第19話「真実への旅立ち」

 それからのことは、僕はあまりよく覚えていない。

 ただ、全てがどこか現実感を伴わぬまま通り過ぎていった。

 タュン先輩は、教会の騎士達に連れて行かれた。

 ――タュン先輩が、魔女?

 魔女として、異端審問会いたんしんもんかいによる魔女裁判まじょさいばんが始まる。教会は、大いなる唯一神ゆいいつしんトゥラックを中心とした教義を報じる宗教団体だ。それは、転生勇者の流入で様変さまがわりしてしまったこの百年でも、変わらない。

 むしろ教会は、トゥラック神が転生させた勇者達をバックアップした。

 冒険者ギルドに登録した正規の冒険者に限り、死亡時も蘇生を許したのだ


「やあ、ドッティ君……大丈夫かい?」


 騒然となった宿屋のすみで、うなだれる僕に声をかける人物。

 顔を上げれば、神妙しんみょうな顔をした聖導騎士せいどうきしが立っている。

 ガルテン・ブラッベール枢機卿すうきけいだ。


「あ、あの……ガルテンさん」

「君も驚いたと思うが、どうか気を強く持って欲しい。そして、絶望に負けてはいけないよ。我々は密かに、連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけんの真犯人を追っていた。恐るべき巨悪、社会の闇……手の出せぬ場所によどむ暗い影をね」


 先輩と同じことをガルテンさんは話してる。

 だが、彼は先程タュン先輩を拘束し、部下の騎士に連れて行かせた。

 巨悪を慎重に追っていたタュン先輩こそが、実は巨悪に通じていた人間だったのだ。だが、妙だ。そのタュン先輩は、僕を……僕こそが巨悪への内通者だと取り乱した。

 そのことについても、ガルテンさんは教えてくれた。


「詳しくは査問会さもんかいで明らかになるだろうが、タュン・タプルン警部は……タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女は、残念ながら背徳の闇にちてしまったのだ」

「僕は……先輩と一緒に追ってました。連続勇者殺人事件を。そして、いろんな事件を解決したんです。異世界警察いせかいけいさつとして」

「動揺する気持ちはわかる。だが、彼女は……かつてムッティリ王国を滅ぼした張本人だ」


 ――ムッティリ王国。

 今はもう、大陸のどこにも存在しない国だ。

 それは、タュン先輩の故郷である。先輩はずっと小さな頃、ムッティリ王国の王女様だったのだ。宮殿に住んで教養を深め、レディとしての気品と風格を磨いていた。いつかとつぐ日を夢見て、責任ある姫君としての自分を高めていたのだ。

 そして、王宮に訪れる多くの勇者達に謁見えっけんを許した。

 ガルテンさんの話では、幼少期からタュン先輩は勇者の冒険譚ぼうけんたんこのんだらしい。


「しかし、ある日突然ムッティリ王国は崩壊した……わずかな民を残して、魔王の軍勢に皆殺しにされたのだ」

「それと、タュン先輩とどういう関係が……」

「彼女は混乱の中で、国王を殺している。自分の父親である、ムッティリ国王をね」

「そんな……信じられない」

「現実だよ。少数だが生存者がいて、その者達が皆、口をそろえて証言してくれた。生き残った者達の前で、彼女は魔法で父親を殺したのだ」


 それだけではなかった。

 ムッティリ王国へと魔王の軍勢を呼び込んだ嫌疑もかかっている。

 他にも余罪は数知れず、それをガルテンさんは並べるようにうたった。

 僕だって、そう言われてしまえば心当たりがない訳ではない。


「以前、タュン先輩は……禁術きんじゅつと呼ばれる魔法を使いました」

「ああ、それもまた教会がいましめる禁忌きんきの狂気。禁術を使うことにためらいがないのさ、あの魔女は」

「連続勇者殺人事件について、情報を持っていそうなモンスターを……アンデッドを、一瞬で。あれはじゃあ」

口封くちふうじさ。でなければ、事件を捜査する特務捜査官とくむそうさかんが、何故なぜ証言しようとする人間を……まあ、。しかし、どうしてを殺す?」


 あ、あれ?

 今、何か……何だか、引っかかった、ような。

 それは、何だろう。

 わからない。

 僕の中で生まれた違和感は、あまりにも些細ささいだ。

 でも、確かに何かを感じたんだ。


「で、だ。タュン・タプ・ティル・テプテプ元王女を我々教会は、背教者はいきょうしゃ背徳的はいとくてきな魔女と断定した。証拠も揃っているが、安心してくれ。魔女裁判があるから、被告の証言もしっかりと保証される。トゥラック神の名の下に、教会がちゃんとした裁判をするさ」


