第13話「冷たい殺意の行方は」

 僕はタュン先輩と、この街でも知る人ぞ知る名店に来ていた。

 あのビッグスという年配の刑事が、美味おいしい肉料理の店を教えてくれたらしい。

 それで今、タュン先輩は料理を待ちながら冷たいビールにご満悦だ。


「ぷはーっ! くーっ、この一杯いっぱいィ! 最高だと思わないかね? ドッティ君。君も飲みたまえよ」

「僕、未成年ですから」


 異世界から無数の勇者が来て、医学が発展したのは前にもべた通り。そのあおりを食らって、未成年の飲酒がもたらす健康への害というのが有名になってしまった。今では大陸のどこの国でも、未成年は飲酒ができない。

 ここでいう未成年の定義が『20歳未満の少年少女』であるのも、不思議と全国共通である。

 ちょっと恨めしい……僕は若くとも、異世界警察いせかいけいさつ特務捜査官とくむそうさかんだ。おおやけの場で、出張先で飲酒する訳にはいかないのだ。……ごめん、家では、その……ごめんなさい。


「ところでタュン先輩」

「ん? 何だね」

「いいんですか? 捜査は……さっき、ビッグスさんと何を話してたんです?」

「ああ、そのことか」


 グイと身を乗り出し、ニヤリとタュン先輩は笑う。


「この店のことを聞いていた」

「や、それは知ってます……残念ながら。それと、おひげが」

「おっと、そうか」


 口についたビールのあわぬぐって、再び彼女はジョッキに手を付けた。

 こういう店では、キンキンに「ん? 私の地方では『に冷えた』と言うが、これは方言ほうげんなのかな?」あーうるさい、うるさいです先輩。すぐオヤジ丸出しでセクハラする……とにかく、冷えたビールが飲める店は、街にいくつかはある。

 氷室ひむろに魔法で作った氷を入れておくのだ。

 水の精霊ウンディーネを使役する魔法使いの上級者は、水を氷に変える。

 風の精霊シルフを使いこなせば、いかずちを操れるのと同じ……属性のもう一つの形を使いこなしてこそ、魔法使いは初めて一流と言われるものだ。

 そんなことを思っていると、料理が運ばれてくる。

 この街の名産、南方の密林に翼竜よくりゅうの肉、ワイバーンステーキだ。


「おお……見事なものだな、ドッティ君! 見ろ、ジュウジュウと音を立てて美味そうだ」

「子供じゃないんだから、先輩……」

「さあ、食べよう! いただきます! 事件も解決したし、飯は美味そうだし、最高だな」

「……え? 先輩今、なんて」

「ん? ああ、の事件だっただけに、と焼けたステーキを……プッ! ククク……遠慮せずともいいぞ、ドッティ君。これは傑作だ」


 本当にドきたくなった。

 頭を殴ったら、ポカーンといい音がしないだろうか? 頭が空洞で、よく響くというオチはないだろうか。だが、知っている。頭脳だけは飛び抜けて優秀なのがタュン・タップン警部だ。

 彼女はレアで焼かれたステーキにナイフを入れる。

 テーブルマナーは流石さすがは元王室の姫君、鮮やかなものだ。

 だが、彼女は血の滴りがジュワワと音を立てる肉を頬張ほおばり、説明してくれる。


「ふぉれふぁな、フォッティふん! ふまり、ふれにフィケンはふゃいふぇふして」

「食べてからしゃべってくらさいよ、もう」

「んぐぐ、ギョックン! フゥ……美味い。やはり肉は、いい。さて……事件はもう解決している。だからほら、四人分の席を用意してもらっただろう?」


 僕達のテーブルには、二つの椅子が空いている。

 その意味はわからないが、先輩は言葉を続けた。


「ドッティ君、勇者ケネディ氏が銃で撃たれて殺された……そう思ってないかね?」

「え、やっぱり違うんですか!?」

「そうとも、これは銃による殺人ではない。そして、例の連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんとも別の犯人の仕業だろう。犯人にという魂胆こんたんくらいはあったかもしれんね」


 僕にも同じ飛竜の肉のピラフが運ばれてきたが、手を付けるのも忘れてしまう。

 そして、タュン先輩は自信たっぷりにフォークを向けてくる。

 前言撤回ぜんげんてっかい、非常にお行儀が悪い。

 だが、先輩はフォークで僕のひたいを突かんばかりに腕を伸ばした。


「銃とは、光線であれ弾丸であれ真っ直ぐに飛ぶ。まあ、厳密には違うし、ホーミングレーザーという面倒なものを持ち込むやからもいるがね。つまり、こうだ」


 そう、僕の額に真っ直ぐフォークが突きつけられている。

 まてよ……それはおかしい!


「先輩、殺人現場の物見櫓ものみやぐらは、!」


 思わず僕は立ち上がってしまった。

 そうなのだ……ケネディ氏が死んだ場所は、周囲に同じ高さの建物などない。


「そう、だから銃であれば……こういう角度で狙うことになるな? ドッティ君」


 立ち上がった僕に、座ったままタュン先輩はフォークを向け続ける。

 僕の額へ向けられたフォークは、斜めに……そう、上向きに伸びてくる。

 だが、傷跡に指を突っ込んだ先輩は知っているのだ。

 ケネディ氏を殺した傷は、ほぼ額の皮膚に対して垂直に入ったもの……つまり、真正面から撃たれた傷だったのだ。

 ……ん、タュン先輩はちゃんと手を洗ったのか?

