第22号「週刊カノジョイド!逆襲!」

 頭が割れそうな、という形容が今、羽継ハネツグにはよくわかる。

 自分の頭が割れるとしたら、ひたい十字傷じゅうじきずからだ。バッテン印の傷口から裂けて、上下左右に四散する自分を想像してしまう。

 それでも彼は、おぼつかない足取りでマキナを追う。

 飛び出した外はもう、夜のとばりに包まれ星がまたたいていた。

 だが、激しい発光をほとばしらせる頭が、ちた彗星すいせいのように眩しい。


「くっ、誰だ……なにが、俺に……じいさん、マキナ……俺は」


 よろけてブロックべいによりかかり、そのままずるずるとへたり込む。

 社会人の帰宅時間だったが、周囲に人影はなかった。

 並ぶ家々からは夕食の匂いが雑多に混じって、団欒だんらんの声と音とに重なり広がる。だが、そんなおだやかさとは別種の声が羽継の脳味噌のうみそに刺さり続けていた。

 無数にとがって貫く、それは悲鳴。

 助けを求める悲痛な叫びが、羽継の頭の中で膨れ上がっていた。


「だ、誰、なんだ……お前は、誰だ? 俺に、助けを……くっ、でも、これじゃあ!」


 額から溢れる光は、七色のにじとなって周囲に広がる。

 救いを求める声は、泣いていた。

 だが、それが誰でどこからなのかがわからない。

 これも四郎の言っていた、DIVERダイバーの力なのか? やはり羽継は、遠未来えんみらいの新人類たるDIVERの始祖、DIVER-Xダイバー・エックスなのだろうか。そのことを裏付けるように、姿なき声が脳裏に反響してゆく。

 そんな時、身動きすらできなくなった羽継に触れてくるぬくもりがあった。


「羽継クン! ちょっと、大丈夫? しっかりして!」


 なんとか顔を上げれば、ゆがんでにじむ視界に一人の女性がかがんでいた。

 自分を抱き起こそうとしてくれるのは、リーリアだ。その表情が逼迫ひっぱくして見えて、どうやら羽継は酷く心配される程の状態らしい。

 辛うじて声を絞り出せば、彼女は肩を貸して立たせてくれた。

 それでも震えは止まらず、足腰に力が入らない。


「あ、ああ……リーリア、さん。ど、ども」

「ども、じゃないわよキミ! その光……やっぱり、覚醒が進んでいるのね」

「これ、は……やっぱり?」

「ええ。DIVERとしての力が目覚め始めてる。以前からその兆候はあったけど」

「で、でも……俺は、マキナ、を、追わなきゃ……この、声を、追わなきゃ」

「声? なにも聴こえないけど……そう、キミの力が拾ってるのね?」


 羽継は息苦しい中、肩を上下させながら語る。

 先程まで、取り戻したと思っていた日常が壊れた。一瞬で。そして、永遠に戻らないような気がしている。突然、頭の中に救いを求める声が響いたのだ。それを察したマキナが、家を飛び出してしまった。

 恐らくマキナのことだ、羽継を助けようとしているのだろう。

 この短い期間で、彼女が馬鹿なのはよくわかった。

 馬鹿正直なくらい、相棒バディとしての羽継を信頼してくれているのだ。それは、マスターと呼ばれる人間の恋人、彼女としての機能を持たされているからではない。

 アホの子過ぎるくらい、マキナは単純で素直で、羽継を心配してくれているのだ。


「なるほど、ね……いい? 落ち着いて聞いて、羽継クン」


 すぐにリーリアは、羽継の意思を読み取ってくれた。

 正直、立っているだけでもつらいし、リーリアに支えられていても苦しい。全身を支配する悪寒おかんが、震えとなって力を奪ってゆく。

 それでも、力なくあげた手で羽継は先を指さした。

 この道の向こうで、誰かが救いを求めている。

 助けたいと思うのが羽継という少年だったし、知ったからには見て見ぬふりはできない。そして、聞こうとせずとも聞こえる声が悲痛なまでに泣いているのだ。


「でも、リーリア、さん……いいん、ですか? 俺は……確か、俺は」

「ああ、仕事のこと? ふふ、まだ話してなかったわね」


 リーリアはかつての四郎シロウと同じく、遠い未来から来た人間である。その正体は、因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスのエージェントだ。因果調律……つまり、過去に戻って歴史を改変し、自分達のいた未来を微調整するのが仕事なのだ。

 四郎もリーリアも、以前は羽継を殺そうとしていた。

 未来の羽継が、創まりのDIVER……DIVER-Xだからだ。

 四郎は青年期の羽継を暗殺するも、未来の改変に失敗……羽継が死んだ未来は、因果律を調律するために必要な近似未来きんじみらいではなかった。そして、その後に何故か少年時代の羽継を見守り始める。

 リーリアは、姿をくらました四郎が羽継に殺されたと思っていたのだった。


「羽継クン、私も組織を抜けることにしたわ。だって、私には四郎の方が大事だから」

「そ、それって」

「言うなれば、四郎も私も犯罪者ね。天暦てんれき時代では、過去や未来への定住は基本的に認められていないの。まして、時間の行き来を唯一行う、ゼウスを抜け出るなんて重犯罪よ」


