第28号「週刊カノジョイド!激突!」

 休校となった学校の第一印象は、平穏無事へいおんぶじ、平和そのものだった。

 静まり返った校舎に人の気配はなく、先生達は職員会議で今後の方針を話し合っているらしい。あらゆる電子機器が使用不能になった影響か、暖房が入っていなかった。

 遠くでは、呑気のんきに部活をしてる声が聞こえる。

 そんな学校の中を、羽継ハネツグ静流シズルと二人で歩いた。


「しかし、じいさんはどうして学校なんかにタイムマシンを?」

「逆よ、逆。四郎シロウおじいちゃんがタイムマシンを隠した場所に、あとから学校が建ったのだわ。ほら、うちは周囲の高校の統廃合で生まれた新しい学校だし」


 そういえば、建物自体がまだまだ新しい。

 確か、以前の創立記念日が十周年かそこいらだった気がする。

 羽継がじいさんと呼んで敬愛する隣人りんじん御影四郎ミカゲシロウ。彼は羽継が生まれた時にはもう、裏山の一軒家に住んでいた。未来の羽継を殺し、何らかの理由で組織を……因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスを裏切り、時間軸を放浪した挙げ句にこの時代へいる。

 目的は、羽継を見守ることだそうだ。

 なにが彼をそうさせるのか、そういえば聞き忘れていた。

 今度のゴタゴタが一段落したら、また話したい。

 生きててくれたから、それはいつでもすぐに叶う願いだった。


「確か、リーリアさんの話では体育館の裏に」

「体育館の裏!? そんな人気のない場所にか」

「ええ。ほら、有名な桜のがあるでしょう? いつも季節外きせつはずれで、てんであべこべな時期に満開になるあれ」

「そういえば……そんな樹があったような」

「バツ、本当に知らないの? この学校では有名な話なのだわ!」


 なにやら静流が、少し不機嫌そうに歩調を速めた。

 置いていかれそうになって、慌てて羽継はあとを追う。

 心なしか、気まずい……確かに体育館裏には、奇妙な桜の木があった。。夏休みの最中だったかと思えば、晩秋ばんしゅうの時期に満開になる。そういう話は聞いていたが、羽継自身はまだ数度しか見たことがなかった。

 急いで静流の横に並べば、かばんの中から妙にいやらしい声が響いた。


「ハハーン、読めましたよ? 伝説の樹、的な」

「そ、そうなのだわ! バツ、教えてあげる。あの桜は――」

「抜いた者が王になれる、そういう伝説の桜ですね! わたしにボディがあれば、ものの数秒で引っこ抜くんですが! マスターのために! わたしは抜くの得意ですよ、スマター! じゃなかった、マスター!」

「マキナ、うるさい……違うんだもん。もっとこう、ロマンチックなんだもん」


 伝説の剣じゃないんだから、と羽継は苦笑を浮かべるしかなかった。

 だが、そうこうしている間に校庭へと出た。グラウンドに人影はまばらで、体育館の過度を曲がれば……花吹雪が舞い散る中、一本の桜が咲いていた。

 満開、薄紅色うすべにいろの花びらがまるで雪のように宙を漂っていた。


「な、なあ、静流」

「ええ、いいわよ! さ、さあ! 早く!」

「は? いや、これ……いやあ、改めて見るとすげえな」

「でっ、でで、伝説! この桜が咲いてる時は、告白するチャンスなのだわ! さあ! 告白すれば想いが通じ合うって、学校創立以来の伝説!」

「え? ああ、そう言われても」


 季節は冬だというのに、桜の花が咲いている。

 見事な枝振りの大木は、今が見頃とばかりに咲き誇っている。

 ふと、羽継は思った。

 この桜はもしや……四郎のタイムマシンの影響を受けているのではないだろうか? 時間を超えて移動するマシーンが、なんらかの形で樹木の季節感を狂わせているのだ。

 つまり、唐突にここだけ……あの桜の生えてる場所だけ、春にタイムスリップしてるのだ。羽継の仮説を肯定するように、むくれた静流が桜を指差す。

 くちびるとがらせた彼女は、先程にも増して不機嫌になっていた。


「な、なあ、マキナ……なんで静流は、あんなに怒ってるんだ? 告白なら、ついさっきも」

「はいっ、覚えてますよ? いやあ、マスターってば同時攻略ですか、マイッチャウナー! ハーレムルートですねっ」

「いや、だからさ。この桜って」

「多分、気まぐれに咲いては少女達の乙女心を倍プッシュしてきた、そういう樹じゃないですかね。あ、ほら、いいんちょさんが呼んでます!」


 静流が言うには、この桜の下にタイムマシンがあるらしい。

 周囲を見渡すが、特に異常はないようだ。

 校舎の窓辺に、ちらほらと登校してしまった学生達が顔を並べている。誰にとってもこの桜は、珍しいが驚くほどのことでもない、そういう存在らしかった。


「とりあえず、マリアさんはここには来てない、のかな? じゃあ、どこに」

「バツッ! あそこ!」


 静流が指差す方へと、羽継は天を仰いだ。

 桜の樹の上に、誰かがいる。

 不安定な枝の上で、周囲の桜をドレスのように着こなし踊っていた。そのシルエットはすでに、機械であることを全く隠していない。その証拠に、彼女の全身から溢れ出たコードやケーブルが、桜のみきを伝って地中へと伸びていた。

