第17話「知りすぎた者の末路」

 急いでタュン先輩と南下した僕を待っていたのは……悲しみの再会だった。

 再び僕は、死体安置所モルグでビッグスさんと顔を合わせる。

 冷たい死体になった、ウエッジさんをはさんで。


「来たか……いそがしい中まねえな、ねえちゃんもボウズも」


 ビッグスさんは最後に会った数週間前から、ずっとんでしまった。力なく肩を落として、ウエッジさんの白い顔から目を背けない。

 その目に力はなく、ただただがらんどうのひとみが死人を映していた。

 やはり検死が終わっているのか、ウエッジさんの顔は綺麗に整えられていた。

 タュン先輩はまた口を抑えていたが、何とか言葉を絞り出す。


「済まないと言うのは私の方だ……謝罪しても、許されるものでは、ない」

「ねえちゃんは知ってたんだな? この事件ヤマにはどえれえ奴が一枚噛んでるって……そいつを探ろうものなら、たちまち消されちまうって」

「……そうだ。だから、忠告した。絶対に深入りするなと」


 確かにタュン先輩は、全てが解決した料理店で言っていた。

 祝杯をあげたあの時、確かに釘を刺していたのだ。

 ――連続勇者殺人事件の悲劇が起こったと触れ回って欲しい……、と。

 今になってその意味がわかる。

 恐らくタュン先輩の依頼通り、ウエッジさんはビッグスさんと一緒に噂を流した。意図的に、連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんがこの街でも起こったと流布したのだ。

 だが、きっと彼は……ウエッジさんはその先に踏み込んでしまった。

 そして、帰らぬ人となった。

 疲れたような溜息ためいきと共に、ビッグスさんが語り出す。


「最近奴は、何だか以前より張り切っててなあ。一生懸命調べ物をして、ようやく異世界警察として本当に役に立てると、そりゃもう溌溂はつらつとしていたのさ」

「……心中、お察しします。ビッグスさん」


 僕はそれ以上、言葉を絞り出せなかった。

 僕自身、何が起こっているのかがわからない。

 だが、何かが起こっていることは確かだ。


「実はなあ、ねえちゃん……あんた達が帰った、すぐあとだ。噂を流してたら、再び中央から捜査官が来てね」

「異世界警察から? タュン先輩、それは」

「……恐らく、キャリア組だろう。もしくは、王室調査室おうしつちょうさしつ公安衛士隊こうあんえいしたいか」


 王室調査室、そして公安衛士隊……どちらも、僕達の国の諜報機関ちょうほうきかんだ。主に、他国の動向や魔王と闇の軍勢を監視している。

 そんな機関が、田舎いなかの殺人事件に?

 何故なぜ? 事件はすでに解決している。銃による犯行と思われていたが、実際は違った。そして、例の連続勇者殺人事件とは全く関係がない。痴情ちじょうのもつれから来る、勇者同士の殺し……犯行は、氷の魔法による氷柱つららひたいを一突きだ。

 だが、ビッグスさんはポケットから何かを取り出した。


「なあ、ねえちゃん。銃ってのは……こういう弾丸を飛ばす武器、だよなあ?」


 ビッグスさんは、不思議な光沢の袋に何かを入れている。透明な、まるでさわれる空気のような袋だ。その中に、鈍色にびいろに光る鉛弾なまりだまが入っている。

 完全な球形で、大きさは親指の先くらいだ。


「……銃の弾丸だな」


 力なく受け取って、タュン先輩はビッグスさんの言葉を肯定した。

 どういうことだ?

 僕が困惑していると、ビッグスさんは白髪の交じる頭髪をかきむしる。


「諜報機関の連中が来て、再捜査が行われた。そして……改めて真相が街中に広まったのさ」

「……つまり?」

「ねえちゃんはもう、わかってるだろうさ。今回の事件が、銃による暗殺、連続勇者殺人事件の最も新しい案件と認定されちまったんだ」

「馬鹿な……だが、奴等ならやりかねない。国さえ動かす、奴等なら」


 連続勇者殺人事件……僕の両親をも殺したとされる、何十年も前から続くシリアルキラーの犯行。だが、タュン先輩は完全に事件を立証してみせた筈だ。

 それに、犯人の勇者であるアナスタシアが克明こくめいに自白した。

 先輩の状況証拠じょうきょうしょうこに基づく推理すいりは、ピタリと一致したはずだった。


「本当の犯人は、転生勇者アナスタシアはどうなったかね? おやっさん」

「やめてくれ! 俺をおやっさんと呼んでいい奴は一人だけだ! そして……そいつはもう、死んじまったんだ。一瞬で! 永遠に!」


 重苦しい沈黙が横たわった。

 よどんだ空気の中に、消毒の薬の匂いが死臭をかき混ぜてくる。

 ビッグスさんは小さく「すまん」と零した。

 そして、落ち着きを取り戻すとゆっくり話を再開させる。


「アナスタシアは、連中に連れてかれちまった。こっちが証言を確認するひまもなかった。そして……そんな連中が出してきたのが、それだ」

「事件で勇者を……ケネディ氏を撃った弾丸という訳だな? 動かぬ証拠だと言っただろうね。ああ、ドッティ君。この袋はね、ビニールという素材でできている。密封性も高いし、透明だから中身がすぐにわかる。便利だろう?」


