第22話「新たなる戦い、開幕」

 真昼の王都おうと戦慄せんりつに震える。

 誰もが混乱の中で、説明を求めて橋へと押し寄せそうになっていた。制止する警官や騎士達も、民衆という数の暴力には逆らえない。それは暴徒になる寸前だが、真実を求める善良な市民なのだから。

 その中で僕は、必死で人をかき分け前へと進んでいた。


「タュン先輩っ! 今行きますっ!」


 すでに現場はパニックにおちいっていた。

 老齢の異端審問官いたんしんもんかんも、目を白黒させている。

 そんな中で、唯一冷静な男の声が響いた。

 それは、絶対のカリスマを感じさせる声音で、堂々たるものだった。

 だが、今の僕には彼の焦りが感じ取れる。

 教会の絶対的な権威と威光が、くつがえされつつあった。


「善良なる市民の諸君しょくん! 静まれ! 魔女の言うことに耳をかたむけてはならない!」


 ガルテンさんだ。

 彼は表情こそ普段通りの穏やかなものだったが、心中は複雑だろう。

 この場を収めるのは誰にも不可能に思われた。

 そして、この混乱こそが僕にとって最大の味方となったのだ。

 追い打ちをかけるようにタュン先輩は、れたままで叫ぶ。


「私は魔女、魔女なのだ! 教会の異端審問官による魔女裁判が、私を人間だと断定したが……教会が人間だという、私は魔女だ! ならば、!」


 その答えをもう、誰もが知っている。

 ある者は転生勇者てんせいゆうしゃだっただろうし、またある者は冒険者ギルドに登録された正規の冒険者、魔法使いや魔道士だっただろう。一般市民も数え切れぬ程いた筈だ。

 だが、教会が一方的に魔女と断定した段階で、未来を断たれたのだ。

 そして一部の人間は、教会の魔女裁判という私刑リンチを利用し、障害となる女性を排除してきたのだ。勿論、なによりも教会自体が率先そっせんして、異端と疑わしき全てを抹殺してきたのである。

 ガルテンさんが剣を抜く。

 泰然たいぜんと揺るがぬタュン先輩へと切っ先が向けられた。


「自ら魔女と名乗ったな? ならば、俺達教会の騎士が倒さねばならない! タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女、この場で俺が断罪する」

「おやおや、聖導騎士せいどうきしことガルテン・ブラッベール枢機卿すうきけい。私は水に浮かばなかった。教会の定めた法の裁きで、人間と証明されたのではないかね?」

「例外というものは厄介やっかいだよ。だが、何事にもイレギュラーはつきものだ!」

「そうか、それと……今の私はタュン・タプルン。異世界警察いせかいけいさつ特務捜査官とくむそうさかんだ。すでに捨てた名は、忘れた。そして、証明してあげよう……お前達教会が間違っていることをね」


 今にもタュン先輩は、一刀のもとに斬り捨てられそうだ。

 だが、真っ直ぐにガルテンさんの目を見て、一歩も退かない。

 ガルテンさんもまた、タュン先輩へと向けた剣を動かせなかった。

 いよいよ騒がしくなる民衆の中から、何とか僕は抜きん出る。警備の者達も、収集がつかなくなった乱痴気騒らんちきさわぎの中で僕の突破を許した。

 かばんの中から銃を抜いて、僕は叫ぶ。


「ガルテンさん! 撃たせないでくださいっ! ……やはり、教会がくだん連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんに関わっている。いやっ、教会そのものが連続勇者殺人事件の容疑者だ!」


 既にもう、確信に近い。

 恐らく、何十年にも渡って教会は、転生勇者を殺し続けてきた。

 何故? その理由は知らない。

 そして、物的証拠はおろか、状況証拠もとぼしいのが実情だ。

 だが、僕には確信があって、それをタュン先輩はずっと前から知っていた。

 教会は魔女裁判や異端審問と称して、自分達を嗅ぎ回るものを抹殺まっさつしてきた。時には暗殺で、闇へとほうむってきたのだ。

 ガルテンさんはタュン先輩の鼻先に剣を突きつけたまま、僕を振り向いた。


「……ああ、ドッティ君。ありがとう」

「な、何を」

「君は異世界警察の特務捜査官として、先日の事件……使? それを渡しにきてくれた訳だ」

「この状況で、何をっ! 僕は本気です、撃ちますよっ!」

「俺の話に乗れ、ドッティ・カントン! !」


 それは、怒号どごうが行き交う騒ぎの中でもはっきりと聴こえた。

 恐らく、ガルテンさんの言う通りだ。

 そうなんですと言って、この拳銃を彼に渡せば、僕は平穏へいおんな日々に戻れる。そして、タュン先輩とは二度と会えないだろう。それだけは嫌だ。僕は今、タュン先輩の探して求める真実を、自分の意志で確かめたい。

 それに、ガルテンさんとも今なら渡り合える気がする。

 奇妙な冷静さがまた、僕を支配して冷たく燃やす。


「今、言いましたね……この銃が、そこのアナスタシアさんが使用した凶器だと」

「そうだとも。さ、渡しなさい。悪いようにはしない、君は魔女に操られているんだ」

「あなたが、教会の人間がそう言うなら、僕はタュン先輩に操られてなどいない。教会の言うことは嘘だからだ! この銃は、タュン先輩が押収品の中から拝借したものです」

「……そう、勇者アナスタシアの使用した凶器として、異世界警察に」

「先輩が、アナスタシアさんのを立証し、事件を解決した時にはもう……この銃は異世界警察の押収物として保管されていた!」


 そう、時系列じけいれつが合わない。

 恐らく、ガルテンさんは咄嗟とっさに僕をかばおうとしたのかもしれない。

 彼自身、もしかしたら良心の呵責かしゃくがあるのだろうか?

