第21号「週刊カノジョイド!異変!」
一件落着というムードが、ここ最近ずっとだった緊張感を
言葉の刃を交える
「あら、おかえりなさい。羽継、真璃も。ごはんの前にお風呂入っちゃいなさいねえ?
いつもの笑顔で、母が出迎えてくれる。
ただいまと言って
母は
だが、羽継にとっては
「バツにい! お風呂だって、行こっ!」
「ど、どうやって」
「兄妹なんだから、一緒に入るべきなのだわ!」
「……なんかお前、静流の口調が
だが、真璃は平らな胸をグイグイと押し付けてくる。
こういう押しの強さは、血の繋がりを疑いたくなる程に羽継とは真逆だった。羽継は引っ込み思案ではないが、どちらかというと受け身な態度を選ぶことが多い。
しかし、こういう時は全力で
同時に、兄の威厳も示しておきたいところである。
「いいか、落ち着け真璃。普通、高校生の兄と風呂に入る女子中学生は、いない!」
「大丈夫っ、あたし普通の美少女じゃないから!」
「普通じゃないのだけ同意だが、そうだな……よし、よく聞けよ? 真璃」
真璃を引っ剥がして、
じっと見上げてくる真璃は、
いやいや、キスしないからと頭が痛くなってくる。
「真璃、恋人というのはな、ほら……あるだろ? 愛し合う前にしなきゃいけないことが」
「あっ……つまり! そうだねっ、バツにいのために身体を清めなきゃ! ……一緒じゃ、駄目なの?」
「男は、恥じらいのある女の子が好きなんだ。そう、シャワーのあとは『お願い、明かりを消して』って言うくらいが丁度いいんだよ。そういう
嘘である。
大嘘とまではいかないが、そんな映画みたいなシチュエーションがそうそうある筈がない。それでも、羽継だって年頃の男の子だから、憧れはある。
「うー、わかったよぉ! あたし、文字通り女を
「おう、頑張れよ。風呂のあとは夕飯、それから月曜の準備……そう、思い出したが俺には宿題があったんだ」
「平気だよ! あたし、宿題は出されたその日に片付けてるから。いざとなれば、クラスの男子に全部見せてもらえるし! 美少女だから!」
「……魔性の女か、お前は」
エヘヘと笑って、真璃は行ってしまった。
脱衣所へと駆け込む背中を見送り、それが見えなくなった瞬間……羽継は猛ダッシュで階段を駆け上がる。そのまま一息で上りきって、自室に入るなり後ろ手にドアを閉めた。
部屋に逃げ込めばこっちのもんだ。
ノックこそすれ、羽継の意思など関係なく侵入してくるのだ。
そんなキモウトもとい妹が、今は入浴中……手早く厄介者をどうにかするチャンスだ。
「あっ、マスター! おかえりなさいっ!」
そこには、厄介でならない同居人が笑っていた。
机に向かっていたマキナは、振り返るなり
あっ、うん、かわいい……普通にかわいい。普通の男なら、すぐに恋に落ちそうだ。全裸のマキナは、首から下が金属のアーリィフレームだ。だが、それでも無邪気な笑みがとても
差し込む夕日の光を背に、彼女は羽継へと身を寄せてきた。
「ごはんにしますか? 先にお風呂ですかあ? それとも……た・わ・し?」
「おいこら、たわしってなんだよ、
「ほら、亀の子束子ってあるじゃないですか」
「あ、ああ……」
「わたしの生体パーツ、多分半年後くらいに下半身、腰あたりが届くんですけど……
「楽しまねえよ! 楽しまない! ってか、おかえりの次に言うことがそれか!」
下のオケケは、思春期の男子にとってデリケートな話題、まさにデリケートゾーンなのだ。ツルツルがいいと言えばロリコン扱いされ、さりとて
想像してしまった亀の子マキナを頭から追い払い、羽継はふと机を見やった。
「お前、なにしてたんだ?」
「あっ、マスターの宿題がまだだったので!
