最終話「これからも、これから」
すっかり綺麗になった自分のデスクを見て、僕は小さな
今、一つの旅が終わろうとしていた。
「どこか、
僕こと、ドッティ・カントンは
今日で
もう、僕ではタュン先輩の役には立てないから。
そして、先輩と一緒に走れない相棒となってまで、彼女の横にはいたくなかった。それだけが僕のちっぽけなプライドで、最後の最後で守れた
僕は多分、タュン先輩のことが好きだ。
でも、彼女の戦いはこれからも続くだろう。
彼女には、もっとふさわしい相棒が必要なのだ。
「おや、ドッティ君。掃除かね? よければ私のデスクも頼むよ」
不意にドアを開けて、タュン先輩が入ってきた。
彼女が指差す机は、書物やら資料やらで乱雑に散らかっている。どうしてこんなにもだらしがないんだろう? でも、そんなとこもチャームポイントにさえ思える。
僕は無理をして、笑った。
タュン先輩には、笑顔でお別れを言いたかったんだ。
「タュン先輩、今までお世話になりました」
「ああ、世話が焼けたよ。まったくだ」
「……僕、特務捜査官を
「ほう?
何故、と聞かれるだろうと思っていた。
だが、彼女は腕組み壁に依り抱えると、いつもの余裕の笑みで見詰めてくる。今日も立派な胸の実りが、組んだ手と手の上で圧縮されてゆく。
胸元が強調されて、谷間の吸い込まれそうだ。
でも、そんなことを考える余裕もなく、僕は言葉を絞り出す。
「実は……ガルテンさんとの戦いと、両親の死の真相を知ってから……もう、僕は以前の僕ではなくなってしまったんです」
「ふむ」
「恐れを知らずに動ける、気持ちが平静に働いてくれる……それも全て、心が死んでたからなんです。でも」
「自分が父親を殺した、その記憶を取り戻したことで精神状態が変わったのかもしれん。それで?」
「それで、って」
言葉の先を
まるで察して送り出すのを拒んでいるかのようだ。
そう思える程度には、僕も
「僕は、怖いと思います。また何かあって、事件の現場を見たら……今なら恐怖を感じてしまうと」
「当然だ。私だって死体は苦手だからな。何度見ても吐いてしまう」
「前みたいに、先輩の役には……立てない、気がして」
以前の僕は、ある意味で無敵だった。
だが、そんな僕の力は失われてしまった。
両親の死の真相を知った……思い出したから。
だが、ふむと
おもむろに僕の手を
「どうだ?」
「ちょ、あっ、アッー! な、何を……タュン先輩っ!」
「うむ、動揺したな。
「……す、凄く」
「真っ当じゃないか。何をそんなに悲観している? まさか君は、私が手足のように使う
手の中の弾力、温かさの奥に……脈打つ先輩の鼓動が感じられた。
やっぱり、僕の心は息を吹き返したんだ。
少年に
「ドッティ君、多くは言わないが……君が、必要だ」
「タュン先輩……」
「恐怖を感じぬ者として戦える君より、私にドギマギしながらついてきてくれる……そんな君が好きだがね? 君がいないと、私は――」
相変わらず
この瞬間の、殺人事件。
君が必要だ、その一言は殺し文句だ。
取り戻した僕の心は、目の前の女性に殺されてしまったのかもしれない。
「私は、効率的にサボることができなくなる。違うかね?」
「先輩……仕事をする気は」
「あいにくと、大きな事件をやっつけて気が抜けてるところでね。雑事は全部君に押し付けたいのだよ。構わんだろう?」
「構いますよ!」
「……本当かね? 構ってくれるのだな? よし、
「あ……ずるい。ずるいですよ、先輩っ!」
タュン先輩は立派な胸を僕の手から放して、フフンと笑った。
どうやら、僕の考え過ぎだったようだ。
僕の力ではなく、僕そのものが求められている、それは嬉しい。非常に面倒この上なく、お世辞にも
何より、やっぱり僕はタュン先輩の側にいたいのだ。
ドアがノックと共に開かれたのは、そんな時だった。
「はぁい、タュン。どう? 引き止められた?」
「ああ、リシーテ。簡単なことだよ。ドッティ君は懸命な少年だからね」
「どんな手を使ったのかしら?」
「それは秘密だ」
無事に異世界警察に復帰できたリシーテさんが、いつもの
そして、彼女は一枚の紙切れを投げてよこした。
「早速だけど、特務捜査官の二人に仕事をしてもらいたいのだけど」
「だ、そうだ。ドッティ君、健闘を祈るよ」
「二人って言いましたよ、リシーテさんは。僕と先輩、二人だと」
むむむ、とタュン先輩は
だが、それを見て自然とリシーテさんも僕も笑顔になる。
「
「ふむ、シャワー、シャワー……ああ、異世界の風呂の一種だ。それがどうした?」
「娼館のシャワーが、違法の疑いがあるの……どうやって大量のお湯を使っているのか、そのカラクリが見えてこないのよね。頼める?」
「いいだろう。リシーテの頼みとあらばサボる訳にもいかないな」
「誰の頼みでもサボらず働いて
それだけ言うと、リシーテさんは行ってしまった。
僕も、異世界警察の
「では、行こうか。……相棒」
「はいっ!」
僕達、異世界警察の日々は終わらない。
この世界が、転生してくる大量の勇者によって変わる中……その変わり方を確かめ、時には止める。異文化、異文明が流入する中で、この世界の秩序ある正当な発展を守るのだ。
今日という日が続く明日の、そのありかたを
勇者の持ち込むあらゆるものから、この世界そのものを守るために。
僕は相棒のタュン先輩と、再び捜査へと部屋を飛び出すのだった。
異世界警察24時 ながやん @nagamono
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