第15話「卑劣な悪を追い詰めろ!」
僕は北の
ここには隣の帝国への
タュン先輩は経理係のオッキさんと、今も宿屋で
金の流れを追って、夜逃げした株式会社ヒールケア・コーポレーションを追い詰める。
ふと、脳裏に先輩の声が過ぎった。
『さて、ドッティ君……金の流れを追うのだが。あれだけの大金、君ならどう運ぶかね?』
今回、多くの民から
だが、この大陸では一番信用できる
それに比べて、金貨は優秀だ。
それ自体が黄金の
『そう、金貨にして他国へ高飛びする。だが、それでは正解とは言えない』
僕はこの答えを、まだ完全に出せてはいない。
僕が犯人なら、絶対に金は金貨で持ち出したい。なぜなら……紙幣には全て、その国の発行ナンバーが刻印されてるからだ。今でも製紙技術はまだまだ発展途上だが、各国の紙幣にはナンバリングがされている。
これでおおよその地域、流通時期が洗い出せるようになっているのだ。
だから、用心も込めて金貨が望ましい。
「でも、待てよ……」
僕は国境の検問所の前で、寒さに
靴底から
気を紛らわせるためにも、僕は先輩の言葉を思い出していたのだ。
「さっきから見張ってるけど、そうだよなあ……8,000万Gもの大金、それを全部金貨だと大荷物になる筈だ」
小市民の僕は、そんな大金なんて触ったこともない。
一度だけ、仕事でドッティ先輩と銀行強盗の案件に関わったことがある。その時に初めて、巨大な金庫の中で大量の金貨を見た。
だから、
僕達の給料は紙幣で支払われるが、少し額面が減っても金貨にする人はあとを断たない。
「大荷物……そうか! ここで不審な人間を見張ってろっていうのは、大量の荷物、例えば不自然な革袋なんかを満載した馬車が通ったら……ち、違うのかなあ」
自分の
凍った息が白く
国を出てゆく人達にとっては、既に魔王の支配が忍び寄ってるのだ。
そういう意味でも、犯人は是が非でも金貨で持ち出したい筈。
「でも、そうかなあ……何か、引っかかるな。ん?」
ふと、僕の目に大きな荷馬車が映った。
重そうに荷車を引く馬は、少し
そして……
すかさず僕は、国境を警備する兵士達に声をかけて飛び出す。
「すみません! そこの方……異世界警察です、少し止まってください。周りの方もご協力を!」
出入国の列を止めて、僕は妖しい荷馬車へと駆け寄る。
そうそうに出国して、少しでも早く暖かな宿に行きたい旅人達……彼等は、不平不満を静かに
一応、犯人の人相書きは見ている。
だが、老人はオッキさんが教えてくれた顔の特徴を何も持ってなかった。
「あの、
「なんじゃって? ここでかい?」
「ええ。今すぐに」
「……それは、困る。急いでいるんじゃが」
「なら、問答せずに手早く済ませませんか? こちらも心苦しいのですが……先日、株式会社ヒールケア・コーポレーションが破産して夜逃げした事件を追ってるんです」
僕は慎重に老人の表情を読み取ろうとする。
だが、感情の変化は全くなかった。それよりも、さっさと越境したいという、
残念ながら、僕の力では顔色を伺ってもわかることは少ない。
ベテランのタュン先輩なら、何か
「やれやれ……さっさと済ませてもらえんかねえ」
「ええ、すぐに。では、ちょっと失礼して」
僕は荷台にあがる。
そこには、パンパンに
迷わず僕は、口紐を解いて中を検分した。
「これは……!」
中には、白い粉が入っていた。
一応、手を置くまで突っ込んでみるが、金貨のキの字も見当たらない。
背後で老人は、ほれ見たことかと
「ワシは帝国の店に王国産の小麦粉を
「え、ええ……どうも、失礼しました。あなたは立派な商人です」
一応、他にも少し革袋を開けてみる。
そして、小麦粉だと確認してまた紐を結び直す作業が続いた。
結局、僕の取り調べは空振りに終わったようだ。
だが、その時ポケットでスマホが鳴る。
それを取り出しながら、僕は荷馬車を降りた。行っていい
『やあ、ドッティ君……調子はどうかね?』
「あ、タュン先輩。駄目です、全然……本当に北へ出るんですか? 連中は」
『それはオッキ
「そ、そうなんですか!? じゃあ、彼女が北だと……あ、それ罠ですよ! タュン先輩!」
きっと、オッキさんは捨てられたのだ。
一緒に逃げようと言ってもらえなかった、そういう女性かもしれない。そして……そんな彼女が『彼は北に行くと言ってたわ』なんて証言しても、酷く怪しい。元から犯人がオッキさんを捨てる気なら、最初からまともなことを言ったりはしない筈だから。
だが、フフンとスマホの向こうでタュン先輩は鼻を鳴らす。
『ふふ、ドッティ君もわかってきたね……犯罪者の心理も、女心も』
「そ、そうですか?」
『オッキ氏には、犯人は南国に逃げる予定だと言っていた。そして、連絡を待つように残して……そのまま消えた。そして、音信不通なのさ』
「じゃあ、南にっていうのは」
『捜査を
タュン先輩の話で、僕は何だかいたたまれなくなった。
オッキさんの他に、犯人には二人の愛人がいた。それぞれ、東だ西だと嘘を並べて、オッキさん同様に捨てたのだ。
そして、他ならぬオッキさんのつけていた帳簿が、何よりの確証となった。
『犯人は帝国領、そこの検問所の先にある港町を目指す筈だ。オッキ女史の帳簿を一緒に調べていたが、その街の交易会社と不自然な取引が定期的にある』
「……もしかして、そこに逃走用の資金や何やを?」
『だろうね。そして恐らく、ペーパーカンパニー……ダミー会社だろう。そして犯人は恐らく……マネーロンダリング、金貨を別の何かに
そこまで話したところで、不意に検問所の列が声をあげた。
どうやら割り込んできた一団があるようだ。
見れば、光る銀色の甲冑で全身を覆った騎士達が、盾と槍とを持って5、6人ほどいる。ガシャガシャと音を鳴らして、彼等は無言で列の先頭を乗っ取った。恐らく、魔王の軍勢と戦う冒険者だろう。誰もが不満を思ったが、それを口にできない空気が広がる。
そんな中、僕は通話を切って走り出した。
「そこの騎士の方々! 冒険者さん! 止まってください、異世界警察です」
直感というものの存在を、僕は初めて信じる気になった。
違和感があって、それを感じた自分を信じてみることにする。
「全員、
フル武装の男達は、どれも一流の武具を着込んでいた。それはいい。冒険者達にとって、命を預けて戦う道具だからだ。
だからこそ、腰の剣に違和感がある。
「ロングソードやブロードソードではないですね? 皆、対人用が主な目的の
その瞬間だった。
宝石が散りばめられた金の
そして僕は、ジッテを抜こうとする手が震える。
だが……ガシャガシャと騎士達が僕を囲もうとした、その時だった。
不意に奇妙な絶叫が響いて、全員がその場に固まる。
戦慄をもたらす、爆発音のような乾いた音だった。
「
振り向くとそこには、奇妙な武器から煙を
そして僕は、命拾いすると同時にその場にへたり込む。
株式会社ヒールケア・コーポレーションの
全装備が没収の後に売却され、
社長以下、経営陣への罪は厳しく追求され、僕達の苦労はどうにか実ることになったのだった。
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