第19話「真実への旅立ち」
それからのことは、僕はあまりよく覚えていない。
ただ、全てがどこか現実感を伴わぬまま通り過ぎていった。
タュン先輩は、教会の騎士達に連れて行かれた。
――タュン先輩が、魔女?
魔女として、
むしろ教会は、トゥラック神が転生させた勇者達をバックアップした。
冒険者ギルドに登録した正規の冒険者に限り、死亡時も蘇生を許したのだ
「やあ、ドッティ君……大丈夫かい?」
騒然となった宿屋の
顔を上げれば、
ガルテン・ブラッベール
「あ、あの……ガルテンさん」
「君も驚いたと思うが、どうか気を強く持って欲しい。そして、絶望に負けてはいけないよ。我々は密かに、
先輩と同じことをガルテンさんは話してる。
だが、彼は先程タュン先輩を拘束し、部下の騎士に連れて行かせた。
巨悪を慎重に追っていたタュン先輩こそが、実は巨悪に通じていた人間だったのだ。だが、妙だ。そのタュン先輩は、僕を……僕こそが巨悪への内通者だと取り乱した。
そのことについても、ガルテンさんは教えてくれた。
「詳しくは
「僕は……先輩と一緒に追ってました。連続勇者殺人事件を。そして、いろんな事件を解決したんです。
「動揺する気持ちはわかる。だが、彼女は……かつてムッティリ王国を滅ぼした張本人だ」
――ムッティリ王国。
今はもう、大陸のどこにも存在しない国だ。
それは、タュン先輩の故郷である。先輩はずっと小さな頃、ムッティリ王国の王女様だったのだ。宮殿に住んで教養を深め、レディとしての気品と風格を磨いていた。いつか
そして、王宮に訪れる多くの勇者達に
ガルテンさんの話では、幼少期からタュン先輩は勇者の
「しかし、ある日突然ムッティリ王国は崩壊した……
「それと、タュン先輩とどういう関係が……」
「彼女は混乱の中で、国王を殺している。自分の父親である、ムッティリ国王をね」
「そんな……信じられない」
「現実だよ。少数だが生存者がいて、その者達が皆、口をそろえて証言してくれた。生き残った者達の前で、彼女は魔法で父親を殺したのだ」
それだけではなかった。
ムッティリ王国へと魔王の軍勢を呼び込んだ嫌疑もかかっている。
他にも余罪は数知れず、それをガルテンさんは並べるように
僕だって、そう言われてしまえば心当たりがない訳ではない。
「以前、タュン先輩は……
「ああ、それもまた教会が
「連続勇者殺人事件について、情報を持っていそうなモンスターを……アンデッドを、一瞬で。あれはじゃあ」
「
あ、あれ?
今、何か……何だか、引っかかった、ような。
それは、何だろう。
わからない。
僕の中で生まれた違和感は、あまりにも
でも、確かに何かを感じたんだ。
「で、だ。タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女を我々教会は、
今時そんな言葉、子供だって信じない。
魔女裁判、それは事実上の死刑宣告だ。
そして、教会が社会で大きな意味を持つこの世界は、それを良しとしている。
魔女は勿論、魔女と疑われた人間にも非があるのだと誰もが思っているのだ。
僕以外の誰もが。
「待ってください、ガルテンさん。先輩と話をさせてください」
「駄目だ、それはできない。……すまない、君の気持ちを
「不自然なことが大過ぎます。これじゃあまるで」
「……まるで?」
不意に、僕の全身を凍れる寒さが覆った。
それが殺気だと気付いた時には、僕は
ガルテンさんは一瞬で研ぎ澄まされた殺意を向け、僕を包んできた。
そして、すぐにそれを引っ込める。
「済まない、だがもう……
「それは」
「そう、だね? ……そうだということにしておく。さ、中央に帰って日常に戻るんだ。君はそう、悪い夢を見ていたんだよ」
納得できない。
でも、行動もできない。
僕は何がしたいのかも、何ができるのかもわからなくなってしまった。
それがわかるのは、あの奇妙なまでの平常心、冷徹なまでの平静さだ。
