第25号「週刊カノジョイド!再会!」

 羽継ハネツグはショックの中で、呆然ぼうぜんとするしかなかった。

 両手でマキナの頭を抱いて、うつむき歩く。

 突然の覚醒で発現した能力、テレパシーとテレポーテーションも今は使えないようだ。ひたいの発光現象も収まり、いつもの感覚が戻っている。

 だから、時折うなるマキナの声を、心の叫びを拾うことができなかった。

 ただ黙って、前を歩くリーリアの背中を追う。


「さ、ここよ。散らかってるけど入って。……まあ、その、ホント……散らかってるんだけど」


 リーリアが案内してくれたのは、彼女がこの時代の拠点としている部屋だ。平凡なアパートで、古びた雰囲気は昭和の面影おもかげを残している。

 風呂とトイレがついた、ごく普通の2DK。

 電気の明かりが灯れば、そこにはうら若き女性の生活感が広がっていた。


「お邪魔、します」

「今、お茶でも出すわ。適当なとこに座ってて」

「はい……」


 バタバタとリーリアは、キッチンに行ってしまった。

 羽継はマキナの頭を抱えたまま、和室のたたみに座る。小さなテーブルが一つだけで、他に家具や調度品のたぐいはテレビだけ。部屋の隅には、恐らく弁当や惣菜の容器が入ってるであろう、コンビニ袋がいくつか寄せられていた。

 不衛生とまではいかないが、微妙に哀愁あいしゅうの漂う仮住かりずまいである。

 羽継がぼんやりとしていると、腕の中でマキナが見上げてきた。


「ゥ……ウ? ウ、ァア、ア! アッ、アッ!」

「ん、なんだマキナ……ああ、ゴメンな。さっきみたいに、お前の心の声が聴こえればよかったのにな」

「ウ! ウゥ、ウゥ!」

「はは、元気出せって? お前が言うなよな……お前が一番、大変だったのにさ」


 ポンポンと髪をでながら、羽継は無理に笑ってみた。

 可憐かれんな少女の顔は今、半分だけになっている。もう半分は、光を反射する金属が剥き出しの状態だ。まるでケロイドのように焼け落ちた人工筋肉や、ギョロリとした眼球……グロテスクだが、人間だって中身は似たようなものだ。

 マリアは気付いているのだろうか?

 人間だと思って生きてきて、人間ではないと知った。人間になりたいがために四郎シロウへ復讐をくわだて、羽継と結ばれたくて今度はカノジョイドになろうとしている。

 そのことがいびつな狂気で、本質的になにもマリアを救わないと、わかっていないのだ。


「マリア、さん……困ったよな、マキナ。俺、さ……どんどん初恋を壊されてゆくよ」


 優しくて、いつも穏やかに微笑ほほえんでいたマリア。そんな年上のお姉さんが、羽継は好きだった。淡い恋心は、マリアの交通事故死で突然途切れて、変貌した姿で蘇ったのだ。

 溜息ためいきこぼした、その瞬間だった。

 突然、羽継は股間こかんに衝撃を受けて立ち上がった。

 そのまま地団駄じだんだを踏むようにして、ポケットから異変の正体を引きずり出す。


「おい、マキナッ! どこを触って……くそっ、なんだよもう!」


 ポケットから取り出したのは、マキナの右手だ。

 白くて細くて柔らかくて、昔のマリアを思い出させる女の子の手。それが、あろうことか。男子高校生にとって、とっても敏感な場所……思わず羽継は、マキナの右手を放り出す。

 畳の上で、右手はジタバタと跳ね回った。


「ウ! ウウッ、ウウッ!」

「なんだよお前……変なとこ触って。……笑ってるのか?」

「ヴ!」

「……無理するなって。元気付けてくれるのは嬉しいけどさ」


 思わず羽継は、苦笑を零した。

 マキナは全てを奪われたのに、羽継を心配してくれる。

 今の彼女の声が、不思議と脳裏に再生されるような気がした。

 そうこうしてると、リーリアが戻ってくる。


「ふぅん、仲いいんだ……とっとっと」


 落ちてる右手がジタバタしてるので、ていよく避けつつリーリアがマグカップを渡してくる。羽継はとりあえず、テーブルの上にマキナの頭を置いてから受け取った。

 改めて見ると、マキナの損傷はあまりにも痛々しい。

 だが、彼女は言葉こそ発しないものの、笑っていた。

 その姿に、自然とリーリアもほおゆるめる。


「カノジョイド、か……よくわからないけど、羽継クン? 負けたままじゃ、終われないわね。それに、さっきのキミの覚醒現象」

「は、はい。……俺は、マリアさんを止めたい。このままじゃ」

「彼女、アンドロイドである自分に開き直ってた。それは、今という時代の歴史に深刻なダメージを与えるかも知れない。四郎が作った、未来の科学力の固まりだもの」


 リーリアはすでに、遠い未来で自分が所属していた組織と決別した。天暦てんれきと呼ばれる時代の、因果調律機構いんがちょうりつきこうゼウス……羽継に端を発する、新人類DIVERダイバーの台頭を防ごうと画策する組織である。