 まあ、それよりも事件の話が、その続きが気になる。


「つまり、遠距離から銃で狙撃した事件ではないと?」

「そういうことだ。そして、続きは彼等に聞きたまえ。あと、食べないと冷めるぞ? 肉は熱いのを食べるから美味いんだ」


 そう言ってタュン先輩は食事を再開してしまった。

 同時に、店のドアが開く。

 そこには、血相を変えたビッグスさんとウエッジさんが立っていた。店を見渡し僕達を見つけて、彼等は駆け寄ってくる。ウェイトレスのおばさんもビックリの形相ぎょうそうだ。


「ああ、ここにいたのかい! ねえちゃん、あんたの言った通りだった。それらしき人物から任意で事情を聞いて……あんたの言葉をそのまま伝えたら、自白した」

「どうなってるんです? 教会のトゥラック神ですら、こんな奇跡は無理に違いない」


 そこで初めて、僕は知った。

 あのケネディ氏を殺した犯人が捕まったことを。


「犯人は転生勇者番号857145、勇者アナスタシア……女の勇者だ」

「あんたが言った通り、氷の魔法を得意とする魔法使いとして、冒険者ギルドに登録している。動機は怨恨えんこん、それも前の世界……俺等が異世界と呼ぶ勇者達の世界での怨恨だ」


 二人は自分でも何を言ってるかわからないとでも言いたげだ。

 だが、静かにタュン先輩は食事の手を止める。


「まあ、かけたまえ。事件が解決したのは非常に結構だ。君達二人の手柄だよ。お疲れ様……とりあえず最初はビールでいいかね? 肉も追加しよう」

「あ、ああ……それより、ねえちゃん」

「そ、そうです、特務捜査官! ……殿。俺もおやっさんも訳がわからないですよ」


 そこで僕は、先程タュン先輩が語った角度の話をまずした。

 そう、銃で遠距離から狙撃するには、額に真っ直ぐの傷はおかしすぎる。そのことを言うと、少し恥ずかしそうに二人は話し出す。


「俺達も少し、署で銃の知識を調べて……例えば、飛行動物、そうだな……ワイバーンに乗っての狙撃とか。でもおやっさんが」

「そう、狙撃ってなあ動く地面じゃ難しい。動物に乗って飛びながらなんて、ちょいと無理がある。だが、そっちのねえちゃんが言った線で進めたら、すぐに容疑者が絞り込めた」


 それが、自白して犯行を認めたアナスタシアとかいう勇者だ。


「俺達は最後までわからなかった……消えた弾丸の謎が。だから……くやしかったが、そっちの特務捜査官殿の言う通りに動いただけだ」

「そう……犯人は水の精霊ウンディーネを使役し、氷の魔法で……氷柱つららを作って真正面から額を貫いた!」

「そのままにしてても、このあたたかさだ。一晩で氷柱は溶けて消えた訳さ」


 二人が説明し終えると、ぺろりとステーキを平らげたタュン先輩が「ご名答」と笑う。そして、ナプキンで口元を拭きながらメニューを差し出した。


「君達の、そして異世界警察全体の勝利だ。さ、祝杯をあげよう。私ももう少し肉が食べたいが……一応、その怨恨という動機の背景だけは聞いてみたい」


 タュン先輩がうながし、二人が頷いたので僕は生ビールを三つ追加する。すでにタュン先輩のジョッキも空だ。他にはピーマンと牛肉をいためた料理や、串焼き八種盛り何かを追加する。

 そして、ビッグスさんが語り出した。


「俺等から見て異世界、つまり勇者の世界ではな……ケネディ氏とアナスタシアの国は敵国同士だった過去がある。二人が生きていた時代は全く違うが、そのことで恋仲こいなかがこじれていたらしい」

「なるほど、それで痴情ちじょうのもつれという訳だね?」

「ああ……」


 何でもない、本当につまらない理由だった。

 だが、突然この世界に転生してしまった勇者達には……今はもう戻れない、元の世界のことは大事なのだろう。捨てられない過去もあれば、ゆずれない生き方や信念だってあるのかもしれない。

 アナスタシアはずっと、ケネディ氏の求婚を断っていた。

 彼女はさる帝国の皇女こうじょなのだが、その国の敵国でトップに立っていたのがケネディ氏だ。ケネディ氏は自由と正義を信条とする国の男らしく、アナスタシアにこう言ったのだ。


「故郷なんかを考えるのは馬鹿馬鹿しい……そう彼は言ったそうです。それで、ええと……おやっさん、なんでしたけ」

「アナスタシアってのは、元は敵国のケネディ氏に恋しながらも……故国を想って悩んでいた。そこに『』と言われて逆上しちまった。咄嗟とっさに得意の氷魔法でグサリだ」

「争った形跡などない訳さ……二人は恋人だったんだから」


 なんともむなしい、切ない話だ。

 だが、タュン先輩は全く別の感想を漏らす。


「さっきも言ったが、君等の手柄だ。私は可能性を論じたに過ぎん……それを判断し、選択し、行動したのは君等、そういうことだ。それと……ああ、まずは乾杯しようか?」


 再びビールが運ばれてきたところで、それをウェイターから受け取り自分で配りながらタュン先輩は言い放った。


「今回の件は、例の連続勇者殺人事件とは無関係だ。だが……頼みがある。今回もまた、うわさを流してほしいのだ」

「あ、ああ……何でまた。あ、いや、いいさ。ねえちゃんの凄さはよーくわかったからな。礼もある、やらせてもらうよ。何も聞くなって顔してるしな」

「ありがたい、助かるよ……おやっさん。で、だ……。噂を流して街に広めたら、あとは普段通りに暮らすんだ。いいね?」


 タュン先輩が何かをたくらんでいる。だが、それがわからない。

 結局彼女は、図々ずうずうしくビッグス氏におごらせ、署の経費で落とすように言って宴会えんかいをお開きにした。僕はべろんべろんに酔った先輩を背負って、宿に歩く羽目はめになるのだった。

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