異世界警察24時

ながやん

第1話「違法な異世界、逮捕します」

 異世界警察いせかいけいさつ……それは、この世界を『』と呼ぶ者達を取り締まる機関である。

 魔王の支配が始まって、すでに百年……世には多くの勇者があふれていた。俗に言う、である。神々が別の次元から連れ込んだ、超常ちょうじょうの力を持った救世主メシアである。

 しかし、勇者達が持ち込んだ文化と文明が、本来の世界のありかたをゆがませる。

 これは、清く正しくいやらしく、をモットーに、異世界の秩序を守る者達の物語である!


「タュン先輩! タュン・タプルン先輩!」


 僕は規制線きせいせんを乗り越えて、屋内に入るや上司を呼ぶ。

 僕の名はドッティ・カントン。異世界警察の特務捜査官とくむそうさかん……と言えば聴こえはいいが、要するに雑用全般を押し付けられる場末部署の構成員だ。

 呼びかける声を二度三度と繰り返し、捜査対象となった店を進む。

 すえた生臭なまぐさい臭いがただよう、ここはいわゆる娼館しょうかんというやつだ。

 そして、遠巻きに見守る娼婦しょうふ達の、その着飾った姿が色褪いろあせる美貌びぼうが振り返る。


「遅いぞ、ドッティ君。遅刻だ」

「すみません、タュン先輩」


 直属の上司にしてバディ、それがタュン・タプルン警部。年の頃は二十代なかばくらいだろうか? 僕より五つか六つ程年上だ。

 彼女は見事な胸の実りを強調するように、己のひじを抱いて溜息ためいきこぼす。異世界警察をしめ紋章もんしょうの入った外套がいとうを肩に引っ掛け、犯人との格闘もありえるので鎧姿よろいすがただ。これは、昨年に法改正されて合法化した、いわゆるというやつだ。

 僕の使い古した革鎧かわよろいと違って、金色のエングレービングが白妙しろたえの肌に美しい。


「で、今日の取締とりしまりは何です?」

「こっちだ、ドッティ君」


 タュン先輩は通りの良い声で、胸をゆさゆさとはずませながら歩き出した。僕も急いで、揺れる金髪のポニーテイルを追う。

 どうやらこの娼館は、違法な営業をしていたらしい。

 そして、タュン先輩は客が最後に汗を流す風呂場へ踏み入った。

 広い浴場は、一度に十人程度が入浴できるだろうか? 娼館で商売女としっぽりと過ごして、最後は一緒に風呂に入る。僕は経験がないが、それは危険な仕事を冒険者ぼうけんしゃや、闇の軍勢と戦う勇者達のいこいのひとときらしい。

 だが、タュン先輩は奥の娼婦達が使う浴室へと進む。


「見ろ、ドッティ君」

「えっと……客の使う風呂より、随分と質素ですね。湯船ゆぶねがないや」

「仕切られたスペースの上を見たまえ」


 言われて僕は、並ぶ個室の一つにあしを踏み入れた。

 1mメートル四方の、薄い板で仕切られたスペースは……その天井に、不思議な物がぶら下がっていた。


如雨露じょうろ、ですか? これ、何だろう……」

だよ、ドッティ君」

「シャワー? 何です、それ」

「ちょっと下がっていたまえ。外套を頼む」


 そう言って突然、タュン先輩は外套を脱いで放ってくる。顔を先輩の匂いでおおわれてしまって、慌てて僕はもがきながらも外套から顔を出した。

 だが、その頃にはもうタュン先輩は鎧も剣も床に寄せている。

 っていた長髪ちょうはつほどいて全裸になった彼女に、僕はあわてて背を向けた。


「よく見たまえ、シャワーとはこうして使う」

「みっ、みみ、見れませんよ! 何でいつも躊躇ちゅうちょがないんですか! じらいは!」


 だが、思い出した。

 タュン先輩はたしか、さる王国の姫君だった人だ。その王国は、大量の転生勇者をやしない切れず、十年ほど前に財政破綻ざいせいはたんしたのだ。

 むっちりとボリューミーでグラマラスな、それでいて見事な柳腰やなぎごし肢体したい

 タュン先輩が壁の配管にあるバルブを回すと、不思議なことが起こった。


「ああ、なるほど……上から湯を浴びる仕組みなんですね」

「そうだ。……石鹸せっけんを持ってくるべきだったな、ふむ。さて……このシャワーのお湯は、どうやってかしているかというと、だ」


 湯気の中で濡れたまま、裸のタュン先輩が再びバルブを閉じる。

 彼女が視線でうながすので、僕はすぐに裏手うらてへと走った。外へ出るて壁を調べると……上へと登る配管と、隠し階段。どうやら二階の部屋から、湯を落としているらしい。

 だが、まきかまどは見当たらないし、火属性の魔法を使っているとすればナンセンスだ。自由に水が使える人間すら少ないのに、それを湯へ沸かして身体で浴びるなど……湯船に溜めず、汗と共に流してしまうなど不経済だ。