「おいおい、なにを勝手に……ま、まあ、助かるけどさ。でも、自分でやらなきゃ」
「やだなあ、聖人ぶってんじゃないぜー? むしろ
不意にマキナの右手が、クイと羽継の
冷たく硬い感触と同時に、見下ろす美貌がオヤジ丸出しのスケベ顔をしていた。
宿題は自分でやらなければ意味がない。
だが、厚意と好意からくる行為に対しては、まず言わなければならないことがある。
「お、おう、その……あ、ありがと。ありがとな、マキナ」
「それです、それっ! あーもぉ、ラブリー! マスターってばドギマギしちゃって!」
「しょっ、しょうがないだろ! ……お前の顔、そっくりってレベルじゃないからさ」
マキナは「あっ」と目を丸くして、そして黙った。
だが、すぐに優しい笑顔になる。
「ダークマキナ、もといマリアさんがまだ、気になりますか?」
「気にならないって言うなら、それは嘘だろ。だって、初恋ってそういうもんじゃんか」
「でもほら、最初で最後の恋じゃないですし。最後の恋にも二度目、三度目が来ますし」
「それでもだよ、マキナ。
なんだかしどろもどろになってしまう。
だが、感極まった表情で唇を震わせ、マキナは抱き着いてきた。
強く強く抱き締められたが、つい
細い腰に回した手は、ひんやりとした金属の肌に触れることはなかった。
「よ、よせよ、マキナ、おい!」
「うきゅーっ! マスター、大好きですっ! 初恋を大事にする男の子って、いいですよね! むせ返るような
「……なあ、怒ってもいいよな? ここは怒っていいとこだよな?」
「ま、冗談はさておき、ですね。わたしはずっとマスターの側にいますから。だって、カノジョイドですから! 恋人じゃなくても、愛人って手もありますから!」
頭が痛くなってきた。
静流、真璃、そしてマキナ……どうやら羽継を取り巻く三角関係は、自身の
でも、不思議と三人共憎めない。
秘密を共有してしまった、巻き込んでしまった……だから静流を守りたい。
家族だからこそ、なにも知らぬままで真璃も守りたい。
そして、頼れる
「い、いいから離れろよ! それよりお前」
「あ、はい! 宿題はいい感じに間違った解答を散りばめておきました。全問正解だと、ちょっとわざとらしいので!」
「無駄に
「いえいえー、それじゃあ早速……マスター、
「だーかーらー、あのなあ……ったく。ま、とりあえず……押し入れに戻れ。ってか、戻すからな」
すぐには羽継は、下ろした
だが、
「えっと、アーリィフレームを解除、って、おい!」
すぐにマキナは、ヒョイとバインダーを取り上げた。
高々と頭上にかざすので、思わず羽継も手を伸ばす。
密着する形になって、偶然にも顔がマキナの胸の谷間に密着してしまった。
うん、硬い。
メカだ、金属だこれ。
しかし、今後も毎週木曜日に送られてくるパーツを組み込めば……思わずゴクリと
「返せって! ……真璃達が寝静まったら、また元にもどしてやるからさ。お前だって、その格好の方が生首オバケよりいいだろ? ほ、ほら、なるべく楽しく過ごしてほしいしよ」
「フッフーン、当然です! まあ、ちょっとデータを拝見……ほう! ほうほう!」
バインダーから浮かぶ立体映像のウィンドウを、マキナは次々と高速でスクロールさせていった。そして、満足したようにパタンと閉じる。
「だいたいわかりました。わたしの可動率とか、色々とわかりました」
「ア、ハイ……さ、返せよ。真璃が風呂からあがっちまう」
バスタオル一枚で、ないしは全裸で突然部屋に入ってくる、キモウトとはそういうイキモノなのだ。
だが、手を差し伸べた羽継は、突然の頭痛に襲われよろけた。
すぐにマキナは、倒れそうな羽継を支えて抱き寄せた。
「マスター?」
「な、なんか、今……声が……頭の中に、助けて、って」
「……これが、まさか……例の
「知るかよ、けど」
割れ響くように、脳裏を声が突き抜ける。その悲鳴にも似た叫びを、羽継は知ってるような気がした。
次の瞬間には、マキナはバインダーを持ったまま窓を開け、夕闇迫る空へと飛び出していったのだった。
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