第14話「金と心を殺す罪」

 それは、とても大きな事件になった。

 僕とタュン先輩は、捜査二課そうさにかの応援で大きな建物の中を大忙おおいそがし。殺人や傷害を担当するのが捜査一課なら、横領おうりょう詐欺さぎを取り締まるのが捜査二課である。

 だが、その人手が足りなくなるほどに事態は深刻化していた。


「ふっふっふ、ドッティ君。これを知ってるかね?」

「忙しいんですから、タュン先輩! 遊んでないで手伝って……って、何です? そのはこ

「これはという。異世界から持ち込まれた非常に便利な構造材だ。多層構造になっており、緩衝材も兼ねる優れた箱なのだよ」


 最初は何かと思ったが、タュン先輩は大きな紙を目の前で広げて組み立て、箱を現出させた。茶色い素材は紙らしく、異世界から勇者が持ち込んだものだという。

 周囲でも、同じものを広げて捜査二課の刑事達が押収品おうしゅうひんを詰め込んでいた。

 ここは株式会社ヒールケア・コーポレーション。

 株式会社というのはよくわからないが、大きな会社だったらしい。

 その会社が先日、倒産した。

 経営陣のトップや幹部連中は今も、姿をくらましたままである。


「先輩、ところで……株式会社って何です?」

「ふむ、ドッティ君……そこからかね?」

「あ、ちょっと! 何です? その、可哀想かわいそうな人を見る目は」


 フラットな表情で、少し優しげにタュン先輩が微笑ほほえむ。

 何か、すっごいムカつく。

 だが、彼女はようやく手を働かせながら教えてくれた。


「この世界には昔から、多くの豪商ごうしょう交易会社こうえきがいしゃ、無数の商家しょうけがあるね?」

「え、ええ」

「彼等は資本家として、労働者をやとい、事業で利益を出す。それを労働者に還元しつつ、余ったお金でより大きな事業を広げてゆくのだ」

「それくらいは子供でもわかりますよ。商売の基本ですから」


 では、株式会社とはどういったものなのだろうか?

 そのことに対して、本格的にタュン先輩は話し出した。


「では、ドッティ君……大きな資本、つまり元手のない人はどうやって事業を立ち上げると思うかね?」

「えっと……つまり、親からいだ財産やコネがない人のことですよね?」

「そうだ」

「お金を、借りる?」

「金貸しというのは、信用が第一だ。借りられる額は人によって異なる。実績も家柄もない人間に大金を貸すことは、まずないね」

「ですよね……あ! それを可能にするのが、株式会社ってやつなんですか?」


 タュン先輩は「ご名答」と笑った。

 つまり、株式会社というシステムはこうだ。

 事業主は株券と呼ばれる、一種の有価証券ゆうかしょうけんを発行する。それを買うのが株主で、株主は株券と引き換えに事業主に資金を提供するのだ。そして、後々事業が利益を出した時、株券の所有数に応じた配当金を事業主は払う。

 大きな成功で沢山の配当金を出した会社は、より多くの人が株券を欲しがる。

 そうやって資金調達をして成長するシステムが株式会社らしい。

 厳密にはもっと難しいらしいが。


「このやりかたを持ち込んだのは、転生勇者てんせいゆうしゃでね……しかし、こういう悲劇も起きてしまう」

「この会社、倒産したんですよね? ……それってつまり」

「ああ。突然株券がゴミクズになるのさ。ほら、これがそうだ」


 押収物を整理しながら、タュン先輩は小さな木の札を見せてくれる。

 それは、確かにヒールケア・コーポレーションの名と紋章もんしょうきざまれていた。その下にはは、10,000Gゴールドの数字……つまり、この株券はそれだけの値段を得る見返りとして発行されたものになる。

 厳密には、発行する予定だったものだ。


「この会社は実は、かなり前から悪いうわさが絶えなかった悪徳業者でね……健康維持のための様々な医療器具を売ってるのだが、それがかなり胡散臭うさんくさい」

「詐欺、ですか?」

「まあ、詐欺も同然だが、それを立証するのは難しい。と言って売るが、だと付け加えることは忘れない。そして、からね」

「なるほど、それでこんな大規模な摘発が」


 ひどい商売だと思った。

 昔はこんなことをやらかそうものなら、あっという間に捕まって縛り首か火あぶりだ。国にもよるが、まだまだ司法の制度はとくと権威によって左右されている。法の整備も進んでいるが、まだまだ一部の階級の人間が罪を裁く時代は続きそうだ。

 そして、どうやら今回の大騒動はそれだけではないらしい。


「グレーゾーン、限りなくブラックに近いグレーゾーンで商売をしてきたが……連中はその実、資金繰しきんぐりりに苦労していた」

「そ、それで倒産した」

「そう、それも……倒産直前に最後さいごをたれてな」


 この会社が倒産することは、経営陣には遠くない未来、確定した未来だったという。

 そこで、連中は考えた……夜逃げするにしても、最後に一発かましてやろうと。


「最後の最後に、大量の株券を発行した。それも、配当金の利率が倍以上になるスペシャルな株券をね。同時に、健康器具も最後の在庫を大放出したんだ」

「それに引っかかった人が大量に?」

「そうだ、そしてこれは……これも転生勇者が持ち込んだ方法だが、というのがあってね。株券購入者が他者に株券を買わせる、器具の所有者が他者に器具を買わせる……そうすることで、両者の利率がアップすると喧伝けんでんした」

