最終号「週刊カノジョイド!終劇!」

 最後の戦いから数日、羽継ハネツグはすっかり日常を取り戻していた。

 今まで通り、平凡で平穏な毎日。

 四郎シロウやマリアが戻ってきて、静流シズルも非日常から解放されて、リーリアだけが増えて……そして、マキナがいない日々。

 そう、壮大で現実感のない羽継の未来は、唐突にぶった切られた。

 望んで取り戻そうと思っていた平和が、今はなんだか寂しいのだ。


「四郎のおじいちゃん、元気そうだったわね。……これでよかったのだわ」

「ん、ああ」


 病院からの帰り道、羽継は静流と家路を歩く。

 家の方向は逆なのに、最近はいつも一緒だ。

 二人になると、自然と手を握る時もあるし、腕を組むこともある。そういうことを、今思えばマキナにはしてやらなかった気がした。


「マリアさんは……ねえ、バツ。いいの? 私は……バツがいいなら、別に」


 突如として全世界で、同時多発的に全てがシャットダウンした。損害規模には一けいとか二京とか、見慣れない数字が飛び交った。勿論、単位はドルである。テロだ戦争だと憶測が飛び交い、ミステリーな話に背びれ尾びれがついて、そして沈静化した。

 真実を知るのは、羽継達ごく少数の人間のみである。

 混乱と混沌を広げたマリアは、紆余曲折うよきょくせつを経て四郎のもとに戻ってきたのだった。


「おじいちゃん、張り切ってたわね。戸籍とかの偽造は得意だ、って」

「ああ……マリアさん、一度死んだことになってるからな。交通事故で」

「びっくりしたでしょうね。トラックでかれてロボットだって気付いたんだもん」


 確か、丁度このあたりの道路じゃなかっただろうか。

 羽継の初恋の人は、不幸な事故で知った……自分がロボット、アンドロイドだったことを。そこから全てが始まり、それ以前へと今は戻ったと言ってもいい。

 あの戦いのあと、マリアのゆがんだ願いは全てたれた。

 納得したかどうかはわからない……それでも彼女は、あんな最期さいごを見せたマキナになにかを感じたのかも知れない。そんな気がする、気がするだけで十分だ。

 とぼとぼと歩く羽継の隣で、静流が小さくつぶやいた。


「デウス・エクス・マキナ、かあ」

「ん? なんだ、それ」

機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ……大昔のギリシャで、演劇の最後を強引に締めくくる演出方法をそう呼んだの。マキナは女の子だから、デア・エクス・マキナかな」

「そっか……量産型の女神、ね。あいつさ、『わたしは死んでも代わりはいるから! たっは、一度言ってみたかったやつだこれ!』なんて笑ってさ」


 あのあと、クロノスと名付けられたタイムマシン、巨大なモビルタイタンは爆発した。羽継がマキナと共に破壊したからだ。だが、それは閉鎖空間もろとも全てを消滅させるだけのエネルギーを暴走させるらしい。

 それを伝えると同時に、マキナは自分の中から羽継を放り出した。

 へらへら笑って、ペラペラしゃべって。


「俺、さ……DIVER-Xダイバー・エックスでさ。四郎のじいさんに殺されたこともあるし、そうじゃない天暦てんれきとかって時代に続く未来もあるしさ。そういうの、いっぱいあるって言われた」

「平行世界、的な? まあ、無限の可能性があるのが未来なのだわ」

「信じられるか? その中の最良の未来……が、他の全ての平行世界にマキナを送り出したって」


 マキナは、週刊カノジョイドは未来から届いていた。

 無数の未来の一つ、DIVER-Xとして多くの同胞どうほうと暮らす羽継がマキナを造ったのだ。マリアに瓜二うりふたつだったのも、パーツの規格が同じなのも合点がいった。