だが、そんな僕の方をガルテンさんはポンと叩く。
「君には一つ、頼みがある。これは協力してくれてる異世界警察とも話がついてるんだが……この街で起こった連続勇者殺人事件、ケネディ氏が銃で殺された――」
「あれは連続勇者殺人事件とは無関係です! ただの……ただの男と女の
「ああ、まだ言ってなかったね。すまない、話が前後してしまったようだ」
不意にガルテンさんは、ふう、と
そして、少しオーバーなリアクションで首を横に振って肩を竦める。
「勇者アナスタシア、銃での殺人を犯した例の事件の犯人だが」
「そうです! 彼女が氷の魔法で殺したんです。銃は使われなかった!」
「彼女も、魔女だ。
「なん……ですって? 魔女?」
「そう、この異世界の秩序を乱す、魔女だ。そうした背教者、
その理屈は、わからなくもない。
だが、僕には確信がある。
証拠も根拠もない、自信がある。
タュン先輩は魔女じゃない……例え魔女だったとしても、そうせねばならない理由を抱えている。そしてそれは、私利私欲や利害といったものに根ざしたものではない気がした。
でも、そのことを僕は言葉にすることができない。
「そういう訳で、ドッティ君。済まないが中央に戻ったら、書類を訂正しておいてくれ。今回もまた、連続勇者殺人事件の被害者だったと」
「……死体が残った状態です。連続勇者殺人事件はその大半が、教会で蘇生不能なレベルまで死体が
「ああ、そうだね。しかし、そういう意味では検死が行われた死体もまた、蘇生不能な死体……わかるかい? 異世界警察の操作手順、制度を利用した犯行なんだ」
「
「教会としては、死者の遺体への
その時、ガルテンさんの背後に若い騎士が走ってきた。
ガルテンさんは彼から耳打ちされて、沈痛な面持ちで大きく
何か急な知らせがあったらしい。
「……悪い知らせだ、ドッティ君」
「あ、あの、何が……これ以上、どんな悪い知らせが」
「タュン元王女の共犯者、リシーテ・シリコッティの死亡が確認された。死体は回収できなかったが……
「あ、ああ……あの時の」
そう、さっきまで僕はリシーテさんと話してた。
先輩から譲り受けたスマホもどきに、通信が入ったのだ。応じた僕をリシーテさんは、最後までタュン先輩と勘違いしていた。既に耳が聴こえぬ程に追い詰められた怪我の中……彼女は何かを言いかけていた。
僕の両親の死に関する、何かを
それも恐らく、連続勇者殺人事件と繋がっているのだろう。
そして、リシーテさんは消された。
今また、タュン先輩も消されようとしている。
僕は今、この今こそ行動の時だと決断する。
勿論、勝算などない。
「あ、そうか……つまり、僕は……」
「ドッティ君? ああ、ショックなのも無理はない。とりあえず、今日はこの宿で休むといい。俺が明日の朝、中央へ戻る馬車を手配しておこう」
「僕は……
僕は自然と前を向く。
もう、
下を向いてはいたくない。
僕は、前を向いて、前に進みたい。
「……ガルテンさん、ありがとうございます。ただ、僕は……僕は」
「ドッティ君?」
「僕は、異世界警察の特務捜査官として真実に向き合います。もしタュン先輩が魔女なら、淫らで背徳的な魔女なら、それは罰せられるべきでしょう。でも、それを教会が決めるなら、その正当性を僕は見極めます。そして」
「君は……よせ、教会の背信を言葉にするなど」
「僕は、真実を目指します。それだけを見て進んだ人達のためにも」
そう告げて、僕は今夜中に旅立つべく宿を出る。
今は時が惜しい……無言で見送るガルテンさんに挨拶して、夜でも走ってくれる馬車を探しに出る。
タュン先輩の鞄を背負って。
あの時、
逆に言えば、僕にタュン先輩の鞄は託されたのだ。
一人で心細い反面、妙に冷静で頭の中はクリアだ。
僕の、僕だけの捜査がこの瞬間から始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます