第22話「新たなる戦い、開幕」
真昼の
誰もが混乱の中で、説明を求めて橋へと押し寄せそうになっていた。制止する警官や騎士達も、民衆という数の暴力には逆らえない。それは暴徒になる寸前だが、真実を求める善良な市民なのだから。
その中で僕は、必死で人をかき分け前へと進んでいた。
「タュン先輩っ! 今行きますっ!」
老齢の
そんな中で、唯一冷静な男の声が響いた。
それは、絶対のカリスマを感じさせる声音で、堂々たるものだった。
だが、今の僕には彼の焦りが感じ取れる。
教会の絶対的な権威と威光が、
「善良なる市民の
ガルテンさんだ。
彼は表情こそ普段通りの穏やかなものだったが、心中は複雑だろう。
この場を収めるのは誰にも不可能に思われた。
そして、この混乱こそが僕にとって最大の味方となったのだ。
追い打ちをかけるようにタュン先輩は、
「私は魔女、魔女なのだ! 教会の異端審問官による魔女裁判が、私を人間だと断定したが……教会が人間だという、私は魔女だ! ならば、今まで教会が魔女としてきた女性達はなんだ!」
その答えをもう、誰もが知っている。
ある者は
だが、教会が一方的に魔女と断定した段階で、未来を断たれたのだ。
そして一部の人間は、教会の魔女裁判という
ガルテンさんが剣を抜く。
「自ら魔女と名乗ったな? ならば、俺達教会の騎士が倒さねばならない! タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女、この場で俺が断罪する」
「おやおや、
「例外というものは
「そうか、それと……今の私はタュン・タプルン。
今にもタュン先輩は、一刀のもとに斬り捨てられそうだ。
だが、真っ直ぐにガルテンさんの目を見て、一歩も
ガルテンさんもまた、タュン先輩へと向けた剣を動かせなかった。
いよいよ騒がしくなる民衆の中から、何とか僕は抜きん出る。警備の者達も、収集がつかなくなった
「ガルテンさん! 撃たせないでくださいっ! ……やはり、教会が
既にもう、確信に近い。
恐らく、何十年にも渡って教会は、転生勇者を殺し続けてきた。
何故? その理由は知らない。
そして、物的証拠はおろか、状況証拠も
だが、僕には確信があって、それをタュン先輩はずっと前から知っていた。
教会は魔女裁判や異端審問と称して、自分達を嗅ぎ回るものを
ガルテンさんはタュン先輩の鼻先に剣を突きつけたまま、僕を振り向いた。
「……ああ、ドッティ君。ありがとう」
「な、何を」
「君は異世界警察の特務捜査官として、先日の事件……勇者ケネディの暗殺に使われた凶器、銃を探してきてくれたんだね? それを渡しにきてくれた訳だ」
「この状況で、何をっ! 僕は本気です、撃ちますよっ!」
「俺の話に乗れ、ドッティ・カントン! 日常に戻れなくなるぞ!」
それは、
恐らく、ガルテンさんの言う通りだ。
そうなんですと言って、この拳銃を彼に渡せば、僕は
それに、ガルテンさんとも今なら渡り合える気がする。
奇妙な冷静さがまた、僕を支配して冷たく燃やす。
「今、言いましたね……この銃が、そこのアナスタシアさんが使用した凶器だと」
「そうだとも。さ、渡しなさい。悪いようにはしない、君は魔女に操られているんだ」
「あなたが、教会の人間がそう言うなら、僕はタュン先輩に操られてなどいない。教会の言うことは嘘だからだ! この銃は、タュン先輩が押収品の中から拝借したものです」
「……そう、勇者アナスタシアの使用した凶器として、異世界警察に」
「先輩が、アナスタシアさんの氷魔法による殺害を立証し、事件を解決した時にはもう……この銃は異世界警察の押収物として保管されていた!」
そう、
恐らく、ガルテンさんは
彼自身、もしかしたら良心の
だが、そんな彼が剣を下げないならば、僕も銃を下ろすことができない。
「ガルテンさん、あなた達教会の人間がウエッジさんを殺した……そうですね?」
「……ドッティ君、危険だ!
「僕のことなんか構わない! 僕は今、真実こそが全てに優先すると信じられる! ……あなた達はウエッジさんを殺し、アナスタシアさんが銃による殺しを行ったと事実を上書きした。そして、魔女としてアナスタシアさんを殺そうとした!」
僕は開いてる手でもう一度鞄をまさぐる。
もどかしい、緊張して手が上手く動かない。
頭の中は透明に澄み切っているのに、身体は熱くて今にも暴発しそうだった。
それでも僕は、ガルテンさんを論破するアイテムを取り出す。
「これは、ガルテンさん達教会の人間が用意した、ケネディさんを殺したと言われる弾丸ですね?」
「……ああ」
「この弾丸はでは、僕があなたに向けてる銃から出たものだと言うんですね!」
「そう、だったら……君は、助かる。俺の言うことを認めて、さあ……銃をこっちに」
僕はビニール袋に入ったままの弾丸を、銃口に近付ける。
そして、重ねるようにして銃口に押し当てる。
「見てください、ガルテンさん。この銃には入りません。当然、出ることもできない筈……この弾丸は大き過ぎるんです! これは、僕が構えている銃から発射されたものじゃない!」
そう、完全な球状の弾丸は、銃口の直系よりも大きい。
つまり、物理的にこの銃からは発射できないのだ。
今度ははっきりと、ガルテンさんが表情を失うのが見えた。
そして、その向こうで……タュン先輩が向けられた剣を
「さて、枢機卿……下手な
「……魔女が、何を言う」
「高らかと宣言できるならば、魔女でも
「フッ、たかが元王女の警部風情になにができる」
ぽたり、ぽたりと血が
タュン先輩の白い手から、真っ赤な
だが、彼女は強い瞳の光でガルテンさんを
あの教会で最強の男、聖導騎士が
「先程も言っただろう? 私はタュン・タプルン……今の私は異世界警察の特務捜査官、それだけだよ。さて……ドッティ君! 心配をかけたね。ひとまず、ずらかろう」
先輩が
まるで力が抜けたように、赤く染まった刃をガルテンさんは下げた。
力なくうなだれてしまった彼の横をすり抜け、僕はタュン先輩に駆け寄る。
「タュン先輩」
「おう、ドッティ君。久しぶりだね」
「久しぶりだね、じゃないですよ! ……こうなることも計算済みでしたか?」
「
「血が出てますからね、それも派手に! 何であんな無茶を」
僕は先輩の手をすぐに止血して布で縛った。
鞄の中には、あの日のままの先輩の着替えが……清潔に洗った下着が入っていた。それで手当をして、すぐにその場を去ろうとする。
ガルテンさんの脱力に周囲も驚いて、僕達を止めようともしない。
既に暴動一歩手前の市民達の中を、どうやって逃げれば……そう思った時、なんと川の水面から声がした。
「タュン! ドッティ君も! 乗って!」
ありえない……本来はここにいない、現世を去った
だが、ようやく合点がいった。
僕に全てを
変な笑いが込み上げたが、僕はタュン先輩と小舟に飛び降りる。
頭上では、
「この世界で、教会を敵に回して……生きていける筈が」
見上げる先輩は、フードを
「では、君は……教会の作った
「当然だ! 俺は次期法王とさえ言われている枢機卿だぞ!」
「それは君の肩書であって、君個人ではない。生きることと死んでいないことは、必ずしもイコールではないのだよ。生き方を考えたまえ」
川の流れが僕達を騒ぎから遠ざける。
こうしてタュン先輩は、ふてぶてしくも
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