 そう、彼女……とても可憐かれんで、妖艶ようえんとさえ思える美少女だった。


「マリアさんっ!」


 周囲も気付いたのか、数名の生徒達が騒がしくなる。

 だが、マリアは自分を隠さず羽継を見下ろしてきた。

 そこにはもう、自分の悲劇に泣いていた少女の面影おもかげはない。機械であることに開き直るや、マキナと入れ替わってまで羽継の側にいようとしたマリア……彼女は既に、次の計画へと手を付けているのだ。

 そのことを改めて、羽継は問い正す。

 その間に静流が、リーリアから借りてる腕時計型の携帯端末を操作する。

 しかし、遅かった。

 マリアの声がうっそりとれて響く。

 決して大きな声を叫んでいないのに、鼓膜に浸透しんとうしてくる湿しめった声だ。


「ようこそ、羽継くん……選ばれしDIVERダイバー始祖しそ、起源にして頂点」


 舞台の上のバレリーナを見ているようだ。

 決して人間には不可能なバランスを保ちながら、優雅にマリアは跳んだ。

 そのまま、音もなく地面に着地する。


「マリアさんっ! もう、やめてくれ! 何故なぜ、こんなことを!」

「……決まってるわ、羽継くん。あなたと結ばれるためよ」

「マリアさんが望むなら、それでもよかった。俺の初恋の相手が、ロボットでもよかった! アンドロイドでも! でも、こんなことをしても、俺の心は離れてしまうだけだよ!」

「放さないわ……逃さない。大丈夫、全身全霊で愛してあげる。人を超え、マシーンをも超えた存在として!」


 地鳴りが響いた。

 それは、静流が周囲の座標を固定し、現実の時間軸から切り離すのと同時。

 時間の停止した世界へと、なにかが地響きとともに浮上してくる。

 桜の樹を断ち割るようにして、大地が裂けた。

 そして、四郎のタイムマシンが浮上した。


「こ、これが……じいさんの!?」


 もっと宇宙船のようなものを、羽継は想像していた。

 カプセル状の、いかにも未来といった雰囲気の乗り物。

 だが、現実に母校の地下から現れたのは、姿だった。いな、黒光りする全身は金属の冷たさに凍って、背には翼がある。例えるならそう、悪魔をかたどった禍々まがまがしいロボットが浮かび上がっていた。

 咄嗟とっさに羽継は、初めてリーリアと出会った時のことを思い出す。


「これは……モビルタイタンとかってのか!」

「ええ。このクラスは、特殊な機関の人間だけが使える有人タイプ。戦闘能力は勿論もちろん時間移動タイムリープも可能よ。全て、この子の中のデータを読ませてもらったわ」


 先日、リーリアがけしかけてきたものとは、迫力が違う。

 以前のものが機械の巨人ならば、目の前の威容は機械神……正しく、人が神に似せて造りし兵器だ。

 遠い未来、天暦てんれきと呼ばれる時代の人類は、こんなものまで生み出す科学を持っている。

 それなのに、しゅとしての活力を失い、DIVERと呼ばれる新人類に淘汰とうたされつつあるのだ。


「静流、閉鎖空間の強度に注意しててくれ! さーて……マキナ、なんか手はないか?」

「手なら、ほら! わたしの右手が! マスターの恋人、大事な相棒の右手ですよ!」

「……すまん、聞いた俺が馬鹿だった。けど、そうだな。お前の頭と手だけは、守らないとな。静流、持っててくれ」


 驚く静流へと、鞄を押し付ける。

 そうして羽継は、一歩前へと歩み出た。

 怪訝けげんな表情で、マリアがまゆひそめる。

 自分の正体を知ってから、マリアの表情は皮肉にも多彩な豊かさを見せるようになった。以前の微笑ほほえみと引き換えに、喜怒哀楽の全てへ狂気をいんじませるようになっているのだ。


「ちょ、ちょっとマスター! 危ないですよ! 相棒のわたしが、ほら、あれです! 相棒は愛棒アイボウなので、アイボウをシュッシュと――」

「バツッ! ちょっと、普通じゃないわ……逃げましょう! 無茶は駄目なのだわ!」


 そびえ立つ巨大な悪魔像の肩に、マリアは立っている。

 それを見上げて、羽継は言葉を選んだ。


「マリアさん……世界中のネットワークをダウンさせたのは」

「勿論、私よ。どう? 少し静かになったでしょう? これから二人だけの世界にするんですもの、新世界は静かな方がいいわ」

「マリアさんは俺と、アダムとイブになりたいのか?」

「……無理ね。私にはがないわ。でも、ほら」


 マリアの手には、バインダーBinDERが握られている。

 それを開いてみせながら、彼女はうっそりと目を細めた。


「毎週木曜日、楽しみだわ。マキナのこれからの本体、カノジョイドとしての本当の肉体は……全部、私がいただくわ。文字通り、少しずつ私は生まれ変わるの。羽継くんのために」

「俺のため? ……違うよ、それは違う。マリアさんはもう、自分のために行動している! それは機械にできることじゃない!」

「……機械にだって、自己防衛や自己保存の概念はあるのだけども。それに」


 それに、と前置きしてから、言葉が抜き身の刃となって襲う。

 冷酷なマリアの声に、羽継は奥歯を食い縛って耐えた。


「私は、この時代にいる筈のないアンドロイド。そして羽継くん、あなたは……これからの時代を食い潰す、たった一人のDIVERの王。?」


 真実で事実で、現実だ。

 マリアの言葉は羽継の心を、串刺しに貫いて縫い上げてゆく。浮かび上がるのは、彼女の狂気に染まる世界……その中で羽継だけが、世界にいないはずの男女として生き残る。そういう空想に胸を弾ませ、無邪気にマリアは笑うのだった。

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