第10号「週刊カノジョイド!夜行!」

 野上羽継ノガミハネツグは夢を見ていた。

 疲れていたのだ……主にマキナのせいだが、頭痛の種はそれだけにとどまらない。今日はあのあと、蝶院寺静流チョウインジシズルへの言い訳に終止する形になった。

 突然、女教師おんなきょうしとして学園に来たリーリア・ラスタン。

 彼女の存在と町での怪異について、小一時間問い詰められたのだ。

 結局、時が来たら話すと言って、話を誤魔化ごまかすしかできなかったのだった。


(ああ……もうなんか疲れた。俺、疲れたよ……マリアさん)


 羽継は今、なにもない空間を彷徨さまよっていた。

 泳ぐように浮かんで、ただ流されてゆく。

 夢を見ているという自覚すら無く、目の前の光景に吸い込まっれていった。それは、過ぎ去りし遠い過去。羽継が丁度ちょうど、初恋を覚えて長らくしまいこんだ、その最初の風景だった。

 まだ小学生の羽継に、御影ミカゲマリアは優しかった。

 いつだって彼女は、羽継の理解者だったのだ。


『あら、羽継くん……どうしたの? さ、こっちにいらっしゃい。そんなとこで泣いてちゃ駄目。ね?』


 いつも見てきた、古びた平屋建ての日本家屋。

 庭から入れば、いつもの縁側えんがわには四郎シロウの姿がある。そして、穏やかに微笑ほほえむメイド服のマリアが傍らにいた。その姿は、当時いじめられていた羽継には聖母のように見えたものだ。

 立ち尽くしていた幼い羽継は、泣き疲れて縁側へと上がり込む。

 すぐにマリアが、手にしたハンカチで涙を拭いてくれた。


『どうしたんだい、羽継。また、ひたいの傷のことでいじめられたんだね。よし、俺が』

『おじいちゃん、羽継くんに変なことばかり教えちゃ駄目よ。もうっ!』

『なぁに、男の子なんだから武道の一つや二つくらい。なにより、肉体とともに精神が鍛えられる』

『だーめ! ごめんね、羽継くん。おじいちゃん、毎日やることがないもんだから』


 涙の乾いたほおに、マリアの手が温かい。

 その体温を今も、羽継ははっきりと覚えている。


『マリアねえちゃん、おれね、おれ……』

『いいのよ、羽継くん。泣きたい時は泣いて、逃げたい時は逃げる。いつでも私のところに来てね?』

『うん……でも、みんなが……おれのこと、バッテンだって』


 くすりと笑って、マリアはそっと羽継の前髪をかきあげる。

 額にきざまれた十字傷は、消えない刻印スティグマ

 物心ついたころには、羽継のオデコにあったのだ。

 彼女はそれをまじまじと見て、優しく微笑む。


『ねえ、羽継くん。確かにバッテンにも見えるけど、私は違うと思うな』

『そう、なの?』

『ええ。形は同じでも、意味の違うものってあるでしょう? だから、これはバッテンじゃないわ。きっと、誰かが羽継くんに教えてくれてるの……その意味は、きっとXエックスよ』

『えっくす?』


 マリアはそっと、小さな羽継を抱き締めてくれた。

 ――X、それは可能性のシンボル。

 未知の神秘であると同時に、未来の可能性だと彼女は語った。だから、羽継はバッテンなんかじゃない。額の傷は未知数のあかし、Xだとマリアは言ってくれたのだ。

 その言葉は今も、羽継の心に深く刻まれている。

 自分自身がまだまだ正体不明だとしても、マリアの想いだけは確かだと言える。


『よし、羽継! 俺と少し身体を動かすか。いいか、泣いても逃げてもいい。負けたって構わない。でも、諦めたら……負けることを受け入れ戦うことをやめたら、それが本当の負けなんだよ』

『ですって、羽継くん。ふふ、おじいちゃんもたまにはいいこと言うわね』

『そうめるな、マリア! ハッハッハ! さ、羽継。自分を鍛えて強くなれ! 俺がついてる、絶対に……絶対に、無限の可能性からあの未来を選ばせたりはしない』


 セピア色に乾いてゆく、それは思い出の化石。

 徐々に遠ざかるヴィジョンへと、羽継は別れを告げた。

 そして、現実への覚醒……目覚めれば、周囲はまだ闇に満ちていた。部屋には、カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいる。

 そして……すぐ間近にマリアの寝顔があった。

 そう、マリアそっくりなマキナが隣に寝ている。白く小さな右手の感触も同じで、布団の中から伸びて頬に当てられている。その手に羽継は、自分が泣いていたことを気付かされた。


「うわっ! っと……こいつ、また勝手に。おい、起きろよ。お前は押入れだっ――っとおおおおお!? ……し、心臓に悪いなあ」


 思わず布団をはねのけたら、マキナのあられもない姿があらわになる。

 そう、彼女は頭と右手しかない状態だった。布団をかぶっていたので、見えなかったのである。そう、羽継はなにかとうるさくてウザいマキナを、夜は部品だけにして押入れに放り込む。

 アーリィフレームすらない状態で、ムニャムニャとマキナは目を覚ました。


「あ、マスター……おはよーございまふ。ほれれ? まら夜れふ」

「お前なあ、マキナ」

「あ、いえ、マスターが泣いてるので、こう、右手を」

「……そっか、ありがとな」


 ふわりと浮かんだマキナの頭部、その断面をさらけ出した首に右腕が合体した。

 キモいのでやめてほしい……見るもおぞましい化物バケモノの出来上がりである。

 浮遊する生首が、下に右腕だけを直接ぶら下げている。

 だが、懐かしい夢にまどろむ羽継の涙を、彼女はぬぐってくれたのだ。

 そのことに感謝しつつ苦笑していると、マキナはやっぱりいつもの調子だった。


「右手を! わたしの右手を、使ってください! ほら、、的な!」

「おい馬鹿やめろ、また作者がカクヨム運営側から警告メールもらうだろ!」

「涙よりも違うものを出しましょう、そうすればスッキリしますよ。シュッシュと……あ、違った、さっさとヤりましょう! モヤモヤを発散です!」


 ふわりと床に着地したマキナは、右手の人差し指と中指でガサゴソと歩く。

 もはやグロ画像一歩手前である。

 だが、マキナは気にした様子もなく、ジャンプしながら手をワキワキさせた。ここまでいくと、グロい上に猥褻物わいせつぶつだった。


「マキナ、おい……」

「あ、いえ! 冗談ですよ、冗談! カノジョイアンジョークってやつです」

「なんだそら。ったく、久々に夢で会えたのにさ、お前ってやつは」

「まあまあ、所詮は泡沫うたかたの夢、人の夢と書いてはかない、うんうん。そして、男の子の夢と書いてはかない……ぱんつ的な意味ではかない!」


 ハハハこいつめと笑って、羽継は思いっきりマキナを蹴り飛ばした。大丈夫、これくらいで壊れないのはすでに実証済みだ。彼女は空気の抜けた風船のように、部屋の中を上下左右に乱れはずんだ。

 やれやれと二度寝をしようと思えば、目覚まし時計は深夜の11時を示している。

 疲れて早く床についたからか、半端な時間に起きたにしては頭が冴えていた。

 そして、気付けばカーテンの向こうに人影が立っていた。

 先程から二人のやり取りを見ていたのか、肩を震わせ笑っていた。


「まー、右手が恋人って年頃、誰にもあるわよね。でも、夜更よふかしは駄目よん? お邪魔しまーす、っと」

「あっ……リーリアさん。え? なんで!? ちょ、ちょっと待って」

「こんばんは、羽継クン。突然で悪いけど、キミにも協力してもらおうと思って」


 そこには、例のボンテージみたいな特殊スーツを着たリーリアが立っていた。

 おいおい土足で上がってくるなよと思ったが、彼女はヒールの高い靴でふわりと舞い降りる。もはや羽継には、平和に惰眠だみんむさぼる権利すらないのかもしれない。

 だが、リーリアの話は緊急性があって、その上に重要なものだった。


「羽継クン、私と初めて会った時を覚えてるかしら?」

「忘れたくても忘れられないですよ……正直、最悪でしたね」

「まあまあ、そう言わないで。あの時、私が使ったモビルタイタン……型式はGG-17Mっていうんだけど。ほら、本来の時間の流れから隔離された空間で戦ったじゃない」

「ええ、まあ。それがどうかしたんですか?」


 巨大化してバトルフォームを得たマキナに乗って、羽継は戦った。

 へんてこな恋人志望のアンドロイドは、人形機動兵器にもなるのだ。そして、その恐るべき力で、リーリアの持ってきたモビルタイタンはあっさり撃退された。


「あの閉鎖空間は、キミ達を本来の時間軸に戻したことで消滅したわ。つまり、放置してきたモビルタイタンも、それに巻き込まれて消えるはずだった」

「筈だった、というと……?」

「まあ、ちゃんと後始末しなかった私も私だけどね。でね……私達天暦てんれき時代でも、一部の人間しかできない時空操作を、誰かがやった痕跡があるの」


 リーリアの話によれば、彼女が閉鎖空間に廃棄したモビルタイタンが……こともあろうに誰かによってサルベージされ、この現実の時間軸に持ち込まれたらしい。

 いい迷惑だと思ったが、あんな巨大ロボットが暴れ出せば、この町は火の海だ。

 そして、ちょうど羽継には、マキナという戦う手段がある。


「わかりましたよ、もう一度やっつければいいんですね? ……はぁ、なんでこんな」

「ゴメンね、羽継クン。でも、考えてみて? こんなこと、誰にでもできる訳じゃない……つまり、時空操作は天暦から来た特定の人物の仕業しわざ。だから」

「……あっ! も、もしかして……じいさんか?」

「御影四郎以外の可能性は極めて低いと思う。どうする? 一緒に行く?」


 うなずく羽継の足元に、トテトテとマキナがやってきた。その姿にやはり、リーリアはドン引きである。これが、静流の言っていた化物の正体なのだ。

 そう思っていると、リーリアは「それとね」と言葉をにごした。

 なにか言いづらいことがあるのかと思ったが、次の瞬間に羽継は大声をあげてしまう。


「クラス委員長の静流ちゃん……今、自主的に夜の町をパトロールするって、一人で出歩いてて……てへ」

「なっ……じゃ、じゃあ! もしかして鉢合はちあわせしたら! ちょっとちょっと、てへ、じゃないですよ!」

「てへぺろ(・ω<)」

「あーもぉ、どうしてそんな大事なことを! それと、書籍化して縦書きになったらどうするんですか! まったく!」


 羽継は着替える間も惜しんで、パジャマのままで部屋を飛び出す。その手にバインダーBinDERを握れば、アーリィフレームを実体化されたマキナがダッシュであとに続いた。

 静まり返った深夜の住宅街に、解き放たれた巨人ギガンテスの脅威が迫っているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る