 僕が唖然あぜんとしていると、いつもの調子でタュン先輩が笑った。

 笑おうとしたが、それは力なくくちびるゆがめるだけだった。

 タュン先輩ももう、驚きと悲しみを隠しきれずにいるのだ。

 そして、重々しくビッグスさんは頷く。


「連中はそいつを……弾丸を証拠に、異世界警察の捜査を誤りだと断じやがった。そして、真犯人は知らせぬまま、アナスタシアは連れさらわれた」

「……わかった。この失態は私の責任だな。そして、どう責任を取っていいかわからない……本当に済まない。私がうかつだったとしか――」


 その時、グッとビッグスさんは身を乗り出してきた。

 ウエッジさんの死体を挟んで対峙していた僕達に、今にもつかみかからん勢いだ。


「真犯人を! 全ての黒幕を……捕まえてくれ。これじゃあ、奴が……ウエッジが、あまりにも浮かばれねえ!」

「……しかし、今の私達では」

「俺に何かできるこたぁ、ねえのか! なあ、ねえちゃんよお!」


 だが、小さく首を横に振って、静かにタュン先輩は言い放つ。


「おやっさん……と、呼ばせて欲しい。おやっさん、今は普通に、何事もなかったように暮らしてほしい。自分の身を先ずは、守らなければ。家族がそれを望んでいる筈だ」

「……ようやくすえの娘も、来月には嫁ぐんだ。妻と一緒に、肩の荷を下ろせる……そう思ってた。だが」

くやしいのは我々も同じ、そして悲しいのも一緒だ。……で、だ。この謎掛けをどう解く?」


 タュン先輩は凍れる無表情でビニール袋の中の弾丸を顔に近づける。

 全員の目線の高さに、鈍く光る球体が浮かんでいた。

 ビッグスさんは、そういえばと思い出したように話し出す。


「ああ、そ、そうだ。奴ぁ、何だか最近妙に勉強熱心でな。のことなども調べていた」

「異世界警察を? じゃあ、もしかして、やっぱり」

「違う違う! 異世界の警察……


 それを聞いて、タュン先輩が目を見開いだ。

 だが、何かを言いかけて……口をつぐみ、ポケットへと弾丸をほうむり去る。


「……この件、おやっさんはもう関わってはいけない。いいね? ……やれやれ、本当に酷いにおいたね。吐きそうだ、ちょっと失礼するよ」

「タュン先輩! あなたって人は、こんな時にも――!?」


 僕は見てしまった。

 口へ手を当て、出てゆく先輩の頬に……一筋の光が落ちるのを。

 そのまま彼女は死体安置所を出てゆく。

 あのタュン先輩が、泣いていた?

 下手な嘘だと思ったが、それはビッグスさんも気付いたらしい。


「……すまんな、ボウズ。もう、俺にゃあできることがないとよ。普通に暮らせ、か……クソッ! 相棒をやられて、その上でそれを忘れてのうのうと暮らせるかってんだ!」


 だが、僕は若輩じゃくはいながら言葉を探す。

 これ以上の犠牲は、誰も望んでいない。

 死んでしまったウエッジさんでさえ、そううったえてきているように感じた。

 物言わぬ死体は今、安らかな顔で眠りについている。


「ビッグスさん、悔しいお気持ちはわかります……昔、僕も両親を惨殺されました。多分、連続勇者殺人事件の犯人に。母が、異世界から転生してきた勇者だったんです」

「ボウズ、おめぇ……」


 今この瞬間の悲しみは、共有している。

 それでも、僕とビッグスさんの中での、失われた命の重さは全然違う。

 慮ることができても、悲しみを完全に理解してあげることができない。

 だが、人間には想像力が与えられている。

 もし自分だったら、もしかしてこうだったら……そう考えることで、理解しようとしてみせることで、何かのなぐさめになればと僕は思った。


「死んだ者への最大限の敬意は……その後も普通に暮らすことだという話があります。死んだ者は皆、自分の死が親しい人の生活を変えてしまう、壊してしまうことを悲しむでしょうから」

「……そうだな。俺まであとを追ったら、あの世でウエッジに怒られちまわあ……なあ、ウエッジ。お前さん、何を見たんだ? どうして……次は、次こそは祝福された人生のもとに生まれてこいよ。神よ、我が相棒へ次なる幸運を……TOトゥ LUCKラック


 祈りの言葉が静かに響く。

 同時に、僕は新たな謎と戦うために気合を入れ直した。

 ウエッジさんが、殺される中で残した弾丸。本来ありえないはずの、ケネディ氏暗殺に使用された銃弾だ。

 それが、ビニール袋に入れられ、タュン先輩の手に渡った。

 まるで遺言ゆいごんか、遺産だ。

 社会の闇で悪と戦う、僕達特務捜査官とくむそうさかんたくされたものだと思うと、身が震える思いだった。

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