第16話「インモラル・ハザード」

 その日は珍しく、僕はタュン先輩と別行動だった。

 何故なぜかっていうと、タュン先輩がサボり……じゃない、本庁庁舎ほんちょうちょうしゃでデスクワークに大忙しだったからである。

 僕は手伝おうかと言ったんだけど、部屋から追い出されてしまった。


「あれ、絶対居眠いねむりする気満々だよ……トホホ」


 タュン先輩は、お昼寝用のまくらを自分のデスクにキープしている。

 何でも、異世界から転生してきた勇者が持ってきた、魔法の枕らしい。低反発ていはんぱつがどうとか、磁気じきがどうとかいうやつだ。

 そんな訳で今日の僕は、そってもいやーな仕事をしている。

 多分、僕と同じ男なら、最初は乗り気になる筈だ。

 でも、保障する。

 15分で嫌になること請け合いだ。


『ンッ、やぁ! くっ、殺せ!』

『オークックックック! こっちの口はそうは言ってないぜ?』


 僕は絶賛拝借中ぜっさんはいしゃくちゅうのスマホもどきを見ている。

 その小さな画面では、亡国の姫君という設定の女騎士が、まあ……その、オークに強姦レイプまがいの性行為を求められている。

 これはいわゆる、だ。

 春画しゅんが性交戯画せいこうぎが等、元からこの大陸でも性の文化はひっそりと栄えていた。大っぴらにするようなこともなく、粛々しゅくしゅくと需要を供給が満たしてゆく。売春だって店側が法を守れば許されている。

 だが、転生勇者が出入りするようになってから、変わってしまった。


『オーックックック! さっきまでの威勢はどうしたあ? 姫騎士さんよお!』

『くっ、殺……ああっ! だめ、嫌ぁ……死んじゃう! こんなの、イッちゃうううう!』

『へへ……ちたようだな。これからたっぷり俺の子をはらんでもらうぜえ?』

『う、うう……汚されて、しまった……もう、戻れない……』

『立派な子を産んでくれ、俺は年収200万Gゴールドはあるし、年に二回は二人で旅行に行こう。家事育児は分担、お前も楽器やスポーツ等の趣味をたしなむといい……俺はお前を唯一の伴侶はんりょとし、お前と子のために働くのだ! オーックックック!』

『らめぇ……も、元の生活、に……戻れ、ない……』


 アホらしい。

 でも、これで何本目だろう?

 これは、押収おうしゅうされた違法なポルノだ。スマホもどきは勿論もちろん占師うらないし達が使ってる水晶玉もそうだし、術者が水面みなもに映すこともできる。そういう魔法の巻物スクロール昨今さっこんちまたに出回っているのだ。

 その押収品を朝からずっと、僕は検分中である。


「……終わったか。さて、次はと」


 次の巻物を取り出す。

 タイトルは『ハイタカ・クラーケンの鉄棒員ぬっぽや』……何が悲しくて、美少女がタコの化物ばけものとまぐわうとこを見なきゃいけないんだ。ホクサイとかいう勇者の作品らしい。ええと他には……『風の谷で抜くしか』『昇天の白ドピュった』『ふたなりのトロトロ』……はいはい、見ればいいんでしょ、見れば。

 僕は心を殺して仕事を続ける。

 背後でノックの音が響いたのは、そんな時だった。

 もう、無感動になってるから隠すことも思いつかない。僕は死んだ目でスマホを見ながら、大勢の乱交映像を見つつ入室をうながす。


「お疲れ様ね、ドッティ君。……あら、随分進んだわね」

「朝から見てますからね。お疲れ様です、リシーテさん」


 この人は、リシーテ・シリコッティ警部。タュン先輩の昔の相棒だ。今は押収物を管理する部署にいて、便利なアイテムを色々と横流ししてくれる。

 そんな彼女の両手は、大量の巻物を抱えていた。

 追加ですか……いいでしょいう、見ますよ、見ますとも。


「精が出るわね……あ、物理的に出しちゃったら? もう、

「リシーテさんまでタュン先輩みたいなこと、言わないでくださいよ。もうとっくに、食傷気味しょくしょうぎみですよ。気持ち悪いくらいです」

「ふーん、若いのに難儀なんぎなのねえ……どれどれ、うわ……これ、全部?」

「全部です、全部」

「いちいち内容、確かめる必要あるのかしらね」

「押収物が全て、違法ポルノだっていう報告を残さないといけませんので。……本当は、報告する人が見るべきですよ。また先輩ってば、別の部署から安請やすういして」


 リシーテさんもドン引きするような巻物ばかりだ。

 そしてそれは全て、僕が見なければいけない。

 内容の確認ということだが、つまり『検分して精査しましたよ』という既成事実きせいじじつを成立させないといけないのだ。お役所って大変でしょう? 大変なんですよ、ホント。

 淡々と巻物の中身をスマホに再生させていると、ふといい匂いがした。

 すぐ顔の横に、スマホを覗き込むリシーテさんの美貌びぼうが近い。


「あらあら、これ……挿入はいってるわね。ふーん、お尻かあ」

「……汚くないんですかね。不衛生な上に不道徳、背徳の極みですよ」

「そぉ? ちゃんと手順を踏めば誰でも楽しめるわよぉ?」

「そ、そうなんですか?」

「ふふ、そうなんです」


 やばい、ちょっと今ドキッとした。

 リシーテさんはタュン先輩とは別属性の綺麗な人だ。いつも飄々ひょうひょうとしているが、すずしげな凛々りりしさが素敵なタュン先輩。でも、リシーテさんは母性というか、包容力というか、どこか妖艶ようえんな魅力もあってとてもドキドキする。


