第19号「週刊カノジョイド!決着!」

 激しい空中戦が始まった。

 冬の空に天使と悪魔が舞う。白きマキナと、黒きマリア……二機の巨大ロボットが羽継ハネツグには、二人の少女に見えていた。

 自分を内包して戦うマキナは勿論もちろん、泣き出しそうな表情で襲い来るマリアも。

 ずっと気付かなかった。

 マリア自身すら、知らなかったのだ。

 彼女が、四郎シロウの造ったマシーンだったということを。


「マキナッ! 殺しちゃ駄目だ……機械でもマリアさんはマリアさんだから!」

『ういーす、ラジャラジャ! まー、わたしも自分と顔を殴るのはちょっと、なーんて言いつつ必殺の右フックゥ! (・ω<)てへぺろ

「真面目にやれって! あと、文庫本で書籍化すると縦書きだから、顔文字はよせ!」


 加速を続ける激闘のビートが、激しい振動となって羽継を襲う。

 どうにか静流シズルと四郎は逃げおおせたようだ。

 となれば、あとはマリアを止めるだけ……彼女の暴走を止めて、もっと言葉を交わしたいと羽継は感じていた。死別で想いを告げることができなかったが、今はその機会を取り戻すチャンスがある。

 初恋の人の苦しみを救いたい。

 同じ人間として生きていいんだと伝えたかった。


『クッ……何故なぜ! どうして! 羽継くん、私を人間でいさせて! こんなことしてたら、私……私っ、どんどん破壊装置になっちゃう!』

「マリアさんっ! なら、一緒に戦いをやめよう! お互い相手を攻撃しなければ、もっと話せるはず……だから!」

『と、マスターがたくみな話術ですきを作って、かーらーのっ! マキナちゃんキィィィック!』


 おいよせ、やめろバカ。

 一瞬動きの止まったマリアへと、身を捩って回転するマキナのハイキックが炸裂した。顔面に衝撃を受けて、マリアは錐揉きりもみに吹っ飛びながら落下してゆく。

 慌てて羽継は、手にするバインダーへと意思を注ぎ込んだ。

 ガクン! とコクピットが揺れて、マキナが空中で静止する。


『おろろ? マスター、今がやっつけるチャンスですぞー?』

「なにやってんだ、お前っ! 俺の思う通りに動くんだろ!」

『はっはっは、わたしは最新鋭のカノジョイドなので、ファジー機能が搭載してあるのだ!』

「うっさいわ、このアホ!」


 今の世代にファジー機能なんて単語、通用しない。

 そう思いつつ、羽継は思念を脳裏に張り巡らせる。マキナは思い出したように、羽継の制御に従って攻撃を停止した。

 激しい衝撃音と共に落下したマリアが、地上でよろよろと起き上がる。

 いくらさびれた郊外でも、そろそろ周囲が騒がしくなってくる頃だ。

 なんとしてもマリアを救わねばと、羽継はマキナの高度を下げつつコクピットから降りようとした。


『チョイ待ち、マスター!』

「止めるな! マリアさんが一番つらいんだ……今までの全部が否定された気持ちになってるんだよ! なら、俺が!」

『いやでも、ほら……なんかあの、すんごいのぶちかまそうとしてんですけど?』


 見下ろす羽継は見た。

 全身にバチバチと、青いプラズマをスパークさせるマリア。その身体がよろけて、ダメージを伝えてくる。だが、彼女はそれでもこちらをにらんで両手を頭上へ振り上げた。

 見覚えのあるポーズで、手と手の間に巨大なエネルギーが凝縮されてゆく。


「ま、まさか……あれって!」

『わたしの必殺技、スターレス・デストラクションですねえ。あっ、でも2Pツーピーカラーだ』


 白い装甲のドレスとは裏腹に、マキナが繰り出す最凶最悪の黒き光。

 だが、黒衣のマリアが両手で練り上げる光球は、まばゆく白亜に輝いていた。

 以前、現実世界の時間軸から切り離された閉鎖空間で、羽継はあの技を使ったことがある。恐るべき破壊力は、この街の大半を吹き飛ばしてしまった。全てが灰燼かいじんして、巨大なクレーターだけが残るのだ。

 その力を今、必死の形相でマリアは解き放とうとしていた。

 コクピットに、避難を終えた静流の声が響く。


『ちょっと、バツ!? なんか、すっごいやばい感じがするのだわ』

「あ、ああ……あの技はやばいなんてもんじゃない」

『なになに? 結構食らうと痛い感じ?』

「ここいら一帯、消し飛ぶだろうな」

『ああ、そういう……って、ええーっ! ちょ、ちょっとバツ! なんとかしなさいよ!』


 言われなくてもそのつもりだ。

 だが、危機感に焦る羽継とは裏腹に、マキナは覚めた声で言葉を並べる。


『んー、まあ……心配いらないかな。……あの力は、マスターがいなきゃ発動しないし』

「へ? いや、マキナ?」

『あ、ほら! 見てください、マスター! ダークマキナこと私のパチモンが!』


 突然、マリアはガクリとひざを落とした。

 その全身に、小さな爆発の花が幾重いくえにも咲き散らされる。

 まるで、自分の力に自分自身が耐えられなくなったようだ。

 破壊の光が徐々に弱まり、放たれる前に弾けて消える。同時に、マリアはその場に崩れ落ちた。そのサイズが縮んで、元の可憐な少女の姿に戻る。

 あわてて羽継は、足元に開くハッチから外へと飛び出した。

 空中にいたことも忘れて、落ちるより早くマリナへ向けて飛ぶ。


『あっ、マスター! ちょっとちょっと、落っこちてますよぉ』

「悪い、マキナ! マリアさんは……俺にとって、大切な人なんだ!」

『あっ、それ……わたしに言います? カノジョイドのわたしに、もぉ! ……でも、そんなマスターが、わたし……なんてな、うは! うはは! ならば、お助けしまっす!』


 自由落下で手を伸ばす、羽継。

 見上げてくるマリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 それは、製作者の四郎が見ればアイセンサーの潤滑液じゅんかつえきだと言うかも知れない。だが、生みの親として彼は孫娘の涙に心を痛めるだろう。そして、羽継はマリアの泣き顔なんか見たくない。

