第15話「卑劣な悪を追い詰めろ!」

 僕は北の国境こっきょうまで来ていた。

 ここには隣の帝国への越境えっきょうのための検問所けんもんじょ、そして守備隊のしょがあるだけ……そして、それを中心に小さな寒村かんそんが広がっている。

 タュン先輩は経理係のオッキさんと、今も宿屋で帳簿ちょうぼを調査中だ。

 金の流れを追って、夜逃げした株式会社ヒールケア・コーポレーションを追い詰める。

 ふと、脳裏に先輩の声が過ぎった。


『さて、ドッティ君……金の流れを追うのだが。あれだけの大金、君ならどう運ぶかね?』


 今回、多くの民からむしり取った総額、実に8,000万Gゴールドちなみに、タュン先輩が最近夢中で遊んでるスマホのゲーム、ええと……ソシャゲ? エフジーオー? そういうのの課金が、一回で200Gだ。どれだけ巨額の犯罪かがわかってもらえるはずだ。

 だが、この大陸では一番信用できる貨幣かへいは……全国共通の金貨、銀貨、そして銅貨だ。

 紙幣しへいも流通しているが、同じ額でも信用が異なる。どこの国も魔王と戦争中で、明日には亡国ぼうこくの危機かもしれないのだ。国家が信用を担保たんぽする紙幣など、国が滅びれば紙切れ同然である。それに、偽札にせさつの話もあとを断たない。

 それに比べて、金貨は優秀だ。

 それ自体が黄金のかたまりなのだから。


『そう、金貨にして他国へ高飛びする。だが、それでは正解とは言えない』


 僕はこの答えを、まだ完全に出せてはいない。

 僕が犯人なら、絶対に金は金貨で持ち出したい。なぜなら……紙幣には全て、その国の発行ナンバーが刻印されてるからだ。今でも製紙技術はまだまだ発展途上だが、各国の紙幣にはナンバリングがされている。

 これでおおよその地域、流通時期が洗い出せるようになっているのだ。

 だから、用心も込めて金貨が望ましい。


「でも、待てよ……」


 僕は国境の検問所の前で、寒さに足踏あしぶみしながら考える。

 靴底からがってくるような冷たさは、芯まで身体を震わせる。異世界警察を表す紋章の入った外套がいとうは、耐魔法防御レジスト能力があるくせにちっとも暖かくない。

 気を紛らわせるためにも、僕は先輩の言葉を思い出していたのだ。


「さっきから見張ってるけど、そうだよなあ……8,000万Gもの大金、それを全部金貨だと大荷物になる筈だ」


 小市民の僕は、そんな大金なんて触ったこともない。

 一度だけ、仕事でドッティ先輩と銀行強盗の案件に関わったことがある。その時に初めて、巨大な金庫の中で大量の金貨を見た。

 勿論もちろん銀行も、紙幣よりは金貨をと思っているのだ。

 だから、両替率りょうがえりつも同じ値段で紙幣と金貨は異なる。

 僕達の給料は紙幣で支払われるが、少し額面が減っても金貨にする人はあとを断たない。


「大荷物……そうか! ここで不審な人間を見張ってろっていうのは、大量の荷物、例えば不自然な革袋なんかを満載した馬車が通ったら……ち、違うのかなあ」


 自分の両肘りょうひじを抱きながら、ブルブル震えて僕は溜息ためいき

 凍った息が白くけむる中、次々と北へ人が移動してゆく。旅人達は皆、疲れた顔をしていた。実は、僕達のいる王国は随分ずいぶんと旗色が悪い。騎士団も魔王の軍勢に負けて敗北したし、うわさでは勇者達も拠点を別の国に移し始めているとか。

 国を出てゆく人達にとっては、既に魔王の支配が忍び寄ってるのだ。

 そういう意味でも、犯人は是が非でも金貨で持ち出したい筈。


「でも、そうかなあ……何か、引っかかるな。ん?」


 ふと、僕の目に大きな荷馬車が映った。

 重そうに荷車を引く馬は、少しせてて足元が震えていた。

 そして……ほろの中にちらりと、大きな革袋が大量に見えた。

 すかさず僕は、国境を警備する兵士達に声をかけて飛び出す。


「すみません! そこの方……異世界警察です、少し止まってください。周りの方もご協力を!」


 出入国の列を止めて、僕は妖しい荷馬車へと駆け寄る。

 そうそうに出国して、少しでも早く暖かな宿に行きたい旅人達……彼等は、不平不満を静かにこぼした。そんな中で僕は、荷馬車の老人に語りかける。

 一応、犯人の人相書きは見ている。

 だが、老人はオッキさんが教えてくれた顔の特徴を何も持ってなかった。


「あの、異世界警察いせかいけいさつです。あらためてもいいですか?」

「なんじゃって? ここでかい?」

「ええ。今すぐに」

「……それは、困る。急いでいるんじゃが」

「なら、問答せずに手早く済ませませんか? こちらも心苦しいのですが……先日、株式会社ヒールケア・コーポレーションが破産して夜逃げした事件を追ってるんです」


 僕は慎重に老人の表情を読み取ろうとする。

 だが、感情の変化は全くなかった。それよりも、さっさと越境したいという、あせりのようなものが感じられる。

 残念ながら、僕の力では顔色を伺ってもわかることは少ない。

 ベテランのタュン先輩なら、何かつかめるかもしれないけど。


「やれやれ……さっさと済ませてもらえんかねえ」

「ええ、すぐに。では、ちょっと失礼して」


 僕は荷台にあがる。

 そこには、パンパンにふくれた革袋が無数に置かれていた。積み上がって山となったそれを、一つ手に取る。ずしりと重い。

 迷わず僕は、口紐を解いて中を検分した。


「これは……!」


 中には、白い粉が入っていた。

 一応、手を置くまで突っ込んでみるが、金貨のキの字も見当たらない。

 背後で老人は、ほれ見たことかとつぶやいた。


「ワシは帝国の店に王国産の小麦粉をおろしておる。納品時間が迫ってるから、もうええかのう?」

「え、ええ……どうも、失礼しました。あなたは立派な商人です」


 一応、他にも少し革袋を開けてみる。

 そして、小麦粉だと確認してまた紐を結び直す作業が続いた。

 結局、僕の取り調べは空振りに終わったようだ。

 だが、その時ポケットでスマホが鳴る。

 それを取り出しながら、僕は荷馬車を降りた。行っていいむねを老人に伝える。通話に応じれば、封じられた精霊同士の言語に変換されて、感応波がタュン先輩の声を運んできた。


『やあ、ドッティ君……調子はどうかね?』

「あ、タュン先輩。駄目です、全然……本当に北へ出るんですか? 連中は」

『それはオッキ女史じょしの確かな情報だ。何故なら……彼女は犯人の愛人だったんだからね』

「そ、そうなんですか!? じゃあ、彼女が北だと……あ、それ罠ですよ! タュン先輩!」


 きっと、オッキさんは捨てられたのだ。

 一緒に逃げようと言ってもらえなかった、そういう女性かもしれない。そして……そんな彼女が『彼は北に行くと言ってたわ』なんて証言しても、酷く怪しい。元から犯人がオッキさんを捨てる気なら、最初からまともなことを言ったりはしない筈だから。

 だが、フフンとスマホの向こうでタュン先輩は鼻を鳴らす。


『ふふ、ドッティ君もわかってきたね……犯罪者の心理も、女心も』

「そ、そうですか?」

『オッキ氏には、犯人は南国に逃げる予定だと言っていた。そして、連絡を待つように残して……そのまま消えた。そして、音信不通なのさ』

「じゃあ、南にっていうのは」

『捜査を撹乱かくらんする嘘ということになる。だが、ね……世の中には消去法という便利な考えがある』


 タュン先輩の話で、僕は何だかいたたまれなくなった。

 オッキさんの他に、。それぞれ、東だ西だと嘘を並べて、オッキさん同様に捨てたのだ。

 そして、他ならぬオッキさんのつけていた帳簿が、何よりの確証となった。


『犯人は帝国領、そこの検問所の先にある港町を目指す筈だ。オッキ女史の帳簿を一緒に調べていたが、その街の交易会社と不自然な取引が定期的にある』

「……もしかして、そこに逃走用の資金や何やを?」

『だろうね。そして恐らく、ペーパーカンパニー……ダミー会社だろう。そして犯人は恐らく……マネーロンダリング、金貨を別の何かに洗い直ロンダリングして越境するつもりだろうな』


 そこまで話したところで、不意に検問所の列が声をあげた。

 どうやら割り込んできた一団があるようだ。

 見れば、光る銀色の甲冑で全身を覆った騎士達が、盾と槍とを持って5、6人ほどいる。ガシャガシャと音を鳴らして、彼等は無言で列の先頭を乗っ取った。恐らく、魔王の軍勢と戦う冒険者だろう。誰もが不満を思ったが、それを口にできない空気が広がる。

 そんな中、僕は通話を切って走り出した。


「そこの騎士の方々! 冒険者さん! 止まってください、異世界警察です」


 直感というものの存在を、僕は初めて信じる気になった。

 違和感があって、それを感じた自分を信じてみることにする。


「全員、冒険者証ぼうけんしゃしょうを。それと……随分と皆、いい武具を装備してますね。それに……その剣でモンスターと戦うつもりですか?」


 フル武装の男達は、どれも一流の武具を着込んでいた。それはいい。冒険者達にとって、命を預けて戦う道具だからだ。

 だからこそ、腰の剣に違和感がある。


「ロングソードやブロードソードではないですね? 皆、対人用が主な目的の細剣レイピアだ。それも、随分キラキラと装飾の綺麗なものばかり。さぞかし名のある名刀……いや、むしろ調度品ちょうどひんといった方がいい剣だと思うんですけど」


 その瞬間だった。

 宝石が散りばめられた金のつかを握って、騎士の一人が槍を捨てるなり抜刀した。そう、細身の刀身を持つ刺突しとつがメインの剣は……人間相手には一番取り回しがいいのだ。

 そして僕は、ジッテを抜こうとする手が震える。

 だが……ガシャガシャと騎士達が僕を囲もうとした、その時だった。

 不意に奇妙な絶叫が響いて、全員がその場に固まる。

 戦慄をもたらす、爆発音のような乾いた音だった。


御苦労ごくろう、ドッティ君。早速彼等を改めたまえ。で……これが以前ちょっと話したじゅうだよ。ふふふ、実際に撃ってみると便利なものだ。だが、私は素人しろうと……鎧の上からでも銃弾を叩き込むが、いいかね?」


 振り向くとそこには、奇妙な武器から煙をくゆらすタュン先輩が立っていた。

 そして僕は、命拾いすると同時にその場にへたり込む。

 株式会社ヒールケア・コーポレーションの詐欺さぎ事件は、こうして膜を閉じた。総額8,000万Gもの大金を着て出国しようとした犯人は、名案だと思ったのだろう。冒険者をいつわかぶとをかぶれば、顔だって隠せるから。だが……普通は戦いにあんな細身の武器を持ち込んだりはしない。エルフ達が時々使ったり、王宮の近衛兵このえへいが持つくらいだ。

 全装備が没収の後に売却され、わずかばかりだが被害者の補償に当てられる。

 社長以下、経営陣への罪は厳しく追求され、僕達の苦労はどうにか実ることになったのだった。

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