第18号「週刊カノジョイド!奮闘!」

 激震と轟音の中で、廃工場はいこうじょうが破滅へと圧縮されてゆく。

 その中で野上羽継ノガミハネツグは、マキナの名を叫んだ。

 週刊カノジョイドに付属してくる、生体パーツをふんだんに使った美少女アンドロイド……マキナ。どこからともなく送られてくる、その表情は多彩で変幻自在、感情表現は豊かに過ぎる。追加された右手など、柔肌やわはだに宿ったぬくもりが柔らかかった。

 彼女を機械だと思ったことはない。

 機械という事実は、羽継の中になにも生まずはばまず、ふさがない。


「うおおおおっ! マキナァァァァァッ! 俺を……せめて、妹とじいさんを助けてくれ!」


 バインダーBinDERを手に、羽継は絶叫していた。

 もう片方の腕に、ぐったりとして動かない妹の真璃マルリを抱き締める。

 崩落してくる天井へと向かって、羽継のひたいから光が立ち上っていた。

 物心ついた頃から、オデコに大きな十字傷バッテン……それが今、まばゆい輝きを広げている。

 そして、羽継の言葉に呑気のんきな声が返ってきた。


「ほいほーい! ではではマスター、合体です! うおお、今っ! 愛と希望のガッチュン合体! いっきま――げふぁあ!?」


 おおよそ、女の子が出してはいけない悲鳴が叫ばれた。

 落ちてきた天井の鉄骨が、マキナの脳天を直撃する。同時に、振り返ったマリアの蹴りが放たれたのだ。まるで見事な連続技のようで、メリメリと音が聴こえてきそうなミドルキックが脇腹へとめり込む。

 だが、マキナは頭上の鉄骨をまるで紙屑かみくずのように片手で振り払う。

 そして、自分を痛打したマリアの蹴り足をつかんだ。


「いってぇ! 死んじゃいますよこれ!」

「お前は機械、マシーン! 痛みもただのデータでしかなく、死ぬことはない! だが、もう壊れろ! 私の顔を盗んだ、不愉快な奴!」

「あっ、じゃあ……スペシャルにかわいいこのわたし、お返し、しまっ、すぅ!」


 片足で立つマリアへと、そのままマキナが

 骨と骨とがぶつかる鈍い音は、顔だけなら人間そのものの二人には自然だったが……アンドロイドの力で放てばそれは、全てを打ち砕く鉄槌てっついに等しい。

 マリアは勿論もちろん、マキナも頭を片手で抑えて苦悶の表情。

 それでも、マキナは掴んだ脚を引っ張りブン回して、落ちてくる天井へと投げつけた。

 同時に、地を蹴り羽継の光に飛び込んでくる。


「まさか、羽継! その額の光は……そうか、もう覚醒が始まっているのか!?」

「じいさん、もっと近くに! 俺がマキナでじいさんと真璃を守る! やるぞ、マキナ!」

「んもぉ、ヤるだなんて……ばっちこーい! ですっ! いつがヤりまくるために……こんなところで死ねんとですよ!」


 バインダーを通じて、マキナへと信号コードが無数に吸い込まれる。

 瞬間、マキナは片足を真っ直ぐ頭上へと振り上げた。天を衝く蹴りが、物理法則的にありえない衝撃波を渦巻かせる。

 そして、気付けば吸い込まれる羽継は絶叫していた。


「くっそ……やっぱりかああああああ! こんなロボ、絶対に嫌だああああああっ!」


 そのまま羽継は、

 以前に乗って戦い、そのあと降りて知っていた。

 どういう訳か、コクピットの出入り口は股間にあるのだ。

 もうやだこのロボ……そう思っているうちに、以前と同じ場所へと羽継は立たされていた。そのまま真璃を側に横たえ、光るバインダーから生じる無数の光学ウィンドウをにらむ。

 全周囲をくまなく取り巻くモニターにも、錯綜する情報が乱舞していた。


『マスター、御影四郎ミカゲシロウ氏の保護を完了しました! ブイッ! ……おっと、Vブイサインしたら氏を落としちゃった、危ない危ない!』

「た、頼むぞマキナ」

『おうてばよ! よーしっ、ここはもう駄目です! 脱出します!』


 今や巨大ロボットと化したマキナは、鋼鉄のミニドレスを纏う戦乙女ワルキューレだ。その純白の華美な姿は、激しく言動不一致げんどうふいっちだが頼りになる。

 先程から収まらぬ額の発光に手を当てながら、羽継はマキナが宙に浮かぶ感覚を拾った。

 次の瞬間には、瓦礫がれきの山から一気に空へと飛び上がる。

 周囲の土煙を脱ぎ捨て、再開発地区を見下ろす空で羽継は安堵に溜息ためいき

 マキナの右手が四郎を抱えているのを確認して、危機一髪で切り抜けたことを知った。

 だが、冷たい殺意が叫ばれる。


いや……こんなの、嫌ぁ! 私が、大きく……こんなの、こんなのって! 人間じゃない、人間でいられなくなるわ! そんなのは嫌よ! ……全部、あなたのせい!』


 黒き堕天使ルシファーにも似た、慟哭どうこくに震える巨躯が舞い上がる。

 それは、マキナと全く同じ姿に巨大化したマリアだった。

 同じ意匠いしょうの装甲は、金属ながらフリルとレースが編み込まれている。だが、その色は漆黒……光を吸い込む闇に染まって、マリアは絶叫に震えていた。

 やはり、マリアとマキナには関連性があるのか?

