第20話「これまでと、これからと」

 王都おうとへと戻った僕は、真っ先に異世界警察本庁庁舎いせかいけいさつほんちょうちょうしゃへ向かった。

 そして、すぐに報告書を修正して書き換える。

 南の街で起こった、勇者ケネディの殺人事件……これもまた、連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんの一つであったと。犯人は、銃による殺害を行った勇者アナスタシア。

 いな

 そういうふうに訂正して、公的な書類として通しておいた。

 僕の中にはまだ、タュン先輩の戦訓せんくんが生きていた。


「そう……連中に気取られぬように、決して察知されぬように」


 あたかも、タュン先輩の異端審問いたんしんもんで全てが片付いたかのように偽装ぎそうする。

 それを先輩も望んでいるし、そうして動かねば危険だ。

 連中には、ドッティ・カントンが何でもない普通の暮らしに戻ったと思ってもらわなければいけない。僕はもう、タュン先輩の件でりた、これ以上は一人では動かない……そう結論付けてもらわなければ困る。


「さて、始めようか。僕の……いや、僕とタュン先輩の捜査を」


 自宅へと戻った僕は、一人暮らしの小さなアパルトメントで目を覚ます。

 昨夜遅く帰ってきてから、六時間は寝たみたいだ。

 どうにも趣味らしい趣味もなく、僕の部屋は閑散かんさんとしている。調度品のたぐいもないし、ベッドの他には机と椅子、そして台所に水瓶みずがめがあるくらいだろう。食事は外食が多いし、ここに戻って眠れる時も限られているから。

 先輩の部屋に比べて片付いて見えるのは、本当に何もないからだ。

 起き抜けに僕は、一度ドアを開いて外を見渡す。

 覗き見るようにして、様子を伺う。


「ま、こんなことしても僕には何もわからないんだけどね。一応」


 もしかしたら、監視がいるかもしれない。

 いたとしても、僕にはそれを察知するすべはない。

 でも、用心に越したことはない。

 僕は今までの事件と捜査を整理すべく、台所で一杯の水を飲んでから机に向かう。机の上には、かばんが一つ。

 これは、あの時にタュン先輩が僕に残した鞄だ。

 咄嗟とっさに先輩は、

 その意味をまず、もう一度確認しよう。


「中身は……わっ、着替え! こ、これは、うん、寄せておこう……」


 数点の下着と、寝間とをまずは机のすみに寄せる。

 結構派手なの、はいてるんだよなあ、全く。

 そして、鞄をさらに探すと……硬く冷たいもの触れた。取り出そうとしてつかめば、手に吸い付くような感覚がある。手に握られるべく削り出された、殺意を握り締めるための銃把グリップだ。

 取り出したのは、銃。

 黒光りする拳銃だ。


「先輩は魔女……いや、魔法使いだ。何故なぜ禁術きんじゅつまで使いこなす人が、銃を?」


 その答えについても、昨夜ベッドの中で推論すいろんを立てた。

 あくまで、タュン先輩が初志貫徹しょしかんてつで計画的に捜査を進め、こうした最悪の事態に陥ることも想定していると仮定しての話だ。


「恐らくこの銃は、リシーテさんに手配してもらったもの……こうなることを予測して、僕にたくすために持ち出されたとしたら? だから、鞄に入っていた」


 考え過ぎかもしれない。

 だが、今の僕には確信がある。

 タュン先輩の今までの行動、一見して無意味に思える選択の一つ一つが必然だったとしたら? 用心深く、敵に全てを気取らせずに……この銃を僕へと渡そうとしたのではないだろうか?

 改めて握って、構えてみる。

 重い。

 あの時、極寒の国境での事件を思い出す。確かタュン先輩は、こうやって……そうそう、ここの突起物を後ろへと倒す。

 ガチリ! と音がなって、中央部にはまった円筒状のパーツが少し回転した。


「ええと、これは……あとはここをにぎって、人差し指を引っ掛けて、押し込む。うん、そこまではわかるぞ。で、あとは……あっ!」


 色々といじっていたら、突然円筒状のパーツが外側に倒れてきた。

 銃の横から、まるで糸巻きリボルバーみたいな部品が飛び出てきたのだ。

 慌ててあわあわとアレコレやっていたら、発射用の部品に触ってしまったらしい。

 カシィン! と乾いた音がして、先程押し倒した部品が元の位置に戻った。確か、さっきの部品がこうやって、弾丸のしりを叩くんだ。それで、よくわからないけど弾丸が飛び出す。火薬とかってのが使われるらしい。

 よく見ると、円筒状の部品には六つの穴が空いていて、弾丸が五つ入っている。国境で鎧を着込んだ詐欺集団さぎしゅうだんに一発撃ったからだろう。


「この弾丸……あ、ひょっとして弾丸自体を何かのケース的なもので包んでるのかな。まあ、よし。変にいじって暴発されても怖い……戻しておこう」


 僕は銃を最初の状態に戻す。

 で、確認する。

 まず、金槌かなづちのように弾丸を叩く部分を起こす。次に構えて、発射用に飛び出てるトリガーを銃へと押し込む。これで弾丸が出るはずだ。あと五発は撃てる。

 次に僕が手に取ったのは、スマホ……スマホもどきだ。


「これは先輩からゆずられたものだっけ」


 あまり詳しく触ったことはないが、確かに便利の一言に尽きる。

 そういえば……ひげれると先輩は言ってたな。僕は毛深いほうじゃないし、まだまだ子供だって言われてしまう微妙な年齢でもある。だが、スマホというのはとにかく多機能を詰め込むものだそうで、転生勇者達が異世界と呼ぶ僕達の世界でも、アレコレ無駄な機能がスマホもどきに追加されたのだろう。

 あ、でも……無駄毛むだげの処理に便利だって言ってたぞ?

