第20号「週刊カノジョイド!完結?」

 羽継ハネツグを非日常に叩き込んだ事件は、静かに終息へと向かっていた。

 廃工場での激戦から一夜明け、羽継は病院を訪れている。師匠でもある四郎シロウが、昨夜から入院しているからだ。やはり、多数の怪我を負っているらしい。

 だが、生きててくれた。

 そして、知った……いつも羽継を守ってくれていたと。

 遠未来から来て、大人になった羽継を彼は殺した。羽継がDIVER-Xダイバー・エックス……未来の新人類、その最初の一人だからだ。しかし、一変して四郎はさらに時間を遡り、少年時代の今の羽継を見守り始めた。友人にして師匠として、様々な教えを授けてくれたのだ。


「でも、よかったよな。これで一件落着ってとこだ」

「ええ、私も学級院長として鼻が高いのだわ! でもバツ、例のDIVERってのは、むぐ? むがぐぐー!?」


 花束を片手に廊下を歩く四郎は、隣の静流の口をふさぐ。

 DIVERや因果調律などという話は、秘密なのだ。

 そうして引きつる笑みで振り返れば……平坦なジト目が殺意を注いできた。


「……バツにぃ、ねえ、昨日から気になってたんだけど」

「お、おう! なんだ真璃マルリ

「やっぱり、いいんちょさんと付き合ってる、の? ねえ……答えてよ、バツにぃ」

「いや、その、これはだな真璃!」


 清々すがすがしい病院内の空気が、消毒液の微かな匂いを失ってゆく。ドス黒くにごった、瘴気しょうきとでも言うべきオーラが真璃から広がってゆく。

 だが、羽継がどうにか場を取り繕うとしているのに、静流が日に油を注いだ。


「プハッ! はあ……えっと、いい? 私は昨日、バツとデッ、デデ、デッ!」

「デデン? いいんちょさん……あたし、ね? 怒ってないよ? ただ……潮時だなあって。けじめはつけないとね……」

「ちょ、こわっ! で、でもっ! 私はバツとデッ、デート、したのだわ!」

「……知ってる。けど、忘れるから……いいんちょさんも、忘れさせてあげるね?」


 修羅場とでも言うんだろうか?

 四郎の見舞いに来ただけなのに、いきなり朝から羽継はピンチである。

 もう帰りたい。

 なんのために、日曜の朝から早起きしたんだろうか。

 こんな時に限って、適度に適当に助け舟を出してくれそうなマキナがいない。首から下がメカそのものなアーリィフレームでは、日の高いうちは出歩かせられないのだ。

 そういえば、今朝はすんなり留守番を承知したなと、羽継は思い出す。


「この際だから、はっきりと言っておくのだわ! キモウト! ……の、真璃さん」

「……なに? 最期の言葉くらい、聞くけど」

「私とバツとは、高校入学してからの友達なの! 席も隣の友達だったの! ……今はもう、違うわ」

「あたしだって……受精卵になる前から、バツにいのお嫁さん、だよ? 妹だもん」


 駄目だ、会話が成立していない。

 そんなこんなで、羽継は精神的に疲れ果てながらも病棟を進む。すぐに目的の個室を見つければ、ちょうど新聞記者らしき男達が出てきたところだ。

 謎の大爆発、木っ端微塵になった邸宅の家主は生きていた。

 四郎のことだから、適当な言い訳を見繕みつくろって新聞記事のネタを与えたに違いない。

 入れ替わるようにして、ノックへの返事をもらってから羽継は入室する。


「じいさん、入るぜ? ……よ、よお。その……無事でよかった、よな?」


 ベッドの上に今、老人が身を起こしていた。

 改めて実感する……御影四郎ミカゲシロウは生きていた。

 今も、以前と変わらぬにこやかな笑顔を向けてくれる。


「やあ、羽継。それに、静流ちゃんと真璃ちゃん」


 突然、真璃が駆け出した。

 ベッドの上にダイブするようにして、四郎に抱き着く。羽継だってそうしたい気分だったが、高校生ともなればいい大人である。

 それでも、眼前の光景に自然と目がうるむのだった。


「おじいちゃんっ! 四郎おじいちゃん、生きてた! やっぱり生きてたよぅ!」

「はは、真璃ちゃん……心配をかけてしまってすまなかったね」

「すまないじゃ、すまないよう! もぉ……うぅ、よかった!」

「ありがとう、真璃ちゃん。この通り、怪我をしてるけど無事だからね」


 こうして見ると、真璃もまだまだ子供な中学生である。

 兄として、素直で純真な妹の光景に頬が緩んだ。病的なまでに羽継になついてはいるが、真璃はどこにでもいる普通の女の子だ。自分と同じく、家の裏山に住む四郎が大好きなのである。

 そんなことを考えていると、小声で静流が耳打ちしてきた。


「キモウト、さ……かわいいとこ、あるじゃないの」

「まぁな」

「それに、昨日のことは覚えてないみたい。よかった……気絶してたものね」

「静流も随分、俺を助けてくれたよな。助かったぜ、ありがとう」


 不意に静流は、ほおを赤らめた。そして、眼鏡メガネのブリッジを上げる素振りで顔を隠す。だが背を向けてしまった彼女の耳は、三つ編みの黒髪から赤くなっているのが見えた。