「でも、そうね……教会ではふしだならな性交をみだりに多様化させることを禁止してるものね。どこの国もそれにのっとって法を定めてるわ」

「ああ、そういえば……まあ、教会ですもんね」

「でも、世の中には好奇心と探究心が満ちてる……むちで打たれる快楽、排泄はいせつの快楽、同性の快楽。当事者同士の合意があるなら、神様なんて関係ないと思うのよねぇ。


 まあ、時々異世界から勇者を転生させるが、基本的に神はこの世を見てるだけの傍観者ぼうかんしゃである。あの厄介やっかいな魔王も、さっさと神がやっつけてくれればいいのに。

 すると、尻穴がポッカリ開いた女性の画像が途切れる。

 再生元の巻物をリシーテさんがしまったからだ。

 そして、彼女は別の巻物を再生させる。


「でも……こういうのは絶対に許せないの。それだけ覚えておいて頂戴ちょうだい、ドッティ君」


 突然、スマホに映し出されたのは……子供だ。

 金髪に白い肌の、全裸のあどけない少女。年の頃は丁度ちょうど、10歳前後だ。

 そして、彼女はおびえて引きつる顔で精一杯に笑みを浮かべる。その背後に、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる大男が立つ。倍以上身長差がある上に、少女は毛も生えていない二次性徴にじせいちょう前の肉体だ。

 だが、容赦なく大男は少女を押し倒し、その上に覆いかぶさる。

 僕の喉元のどもとに、嫌悪感が酸味さんみとなって込み上げた。


「っ! な、何ですこれ……ウッ!」

「吐くならトイレでね? これは……よ」

「酷い……こんなことを誰が」

「転生勇者が来てからの百年で、技術が大きく進歩した。性の文化も、ひっそり行われていたものが文明の手で拡散していったの。児童から性を搾取さくしゅする非道は昔からあった……主に王侯貴族や教会とかで。でも、今や一般的なものとして普及しようとしている」

「こうして、安易あんいに誰でも児童ポルノを手に入れ得られるから?」

「そう。そして……児童ポルノの制作と流通がもうかるからよ」


 恐ろしいことだ。

 社会の暗部を見た気がした。

 そしてそれは、この大陸では昔からあったことなのだ。闇の中に埋もれて、誰もが影となってそれを楽しんでいた。それも許せないが、商売として拡散する連中も恐ろしい。

 子供達はいつだって、大人が守ってやらなければいけないのだ。

 その大人が子供を食い物にする、これは外道の極みだと思う。


「で、厄介なのがこっち」

「あ、次の巻物ですか? ……あれ? 再生するタイプじゃないですね。春画? 絵、ですね」

「そう、絵よ」

「……これも、児童ポルノですね」

「違うわよ。物語のヒロイン、400。魔界のプリンセスなのよね、確か」

「……どう見ても児童、十代の少女ですけど」

「胸やら尻やら発育いちじるしいけど、400歳よ? 悪魔ですもの」


 次の巻物は、スマホによる魔法再生を必要としないものだ。

 つまり、絵と文を書き記したものである。そこには、とある勇者が魔界のプリンセスと旅をする物語がつづられている。そして、宿屋に着く度に二人はむつみ合った。

 そういう絵草紙えぞうし……そう、確か勇者が持ち込んだ漫画まんがという文化だ。


「これも違法ポルノですか?」

「年齢規制を設けて閲覧制限をするべき文化だわ。子供にはまだ早いもの。でも」

「でも?」

「児童ポルノかと言われると……ちょっと、ね。上層部でも司法や王宮との話し合いが続いているわ。おおむね多くのお偉いさんが、違法なものだと言ってるけど」


 リシータは「ただ」と前置きして言葉を切り、強い言葉で語った。


「児童ポルノは、子供が犯され汚される、子供の人権がないがしろにされるから違法なの。この漫画では、誰の人権が蔑ろにされてるのかしら?」

「……えっと、魔界のプリンセス、ですかね」

「でも、彼女は実在の人物じゃない……よ。創作物の中の人間に人権があるとして、キャラクターが自らの意志でそれをうったえてくるかしら?」


 答えは、いなだ。

 絵の中の少女はなにも語らない。

 ただ、用意されたセリフに従い裸になって、勇者にまたがるだけだ。

 そこには、物語を彩るヒロインである以上の意味はないのだ。

 難しい話だと僕が思っていた、その時……突然ドアが乱暴に開かれる。


「ドッティ君、すまん! 急な話だがでかけるぞ。ついてきてくれたまえ!」


 そこには、血相けっそうを変えたタュン先輩がいた。彼女は何か封筒ふうとうのようなものを握り締めている。見慣れた異世界警察いせかいけいさつの刻印が入ったもので、重要書類のやりとりのみに扱われる貴重な製紙せいしの封筒だ。


「クッ、私のミスだね……ビッグス氏から先程、この手紙が」

「ビッグスさんって、あの!? 銃殺事件が銃じゃなかった、あの南の街の」

「そうだ。今、馬車を手配させてる。急ぐぞ! ……また、こんなことの繰り返しか」


 珍しくタュン先輩は、苦悩の表情だ。

 だが、涼しい顔でリシーテさんが微笑ほほえむ。


「繰り返し、ね……それでも、ここで終わりはしないのでしょう? タュン」

「当然だ、リシーテ。だが、君も気をつけてくれたまえ。私は、また」

「それこそ、『』ってやつよ。私を信じて頂戴。今の相棒と同じくらい、昔の相棒もネ」


 タュン先輩は重々しくうなずき、リシーテ先輩と2、3の言葉を交わす。

 そうして慌ただしく、僕達は以前事件を解決した南の街へと旅立つのだった。

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