第29号「週刊カノジョイド!断言!」

 現実から時間と空間が切り離された。

 ここはいわば、異次元で亜空間で、謎時空……とにかく、現実の学校にはなにも起こってはいない。こちら側に全てを、静流シズルが切り取って隔離してくれた。

 しかしそれは同時に、羽継ハネツグに逃げ場がないことも意味していた。

 そう、逃げられない……マリアが突きつける言葉から。


「私達、ひとりぼっちなのよ? 羽継くん。でも、二人ぼっちでならきっと生きていけるわ。生きるって、人間とか機械だとかじゃない……生きるってこういうことよ!」


 なんて感動的な台詞せりふ……な訳、ない。

 人間として暮らし、機械だと知らされ、どちらでもいいと羽継が伝えた少女。その心境の変化、下された決断と覚悟がこれなのだ。

 息をするのも忘れたように、羽継は微動だにできなかった。

 マリアを変えたのは、自分の言葉だ。

 機械だと知り、心も魂も0と1の羅列だとさとったマリア……だが、羽継は自分の恋心が変わらぬことを伝えたはずだ。そして、マリアを人でもマシーンでもないものへ変貌へんぼうさせてしまった。


「マリアさん、二人ぼっちになる必要なんかないんだ。そりゃ、女の子と二人っきりって……その、いいけどさ。でも!」

「これは隅々すみずみまで調べたわ」


 巨大な悪魔像にも似たモビルタイタンの上で、マリアがバインダーBinDERを開く。

 浮かぶ光の文字列は今、堕落した聖母を照らす福音ふくいんの光だ。

 七色の輝きの中で、マリアは次々と情報を表示させる。


「そのカノジョイドとかっていうの……マキナの本体、毎週届く。生体部品を使ってるから、妊娠も出産も可能よ。凄いと思わない? 羽継くん」

「ちょ、おま……! あっと『おま』までだからギリセーフ? で、誰がじゃーい! わたしのそこ、っていうか、アソコ? は、もっと最後の方の、最終号とかそこいらで付属するパーツですので! むが、ぐぐ!」


 叫ぶマキナの口を、すかさず静流がふさいだ。

 だが、マキナのあまりにも緊張感を欠いた声が、羽継の身体から見えない縛鎖ばくさを解いてゆく。身体が汗に冷えてゆく感触、れるような思考の集中力が戻ってきた。


「そして、どういう訳か私とマキナには互換性があるわ。……だから、彼女の正規パーツは全部、私がもらうの」

「……誰かから何かを奪ってまで、マリアさんは」

「二人で幸せな、平和なハッピーエンドを迎えましょう。ハーレム以外、なんでも許してあげる。羽継くんが私にしたかったこと、してほしかったこと、全部」


 タイムマシンでもあるモビルタイタンが、背の翼を広げた。

 同時に、周囲の空間がきしみ始める。

 リーリアが持ち込んだ空間隔離の力にも、限界はあるようだ。時間を過去や未来に行き来する力があれば、別次元からさえ現実に戻れるのかもしれない。

 だが、このままのマリアを羽継は現実に連れ出す訳にはいかない。

 そう思っていると、背後で声があがった。


「ハーレムだけはお断りですって? フン、気が合うことが二つはあるようなのだわ!」


 モガモガとわめくマキナの頭部を小脇にかかえて、静流が羽継のとなりに立った。

 彼女は眼鏡めがねを取ると、一瞬だけ眉間みけんにしわを寄せてから、マリアをにらむ。


「あんたはバツと幸せになることを考えてるけど、バツの幸せは考えてない! 違う?」

「……あら、どうして?」

「自慢じゃないけど私、視力が弱いの。ド近眼! ……つまり、大雑把おおざっぱに言えば、おとった個体。自然動物としては弱い個体の人間なのだわ」


 なにを言い出すのかと思った、その時だった。

 ポイと静流は、かばんごとマキナの頭部を放り出した。

 同時に、彼女の白く小さな手が羽継に伸びてくる。


「お、おい、静流……ッ!?」

「ごめん、バツ。頭に来ちゃった」

「それは、その、とっくに」

「見てなさい! 人間だろうが機械だろうが、優れているものが選ばれるってのは勘違い! 孤高を気取っても、特別じゃない! 誰でも劣ってるとこがあるし、弱くても!」


 次の瞬間、羽継は呼吸を奪われた。

 羽継の鼻をつまんだ静流の手が、二人のくちびるを一つにしてしまったのだ。

 吐息が行き交う一瞬は、永遠にも感じられた。


 実は機械だった初恋の人マリアと。


 組み立てると恋人になってくれるカノジョイドマキナの前で。


 羽継は唐突に、ファーストキスを奪われた。


 あまりにも急なことで、呆然ぼうぜんとしてしまう。


「――ぷあっ! ふぅ……どう? 私だってハーレムみたいなのは嫌だし、バツが好き! この想いは淘汰とうたも選別もされない、揺らがないし消えないのだわ!」

「ちょ……イミフなんですけどぉーっ! でっ、でで、でも、いいんちょ……すげえぜ! イカスーッ!」

「……あなた、今……羽継くんに……なに、したの、かしら?」


 マキナは妙にテンションが上って、逆にマリアに影がさした。

 酔いが覚めたかのように、陶酔感とうすいかんを殺気が追い払う。

 よろけた羽継は、そのまま静流の胸に抱き締められた。

 なにこれ怖い……怖いくらいに心臓が高鳴っている。

 人を好きになったことはある。

 でも、人に好かれるって、凄い。

 ライクLIKEじゃなくて、ラヴLOVEの方、凄い。

 そう思っていると、突然またひたいが光り出した。それは間違いなく、三度発動したDIVER-Xダイバー・エックスの輝き。そのまぶしさをすように、静流は強く強く胸の中へと羽継を抱き締めてきた。


