第9話「禁断の魔法」
深く深く、地の底へ。
太古の
先を進むタュン先輩は、複雑怪奇な
それも、最短距離で。
包帯だらけのミイラの群れをやり過ごし、ゾンビ達に追いかけられながら。
「タュン先輩っ! まだ先は長いんですか? ちょっと、休憩しませんか」
金髪のポニーテイルを揺らして、すぐ先で先輩は振り返った。
その知的な表情は、今日も無駄に美しい。だが、きわどいビキニアーマーがかもしだすムチムチ感は、恥的としか言いようがなかった。
「あと少しだ、ドッティ君」
「今日はどんな取り締まりなんです?」
「……君は、
それだけ言って、再びタュン先輩は歩き出す。
まったく、なんて体力だ。とてもじゃないが、王室育ちのお姫様だとは思えない。
彼女は僕と一緒に、他の者達が嫌がる面倒な案件を片っ端から片付けていた。
そして、多くの捜査員と共に追っている。
十年以上前から続く、
「禁術ってなんですか、先輩!」
「書いて字の
「……実際はもっと多いってことですよね、それ」
「そうだ。その中でも特別に危険な呪文を、禁術と呼ぶ。太古の昔に
だが、どこまでも
自然と抜き放ったジッテを握る手に、いやおうなく力がこもる。
そして、タュン先輩は最下層の最奥、この迷宮の行き止まりへと進んでゆく。
迷わずドアを開け放つなり、彼女は
「動くな! 異世界警察だ。
タュン先輩に続いて、僕も部屋へと転がり込んだ。
薄暗い中では、酷い臭いが鼻を突く。
そして、さほど広くない部屋の中央で、
「異世界警察……
僕は初めて見た。
アンデッド……
恐らく、元はさぞ徳のある
喋る度にカタカタと歯が鳴った。
そしてそれは実は、恐怖で歯の根が合わない自分の口から
だが、タュン先輩は余裕の笑みだ。
「死に損ないのリッチ君、君を逮捕しに来た」
「ほう? 肉体に
「そうだ、リッチ君。もっとも、この名は返上したほうがいいな? とてもじゃないが、
そう言ってタュン先輩は僕を振り返る。
サン、ハイ、爆笑どうぞ! と言わんばかりに笑顔を向けてくる。
こういう時、いつもどうしていいかわからないんだよなあ。
「笑えばいいと思うよ?」
いや、無理です。
えっと……
「あ、うん……先輩。つまり、立地と裕福、そしてリッチをかけてるんですよね?」
「……ドッティ君」
「なるほど、久々のダジャレでした! うわー、おーもしろーい!」
だが、リッチに向き直る彼女の横顔は
そう、リッチ……生前に強い力を持った術士が、死を超越した存在へと到達した状態だ。不死者などとうそぶいているが、要するに生と死の
「フォッフォッフォ! リッチのワシが、立地の悪い迷宮に……フォッフォッフォ!」
「見ろ、ドッティ君。バカウケだ。……見逃してやろうか? いい人かもしれん」
「ちょっと先輩! 禁術の件でしょ! さっさと仕事を済ませましょうよ!」
僕の言葉で思い出したように、ヒュン! とタュン先輩はジッテを振るう。
彼女の目は真っ直ぐ、欲深き
「さ、禁術に関する文献を全て出してもらおうか。その後、土に
「馬鹿め……ワシが蘇らせた太古の魔法を、国家権力の犬などに!」
「よすんだ、禁術は危険なのだ」
だが、遅かった。
宙へと伸べられた骨の手に、マナが集まり始める。
生命力の象徴たるマナを、こうも干からびた
あっという間に
だが、タュン先輩は全く態度を崩さない。
目の前のリッチを中心に、渦巻く空気が気圧を変動させていった。
「カカカッ! 恐怖で言葉も出んか、小娘ィ!」
「ああ、全く恐ろしいよ……無知とは実に恐ろしい。そして、失笑だね」
「何だと! このワシを恐れよ!
「……君はその禁術が、どういったものか知っているのかい?」
タュン先輩の言葉に、カタカタとリッチが笑った。
「これぞ、神話の時代に世界を焼いたメギドの火……古い文献を
「ふむ……そこまでわかっていながら、残念だよ。そう、原初の世界を
先輩、何てことを!
僕は驚きのあまり、タュン先輩に抱き付いてしまった。
恐ろしい禁術のことだ、あっという間に骨も残さず僕達を焼き尽くすだろう。リッチとは、生と死の連環を超越したことで、膨大な魔力を得ているのだ。
そして、リッチの手に炎が赤々と
「馬鹿め、消え失せろぉ!」
僕は思わず目を
腰にしがみつく僕の頭を、ポンポンとタュン先輩が叩く。
そして……恐る恐る目を開いた僕は、ありえない現実を目にしていた。
「な、何が……これが、禁術だと!? ど、どうなっているのだ!」
リッチの手に今、暖かな炎がゆらゆらと揺れていた。
それを見て、
「それが危険な禁術の正体だよ、リッチ」
僕もリッチも、訳がわからなかった。
どうしてこんな、ランタンの光にも似た小さな炎が? メギドの火だって?
タュン先輩は
「それは確かに、太古の昔にメギドの火と呼ばれていた呪文だ。だって、そうだろう? 魔法という学問が生また、その
「そ、それでは……ワシが解読した禁術は!」
「そう、今となっては初歩の魔法にも
そして、タュン先輩が
「君が思うような禁術を、見せてあげようか? なに、礼はいらない。
「ま、待ってくれ! そ、その術は!? ま、まさか、それこそが!」
タュン先輩の手に、炎が現れた。
見るも不可思議な、白い炎だ。それは逆巻く
まるで地に落ちてきた太陽だ。
リッチはいよいよ表情のない
「わ、わかった! もう禁術はいい! ……そうだ、こんな話がある。聞いてくれ、異世界警察にとって大事な情報を知っているのだ!」
「ほう? 私を相手に、
「ああ、そ、そうだ。連続勇者殺人事件……その犯人に
瞬間、タュン先輩の手から白い闇が解き放たれた。
部屋中を
以前から魔法が使えるのは知っていたけど、こんな恐ろしい術を?
これこそが禁術……何かを言いかけたリッチは、そのまま跡形もなく消滅してしまった。
「ふう、今のが禁術中の禁術……地水火風の精霊達によらぬ、
後半は、まるで僕に言い放つような言葉だった。
その時の先輩は、いつもは見せない怖い表情をしていた。それはまるで、連続勇者殺人事件の話題を避けているようにも見える。これといって進展のない事件で、手がかりならばなんでも欲しい
その時初めて、僕はタュン先輩に対して小さな
それはすぐに、
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