兵器にもなるのだ。そして、その恐るべき力で、リーリアの持ってきたモビルタイタンはあっさり撃退された。
「あの閉鎖空間は、キミ達を本来の時間軸に戻したことで消滅したわ。つまり、放置してきたモビルタイタンも、それに巻き込まれて消える
「筈だった、というと……?」
「まあ、ちゃんと後始末しなかった私も私だけどね。でね……私達
リーリアの話によれば、彼女が閉鎖空間に廃棄したモビルタイタンが……こともあろうに誰かによってサルベージされ、この現実の時間軸に持ち込まれたらしい。
いい迷惑だと思ったが、あんな巨大ロボットが暴れ出せば、この町は火の海だ。
そして、ちょうど羽継には、マキナという戦う手段がある。
「わかりましたよ、もう一度やっつければいいんですね? ……はぁ、なんでこんな」
「ゴメンね、羽継クン。でも、考えてみて? こんなこと、誰にでもできる訳じゃない……つまり、時空操作は天暦から来た特定の人物の
「……あっ! も、もしかして……じいさんか?」
「御影四郎以外の可能性は極めて低いと思う。どうする? 一緒に行く?」
そう思っていると、リーリアは「それとね」と言葉を
なにか言い
「クラス委員長の静流ちゃん……今、自主的に夜の町をパトロールするって、一人で出歩いてて……てへ」
「なっ……じゃ、じゃあ! もしかして
「てへぺろ(・ω<)」
「あーもぉ、どうしてそんな大事なことを! それと、書籍化して縦書きになったらどうするんですか! まったく!」
羽継は着替える間も惜しんで、パジャマのままで部屋を飛び出す。その手に
静まり返った深夜の住宅街に、解き放たれた
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