 うそだ。

 今時そんな言葉、子供だって信じない。

 魔女裁判、それは事実上の死刑宣告だ。

 異端審問官いたんしんもんかんから死刑を言い渡されるか、裁判中に獄死ごくしするか……どっちにしろ、死以外に選択肢のない、いわば『』だ。

 そして、教会が社会で大きな意味を持つこの世界は、それを良しとしている。

 魔女は勿論、魔女と疑われた人間にも非があるのだと誰もが思っているのだ。

 僕以外の誰もが。


「待ってください、ガルテンさん。先輩と話をさせてください」

「駄目だ、それはできない。……すまない、君の気持ちをおもんばかることが、俺にはできない」

「不自然なことが大過ぎます。これじゃあまるで」

「……まるで?」


 不意に、僕の全身を凍れる寒さが覆った。

 それが殺気だと気付いた時には、僕はすくんで動けなくなっていた。

 ガルテンさんは一瞬で研ぎ澄まされた殺意を向け、僕を包んできた。

 そして、すぐにそれを引っ込める。


「済まない、だがもう……あきらめてくれ。それに、俺は君を助け出せてよかったと思っている。まだ、君は堕落だらくした魔女にたぶらかされていない……そうだね?」

「それは」

「そう、だね? ……そうだということにしておく。さ、中央に帰って日常に戻るんだ。君はそう、悪い夢を見ていたんだよ」


 納得できない。

 でも、行動もできない。

 僕は何がしたいのかも、何ができるのかもわからなくなってしまった。

 それがわかるのは、あの奇妙なまでの平常心、冷徹なまでの平静さだ。

 だが、そんな僕の方をガルテンさんはポンと叩く。


「君には一つ、頼みがある。これは協力してくれてる異世界警察とも話がついてるんだが……この街で起こった連続勇者殺人事件、ケネディ氏が銃で殺された――」

「あれは連続勇者殺人事件とは無関係です! ただの……ただの男と女の痴情ちじょうのもつれで、報告書に書いた通り凶器は銃ではなく」

「ああ、まだ言ってなかったね。すまない、話が前後してしまったようだ」


 不意にガルテンさんは、ふう、と溜息ためいきをついた。

 そして、少しオーバーなリアクションで首を横に振って肩を竦める。


「勇者アナスタシア、銃での殺人を犯した例の事件の犯人だが」

「そうです! 彼女が氷の魔法で殺したんです。銃は使われなかった!」

「彼女も、魔女だ。すでに身柄を、異世界警察から教会が預かっている」

「なん……ですって? 魔女?」

「そう、この異世界の秩序を乱す、魔女だ。そうした背教者、異端いたんは罰せねばならない。あらためるということを知らぬみだらな魔女は、断罪されねばならないんだ」


 その理屈は、わからなくもない。

 だが、僕には確信がある。

 証拠も根拠もない、自信がある。

 タュン先輩は魔女じゃない……例え魔女だったとしても、そうせねばならない理由を抱えている。そしてそれは、私利私欲や利害といったものに根ざしたものではない気がした。

 でも、そのことを僕は言葉にすることができない。


「そういう訳で、ドッティ君。済まないが中央に戻ったら、書類を訂正しておいてくれ。今回もまた、連続勇者殺人事件の被害者だったと」

「……死体が残った状態です。連続勇者殺人事件はその大半が、教会で蘇生不能なレベルまで死体が損壊そんかいされた状態だった筈です」

「ああ、そうだね。しかし、そういう意味では検死が行われた死体もまた、蘇生不能な死体……わかるかい? 異世界警察の操作手順、制度を利用した犯行なんだ」

検死けんしで中身をかき回した死体は、蘇生できないと?」

「教会としては、死者の遺体への冒涜ぼうとくとも取れる行為だからね」


 その時、ガルテンさんの背後に若い騎士が走ってきた。

 ガルテンさんは彼から耳打ちされて、沈痛な面持ちで大きくうなずく。

 何か急な知らせがあったらしい。


「……悪い知らせだ、ドッティ君」

「あ、あの、何が……これ以上、どんな悪い知らせが」

「タュン元王女の共犯者、リシーテ・シリコッティの死亡が確認された。死体は回収できなかったが……公安衛士隊こうあんえいしたいに追い詰められ、滝壺たきつぼに身を投げたそうだ」

「あ、ああ……あの時の」


 そう、さっきまで僕はリシーテさんと話してた。

 先輩から譲り受けたスマホもどきに、通信が入ったのだ。応じた僕をリシーテさんは、最後までタュン先輩と勘違いしていた。既に耳が聴こえぬ程に追い詰められた怪我の中……彼女は何かを言いかけていた。

 僕の両親の死に関する、何かをつかんだ。

 それも恐らく、連続勇者殺人事件と繋がっているのだろう。

 そして、リシーテさんは消された。

 今また、タュン先輩も消されようとしている。

 僕は今、この今こそ行動の時だと決断する。

 勿論、勝算などない。


「あ、そうか……つまり、僕は……」

「ドッティ君? ああ、ショックなのも無理はない。とりあえず、今日はこの宿で休むといい。俺が明日の朝、中央へ戻る馬車を手配しておこう」

「僕は……たくされたんだな」


 僕は自然と前を向く。

 もう、うつむいてばかりもいられない。

 下を向いてはいたくない。

 僕は、前を向いて、前に進みたい。


「……ガルテンさん、ありがとうございます。ただ、僕は……僕は」

「ドッティ君?」

「僕は、異世界警察の特務捜査官として真実に向き合います。もしタュン先輩が魔女なら、淫らで背徳的な魔女なら、それは罰せられるべきでしょう。でも、それを教会が決めるなら、その正当性を僕は見極めます。そして」

「君は……よせ、教会の背信を言葉にするなど」

「僕は、真実を目指します。それだけを見て進んだ人達のためにも」


 そう告げて、僕は今夜中に旅立つべく宿を出る。

 今は時が惜しい……無言で見送るガルテンさんに挨拶して、夜でも走ってくれる馬車を探しに出る。かばんを肩に背負って。

 

 あの時、咄嗟とっさにタュン先輩が僕からもぎ取ったのは、僕の鞄だ。

 逆に言えば、僕にタュン先輩の鞄は託されたのだ。

 一人で心細い反面、妙に冷静で頭の中はクリアだ。

 僕の、僕だけの捜査がこの瞬間から始まった。

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