「まて、静流! 息が!」

「あとで人工呼吸してあげるから! その光、怖いの……バツが光るの、怖いのだわ!」

「静流、お前……」


 気付けば、マリアは笑っていた。

 だが、心なしか先程の泰然たいぜんとした余裕が見て取れない。

 どこか痙攣けいれんするように、唯一人間らしい顔がひきつっていた。

 機械の身体も震えて見えた。


「馬鹿じゃないの……そうよ、その光こそが羽継くんだわ! それを怖いだなんて!」

「違うよね、バツ……バツの力は、バツそのものじゃない。そんなの、バツ自身じゃない」


 ドシリ! とモビルタイタンが一歩を踏み閉めた。

 異空間と化した体育館裏で、大地が津波のように泡立つ。黒い巨体の脚部は、まるで甲殻類こうかくるいのように鋭い爪が並ぶ。

 なかば静流に拘束されていた羽継だったが、自分で立つや彼女を背にかばった。

 降り注ぐ声は冷たさを増しながら、焦燥感を増していた。


「私のファーストキスが、羽継くんのファーストキスじゃなくなったわ……どうしてくれるの! あ、いえ、いいの。これからはずっと、ファイナルまで私のものだもの!」

「うっさい! バツ、私につかまるのだわ。今、例の恥ずかしいスーツを――」


 静流が手首の端末を操作しようとした、次の瞬間だった。

 衝撃を感じた羽継は、痛みそのものとなって地面に転がっていた。

 揺れる視界の中に、静流が倒れていた。

 巨大なモビルタイタンは、鉤爪かぎづめの光る手で大地を薙ぎ払ったのだ。


「羽継くん、ねえ……私じゃ駄目なの? 私がいいでしょ? 私でも! ……嫌だっていうなら、もっと真実を話すわ。不可避の未来で、あなたを切り刻むしかないの」


 全身に力が入らない。

 にらむ地面に、赤いしずくが落ちた。

 これがいわゆる『身体がイッてる』というやつだ。

 そして、マキナの脳天気な「イッたんですか!?」的な下ネタが飛んでこない。

 シリアスな状況が今、絶望へ向けて転がり落ちていた。


「グッ、くそぉ……マリアさん。静流を……」

「私しか選べないのよ、羽継くん。私、この子と……モビルタイタン『クロノス』と繋がって知ったわ。遠い未来、天暦てんれきとかいう時代の人類が隠してること」


 ――因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウスが隠していること。

 そう言って、マリアは自分を高揚こうようさせるように叫ぶ。


「人類に取って代わる、新人類……DIVERダイバー。……様々な特殊能力を持つDIVER達が、まさか人間だなんて、姿?」

「ど、どういう、ことだ」

何故なぜ、DIVERは恐れられるか……


 そう言うと、マリアは羽継の前に降りてきた。

 顔をあげることもままならず、その脚だけが視界の中にぼやけて映る。


「ねえ、羽継くん。タイムマシンがわざわざ人型の必要、あるかしら?」

「なにが、言いたい」

「もし、それが必然なら……逆説的にこう考えるべきよ。生命いのちは、人の形でしか時間を超えられない。そう、超えられないのよ! またいで超える脚! のぼって超える腕! 人の姿しかときを超えられない。それをマスターの御影四郎ミカゲシロウは隠していた!」


 理解不能だった。

 あまりに突然のことが連鎖し過ぎて、完全に羽継はオーバーフローしていた。だが、その中ではっきりとわかることがある。

 遠未来の人類が恐れる、DIVER……彼等を歴史から消すため、因果調律が行われようとした。だが、DIVERはそれを阻止しようとしていない。少なくとも、始祖しそたる羽継の前に現れたりしていない。

 何故なぜか?

 単純過ぎる結論……DIVERは時間を超えられない、タイムスリップできないのだ。

 それをマリアは、姿


「神がおのれに似せてつくりし、生命……人間。神と同じ五体には意味があったの。そして……すでにもう、DIVERへと進化した、変貌した者にはそれはない。保てないのよ」

「じゃ、じゃあ」

「DIVERってね、羽継くん。遠い未来を侵食する異形の存在……未知の化物バケモノなのよ!」


 羽継の中で、なにかが壊れようとしていた。

 心が折れかけて、理性がたもてそうもない。

 そんな時、声が響いた。

 いつものおどけたイラッとする声ではない……怒りを込めて叫ばれた、それは機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナの足元から聴こえる声だった。

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