「じ、実際には」

「それをやった後、どこかへ消えた。捜査中でね……何、私はこの手の小悪党こあくとうが死ぬ程嫌いだ。と、言う訳でだ」


 段ボール箱をせっせと梱包こんぽうしながら、そっとタュン先輩が顔を近付けてくる。

 精緻せいちな美貌に輝く瞳は、妖しい光で驚くほどに綺麗だ。

 吐息が肌で感じる距離まで近付いたくちびるが、小さなささやきを吹き込んでくる。


「この仕事は早々に片付けて、私達特務捜査官とくむそうさかんは独自に動く予定だ。いいね? ドッティ君」

「も、勿論もちろんです! 許せませんよ、こんなの」

「まずは被害者の救済、何分の一かでも取り戻してやらねばならん。それと」

「それと?」

「先程、二課の目を盗んであれこれ帳簿ちょうぼを見させてもらったがね。実におかしい。奇っ怪と言わねばならない。説明しようのない使途不明金しとふめいきんが持ち出されている。それも大量に」

「それが、逃げた経営陣の取り分なのでは」

「あるいは、何か別の犯罪に使われたか……もっと背後に、巨悪がひそんでいるかだ」


 僕は戦慄せんりつに身震いした。

 だが、そっと顔を話したタュン先輩は、梱包作業に戻ってしまう。


「覚えておくといい、ドッティ君。どんな犯罪にも金がかかる。それは、罪を犯すのが人間だからだ。衣食住がなければ人間は生きていけない。犯罪の規模が大きいほど、動く金も莫大ばくだいになる」

「ですね。じゃあ」

「この金の流れの向こう側に……何かがあるのさ。さて!」


 周囲が忙しい中で、突然タュン先輩は立ち上がった。

 そして、例のスマホを……勝手にリシーテさん経由で持ち出してるスマホもどきを取り出した。それを見ても二課の人達が何も言わないあたり、どうやら異世界警察内でもスマホを使う者は多いらしい。

 いわば、超法規的措置ちょうほうきてきそちというやつだ。

 便利なのだから、捜査のプラスになるならという方向性だろう。

 だが、タュン先輩はわざとらしい小芝居を演じ始めた。


「ああっと! この忙しいのに電話が! ……もしもーし、はい、はいはい、ええ!」


 うわぁ、だ……しかもバレバレだ。

 二課の人達の冷たい視線が、僕達へと無数に突き刺さる。

 僕は不本意だが、全く気にした様子もなくタュン先輩は猿芝居さるしばいを続けた。


「ふむふむ! ほう、なるほど! それは一大事だ、すぐ向かうとしよう! では!」


 わざとらしく通話のフリを打ち切って、彼女は僕に大きくうなずく。

 やれやれ、付き合わされる僕の身にもなって欲しい。


「と、言うわけだ……捜査二課の諸君! 私達特務捜査官には密命が下った。よって、不本意であるが応援出動を切り上げ、ちょっと独自に動かせてもらうよ?」

「あの、すみません! 失礼します!」


 僕が深々と頭を下げた、その時にはもうタュン先輩は歩き出している。

 そして、僕はあわててその背を追いかけた。

 忙しそうに警官が出入りする社屋では、多くの従業員が不安そうに僕達を見送ってくれた。彼等達もまた、被害者だ。突然、雇用主が犯罪者となって消えたのである。しかも、給料の多くが未払いなまま。

 やるせない想いを悪へ向けていた僕に、そっと声がかけられる。


「あの、すみません……えっと、警察の方ですよね? その、どなたに話していいかわからなくて」


 突然、女性の社員が話しかけてきた。

 腰から下を布一枚で覆って、へそ出しルックに丈の短いベストを着ている。やはりというか、何故なぜか女性は露出度が高いのがこの国の特徴だ。

 彼女は、おずおずと周囲を見渡してから、声を潜めた。


「あの、私……経理をやってたんですけど、その」

「ほう? 詳しく話を聞きたいね。ドッティ君、彼女のエスコートを。ここではなんだし、外で茶でも飲みながら話そう」


 そう言って先輩は、どんどん先に進む。

 僕は女性を前に歩かせ、それに続いた。

 道すがら聞けば、彼女は帳簿を担当していた人間らしい。名は、オッキ・ティング。名は体を表すというか、大きい……あ、いや、立派な胸の持ち主だ。多分、タュン先輩と同等か、それ以上だ。

 オッキさんの年は、20代後半から30代前半、おとなしそうな女性である。


「社長が逃げたのがショックで……それに、私達は今までずっと、お客様をだますようなことを……ごめんなさい」

「おっと、オッキさん。私達に謝っても意味はない。被害者のためにも、君は君で罪をつぐなうんだ。そして……逃げた社長達は私達異世界警察が捕まえる。協力することは勿論、君にとっても罪滅つみほろぼしになる筈さ」

「は、はい……ああ、神よ。挽回の機会をお与えくださって、ありがとうございます。この幸運に感謝を……TOトゥ LUCKラック


 オッキさんの祈りの言葉を残して、僕達は社屋しゃおくを出た。

 タュン先輩はすぐに知覚の茶屋へと入り、奥の個室を借りる。そして、驚くべき真実が次々と明らかになるのだった。

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