 また前みたいに、笑ってほしい。

 優しく微笑ほほえんでほしいのだ。


「マリアッ、さあああああん! 俺は、俺はっ! マリアさんが、好きでしたっ! 大好きでした!」


 静流の悲鳴にも似た声が聴こえた。

 マキナの股間から出て大地に落ちながら、羽継はありったけの気持ちと思いを言の葉に込めた。

 見上げるマリアの瞳が、大きく見開かれる。

 そして、羽継は大地に激突寸前で急停止した。

 逆さまに吊られながら、真下のマリアに手で触れる。

 そっと涙をぬぐって、笑いかける。

 彼の片足は今、真璃マルリを小脇に抱えた普段通りのマキナが握っていた。


「羽継、くん」

「マリアさん、あなたは自分が機械であることに絶望したかもしれない。でも、知ってほしいんだ。あなたが自分を人間だと思ってた時、俺もあなたを特別だと想っていた!」

「……でも、現実の私は」

「初恋の人がロボットだった、それだけだ! 俺にとってそれは、ただそれだけの些細ささいなことなんだ! なにも変わらない! 揺るがないんだ!」


 叫んでから、不意に羽継はほおの熱さに気付いた。

 赤面してる顔の火照ほてりが、自然と自分の発言をリフレインさせる。

 今日はなんて日だ……静流とデートして、真璃にストーキングされて。そして四郎は生きててくれて、マリアは実はロボットだった。

 だが、そんな休日も日常の一部で、羽継にとってはかけがえのないものだ。

 今はそうはっきり言えるが、あまりにもはっきり言い過ぎた照れがあとから襲い来る。


「……ありがとう、羽継くん。あと……あと、ね」

「お、おうっ!」

「ロボットじゃなくて、アンドロイド……かな。ふふ」

「そこ、こだわるよなあ。マキナもなんだよ、はは……はははは」


 雪融ゆきどけを感じた。

 かたくなに絶望へひたっていたマリアが、ようやく笑ってくれた。

 だが、彼女の真上でマキナが手を放す。

 ドサリと羽継は、固くてすべやかな起伏の冷たさに沈んだ。その時に手が、マリアの胸の膨らみをつかんでしまう。

 マリアを押し倒す形になって、間近で彼女の呼吸を肌に感じた。

 行き交う息吹が呼吸ではなく、マシーン特有の排気と排熱でも、いい。

 首から下が硬い合金製のメカでも、いいのだ。

 そんなことを思っていると、不機嫌な声が降ってくる。


「はあ、よーございましたねー! ハッピーエンドですねー! ……んで? マスター、いいんちょさんはどうするんです? デートしましたよねー?」

「お、おいっ、マキナ! それは、だな、その……」

「なによりわたし、マスター専用のカノジョイドなんですけど? そっちが一号ロボで、わたしは二号ロボですかー? ふーんだ! なんですかもー、イイ話ぶって!」


 むくれてプンスカとマキナがそっぽを向く。

 彼女は降りてきて、駆け寄る静流と四郎に真璃を押し付けた。

 そして、のっしのっしと歩み寄ってマリアごと羽継をすがめる。


「似てるもなにも、ミクロン単位でわたしと同じ……でも、マスターのDIVERダイバーとしての力は引き出せない。中にコクピットもないし。でも……初恋、かあ! かなわんぜよー!」

「……マキナ、さん、でしたよね?」

「ほいほい、マリアちゃん。そですよ、マスターだけのカノジョイド、マキナでっす」

「もう少し……対話、しましょうか。主に、羽継くんを巡る立ち位置について」

「あ、そういう、ね。そういうやつね。……おっしゃ、ばっちこーい!」


 そっと羽継の下から這い出て、にこりとマリアは笑った。

 次の瞬間、彼女のパンチがマキナをくの字に折り曲げる。腹部に強烈なボディブローをもらって、マキナは大きくよろけた。だが、躊躇ためらわず彼女もマリアの顔面をブン殴った。

 おいおい待てよと止めようとしたが、すぐに二人は激しい応酬で離れてゆく。

 そして、絵に描いたようなクロスカウンターを互いに交えて、勝敗が決した。

 マキナが吹き飛ぶ。

 それを追って、マリアが駆け出す。

 二度の衝撃音をつらねて、廃工場だった瓦礫がれきの山に二人は突っ込んだ。そして、片方が空へと浮かび上がるや、光の尾を引き飛び去ってゆく。

 それを見送り振り返る美貌が、ニヘラと笑った。


「素直じゃないッスねぇ、マリアちゃん。……ま、少し心の傷が癒えるのを待つしかないかも? ほら、時間だけが解決するっていうの、あるじゃないですか」

「あ、ああ……あの、マキナ」

「んー? なんですかマスター!」

「あ、ありがと……ありがとう。俺、マリアさんを待ちながら気持ちを整理するよ。俺の初恋は終わった。でも、これから新しい、その、なんだ、恋? 始まる、かも、だし……片思いはもう、恋になってるかもだしさ」


 ゲラゲラ笑って近付いてきたマキナは、ボロボロだった。だが、硬い右手でバシバシと羽継の背を叩く。その金属的な冷たさも今は、心地よくすずやかに感じるのだった。

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