第21号「週刊カノジョイド!異変!」

 一件落着というムードが、ここ最近ずっとだった緊張感を払拭ふっしょくしてゆく。

 言葉の刃を交える静流シズルから真璃マルリを引き剥がし、一緒に羽継ハネツグは帰宅した。

 すでに母にも、裏山のおじいちゃんこと四郎シロウが無事だったことは伝わっているようだ。この年代の主婦は、ご近所付き合いでの情報網があるからか耳が早い。


「あら、おかえりなさい。羽継、真璃も。ごはんの前にお風呂入っちゃいなさいねえ? かしておいたから」


 いつもの笑顔で、母が出迎えてくれる。

 ただいまと言ってくつを脱ごうとすると、真璃の小さなスニーカーが宙を舞った。そのまま彼女は、ガシリ! と羽継の腕に抱き着いてくる。

 母は呑気のんきにあらあらと笑って、仲のいい兄妹きょうだいとしか見てくれない。

 だが、羽継にとっては貞操ていそうの危機を感じる脅威だし、時には命の危険だって発生する。まれによく殺されそうになるのだ。


「バツにい! お風呂だって、行こっ!」

「ど、どうやって」

「兄妹なんだから、一緒に入るべきなのだわ!」

「……なんかお前、静流の口調が感染うつってるぞ」


 だが、真璃は平らな胸をグイグイと押し付けてくる。

 こういう押しの強さは、血の繋がりを疑いたくなる程に羽継とは真逆だった。羽継は引っ込み思案ではないが、どちらかというと受け身な態度を選ぶことが多い。

 しかし、こういう時は全力でノゥNO! を突きつけねばならない。

 同時に、兄の威厳も示しておきたいところである。


「いいか、落ち着け真璃。普通、高校生の兄と風呂に入る女子中学生は、いない!」

「大丈夫っ、あたし普通の美少女じゃないから!」

「普通じゃないのだけ同意だが、そうだな……よし、よく聞けよ? 真璃」


 真璃を引っ剥がして、華奢きゃしゃなその両肩に手を置く。

 じっと見上げてくる真璃は、うるんだ瞳を閉じて背伸びした。

 いやいや、キスしないからと頭が痛くなってくる。


「真璃、恋人というのはな、ほら……あるだろ? 愛し合う前にしなきゃいけないことが」

「あっ……つまり! そうだねっ、バツにいのために身体を清めなきゃ! ……一緒じゃ、駄目なの?」

「男は、恥じらいのある女の子が好きなんだ。そう、シャワーのあとは『お願い、明かりを消して』って言うくらいが丁度いいんだよ。そういうを、男はベッドで待ちたいのさ」


 嘘である。

 大嘘とまではいかないが、そんな映画みたいなシチュエーションがそうそうある筈がない。それでも、羽継だって年頃の男の子だから、憧れはある。

 ぜん食わぬはナントヤラと言うが、グイグイくる据え膳には若干じゃっかん引いてしまうのだ。


「うー、わかったよぉ! あたし、文字通り女をみがいてくる!」

「おう、頑張れよ。風呂のあとは夕飯、それから月曜の準備……そう、思い出したが俺には宿題があったんだ」

「平気だよ! あたし、宿題は出されたその日に片付けてるから。いざとなれば、クラスの男子に全部見せてもらえるし! 美少女だから!」

「……魔性の女か、お前は」


 エヘヘと笑って、真璃は行ってしまった。

 脱衣所へと駆け込む背中を見送り、それが見えなくなった瞬間……羽継は猛ダッシュで階段を駆け上がる。そのまま一息で上りきって、自室に入るなり後ろ手にドアを閉めた。

 部屋に逃げ込めばこっちのもんだ。

 勿論もちろん、鍵なんてついてないし、真璃は勝手に入ってくる。

 ノックこそすれ、羽継の意思など関係なく侵入してくるのだ。

 そんなキモウトもとい妹が、今は入浴中……手早く厄介者をどうにかするチャンスだ。


「あっ、マスター! おかえりなさいっ!」


 そこには、厄介でならない同居人が笑っていた。

 机に向かっていたマキナは、振り返るなり椅子いすから立って微笑む。

 あっ、うん、かわいい……普通にかわいい。普通の男なら、すぐに恋に落ちそうだ。全裸のマキナは、首から下が金属のアーリィフレームだ。だが、それでも無邪気な笑みがとてもまぶしい。

 差し込む夕日の光を背に、彼女は羽継へと身を寄せてきた。


「ごはんにしますか? 先にお風呂ですかあ? それとも……た・わ・し?」

「おいこら、たわしってなんだよ、束子たわしって」

「ほら、亀の子束子ってあるじゃないですか」

「あ、ああ……」

「わたしの生体パーツ、多分半年後くらいに下半身、腰あたりが届くんですけど……バインダーBinDERで設定すれば、亀の子束子も真っ青の剛毛も楽しめますので!」

「楽しまねえよ! 楽しまない! ってか、おかえりの次に言うことがそれか!」


 下のオケケは、思春期の男子にとってデリケートな話題、まさにデリケートゾーンなのだ。ツルツルがいいと言えばロリコン扱いされ、さりとてしげるままに広がる亜熱帯というのも、なんだかちょっと……ようするに面倒臭い年代である。