 ……深く考えるのはよそう。

 でも、僕は今まで無駄毛の処理に使ったスマホをいじりまわしてたのか……何か、もやもやするな。


「それより、だ。先日、僕に連絡があった。リシーテさんから。彼女もまた、きっと」


 ガルテンさんは言っていた。

 タュン先輩の共犯者として死んだと。

 確かに僕も、通話の先に彼女の危機を感じた。あの時、リシーテさんは傷を負って、何者かに追われていた。多分、教会の手の者かもしれない。

 そして、言い残した。

 僕の両親の死に関して、何かを言おうとした。

 僕の両親もまた、連続勇者殺人事件の犠牲者だと言われている。母が転生勇者だったのだ。だが、今持って迷宮入りしている事件である。


「直接的な関係はないかもしれない、けど……おぼろげながら連中の影が見えてきた」


 そう、この連続勇者殺人事件の黒幕。

 それは恐らく、

 世界に唯一の宗教、トゥラック神をほうじている教会の勢力だ。ガルテンさん達もそれに操られてると見ていいだろう。

 はっきりと敵がわかった。

 しかし、そのことを知られてはならない。

 少しでも素振りを見せれば、社会的に抹殺される。この世界で一番の信用を持つ組織、教会によって。現に、タュン先輩は魔女として異端審問会に捕まってしまった。

 今という時代、教会は絶対だ。

 揺るがぬ善、教会の敵はすなわち、悪だ。


「そして、最後の謎がこれか……」


 他にも鞄には、成人女性とは思えぬくらだないものが詰まっていた。化粧品の類もちょっぴりあった、何故かホッとする。あとは、おやつとか。

 その中から、僕は透明な袋を取り出す。

 確か、ビニールとかいう異世界の素材に入った、それは銃の弾丸だ。

 亡くなったウエッジさんが残した遺品いひんである。ウエッジさんは勇者ケネディの殺人事件を契機に、巨悪の存在に気付いた。そして、近付き過ぎてしまったのだ。先輩が関わるなと釘を刺したのに。

 そして、この弾丸だけが残された。

 これが、勇者ケネディを撃ち殺した銃の弾丸だという。


「多分、敵は嗅ぎ回るウエッジさんに、証拠品としてこれを突きつけた。これが勇者アナスタシアの銃から発射されたものだと、ビッグスさんに手渡したんだ」


 ある種の警告だったのだろう。

 これで事件の報告書を書き換え、何事もなかったように元通りにしておけと。だが、ウエッジさんはそれに応じなかった。目覚めた正義感と責任感が、その先を探らせてしまったのだ。

 僕はまじまじと、鉛色なまりいろの球形を見やる。

 殺意の代行者というには、あまりにもシンプルな弾丸だ。


「まず、どうしてこの弾丸は……わざわざビニール袋にくるまれているんだろう。こういう扱いは普通、異世界警察でもしない。そりゃ、証拠品の保管は厳重だけども」


 通常、異世界警察でこうした小さな証拠物品の保管は厳重だ。希少な油紙に巻かれて、番号が振られて保管される。そう、リシーテさんが管轄する分野だ。

 だが、この弾丸を包んでいるのは無色透明なビニールだ。

 この弾丸は勿論、それを包むビニールにも意味があると考えるのが妥当だろう。


「そう言えば……ビッグスさんが妙なことを言ってたな。ウエッジさんが最近、異世界の警察……転生勇者達がやってきた世界の警察や捜査方法を調べてたとか」


 その時だった。

 不意にドアがトントンとノックされる。

 即座に僕は、鞄に全ての物品を突っ込んだ。

 そして、それを迷った挙句に隠すことを断念して、肩にかける。

 ドアのノックは、その向こうに人の気配を感じさせた。


「ど、どうぞ。開いてます」


 上ずる声で僕は入室を促す。

 乱雑な鞄の中から、銃を探しながら。

 いつものジッテより何倍も物騒で、だからこそ頼りになる。でも、使いたくはない。

 僕は再度「どうぞ」と言ったが、返事はなかった。

 そして、小さな足音が去ってゆく。


「な、何だ……?」


 緊張感ばかりが密度を高める、静寂せいじゃく

 その空気に耐えられず、僕はそっとドアへと歩み寄る。

 空けて見ると、そこに人影はなかった。

 代わりに、地面に一枚の紙切れが落ちている。粗末な紙で、勇者が流入し始めた百年前からあったものだ。そのざらついた手触りに、文字が端的に記されてある。

 それを見た瞬間、僕は絶句した。

 タュン先輩と勇者アナスタシアの魔女裁判まじょさいばんが、明日にも始まるという内容だった。

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