 もはや類似性るいじせいという言葉では、言い表せない程に似ている。

 モノクロ反転したかのように、白と黒の女神像は互いに身構えた。


『マスター! マスター、マスター! わたしってば、あんなにヤベェ顔してます?』

「顔がというか、全体的にヤベェよお前。でも、助かってる! マリアさんを止める、手伝ってくれるか?」

『ういさっさ! いやぁ、しかし偽物にせもののそっくりさん登場……主役ロボの宿命サガですね、うは! うははは!』

「気持ち悪い笑いはやめろって。……ッ! は、速い!?」


 マリアの飛び蹴りがマキナを襲った。

 激震に揺れる中で、バインダーを通して羽継の意思がマキナを動かす。腕に抱いた四郎をかばうようにして、突き立つ飛び蹴りにマキナは顔面をさらした。

 一瞬だけモニターにノイズが走って、すぐにダメージ計算処理が走る。

 すでに暴走状態のマリアは、涙も流さずに泣いていた。


『出てきて、羽継くん! 私に恋して、私が恋した羽継くん。あなたがいれば私、まだ人間でいられる……人間でいるためにあなたが必要! あなたのために人間でいたい!』

「マリアさんっ! 俺はまだちゃんと、マリアさんが好きだよ! だから」

『ああ、嬉しい……ちゃんと喜びを感じる。当然よね、この乙女心は……私がまだ、人間であるあかし! なら、その根源を鉄屑てつくず出来損できそこないから引きずり出すわ!』


 マリアの猛攻が襲った。

 圧倒的な戦闘力は、DIVERダイバーとしての力を注いでいる羽継の存在を驚かせる。バインダーの真の力、バディBUDDYインinダイバーDIVERエントリーENTRYライドRIDE……マキナはDIVERをその身に取り込み内包することで、恐るべき破壊神に変貌するのだ。

 その力は羽継には強過ぎるし、そもそも力なんて望んでなかった。

 四郎はいつも、力よりもその意味、使い方や制御の仕方を教えてくれたのだ。


「くっ、とにかくじいさんも中に」

『そんなひまないですよぉ、マスター! どうにかしないと……あっ! あれは!』


 風が突き抜けた。

 その瞬間には、マキナの手から四郎が消えていた。

 響く声を求めて首を巡らせれば、モニターの小さな点が何倍にも拡大される。

 そこには、巻き込んで今は共犯者と言える、クラスメイトの姿があった。


『バツ、よくわからないけど私に任せるのだわ!』

静流シズルっ! ……お前、その格好」

『言わないで! し、死ぬほど恥ずかしい! けど、この人は私が安全な場所へ!』


 そこにはジャンプで宙を舞う蝶院寺静流チョウインジシズルの姿があった。

 そう、あのリーリア・ラスタンが着ていた未来の強化スーツである。過激な露出度で、ほぼ全裸に等しいシルエット……だが、身体能力を圧倒的に引き上げる力がある。今も静流は、四郎を守って着地点を探していた。

 だが、マリアの容赦ないの殺意が二人へと向かう。


『おじいちゃんっ、逃さないわ! この復讐心も本物、極めて人間らしい感情! なら、ぶつけるしか!』


 組んだ手と手が、ハンマーのようにマキナへと振り下ろされた。

 落下するマキナで弾みを付けるようにして、マリアは逃げる静流と四郎を補足する。

 装甲越しに羽継は、本物の敵意を感じた。

 まぎれもなく、生の情念が煮えたぎる温度が伝わってくる。

 だが、それを発するにごってよどんだ存在が、憧れのマリアであることが悲しかった。


「マキナ、なんとかしろ! なんとかさせてくれ!」

『イチチ……あんまし殴る蹴るされると、オバカサンになっちゃうぞい!』

「そこは心配してない。これ以上はさ! それより!」

『ういーっす。んじゃま、ド派手に必殺技をブッ放しましょ。そぅれ、一撃必殺――』


 咄嗟とっさに羽継は、マキナへ静止を念じた。

 それで二人は、廃墟とかして崩れた廃工場の残骸に落下する。

 マキナの力は、強過ぎる。そしてここは、周囲の時間軸から切り離された閉鎖空間ではないのだ。あの力を使えば、何千人もの人間が巻き添えになってしまう。町外れとはいえ、ここからでもかなりの市街地を消滅させられるだろう。


『マ、マスター?』

「例のやつは使うな! 俺の、力……DIVERの力でもっと、なんかできないのか!」

『地球くらいなら消せますけど? バニーッシュ、ドーン! て』

「だから、もっと小規模に! ……マリアさんを死なせたくないんだ」


 そう、マリアが自ら望んだ姿は、今も羽継の胸の中にある。

 確かに彼女は人間で、憧れのお姉さんで、初恋の女性だった。

 それは揺るがぬ事実であり、彼女自身がどう思うかとは別なのだ。そのことを伝えるには、破壊の力は相応ふさわしくない。この街もマリアも、羽継にとって敵ではないのだ。


『んじゃ、まあ……泥臭くこぶし語り合いなぐりあいますか!』

「悪ぃ、マキナ。ちなみにお前、痛みは……この、ダメージって数値はお前には」

『あ、わたしはロボットだから! マシーンだから! ダラッシャー! ……気にしないでください、マスター。じゃあ、マスターの力をもっとふんわり使いますね!』


 不思議と、マキナが機械には思えない。

 その人を食った言動も、自然過ぎる表情と仕草しぐさもそう。なにより、どこかおどけていても彼女は羽継に合わせてくれる。自分が人間であるために戦うマリアとは対象的に、その戦いを止めたい羽継にはマキナが人間らしく思えるのだ。

 モニターを走る真っ赤な文字列が、ダメージを伝えてくる。

 だが、マキナは再び地を蹴り空へと飛び立つのだった。

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