 真璃が目を覚ました時にはもう、羽継は彼女を背負って帰宅していた。

 デートのストーキング……もとい追跡中に、突然貧血で倒れたと言っておいた。

 真実など、知らないほうがいい。

 特にマリアやマキナのことは、羽継の命にも関わるから……知らないでほしい。

 改めてそう思っていると、真璃をなだめてでながら、四郎が語り出した。


「すまなかったね、真璃ちゃん。私はうっかり、ガスの元栓を確認せず、ガスコンロを新しいものに取り替えようとしてたんだ。それで、ドカン! はは、参ったよ」


 そういう方向で話を合わせるんだなと、羽継も大きくうなずく。

 ぐずってた真璃も、それはドジだよと笑ってくれた。

 やはり、妹には笑顔が似合う。瞳のグラデーションを失った無表情など、見たくはない。それ以上に、悲しい泣き顔はしてほしくなかった。


「でも、よかったぁ。あたし、ずっと不安で、心配で。だって、おじいちゃんはバツにいの師匠だし、いつかあたしとバツにいの仲人なこうどになってもらわなきゃだもん!」

「えっと……ごめんね、真璃ちゃん。よく聴こえなかったけど」

「式はね、ハワイ! 盛大にやるんだぁ……お色直しは三回くらいで。っと、そうだ! あたし達、お見舞いに花を買ってきたんだ。ねっ、バツにい!」


 おう、と羽継が手にした花束を突き出す。

 それを受け取る真璃は、すぐに病室に備え付けられた花瓶かびんをひっつかんだ。


「ちょっと待ってて、おじいちゃん! お花、飾れるようにしてくるねっ!」

「ありがとう、真璃ちゃん」

「病院って殺風景だもん。お花くらいなきゃ!」


 そのまま真璃は、カッ飛んでいった。

 彼女が出ていくと、そっと羽継は病室のドアを閉める。

 意図を察したように、四郎も真剣な表情になった。

 そして、深々と頭を下げてくる。


「まずは、助けてくれてありがとう。成長したね、羽継。それと、静流ちゃんもありがとう。二人に助けられたよ」

「気にするなよ、じいさん。それより」

「……ああ、そうだね。話せる限りを話すつもりだよ」


 四郎は語ってくれた。

 遠く遥かな未来、天暦てんれきと呼ばれる時代。因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスという組織のエージェントとして、四郎はまずは西暦2025年へとタイムリープした。そして、人類に取って代わる新たな種、DIVERと呼ばれる者達の最初の一人を殺したのだ。

 それが、大人になった羽継だ。

 だが、そのあとさらに過去へと遡り、少年時代の羽継を見守り始める。

 自分で殺した男を、今度は導こうとしたのだ。


「リーリアから話は聞いてるね? 知っての通り、私が2025年の羽継を殺しても、近似未来きんじみらいは発生しなかった。因果調律で自分がいた世界線の未来を変えるには、そこに一番近い……最低限で最小の修正を施された平行世界の分岐が必要になる」

「たしかにリーリアさんもそう言ってた。つまり……因果調律に失敗したんだろ? なら、何故なぜ? どうして俺に親身になってくれたんだ?」

「一つは、罪滅ぼし。そしてもう一つ……本当にDIVER達が現れない未来が、いいのか? そう疑念を持ってしまった。世界最初のDIVER……DIVER-X、つまり君だね、羽継。君を殺してまで、私達未来の人間は存在し続けるべきなんだろうか、と」


 四郎は少し疲れた顔を見せた。

 彼は、既に因果調律をあきらめていたのだ。そして所属組織であるゼウスを裏切り、逃亡者になった。数多の時代を行き来しながら歳を重ね、マリアという相棒を作り上げた上で、羽継の前に現れた。

 今の羽継が大人になった時……西暦2025年に、殺し屋としての四郎が現れる。

 四郎の暗殺から逃げられるよう、目の前の四郎は羽継を守ると誓っていたのだ。それは、自分の行いを否定し、自分の罪を背負って償う覚悟に他ならない。


「話はだいたいわかった。……ありがとう、じいさん」

「礼を言うのは私だよ、羽継。君と接していて、沢山のことを教えられた。そして、思い出した……未来は変えるのではなく、つくってゆくもの。それをいつか……私はもう一度、マリアにも伝えたい」

「ああ。大丈夫さ、きっとマリアさんは帰ってくる。それより……じいさん、マキナのことだけど。どうして週刊カノジョイドを? ってか、どこの出版社だよって話で――」


 その時、突然病室の扉が乱暴に開かれた。

 最大の謎に迫ろうとしていた羽継は、驚く静流と共に振り返る。

 そこには、息を荒げたリーリアの姿があった。


「四郎……四郎っ!」


 彼女は羽継を突き飛ばし、ベッドの四郎へと抱き着いた。

 驚いた様子だったが、四郎の目元が優しく緩められる。


「もうっ、心配した! 組織も抜けて、行方知れずで……やっといる場所と年代を特定したら、なによ大爆発って! あなたまだ、爆発するほどリア充じゃないのに!」

「すまなかったな、リーリア。……はは、この通り老いてしまったよ。これでは祖父と孫だ」

「それでもいい……介護したっていいんだから。だから、お願い……もう、私の前からいなくならないで」

「わかった、約束しよう」


 グズグズと泣きながら、ようやくリーリアは離れた。そして、今度は振り向くなり羽継に抱き着いてくる。小さく叫ばれた静流の悲鳴が響いた。


「羽継クン、ありがとうっ! お姉さん、今すぐチューしてあげたいくらい嬉しい!」

「そ、それは困りますよ! ほ、ほら……静流が、おっかない、顔を……お? おおぅ……」


 ギイ、と扉が開いて、誰もが言葉を失う。

 リーリアを引き剥がそうとしていた静流さえ、凍りついた。

 そこには、ギラ付く瞳にまばたきを忘れさせた、表情のない真璃が立っていたのだった。

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