第17号「週刊カノジョイド!覚醒!」

 それは目を疑う光景だった。

 全く同じ容姿を持つ、マキナとマリナが激突する。

 目にも留まらぬ打撃の応酬に、廃工場がビリビリと震える。羽継ハネツグはその戦いを迂回うかいしてやり過ごし、マキナが地面に横たえた妹へ駆け寄った。

 真璃マルリは気絶しているようだが、怪我らしい怪我もない。

 ホッとしたのも束の間、全く同じ声音が響き合う。


「この間からなんなの? あなた、なに! 誰なの! 私の邪魔を……しないでえええっ!」

「わたし、マキナです! カノジョイド!」

「知らないわよ! ……この私のフルパワーに、ついてくる!?」

「マスターを困らせる子は、痛い目を見てもらうぞーい!」


 苛烈かれつな戦いだった。

 あのマキナが真剣な顔をしてるので、自然と羽継は苦戦を察した。

 見た目では、全くの互角……だが、どうやらマキナは羽継と真璃を巻き込まないようにしてくれているのだ。それを知って、慌ててかつを担いでその場を離れる。

 距離を取って振り返れば、苦しげに息を荒げて四郎シロウもやってきた。


「羽継、すまない! すぐに無事を知らせたかったが、グッ!」

「無事ってレベルの怪我じゃないだろ、じいさん! それより、マリアさんは」

「ああ……先程も言った通り、彼女はアンドロイドだ。私が、作った。そもそも私は――」

因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのエージェント、だろ? 俺を……DIVER-Xダイバー・エックスを、殺しに来た」


 正確には、今より少し未来で既に殺されたのだ。

 それで因果が調律され、未来が修正されるはずだった。活力を失った人類に変わる存在、DIVERダイバーと呼ばれる者達の台頭を防げる筈だったのだ。

 だが、その試みは失敗した。


「教えてくれ、じいさん……何故なぜ、この時代に来た? どうして、一度は殺した俺を助けてくれるんだ。じいさんはいつも、俺にいろいろ教えてくれた。マリアさんだって」


 四郎は躊躇ためらう素振りを見せたが、重い口を開いた。

 いつも飄々ひょうひょうとしていて、世捨て人を気取っているのに面倒見がいい。そして、羽継にとって本当の祖父みたいな存在だった。

 その四郎から、真実が語られた。


「……どこまで知ってる?」

「リーリアさんから大半のことは聞いたよ」

「そうか、リーリアが……」


 四郎は少し遠い目をした。

 その間も、激闘の余波が風圧となって空気を沸騰ふっとうさせる。マキナとマリアは、一進一退の攻防を繰り広げていた。アンドロイド同士の常軌を逸した格闘戦は、どちらも一歩も退かぬ乱打戦の様相をていしている。

 そんな中で、四郎の声だけがやけにはっきりと聴こえた。


「私はね、羽継。西暦2025年までさかのぼり、青年の君を殺した。それで、最も影響の少ない近似未来きんじみらいが派生し、因果調律によって本来の私達の歴史も修正される筈だった」

「……でも、失敗した?」

「そう、君を殺したことで生まれた未来は、我々の予想とは全く違った。因果を調律できるほど、本来の歴史に近いものではなかったのだ」


 ――因果調律。

 何度も繰り返し、羽継の運命を左右してきた言葉だ。それは、遥か未来の人類達が行う、歴史の修正だと四郎は語る。時間を過去へとさかのぼり、綿密な計算の末に導き出された『』を派生させる。そして、自分達の時間軸と新しい時間軸、双方を融合させるのだ。

 逆に、派生した未来が本来の歴史とかけ離れていれば、因果調律は失敗する。

 西暦2025年で青年期の羽継を殺した時、計算外の未来が生じてしまったのだ。


「ゼウスが全力をあげて何度も計算した未来は、発生しなかった。羽継、君を殺したことで私は、本来予定していない未来を作ってしまったのだ」

「それで、因果の調律に失敗した。なら、何故さらに過去の俺を? じいさんはいつも、俺を守ってくれてた。どうして……殺そうと思えばいつでもできたのに」


 四郎は大きくうなずいた。

 そして、さらに説明を重ねてくれる。


「私は失敗の原因を探り、自分でも再計算を試みた。その過程で様々な未来や過去を行き来し、時には数年程留まる事も多々あった。マリアは、その時期に作った私の助手だよ」

「ああ、さっきそう聞いた」

「そして、私はとある結論に達した。羽継、君は殺してはいけない人間だったのだ」

「ッ! じいさん、それは間違っている! 殺していい人間なんて、存在しない! いつものじいさんなら、そう言う筈だ!」

「……そう、だったな」


 因果調律機構ゼウスは、天暦てんれき時代の人類を守るために作られた特務機関だと四郎は言う。彼等にとって大事なのは、衰退し始めた老年期の人類を、少しでも長く存続させること。

