第21話「魔女裁判」

 王都おうとの中央を流れる、街の貴重な水源。

 大河たいがかる橋の一つに、大衆が押し寄せていた。

 皆、魔女裁判を見に来ているのだ。つまり、この場所にいる者達は、不運な女性が魔女として殺されるショーを望んでると思っても差し支えない。

 率直にいって、

 だが、僕は僕で使命がある。

 何とかして、タュン先輩を……そして、勇者アナスタシアを助けるのだ。


「おい、もっとめろよ! 前が見えねえ!」

「押さないで頂戴ちょうだいっ! ……まあ、あれが魔女?」

「二人共、綺麗な顔しておっかないぜぇ」


 周囲の声がひしめき合う中で、僕も人混みの中から見た。

 関係者以外をシャットアウトした橋の中央に、タュン先輩が立たされている。となりのアナスタシア同様に、灰色の服を着せられていた。

 こんなに露出度の低い先輩は初めて見る。

 普段のへそ出しマイクロビキニアーマーの方が、何千倍も魔女っぽかった。

 好奇の視線にさらされながら、先輩は視線を彷徨さまよわせている。

 僕を探しているのだと、勝手に思い込んだ。


「どうやって先輩を……この銃を使って? いや、無理だ」


 僕はかばんの中で銃を握っていた。

 だが、弾丸はあと5発しかない。

 周囲の警護の、3人や4人は倒せるだろう。だが、それだけだ。何のプランもなく、大勢の観衆の中から逃げることは無理だ。そして、警護の警官や教会の騎士は、もの凄い数だった。

 まさに、絶体絶命。

 そしてこれから、異端審問会いたんしんもんかいによる公開処刑が行われるのだ。

 異端審問官の近くには、あのガルテンさんの姿もある。

 そんな中で、僕とタュン先輩の目が合った。

 この絶体絶命の状況下で、タュン先輩は酷く落ち着いていた。

 そして、僕さえも落ち着かせてしまう。


「そうだ、落ち着け僕……心の死んだ僕。大したことじゃない。先輩を信じるんだ」


 そう声に出して、自分に言い聞かせる。

 壮年の男の声が響いたのは、そんな時だった。


「これより魔女裁判を始める! みだらな魔女、タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女! そして、異世界より転生せし魔女、アナスタシア! 二人の罪を今こそ、白日のもとに晒そう!」


 異端審問官の男は、こうやって大勢の前で何人もの魔女を殺してきたのだ。そして、僕自身もそれが自然だと思って暮らしてきた。

 身近な人が魔女だと弾劾だんがいされるまで、気付けなかった。

 このグロテスクなショーは、教会が自分達の権威を誇示こじするためにやっている。彼等が魔女と決めれば、実際に魔女かどうかは関係ないのだ。

 悲痛な叫びが響いたのは、大衆の興奮が高まりつつある時だった。


「嫌よっ! 魔女だなんて……せっかく転生してきたのに! 私は連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんとは関係ない……私はあの男を、ケネディを殺しただけよ! 魔法で!」


 拘束こうそくされているアナスタシアが叫んだ。

 即座に黙らせようと、異端審問会の騎士達が詰め寄る。

 ざわつく周囲では「また?」「いやあ、魔女の言うことだから」「それより、どっちから先にやるんだ?」などと無責任な言葉が連鎖してゆく。

 そんな中で、タュン先輩はふてぶてしいとさえ思える平穏な顔でぼんやりと声をあげる。とても冷ややかで、おびえも恐れもない声音だった。


「あー、うん。異端審問官、おい! そっちのお嬢さんはどうやら、まだ心の整理が済んでいないようだ。私から裁判にかけたらどうかね?」

「ほう? この状況下でまだ冷静でいられるとはな……流石さすがは魔女だ」

「裁判というのは、司法が裁く公平な判断ということになっている。できれば私にも弁護士くらいは付けてほしいね。もっとも……魔女裁判が裁判をうたっただけの私刑リンチだというのは、私も重々承知しているが」


 異端審問官がわずかに顔をしかめる。

 僕は見ていてハラハラした。

 何かあった時のために身構えているが、気持ちが凪いでいても胸の奥がざわつく。同時に、考えてしまう。

 この挑発じみた先輩の言葉、何か意味があるのでは?

 こうしている間も、タュン先輩は見えない敵と戦っているのかもしれない。

 周囲が急かす中で、異端審問官は大勢の民に向かって叫んだ。


「では、タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女から魔女裁判を行う! これより、教会はトゥラック神の名の下に……この女が魔女であると証明するものなり!」


 空気を震わす歓声があがった。

 正直、異世界警察いせかいけいさつとして民を守っているのがバカバカしくなる。異文化と異文明の流入を精査せいさし、この世界の調和と均衡きんこうを守っているのが異世界警察だ。

 だが、連中は守るに値する人々だろうか?

 百年も魔王の軍勢におびやかされて、何か大切なことを忘れてやしないだろうか?