 マキナは、羽継と結ばれたマリアを元に大量生産されたのだから。


「四郎のじいさんも言ってたけど、時間や空間を超える物理法則は……人型、人の姿をした存在しか受け付けない。人間だけが、人型タイムマシンで時間跳躍タイムリープできる。文字通り、屈んでからジャンプするみたいにな。両足がなきゃできないって訳だ」

「でも、マキナってパーツごとに送られてくるのよね? 未来から」

「あいつ、閉鎖空間にも平気で出入りするからな。つまり……人だけがときを超越するっていう、それ自体が人間の未熟な思い込みなのかもな」


 詳しい話はわからない。

 神を模した人の姿でしか、歩けないと思った未来がある。その世界線は活力を失い、人類の衰退がDIVERダイバーと呼ばれる種を台頭させたのか。

 ただ、DIVERと呼ばれる未来の知的生命体しんじんるいは……過去や未来に干渉できないのではない。干渉しないことを選んでいたのだろう。それとは別の世界、羽継が生き続けた未来からマキナが送り込まれた。

 今も、最後までいいかげんで馬鹿みたいなマキナの言葉が思い出される。


『という訳で! このデカブツが爆発するとチョベリバチョバブちょーベリーバッドなやつ! って感じでっす!』


『なーのーでー、チョチョイとわたしが持ってっちゃいますね! でわでわ!』


『あ、ブライド・システムの使用に伴い、軽く禁則事項きんそくじこうブッチしちゃったんで、ついでに言いますね。マスターへわたしを送り込んだのは、ですよん? んじゃま、そゆことで! せーのっ、ドッカーン!』


 適当というレベルではない、お粗末そまつな最後だった。

 肝心のマキナが助かっていない。あの図々ずうずうしくて身勝手でわがままなマキナが、決死の献身を見せるなんて。しまらない、最悪のバッドエンドのように思えてきた。

 だが、羽継達が無事に現実空間に戻れたのは、彼女のおかげなのだ。

 それを思い出しているうちに、家についてしまった。

 すぐ間近に顔を寄せて、眼鏡めがねの奥から静流が見詰めてくる。


「元気出せなんて、言えない……けど、落ち込んだままも駄目なのだわ。それに、ほら!」


 そっと静流の手が、羽継の前髪をかきわける。

 そこには、以前は十字傷だった刻印があった。

 マリアが昔、可能性のXエックスと言ってくれた傷……それが今は、インフィニティに変わっていた。


「はは、俺はバッテンからハッテンになっちまったよ」

「そりゃ、横にしたら8だけどさ。……発展、進展、期待してる。私もマキナに助けられたのだから、そ、その……ロボットにはなれないけど、彼女にはなれるのだわ!」

「ありがとな、静流。流れでお前と、って訳じゃなく、こう……今度いつか、ちゃんとするからさ」

「ん、いいよ。じゃあ、また明日ね」


 そう言って離れると、静流は笑顔をくれた。

 最後に「ああ、大量生産」と眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「女神だから、デア・エクス・マキナ……複数形なら、デアエ・エクス・マキナね。出会える、よね……またきっと」