 そのためならば、過去の歴史を修正することになんら躊躇ちゅうちょを持たない。

 ゼウスの名の通り、過去ウラノスを殺しクロノスを殺し、そうしてまで世界を守ろうとしてるのだ。


「私は、組織とは違う結論に達した……そして、この時代に来た。羽継、お前を守るために」

「じいさん……」

「リーリアも来てるそうだな? ならば、彼女は私とお前の抹殺命令を受けている」

「リーリアさんは、いい人だよ。ちょっと変な人だけど、じいさんをしたってる。じいさんに、会いたがってた。無事なら、知らせてやってよ」


 少し驚いたように、そして嬉しそうに四郎は頷いた。

 その時、背後で轟音が響く。

 一際激しい揺れが羽継達を襲った。

 振り向けば、土煙が舞い上がる中に、影。ゆらりと歩み出たのは、マリアだった。その全身がダメージを負っており、バチバチとプラズマをスパークさせている。身体のいたるところがひび割れ砕けて、内部の機械構造が見えている場所も合った。


「……私の、勝ちよ。そう、私は人間になるの……そのために、人間的な感情を出さなきゃ。ねえ、羽継くん。私の想い、これから本物にしてゆくね?」


 薄い笑みを浮かべるマリアの顔は、優しかった面影おもかげを全て脱ぎ捨てていた。そこには、言葉に反して機械のような冷たさがある。

 四郎は羽継の前に出て、負傷した身体でかばってくれた。


「もうやめるんだ、マリア! 君がアンドロイドであるにも関わらず、人間として振る舞わせたこと、人間だと思い込ませたことをびよう。殺すなら、私だけにしろ!」

「マスター、安心してください。ちゃんと殺してあげます……人間として、憎悪をもって復讐を果たす。極めて人間的な行動と思いますので」

「人間がおちいりやすい負の感情を、感じるのではなく考えて実践する。それは人間ではなく、マシーンだ。そして、マシーンだからといって、君は――」

「黙って! もう聞きたくない! ……私は、人間のままでよかった。人間だと思い込んでる機械でいたかった」


 ゆっくりと、マリアが近付いてくる。

 既に建物全体がきしみ始めて、戦いの激しさは廃工場を崩落させつつあった。

 だが、羽継は動くことができない。

 妹を抱きしめたまま、しくんだ脚で立っているのがやっとだった。

 そして、マリアは四郎を無視するかのように語りかけてくる。


「ねえ、羽継くん。私のこと、好きになってくれたんだよね? 私もだよ……私、羽継くんのことが、好き。でも、私がもし機械のままなら……それはプログラミングされた人格から発生したものに過ぎない。それは、嫌」

「どうして! 機械とだって、アンドロイドとだって仲良くなれる! 俺はマリアさんと一緒の日々に、凄く助けられてたのに!」


 マリアもまた、羽継を想ってくれてた……彼女は、好きだと言ってくれた。それなのに、自分が機械だから、その気持ちが偽物だというのだ。心を持った人間の感情ではなく、機械ゆえにプログラムから導き出された、ただの機械としての反応だと切り捨てている。

 それが羽継には悲しい。

 ようやく初恋を告白し、相手も同じだと知ったのに。

 そのマリアが、人間であろうとするあまり、人間の愚かさをも演じようとしているからだ。


「ロボットだって、アンドロイドだって……カノジョイドとかだって、仲良くなれる!」

「……さっきの、マキナっていう鉄屑てつくずのことね」


 自然と脳裏に、マキナの笑顔が蘇った。酷くふてぶてしくて悪戯いたずらに満ちて、どうにも気持ちよさそうな豪快な笑み。ガハハと笑うし、ウシシシと笑うし、コロコロと表情が変わる。そんなマキナの天真爛漫てんしんらんまんな姿は、種族の違いを超越している気がした。

 だが、そのことを上手く言葉にできない。

 傷付いているマリアに、伝えられない。


「何故、私と同じ姿をしているのか……しかも、粗野で下品だわ。……悔しいくらいに自然体で、私より人間らしい」

「人間らしさなんて、接する人がそれぞれに決めることだ。俺にはマリアさんは、本当に好きな……大好きな人だった。……マキナを、どうしたんだ? まさか」

「もう起き上がってこないわ。ほぼ同スペックでも、積み上げた経験値が違うのよ」


 廃工場の崩壊が止まらない。

 そして、すぐ側まで来てマリアが手を伸べる。

 遮ろうとした四郎が片手で突き飛ばされた。

 もはや万事休す……だが、羽継はあきらめない。

 諦めた時こそ、本当の終わりだと四郎から学んでいたから。

 そんな彼のひたいが、突然十字傷じゅうじきずを輝かせ始める。

 自分でも気付かぬうちに、不思議な力が周囲に満ちていた。瓦礫がれきの中へと消えていたバインダーBinDERが、まるで呼ばれたように羽継の手に吸い込まれる。

 勝手にバインダーから立体映像が浮かび上がり、高速で無数の処理がコミットされた。


「なっ……羽継くん、なにを! なんの光!?」

「俺は、認めない……人間らしさのために、大切な人を傷付けて……マリアさんらしさを捨てるなんて、認めたくない!」


 いよいよ煌々こうこうと輝く光が、奇跡を呼んだ。

 マリアの背後に、ゆらりと影が立つ。


「あっぶねー! わたし、死んじゃいますよ! ホントにもぉ……マスター、待っててください! 必ずわたしが守ります……絶対にです! あっ、マスターのオデコが!」


 マキナに言われて初めて、羽継は自分から生じる光に気付いた。

 その時にはもう、彼はマキナの名を絶叫していたのだった。

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