 あらゆる術が消費する、マナと呼ばれる生命力の無駄遣いである。

 僕が二階へあがってドアを開くと……ローブ姿の男が振り返る。


「チィ、サツが来てたか!」

「抵抗しないでください! 異世界警察です! 動かないで!」

「動かないでと言われて、はいそうですかって奴が、いるか、よっ!」


 ローブの男は目深めぶかにフードをかぶったまま、短刀を引き抜いた。

 それを確認してから、こちらも武器を手に取る。捜査権を持っていても、基本的に異世界警察は武力による行動がいましめられている。実力行使は必要最低限だ。

 僕も腰から警棒けいぼうを抜き放った。

 これはジッテとか言われているもので、東洋の島国で実用化されているものだ。

 ちょっとしたソードブレイカーみたいなもので、手元で小さく枝分かれしている。金属製で、長い本流で敵を叩き、小さな支流とのみぞで斬撃を受け止めるのだ。


「おとなしく、して、うわっ! と、とにかく、話を聞いて、くだ、さいっ!」

「うるせぇ! チート能力があっても、それで魔王と戦うだけが勇者じゃねえだろ!」

「ですが、おっと! とと……神が授けた力を、違法な行為に使うのは……いけません!」


 口では強気だったが、僕は苦戦に汗をかく。

 勇者は先程口にした、ちーと? とかいう能力をそれぞれ持っている。そして、肉体的にも頑強な上に、戦いを経験するたびに驚くべき成長を遂げるのだ。

 しかも、死んでも神の加護があるので、教会にて蘇生してもらえる。

 で、鉄火場での荒事は、僕は苦手だった。

 あくまでも、僕は。


「ドッティ君、どいていたまえ」


 不意に背後で声がして、全裸のタュン先輩が躍り出る。

 今にもはちきれんばかりの裸体美が、手にしたジッテを踊らせる。警棒を振るっていても、まるで楽団オーケストラを指揮するタクトのように軽やかだ。

 でも、お願いですから服を着てください。

 切れ者だが世間知らずで融通ゆうずうがきかない、だから僕と一緒に場末の特務捜査官なんて肩書かたがきを着せられている。でも、服を着てないことの方が多いのだ。

 同期はみんなうらやむんだけどね……痴女姫警部ちじょひめけいぶと一緒はいいなあ、なんて。

 やんごとなき身分だったからか、身分の違う者への羞恥心しゅうちしんがないのだ。


「よし、ここまでだ。観念したまえ」


 あっという間にタュン先輩は、敵の凶器を叩き落とした。

 そして、罪状を読み上げる。


「転生勇者番号1052770。精霊使せいれいつかいのガンズ、君を精霊酷使罪せいれいこくしざいで逮捕する」


 腕をねじりあげられ、床に突っ伏すガンズは顔が真っ赤だ。

 当然だ、真顔で彼を組み伏せたタュン先輩は、片膝を付いて彼の顔の前にかがんでいる。全裸で。僕はせめてもの情けと思って、先輩の肩に持っていた外套を羽織はおらせた。


「ドッティ君、この男は精霊使い……神の奇跡によって、ノーコストで地水火風の四大精霊を使役する力を与えられてるようだ。そして、サラマンダーを召喚し続けた」

「それで湯を大量に沸かしてたんですね」

「そうだ。だが、精霊の召喚には術者のマナが支払わなければならない。それをノーコストで行えるから、転生勇者の力というのは恐ろしいな。……それを魔王から世界を解放するためならばと、神は許したのだが」


 観念かんねんしたガンズは、黙ってしまった。

 どうやらタュン先輩の言う通りらしい。

 この世界では、精霊達の力を借りる際には、厳格な協約きょうやくが存在する。神が天地を創造されてからずっと、世界の調和のための法が守られてきた。

 魔王が現れ、それを討伐するために勇者が流入してくるまで。

 今までの既存きぞんの価値観や觀念、果ては文化や文明までもが混乱を極めた。世界はまだ、全てが刷新さっしんされるには若過ぎたのだ。


「さて……ドッティ君。地元の管轄かんかつの者達も来たようだ。引き渡して帰ろう。フッ、彼が娼館で違法な召喚をしていた……ショウカンだけに。ぷっ、くくっ! ショウカンでショウカン……小官しょうかんが推理した通り……ぷぷっ!」

「タュン先輩……」

「我慢せずともいいぞ、素直に笑いたまえ。それから」

「それから?」

「私の着替えを手伝ってくれ。流石さすがにこの格好は身体が冷える」

「だったら脱がないでくださいよ!」

「……以前、王宮にいた頃、出入りしてる勇者から聞いたことがあってな。ふむ、シャワーというのは確かに便利かもしれない。なに、ただの好奇心だ。気にしないでくれたまえ」


 そうして彼女は、堂々と立ち上がってこちらを振り向く。

 それを見上げるガンズには、抵抗する意志がなさそうだった。むしろ、床にへばり付くようにしてベストアングルを視線で探している。

 彼もまた、魔王討伐のための大勇者時代だいゆうしゃじだいが生んだ、社会の被害者なのかもしれない。

 なお、不当に酷使されたサラマンダー達に対しては、補償ほしょうすることが後の裁判で決まるのだった。

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