第12話「異世界の最大の異物」

 その殺人が起こったのは、南の国境付近こっきょうふきんだった。

 そう、またしても連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんの被害者が増えたのだ。

 僕達は丸一日を費やして、あたたかな南部へやってきた。馬車の中でタュン先輩は、ちびちびとビールをめながら旅行気分だったな……その、スマホというのは便利で、カードとはぜんぜん違うゲームができるらしい。

 僕も先輩からもらったスマホで、音楽を聴いて時間を潰した。

 何でもできちゃうから、これはスマホもどきの密造が終わらない訳だ。


「あっ、タュン先輩……あそこみたいですね」

「ああ。急ごう。……やっぱりもう200Gゴールドほど課金するか? ええい、ガチャとはなんて悪い文明なんだ」

「タュン先輩?」

「ああ、すまん。ひとごとだ」


 タュン先輩は難しい顔でスマホをにらんでいたが、それをポケットへと葬り去る。

 見慣れた黄色いテープの規制線きせいせんを乗り越え、僕達は地元警察と敬礼けいれいを交わして現場入りする。そこは、街の中央にある見張り台だ。

 階段は昇るほどに細くなり、最後にははしごになる。

 物見櫓ものみやぐらの上は4m四方ほどで、そこにつくまで僕はタュン先輩のお尻を見上げる羽目はめになった。しかし、鼻の下を伸ばしている暇はない。


「これは……ふむ」


 そこは、地上から30mぐらいの高さだろうか?

 吹き渡る風は暖かく、この小さな街が一望できる。

 それを確認した時にはもう、タュン先輩ははしごを降りだしていた。え? 来たばっかりなのに? どうして! 急いで僕は、石灰せっかいで床に書かれた人のシルエットを確認する。

 なるほど、ここでくだんの勇者が死んだのか。

 しかし、不思議だ……

 小さなたながあって、ランプやコップが整然と置かれている。

 あわてて今度は、先輩の胸の谷間を見下ろしながらはしごを降りる。


「先輩! いいんですか、現場の検証」

「もう一日以上前の現場だ。すでに地元の警察が終えているだろう。さて、宿だが……ドッティ君。今日は少し、肉が食べたいね。では……オーケイ・グウグル、肉料理の美味しい――」

「タュン先輩、仕事中でしょ!」

「……わかってるよ、ドッティ君。街の診療所しんりょうじょだ……検死を行ってる筈だからね」


 タュン先輩は取り出したスマホを、またしまう。

 まったく、目を離すとすぐそれだ。

 確かに、賢人けんじんグウグルは便利だけども。

 ……僕も先輩にスマホを渡されてから、こっそり何度か使った。グウグルに聞けば、過去の天気や記録、その街の地理なども詳しく教えてくれる。地図の機能が特に便利で、重宝している。

 くやしいが、スマホは捜査にも便利なのは認めなければいけない。

 こうして僕とタュン先輩は、街で唯一の診療所に向かうことになった。






 この世界の医療は、この百年で飛躍的に向上した。

 全て、転生勇者てんせいゆうしゃのおかげだ。

 神が魔王討伐のため、この世界に転生させた勇者は多種多様だ。その中には医者も多かったし、医学と薬学の知識も大量に流入したのだ。

 人の血には種類があって、同じ血ならば輸血できること。

 麻酔の発達による大規模な手術に、抗生物質の発見。

 そして、死体を解剖して死因を確定させる検死も当たり前になっていた。


「先輩、今日はかないでくださいよ?」

「ハッハッハ、心配するなドッティ君。……いや待てよ、この熱気だ。おそらく死体は結構なにおいが……」

「あ、あの、タュン先輩?」

「……すまん、ドッティ君。任せるぞ」


 あ、ずるい!