 だが、そんな彼が剣を下げないならば、僕も銃を下ろすことができない。


「ガルテンさん、あなた達教会の人間がウエッジさんを殺した……そうですね?」

「……ドッティ君、危険だ! 堕落だらくしてしまう! 君の未来は今」

「僕のことなんか構わない! 僕は今、真実こそが全てに優先すると信じられる! ……あなた達はウエッジさんを殺し、アナスタシアさんが銃による殺しを行ったと事実を上書きした。そして、魔女としてアナスタシアさんを殺そうとした!」


 僕は開いてる手でもう一度鞄をまさぐる。

 もどかしい、緊張して手が上手く動かない。

 頭の中は透明に澄み切っているのに、身体は熱くて今にも暴発しそうだった。

 それでも僕は、ガルテンさんを論破するアイテムを取り出す。


「これは、ガルテンさん達教会の人間が用意した、ケネディさんを殺したと言われる弾丸ですね?」

「……ああ」

「この弾丸はでは、僕があなたに向けてる銃から出たものだと言うんですね!」

「そう、だったら……君は、助かる。俺の言うことを認めて、さあ……銃をこっちに」


 僕はビニール袋に入ったままの弾丸を、銃口に近付ける。

 そして、重ねるようにして銃口に押し当てる。


「見てください、ガルテンさん。この銃には入りません。当然、出ることもできない筈……! これは、僕が構えている銃から発射されたものじゃない!」


 そう、完全な球状の弾丸は、銃口の直系よりも大きい。

 つまり、物理的にこの銃からは発射できないのだ。

 今度ははっきりと、ガルテンさんが表情を失うのが見えた。

 そして、その向こうで……タュン先輩が向けられた剣をつかむ。

 素手すで鷲掴わしづかみにする。


「さて、枢機卿……下手な芝居しばいはもうやめたまえよ。君がよかれと思って隠蔽いんぺいしようとも、私は……私達二人は必ず真実をあばく」

「……魔女が、何を言う」

「高らかと宣言できるならば、魔女でも淫売いんばいでもかまわないぞ? 私は。覚悟するのだね……君達教会の悪事を、つるんでる黒幕ごと追い詰める」

「フッ、たかが元王女の警部風情になにができる」


 ぽたり、ぽたりと血がしたたる。

 タュン先輩の白い手から、真っ赤なしずくこぼれ落ちる。

 だが、彼女は強い瞳の光でガルテンさんをにらんでいた。

 あの教会で最強の男、聖導騎士がひるんでいる。


「先程も言っただろう? 私はタュン・タプルン……今の私は異世界警察の特務捜査官、それだけだよ。さて……ドッティ君! 心配をかけたね。ひとまず、ずらかろう」


 先輩が血塗ちまみれの手を放す。

 まるで力が抜けたように、赤く染まった刃をガルテンさんは下げた。

 力なくうなだれてしまった彼の横をすり抜け、僕はタュン先輩に駆け寄る。


「タュン先輩」

「おう、ドッティ君。久しぶりだね」

「久しぶりだね、じゃないですよ! ……こうなることも計算済みでしたか?」

おおむねは、ね。ただ、さっきも言ったが水浴びは少し季節外れのようだな。では、逃げよう。それと……少し頭がクラクラするのだがね」

「血が出てますからね、それも派手に! 何であんな無茶を」


 僕は先輩の手をすぐに止血して布で縛った。

 鞄の中には、あの日のままの先輩の着替えが……清潔に洗った下着が入っていた。それで手当をして、すぐにその場を去ろうとする。

 ガルテンさんの脱力に周囲も驚いて、僕達を止めようともしない。

 既に暴動一歩手前の市民達の中を、どうやって逃げれば……そう思った時、なんと川の水面から声がした。


「タュン! ドッティ君も! 乗って!」


 小舟こぶねの上では、以外な人物が僕達を待っていた。

 ありえない……本来はここにいない、現世を去ったはずの人間だ。

 だが、ようやく合点がいった。

 僕に全てをたくすと同時に、タュン先輩は僕をもあざむいていたのだ。

 変な笑いが込み上げたが、僕はタュン先輩と小舟に飛び降りる。

 頭上では、呆然ぼうぜんと見送るガルテンさんが弱々しくつぶやいた。


「この世界で、教会を敵に回して……生きていける筈が」


 見上げる先輩は、フードを目深めぶかに被った船頭に合図して、橋を見上げた。遠ざかるガルテンさんの、にごったひとみにはっきりと言い放つ。


「では、君は……教会の作ったいつわりの世界で、自分が生きていると言えるのかね?」

「当然だ! 俺は次期法王とさえ言われている枢機卿だぞ!」

「それは君の肩書であって、君個人ではない。生きることと死んでいないことは、必ずしもイコールではないのだよ。生き方を考えたまえ」


 川の流れが僕達を騒ぎから遠ざける。

 こうしてタュン先輩は、ふてぶてしくもたくましく僕の元へと帰ってきたのだった。

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