 それでも、僕の尊敬する先輩なら言うだろう。

 どんな人間でも、世界の一部だと。

 この世界を守ることは、そこに住む人をこそ守ることだと言い切るだろう。

 異端審問官が無慈悲むじひな言葉を叫んでも、そう思える気がした。


「これより、タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女へを付けて、この川へ沈める! 魔女ならば水に浮くはずである! 邪悪なる魔界の眷属けんぞくとの契約により、水に浮くのだ!」


 つまり、助かるために浮いてきたら魔女として公開処刑だ。

 そうでないなら……人間だったとしておぼれ死ぬのである。

 今まで幾度いくどとなく続いてきた、裁判とは名ばかりの私刑。どっちにしろ死ぬという、不可避の選択を突きつける行為だった。

 だが、最後にタュン先輩はもう一度僕を見て……微笑ほほえんだ。

 僕にだけ、勝ち気な笑みを見せてから橋のらんかんに立つ。


「確認させてもらうぞ? 異端審問官。私が浮いてこなければ、魔女ではなくただの人だということだな?」

勿論もちろんだとも。では、おもりを!」


 両手両足を縛られたタュン先輩に、おもりがつけられる。

 屈強な騎士が二人がかりで運んできた。四つの鉄の玉が縛り付けられた。

 そして、最後に教会の神父が祈りの言葉をとなえてくれる。


「罪深き魔女よ、なんじの魂に次なる幸運が訪れんことを。……TOトゥ LUCKラック

「ありがとう。だが、私は生憎あいにくと信仰心がなくてね。それと、罪深き魔女と断定されるのも心外だ。これからこの魔女裁判で、無実を証明しようというのだからね」

「っ! こ、この魔女め! なんたる不埒ふらちな……不敬ふけいな! 唯一神をも恐れぬか!」

「トゥラック神の存在だけは認めよう。何せ、大量の転生勇者をこの世界に導いたのだからね。さて……もういいだろうか? さっさと始めてくれたまえよ」


 セレモニーは終わりだとばかりに、タュン先輩が周囲を急かす。

 色々な手順をスッ飛ばして、彼女が冷たい水面に投げ込まれようとしていた。

 高レベルの魔法使いとおぼしきタュン先輩でも、この絶体絶命のピンチは逃れられそうもない。どう考えても、人間は水の中では呼吸ができないのだ。

 そして、突き飛ばされて先輩が落ちてゆく。

 バシャン! と小さな水柱があがった。

 縛ったロープだけが、するすると川底に飲み込まれてゆく。


「……どうする? 今助ければまだ……いや! 先輩には何か考えがある筈。動くのは、そのあと、だけど」


 流れる一瞬の一秒が、永遠にも感じた。

 周囲も皆、黙ってことの推移すいいを見守る。

 れる気持ちで、僕はずっと川を見詰める。そこにはもう、ブクブクと浮かび上がる空気のあわなどない。まるで何事もなかったように、水面は静まり返っていた。

 すでにもう、先輩は溺れてしまったのか?

 その考えを頭の中から追い出すようにして、僕は強く首を左右に振る。

 そうこうしている間に、1分、また1分と時間が過ぎた。

 先程取り乱していたアナスタシアさえ、言葉を失っていた。


「……では、これより魔女を引き上げる! どうやら死の間際に、魔女は神へと罪を懺悔ざんげしたようだ! トゥラック神は魔女を、最後に人として死ぬことを許されたのだ!」


 10分ばかり経過したあと、勝手な言い分で異端審問官が叫ぶ。

 つまり、浮いてこないのは神が人間として認め、許したからだと言うのだ。

 だから、人間として死んだため罪を問わない……そんな馬鹿な話があるだろうか? だが、それが教会の世界観であり、教会が広く流布るふしてきたトゥラック神の教義なのだ。

 大勢の騎士達が集まって、全員で力を合わせてロープを引っ張り上げる。

 やがて……ゆっくりとズブ濡れのタュン先輩が姿を現した。

 そして、奇跡が起こる。


「ゲホッ、ゲホゲホ……ぷあっ! ふう……参ったね、まったく。水遊びには少し季節外れだったが、まあまあ楽しめたよ? おや? どうした、異端審問官。顔色が悪いが」

「え、あ、あ、ああ……」


 周囲からも動揺が叫ばれた。

 

 全く浮く様子を見せなかったが、生きている。

 今この瞬間も、みながら鼓動をきざんでいるのだ。

 全く予期せぬ結果に、民衆達はささやきとつぶやきを交わし合う。

 やがて、彼等の大衆心理が醜悪な形で現実を歪曲化わいきょくかさせようとしていた。


「……魔女、じゃない……むしろ、聖女様せいじょさま! きっと聖女様だ! だから神が、奇跡を!」

「そ、そうだ……魔女と同等の力を持っていても、彼女は聖女に違いない!」

「異端審問官! 早く聖女様のロープを解いてあげて! 彼女は救いの御使みつかいよ!」


 半ばヒステリックに叫ばれる、王都の人達の声。

 まるで責められるような言葉で、異端審問官は顔面蒼白がんめんそうはくになってしまった。彼とて思いもしなかっただろう。断罪すべき者が魔女かどうかは関係ない……断罪すると決めた瞬間から、その女は魔女でなければいけないのだ。

 だが、教会が定めた魔女裁判の手続きを、あっさりとタュン先輩は超克ちょうこくした。

 悪魔の証明を強いる神の信徒に、彼女は打ち勝ったのである。


「え、あ、では……この者は魔女ではなかった、よって……ま、待ちなさい! 皆の者よ! この者は魔女ではないだけであって、決して聖女などでは――」

「まあ、待ちたまえよ……この混乱、私がしずめてみせよう。異端審問官、ちょっと黙っててくれるかな?」


 騎士達にロープをほどかれながら、タュン先輩は手首をさすりながら笑った。

 そして、周囲を見渡しはっきりと叫ぶ。


「今、教会が定めた魔女裁判で、私は魔女ではないと裁かれた。では、今こそ宣言しよう……! 亡国の魔女、教会が言うところの、淫らで邪悪な魔女だ。繰り返す、私は魔女! 魔女だ! よって、教会の魔女裁判は無意味なものと知れ!」


 凛冽りんれつたる声が響き渡る。

 音を立てて皆の価値観が崩壊ほうかいする中、僕は全力で走り出していた。

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