 タュン先輩は診療所の死体安置所まで来て、僕をその奥へと押し出した。

 自分はテコでも動かないつもりだ……そういう人なんだ、先輩は。

 やれやれと思いながら部屋に入ると、同業者と思しき二人組がいた。年配の男は中肉中背で、もう一人はひょろ長い声援だ。二人は聞けば、地元の警察官らしい。


「中央の? ええと……」

「おやっさん、特務捜査官とくむそうさかんです」

「おう、それだ。遠い所すまんね、俺ぁビッグスだ。こっちは相棒のウエッジ」


 おやっさんと呼ばれた老刑事がビッグス、そして神経質そうな長身の若者がウェッジらしい。聞けば二人共、医者の検死終了の知らせを聞いて先程来たばかりだという。


「では、早速死体を僕等も検分しましょう」

「まあ待て、若いの。ホトケさんもな、この街のために働いてくれてた勇者様だしな」

「ええ、とりあえず……手を合わせましょう」


 ウェッジさんがそう言って、手を合わせて目を瞑る。

 ビッグスさんもそれに倣ったので、僕も続いた。


「英雄の魂へ、安らぎの果てによき幸運なる来世を。……TOトゥ LUCKラック


 教会の信者はこの大陸では主流派だ。

 教会はずっと、各地方をまとめて行政を助け、心身を癒やして救いの手を伸べてくれる。以前は怪我や病気も全て、教会の聖職者が使う法術に頼っていたのだ。

 そして、死んだ勇者の死を悼むと、仕事の時間が始まった。

 一番長く祈ったウエッジさんが、ふところから手帳を取り出す。


「えー、被害者の名はケネディ氏。転生勇者番号1017911、冒険者ギルドに登録された冒険者としてこの街を守っていました」


 そう、ケネディ氏はこの街の顔と言ってもいい勇者だった。魔王討伐にも積極的だったし、拠点とするこの南の地方都市を一生懸命に守ってきた。

 だが、先日物見櫓の上で日課の見張りをしていた時、何者かに殺された。

 彼の耳にも、世間でずっと勇者が殺され続けている噂は入っていたはずだ。

 それでも彼は、この街を守るための日々を優先したのだろう。


「おやっさん、検死するまでもなかった死体ですが……まあ、即死です」

「だろうなあ、脳天のうてんを撃ち抜かれちゃ生きておれんよ」


 そう言って、ビッグスさんが遺体の布を取り除く。

 今は全身の消毒が終わって、化粧けしょうをした顔はおだやかだった。さぞや無念だったろうが、やはり死因となった傷に僕は言葉を失う。

 ケネディウジのひたいには、大きな穴が空いていた。

 指が一本まるまる入ってしまいそうな傷は、直径2cmほどだ。

 それを見て、ビッグスさんは深い溜め息をついた。


「こりゃ……じゅうだな」


 ――銃、だって?

 聞きなれない単語だが、僕は記憶を総動員した。

 確か、転生勇者が時々持ち込む、異世界の武器だ。色々な種類があるが、ようするに飛び道具である。魔法と違ってマナを消費しない、言ってみれば錬金術や科学を応用した道具なのだ。

 銃は手の平サイズの小さなものから、遠くの敵を狙い撃つ長いものまで様々だ。

 なるほどと僕もうなる。


「それで、やぐらの上に争った形跡がなかったんですね」

「だろうよ。銃は見えない距離から相手を殺せるもんもあるって聞いてるからな」

「この街の勇者で、ケネディ氏と一緒に防衛に携わってた勇者が何人かいます、おやっさん」

「ウェッジ、銃ってのはな。勇者じゃなくても撃てるんだ。マナの強さは関係ねぇし、訓練次第じゃ子供でも正確な射撃ができる。弓やボウガンとは別物なんだよ」


 だが、その時だった。

 背後で扉が開く。

 振り向くと底には、口と鼻を手で覆いったタュン先輩が壁にもたれていた。


「話は聞かせてもらったよ。それで? 何故なぜ、銃による狙撃と断定してしまうのかな?」


 ちょっとちょっと、話を引っ掻き回さないでくださいよ!

 もともと中央の人間は、地方の刑事達とは仲がよくない。悪いことのほうが多い。でも、ビッグスさんもウエッジさんも協力的だし、犯人逮捕という目的は共有できそうだ。

 なのに何で、わざわざ軋轢あつれきを生むようなことを……?

 でも、ちょっと待て……本当に銃による殺人としてもいいのだろうか?


「諸君等も知っての通り、銃は異世界警察で厳重に取り締まっているアイテムだ。勿論もちろん、所持には勇者であれ許可がいる。まず、一般市民が持っているとは考え難い」


 それもそうだが、何かを言おうとしたウェッジさんは「おやっさん!」と小さく叫んだ。その彼を制したビッグスさんが、努めて笑顔を作ってゆっくりと喋り出す。


「しかしねえ、警部さん。仰る通りですがね? 逆を言えば、許可を取れば勇者でも一般人でも、銃を武器として持ち歩くことができる。現に一部の勇者は銃を使っていると」

「ふむ、その通りだ。ところで、おやっさんと私も呼ぶが……おやっさん。銃を撃った経験は?」

「は? いや、俺ぁそんなもん、見たことも触ったことも。ただ、話では――」


 タュン先輩はツカツカと死体のところまでやってきて、暴挙ぼうきょに出た。

 なんと、ケネディ氏の額の傷に、

 思わず皆が驚く中、タュン先輩は嫌そうな顔で指を抜く。


「銃とは、大まかに分けて二種類ある。一つは金属製の弾丸を火薬……まあ、錬金術で作った爆発を生む薬だが、それで撃ち出すもの。もう一つは、極稀ごくまれにだが持ち込まれる、熱線や光線を発するものだ。……で? 検死の話だが、?」


 ビッグスさんとウェッジさんは顔を見合わせた。

 どうやら、弾丸は取り出せなかったらしい。むしろ、頭のなかに弾丸はなかったんだろう。だが、ウェッジさんが即座に反論を叫ぶ。


「じゃあ、あんたが言うように光線だ! そういえば、昔の勇者伝説で読んだことがある。神の光を発して、全てをつらぬく武器……そういう武器だろう! それで殺しを」

「君が言うように、熱線や光線を出すタイプは……。貫通するんだよ、大半の傷が。しかし、この傷は後頭部へは抜けていない」

「グッ! そ、それは」


 だが、タュン先輩はおもむろにビッグスさんを手招きする。そして、壁に向かって二人で顔を寄せ、僕達に背を向けてしまった。その間ずっと、異世界警察の紋章が入ったタュン先輩のマント、というか外套がいとうをウェッジさんはにらんでいる。

 すぐに二人の密談は終わって、タュン先輩は笑顔になった。

 いつもの不適で頼もしい、どこか蠱惑的こわくてきなのに少年みたいな笑みだ。


「よし、ドッティ君。宿に行くぞ。その前に腹ごしらえだ。いい店を聞いてしまった……ありがとう、おやっさん。そっちの君も、すまなかったね。私達は手柄を取りに来た訳ではないのだ。では、あとはよろしく」


 それだけ言うと、部屋を出て行く。

 そして、口に手を当て猛ダッシュで彼女は走り出した。

 見送る僕も、渋々後に続く。

 この時はまさか、その日のうちに事件が解決するとは思いもしなかったのだった。

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