最終話「これからも、これから」

 異世界警察いせかいけいさつ本庁庁舎ほんちょうちょうしゃ

 すっかり綺麗になった自分のデスクを見て、僕は小さな溜息ためいきこぼす。

 今、一つの旅が終わろうとしていた。


「どこか、田舎いなかの交番にでも飛ばしてもらえるといいんだけど、ね」


 僕こと、ドッティ・カントンは異動願いどうねがいを出した。

 今日で特務捜査官とくむそうさかんして、普通の交番勤務を希望したのだ。

 もう、僕ではタュン先輩の役には立てないから。

 そして、先輩と一緒に走れない相棒となってまで、彼女の横にはいたくなかった。それだけが僕のちっぽけなプライドで、最後の最後で守れた矜持きょうじのようにも感じる。

 僕は多分、タュン先輩のことが好きだ。

 でも、彼女の戦いはこれからも続くだろう。

 彼女には、もっとふさわしい相棒が必要なのだ。


「おや、ドッティ君。掃除かね? よければ私のデスクも頼むよ」


 不意にドアを開けて、タュン先輩が入ってきた。

 彼女が指差す机は、書物やら資料やらで乱雑に散らかっている。どうしてこんなにもだらしがないんだろう? でも、そんなとこもチャームポイントにさえ思える。

 僕は無理をして、笑った。

 タュン先輩には、笑顔でお別れを言いたかったんだ。


「タュン先輩、今までお世話になりました」

「ああ、世話が焼けたよ。まったくだ」

「……僕、特務捜査官をめることにしたんです」

「ほう? 何故なぜ


 何故、と聞かれるだろうと思っていた。

 だが、彼女は腕組み壁に依り抱えると、いつもの余裕の笑みで見詰めてくる。今日も立派な胸の実りが、組んだ手と手の上で圧縮されてゆく。

 胸元が強調されて、谷間の吸い込まれそうだ。

 でも、そんなことを考える余裕もなく、僕は言葉を絞り出す。


「実は……ガルテンさんとの戦いと、両親の死の真相を知ってから……もう、僕は以前の僕ではなくなってしまったんです」

「ふむ」

「恐れを知らずに動ける、気持ちが平静に働いてくれる……それも全て、心が死んでたからなんです。でも」

「自分が父親を殺した、その記憶を取り戻したことで精神状態が変わったのかもしれん。それで?」

「それで、って」


 言葉の先をうながし、タュン先輩は泰然たいぜんとした態度を崩そうとしない。

 まるで察して送り出すのを拒んでいるかのようだ。

 そう思える程度には、僕も図々ずうずうしくなっている自覚があった。


「僕は、怖いと思います。また何かあって、事件の現場を見たら……今なら恐怖を感じてしまうと」

「当然だ。私だって死体は苦手だからな。何度見ても吐いてしまう」

「前みたいに、先輩の役には……立てない、気がして」


 以前の僕は、ある意味で無敵だった。

 勿論もちろん、小柄な体格だし訓練してるとはいえ非力な自覚がある。でも、僕の唯一の強みはだった。恐怖も躊躇ちゅうちょも感じないから、常に自分の力をフルに使える。あのガルテンさんと冷静に立ち回れたのも、そのおかげだ。

 だが、そんな僕の力は失われてしまった。

 両親の死の真相を知った……思い出したから。

 だが、ふむとうなって先輩は僕に歩み寄る。

 おもむろに僕の手をつかんで……あろうことか、


「どうだ?」

「ちょ、あっ、アッー! な、何を……タュン先輩っ!」

「うむ、動揺したな。劣情れつじょうは感じるかね?」

「……す、凄く」

「真っ当じゃないか。何をそんなに悲観している? まさか君は、私が手足のように使うこまだと思ってるのかい? 自分のことを」


 手の中の弾力、温かさの奥に……脈打つ先輩の鼓動が感じられた。

 ほおが熱く火照ほてって、何も考えられなくなる。

 やっぱり、僕の心は息を吹き返したんだ。

 少年に相応そうおうなものとなって、蘇ったらしい。


「ドッティ君、多くは言わないが……君が、必要だ」

「タュン先輩……」

「恐怖を感じぬ者として戦える君より、私にドギマギしながらついてきてくれる……そんな君が好きだがね? 君がいないと、私は――」


 相変わらず飄々ひょうひょうと、悪びれず先輩は言い放った。

 この瞬間の、殺人事件。

 君が必要だ、その一言は殺し文句だ。

 取り戻した僕の心は、目の前の女性に殺されてしまったのかもしれない。


「私は、。違うかね?」

「先輩……仕事をする気は」

「あいにくと、大きな事件をやっつけて気が抜けてるところでね。雑事は全部君に押し付けたいのだよ。構わんだろう?」

「構いますよ!」

「……本当かね? ? よし、言質げんちは取った。そういうことで頼むよ、私は今日も一日ダラダラ過ごす予定だ。君も適度に頑張りたまえ」

「あ……ずるい。ずるいですよ、先輩っ!」


 タュン先輩は立派な胸を僕の手から放して、フフンと笑った。

 どうやら、僕の考え過ぎだったようだ。

 僕の力ではなく、僕そのものが求められている、それは嬉しい。非常に面倒この上なく、お世辞にもめられた意気込みではないが、先輩は僕を必要だと言ってくれた。

 何より、やっぱり僕はタュン先輩の側にいたいのだ。

 ドアがノックと共に開かれたのは、そんな時だった。


「はぁい、タュン。どう? 引き止められた?」

「ああ、リシーテ。簡単なことだよ。ドッティ君は懸命な少年だからね」

「どんな手を使ったのかしら?」

「それは秘密だ」


 無事に異世界警察に復帰できたリシーテさんが、いつもの妖艶ようえん微笑びしょうを湛えている。

 そして、彼女は一枚の紙切れを投げてよこした。


「早速だけど、特務捜査官の二人に仕事をしてもらいたいのだけど」

「だ、そうだ。ドッティ君、健闘を祈るよ」

「二人って言いましたよ、リシーテさんは。僕と先輩、二人だと」


 むむむ、とタュン先輩は露骨ろこつに嫌な顔をした。

 だが、それを見て自然とリシーテさんも僕も笑顔になる。


花街はなまちで少し、怪しい娼館しょうかんがあるのよ。タュン、シャワーって知ってるかしら?」

「ふむ、シャワー、シャワー……ああ、異世界の風呂の一種だ。それがどうした?」

「娼館のシャワーが、違法の疑いがあるの……どうやって大量のお湯を使っているのか、そのカラクリが見えてこないのよね。頼める?」

「いいだろう。リシーテの頼みとあらばサボる訳にもいかないな」

「誰の頼みでもサボらず働いて頂戴ちょうだい。いい、ドッティ君? タュンから目を離しちゃ駄目よ? 絶対に、放さないで」


 それだけ言うと、リシーテさんは行ってしまった。

 僕も、異世界警察の紋章もんしょうが入った外套がいとうを手にする。タュン先輩はそれを、いつものようにマントとして羽織はおった。


「では、行こうか。……相棒」

「はいっ!」


 僕達、異世界警察の日々は終わらない。

 この世界が、転生してくる大量の勇者によって変わる中……その変わり方を確かめ、時には止める。異文化、異文明が流入する中で、この世界の秩序ある正当な発展を守るのだ。

 今日という日が続く明日の、そのありかたをゆがめぬように。

 勇者の持ち込むあらゆるものから、この世界そのものを守るために。

 僕は相棒のタュン先輩と、再び捜査へと部屋を飛び出すのだった。

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異世界警察24時 ながやん @nagamono

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