 だが、リーリアは笑っていた。

 そこには、以前のようなピリピリとした緊張感はない。


「四郎がキミを守るなら、キミごと四郎を私が守る。……四郎と離れて生きるよりなら、彼と一緒に死ぬほうがマシよ。あ、死ぬつもりはないけどネ」

「リーリアさん……」

「それとね……前から疑問だったの。DIVER-Xに関しては、重要度SSSトリプルエス特殊機密トップシークレットだったんだけど。ふふ、組織を抜けるついでに、その辺の極秘情報もガッツリ頂戴ちょうだいしてきたわ」


 聞けば、リーリアは自ら法を犯して組織に逆らい、違法なハッキングで機密情報を手にしたという。

 そこには、DIVER-Xと恐れられる羽継の秘密が秘匿されていた。

 遠い未来の、疲れ果てた人類。その存在に取って代わろうとしている、DIVERなる新人類……その存在がようやく、羽継の秘密と共に語られようとしていた。


「DIVERっていうのは、言うなれば超能力……個人一人一人が、通常の人間にはない超常ちょうじょうの異能力を一つだけ持ってるの」

「た、例えば」

「今、羽継クンをさいなんでるのは、テレパシー能力の一種……いうなれば感応波による超読心力。制御できるようになれば、任意の人間の思考や感情を完璧に読み取れるわ」

「は、はは……便利、ですね」

「常に心を見透みすかしてくる人間は、それだけで恐怖の対象よ。たとえ悪意がなくても」


 今、羽継はテレパシーを受信しているのだという。

 どこかの誰かが発した、必死のSOSを受け取ったのだ。

 だが、覚醒したばかりの力は制御できず、その量を上手くコントロールできない。遮断できず、ただただ頭の中に必死の声を注がれ続けているのだ。

 そして、リーリアはいよいよDIVER-Xについても語る。


「他にもDIVERは、テレポート能力やサイコキネシス能力、超感覚に未来予知と、様々な種類があるの。それは全て、DIVER-X……つまり、羽継クンが目覚めさせた力なのよ」

「俺が……?」

「そう、羽継クンがこうしてテレパシー能力に目覚めたことにより、何故なぜか今後は同じ力を持った人間が少しずつ生まれ始める。羽継クンがさらに別の力をも獲得すると……」

「そうやって、DIVERは少しずつ、増えていった?」

「そう。逆を言えば、全てのDIVERの始祖たるキミは、。……羽継クン、君はつまり、DIVERの王であり神ともいえる存在なの」


 そんなこと、望んだことはない。

 王の力、神の権能など求めたつもりはない。

 そもそも、力自体を羽継は欲していなかった。

 ただ毎日、平和に暮らせていればよかった。誰かの助けになったり、誰かに助けられたりして生きていけばいい。一人ではなにもできないことは、幼少期の頃から四郎が教えてくれていた。だから、額の傷を見てバツだバッテンだといじめてくる者とさえ、羽継は親しくする術を選んでいたのである。

 その羽継が、新人類の王……まるで悪い冗談だ。


「ゼウスは決断したわ……因果を調律し、DIVERの台頭たいとうを防ぐ。そのために、全てのDIVERの力を最初に発現させた、羽継クンを殺そうとしたの」

「そんな……じゃあ、俺は」

「でも、四郎はそんなキミを守ろうとしてるわ。一度は殺してしまったキミを」


 ちょうどその時、肉声の悲鳴が響いた。

 脳裏に伝わる声と同じ、鼓膜を震わせる絶叫である。

 リーリアはついに、羽継を小脇こわきかかえて走り出した。流石さすがは未来のエージェント、鍛えているのか細身に似合わぬ腕力である。恥ずかしいが、今の羽継は運ばれる荷物になっておとなしくするしかない。


「羽継クン、あの子ね! ……なにかしら、あれ……妙な、違和感が」


 リーリアの声に、なんとか羽継は顔をあげる。

 そこには、道端に立ちすくむ女子高生の姿があった。制服は羽継と同じ高校のものである。怯えきった表情の前には、見るからに怪しい姿がゆらゆらと揺れていた。

 そういえばと、羽継は思い出す。

 以前から、この辺りで不審人物、それを通り越した怪異としてうわさされていた存在。

 それは以前の羽継を探すリーリアであり、アーリィフレームで出歩くマキナだ。マキナにいたっては、正規パーツである頭と右手だけでうろうろしていたのだ。首から下が右手のオバケ、その正体もマキナだったのである。

 そして、もう一つ。

 謎のボロ布をまとった、不気味な女。

 今ではもう、羽継には心当たりがあった。


「も、もしか、して……マリア、さん、なのか……?」

「え? じゃ、じゃあ、あれが四郎の言ってた……四郎の造った、アンドロイド」


 ギロリと不審人物はこちらをにらんだ。

 頭からすっぽりと、まるでフードを被ったような状態で顔が見えない。

 だが、その暗闇の奥には、左目だけが不気味な光を灯していた。

 彼女は、先日の廃工場で戦って、最後には飛び去ったマリアなのだろうか?

 だとすれば、理由が説明できない。

 はっきりしているのは、女子高生を襲おうとしていることだった。

 そして、聞き慣れた声が響き渡る。


「よーしっ、マスター到着! やっといいとこ見せれますねっ! さあこい、ダークマキナ! 今度こそトドメをプレゼントフォーユー!」


 電柱の上で、マキナが叫んでいた。

 その手には、先程羽継が取り上げられたバインダーBinDERが握られているのだった。

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