 想像してしまった亀の子マキナを頭から追い払い、羽継はふと机を見やった。


「お前、なにしてたんだ?」

「あっ、マスターの宿題がまだだったので! 隊長たいちょー、やっつけときました!」

「おいおい、なにを勝手に……ま、まあ、助かるけどさ。でも、自分でやらなきゃ」

「やだなあ、聖人ぶってんじゃないぜー? むしろ性人セイジンだろー? おっぱい星人だろー? こういう時は、ほら、言うこと……あるよね?」


 不意にマキナの右手が、クイと羽継のあごを持ち上げる。

 冷たく硬い感触と同時に、見下ろす美貌がオヤジ丸出しのスケベ顔をしていた。

 宿題は自分でやらなければ意味がない。

 だが、厚意と好意からくる行為に対しては、まず言わなければならないことがある。


「お、おう、その……あ、ありがと。ありがとな、マキナ」

「それです、それっ! あーもぉ、ラブリー! マスターってばドギマギしちゃって!」

「しょっ、しょうがないだろ! ……お前の顔、そっくりってレベルじゃないからさ」


 マキナは「あっ」と目を丸くして、そして黙った。

 だが、すぐに優しい笑顔になる。


「ダークマキナ、もといマリアさんがまだ、気になりますか?」

「気にならないって言うなら、それは嘘だろ。だって、初恋ってそういうもんじゃんか」

「でもほら、最初で最後の恋じゃないですし。最後の恋にも二度目、三度目が来ますし」

「それでもだよ、マキナ。何故なぜかお前は似過ぎてるから……でも、カノジョイドとか恋人とかの前に、お前はお前個人として、相棒として接したい訳で」


 なんだかしどろもどろになってしまう。

 だが、感極まった表情で唇を震わせ、マキナは抱き着いてきた。

 強く強く抱き締められたが、つい躊躇とまどって抱き返すことができない。

 細い腰に回した手は、ひんやりとした金属の肌に触れることはなかった。


「よ、よせよ、マキナ、おい!」

「うきゅーっ! マスター、大好きですっ! 初恋を大事にする男の子って、いいですよね! むせ返るような童貞臭どうていしゅう、イェスですーっ!」

「……なあ、怒ってもいいよな? ここは怒っていいとこだよな?」

「ま、冗談はさておき、ですね。わたしはずっとマスターの側にいますから。だって、カノジョイドですから! 恋人じゃなくても、愛人って手もありますから!」


 頭が痛くなってきた。

 静流、真璃、そしてマキナ……どうやら羽継を取り巻く三角関係は、自身の女難じょなんの相を疑っていいレベルである。

 でも、不思議と三人共憎めない。

 三者三様さんしゃさんように厄介で疲れる女の子なのだが、大事で大切な存在だと思うから。

 秘密を共有してしまった、巻き込んでしまった……だから静流を守りたい。

 家族だからこそ、なにも知らぬままで真璃も守りたい。

 そして、頼れる相棒バディのマキナと絶対に守り抜きたいのだ。


「い、いいから離れろよ! それよりお前」

「あ、はい! 宿題はいい感じに間違った解答を散りばめておきました。全問正解だと、ちょっとわざとらしいので!」

「無駄に気遣きづかうなよ、ったく。サンキュな」

「いえいえー、それじゃあ早速……マスター、むつみ合いましょう! イチャコラしましょうよ! チュッチュしましょう!」

「だーかーらー、あのなあ……ったく。ま、とりあえず……押し入れに戻れ。ってか、戻すからな」


 すぐには羽継は、下ろしたかばんからバインダーを取り出す。

 鬱陶うっとうしいのもあるが、一番怖いのは真璃にマキナを見られることだ。幸い、恋は盲目という言葉を思い知らせてくれる程度には、真璃は回りが見えていない。羽継しか見えていないのだ。以前もあわやという危ない事態におちいったが、勢いで流せてしまった。

 だが、にもかくにもマキナには少し可愛そうだが……しまっておこうと羽継ぐは思ったのだ。


「えっと、アーリィフレームを解除、って、おい!」


 すぐにマキナは、ヒョイとバインダーを取り上げた。

 高々と頭上にかざすので、思わず羽継も手を伸ばす。

 密着する形になって、偶然にも顔がマキナの胸の谷間に密着してしまった。

 うん、硬い。

 メカだ、金属だこれ。

 しかし、今後も毎週木曜日に送られてくるパーツを組み込めば……思わずゴクリとのどが鳴って、慌てて羽継はマキナから飛び退いた。


「返せって! ……真璃達が寝静まったら、また元にもどしてやるからさ。お前だって、その格好の方が生首オバケよりいいだろ? ほ、ほら、なるべく楽しく過ごしてほしいしよ」

「フッフーン、当然です! まあ、ちょっとデータを拝見……ほう! ほうほう!」


 バインダーから浮かぶ立体映像のウィンドウを、マキナは次々と高速でスクロールさせていった。そして、満足したようにパタンと閉じる。


「だいたいわかりました。わたしの可動率とか、色々とわかりました」

「ア、ハイ……さ、返せよ。真璃が風呂からあがっちまう」


 バスタオル一枚で、ないしは全裸で突然部屋に入ってくる、キモウトとはそういうイキモノなのだ。

 だが、手を差し伸べた羽継は、突然の頭痛に襲われよろけた。

 ひたいが熱く、バッテン印の十字傷が輝いている。

 すぐにマキナは、倒れそうな羽継を支えて抱き寄せた。


「マスター?」

「な、なんか、今……声が……頭の中に、助けて、って」

「……これが、まさか……例のDIVERダイバー、それも真祖たるDIVER-Xダイバー・エックスの力! 的な!」

「知るかよ、けど」


 割れ響くように、脳裏を声が突き抜ける。その悲鳴にも似た叫びを、羽継は知ってるような気がした。

 次の瞬間には、マキナはバインダーを持ったまま窓を開け、夕闇迫る空へと飛び出していったのだった。

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