 ドヤ顔でうんうんとうなずいて、静流は行ってしまった。

 その背中を見送り、羽継も奇妙な余韻よいんを胸に玄関へと入る。

 マキナのいない部屋へ、今日も帰るのだ。


「ただいま……って、うわっ! な、なな……どした? おい、真瑠マルリ?」


 ドアを開けると、そこには妹があった。

 そう、表情も存在感も失せた真瑠が立ち尽くしていた。そのうつろな目が、まばたきもせずに羽継を見上げてくる。


「バツにい……ううん、むしろ……ハチにい? ねえ、そうなの? 今の、なんなの?」

「げっ、聞いてたのか? やめろよな、もう。今まで通りでいいよ、真瑠」

「俺はバッテンからハッテンになっちまった、よ? ……妹とは、ハッテンしないのに?」

「馬鹿よせ、どこから聞いてたんだ」

「元気出せなんて、言えない……ねえ、なになら出るの? いいんちょさんに、なにを出すの? ……ねえ」


 がらんどうの目が、問い詰めてくる。

 だが、彼女は靴箱くつばこの上を指差し、声のトーンをさらに低くした。


「バツにい……カノジョイドって、なに?」

「へ? ……あっ! この荷物!」

「ねえ……なんなの? あたしとじゃできないこと、するの? むしろ、出すの? バツにい……妹じゃなくて、そういうので青い劣情を処理するの?」


 ドス黒いオーラから逃げつつ、ダンボール箱を抱えて走る。

 部屋に駆け込むや、一気にそれを開封した。

 そう、今日は木曜日……目の前に、週刊カノジョイドの第3号があった。


「って、付属パーツは足かよ! ……右足、だなあ」


 ピョコン、と白い足が出てきた。ひざから下で、すらりとしたふくらはぎの曲線美がまぶしい。とても綺麗な足……でももう、この足で歩いて進む、羽継と歩いてくれるマキナはもういない。

 それでも羽継は、かばんの中からバインダーBinDERを取り出した。


「もしかして……え? ちょ、ちょっとおい、マキナ! の、足ぃ!」


 足は飛び跳ねながら、羽継を無視して机の上に乗っかった。そして、ジタバタと周囲を散らかし始める。呆然ぼうぜんとしていた羽継だったが、慌てて止めようとしたその時だった。

 マキナの右足は、器用にペンを持ってノートを広げていた。


「おいおいマキナ……まさか! か、書いてる! 文字を! ――あっ、つった! 足をつったんだな? そうだよな、その角度やばいよな! ……でも、お前」


 つたない字が踊っていた。

 なんとか書き終えるや、痙攣けいれんしたように白い足は震えて動かなくなる。

 だがもう、羽継はバインダーを持って部屋を飛び出していた。

 確かに日本語で書かれていた。

 裏山の、と。

 羽継の家の裏には、そう――


「じいさんち! の、あった場所!」


 全力疾走で向かう先に、完全に焼失した日本家屋がある。今でもまだ、少し焦げ臭い。だが、近付くとバインダーに奇妙な反応があった。

 あの日以来、ずっと沈黙していたバインダーに光が戻ってくる。

 その反応を頼りにウロウロしながら、羽継は思い出した。

 彼が通っている高校が建つ前、四郎がこの時代に来てタイムマシンを……モビルタイタンのクロノスを隠した。ならば、もしかしたら……?


「反応が強くなった! ここか? ……マキナッ!」


 あとはもう、夢中で地面を掘った。痛む手がかじかんでも、止められない。気付けば泣いてる自分がいて、ひたいが光ってることにも気付かない。

 そして、何故かサムズアップした白い手が出てきた。

 その指が羽継に触れた。


「プハーッ! シャバの空気は最高だぜぃ! おひさです、マスター! 一万二千年ぶりでーす!」

「マキナ、お前……」

「テンプレ通りラスボスの爆発からマスターを遠ざけたはいいんですが……どこで爆発させるかなーと思ってこのあたりに。エヘヘ」

「エヘヘ、じゃないぞお前……お前っ!」


 ピンクの髪も少しすすけていたし、なによりマキナの頭部は完全に肌がげてしまっていた。それでも羽継は、鋼鉄の頭蓋骨どくろを抱き締める。


「そのー、マスター? バインダーでアクセスして、お色直しを……マスター? ……わたし、こんな姿で恥ずかしいですよぉ」

「うるさい馬鹿……そんなのあとだ、お前はお前だろ」


 こうしてまた、違う平行世界が生まれ始めた。一つの可能性が分岐し、なにもかもが未知数エックスの未来が創まったのだ。その先が、DIVER-Xとして最良と思える未来じゃなくてもいい。そんな自分が送ってくれたマキナはもう、とっくに羽継の毎日の一部だった。

 涙を拭う羽継の額には今、無限を示す∞の傷が優しく光っているのだった。

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