 因果調律、それは歴史の修正に他ならない。

 リーリア達の時代は、常に過去を改竄かいざんすることで微調整されてきたのだ。

 過去へとタイムスリップし、修正案件に干渉する。本来の時間軸、自分達が進んできた歴史に対して『』を派生させ、双方を融合させる形で未来を変えるのだ。


「そうそう、えっと……マキナ? キミ、これでどうかしら」


 リーリアがお茶と一緒に持ってきたのは、紙とペンだ。

 テーブルに飛び上がった右手が、早速ペンを握る。

 広告の裏側に、マキナは器用に文字を書き始めた。


「えっと、なになに……『わぁ、ありがとうございまっす! この発想はなかった!』って。ふふ、馬鹿ね。こう見えても、お姉さんは一流エージェント、エリートなのよ?」


 今のマキナにあるのは、頭部と右手だけ。

 羽継がバインダーBinDERをマリアに奪われてしまったため、普段の仮のボディ、アーリィフレームを出してやることもできない。

 とりあえず、どうにか意思疎通の手段は確保できた。

 心なしか、マキナの妙に丸っこい文字を見てると羽継も元気が出てくる気がする。変にギャルっぽい丸文字は、頭部の喉元に刺さっている鉄片を抜くように求めてきた。


「よしよし、わかったよマキナ。まず、そのブッ刺さってるやつを抜けばいいんだな?」

「羽継クン、大丈夫? 私がやろっか?」

「いいですよ、リーリアさん。……俺がしてやりたいんです。間抜けにもだまされて、すっかりマリアさんのことをマキナだと思ってた。俺は、馬鹿だった」


 膝の上にマキナの頭部を寝かせて、その首を貫くパイプを抜いてやる。首から出てるケーブルやコードが、痛みを訴えるようにブルブルと震えていた。

 少し血のような赤い液体が出た。

 痛いのか、半分だけになった表情をマキナは歪める。

 リーリアが救急箱を持ってきてくれて、とりあえず止血の真似事まねごとをして包帯を巻く。ますます痛々しい姿になったが、右手は元気いっぱいにサムズアップしてくれた。


「これで、よしと。で……マキナ、教えてくれ。なにがあった? お前、いつのまにマキナさんと入れ替わったんだよ」

「ちょっと待ってね、新しいチラシを……はい、この裏に書いて」

「『がってんでさぁ!』ってお前な、そういうことは書かなくていいから」

「『…………』ですって、羽継クン。なんか、思ったより元気じゃない? この


 少し紙を無駄にしつつ、マキナは一生懸命右手に事情を語らせた。

 先日のあの、廃工場での戦いで二人は入れ替わった。最後の最後で、マリアはマキナと再びこぶしを交えたいと言った……あれが既に、彼女の策略が始まった瞬間だったのである。なにも考えずに応じたマキナは、声を奪われ、顔を破壊された。


「お前さ、ピンチなら俺に言えって。あ、声が……でもさ、なんかあるだろう」

「えーと、なになに? ふむふむ……『こんな顔、カノジョイドとして見せられない、だって女の子だもん』……ハート、と。ふーん、乙女心オトメゴコロ、的な?」


 テーブルの上で頭部が何度もうなずく。

 確かに、今のマキナは酷い有様だ。だからって、なにも逃げなくていい気がする。すぐに羽継の家に来てくれれば、ここまで複雑なことにはならなかったのだ。

 右手は次々と、それからなにがあったかを克明こくめいに書き出した。

 顔面を破壊され、機械の中身を露出してしまったマキナ。彼女はそんな自分を羽継に見せたくなくて、あの場を逃げ出した。それがマリアの狙いだとも知らずに。

 恥ずかしかったのだと、文字はどんどん小さく弱くなってゆく。


「わかったよ、マキナ。誰も怒ってないからさ。それに……その、気付けなかった俺にも非がある。一週間とちょっとなのに、お前があんまし当たり前に感じてたからさ」

「あら、なんかマキナ、嬉しそうよ?」

「ウーッ! ァア、アッアッ!」


 マキナはとりあえず、羽継達から離れて考えた。

 事情を彼女が語らぬ限り、マリアはマキナとして振る舞い、羽継の側でなにかをたくらむだろう。それを阻止したいが、半壊した自分の顔がどうしても気になった。

 その時のマキナは、文字通り機械の半身をさらした不審者そのものだったのだ。

 だが、彼女なりに考えた……まずは、顔をなんとかしようと。


「それでお前、女子高生を……うちの学校の生徒を?」

「ヴ!」

「ああ、そういう……ほら、年頃の女の子って、お化粧道具持ってるじゃない。女の子ってそういうものよ、羽継クン。それを借りて、できればメイクも頼みたかった、と」


 しかし、声の出せないマキナを見て、襲われたと思ったのも無理はないと思う。

 そして、羽継の覚醒したテレパシー能力は、救いを求めるマキナの声をこそ受信していたのだ。今は落ち着いているが、連続して二つの超能力が目覚めた。

 今は完全に制御できないし、使おうと思っても使えない。

 だが、はっきりした……やはり羽継は、未来の人間達が恐れる原初のDIVERなのだ。

 DIVER-Xダイバー・エックスとしての力を、いよいよ覚醒させ始めたということになる。


「だいたいわかったよ、マキナ。大変だったな……おいおい、泣くなって。とりあえず、リーリアさん、ありがとうございました。俺、帰ります」

「帰る、って……家に?」

「はい。頭と手だけなら、妹に……真璃マルリにも見つからないと思うし。で、お願いがあるんですけど」


 リーリアには、四郎の世話と並行して、マリアの捜索を頼んだ。勿論もちろん、学校が終わった放課後に、羽継自身も足を使って探すつもりだ。巻き込みたくはないが、静流シズルの手も借りるかもしれない。

 もう一度、マリアと話す必要がある。

 彼女の目的が羽継ならば、向き合うことから逃げないのが野上羽継ノガミハネツグという少年なのだった。

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