第23話「明かされる真実、それは」

 僕達はすぐに小舟こぶねを捨てて、王都おうとを出た。

 謎の協力者は用意周到で、すでに馬車を用意してくれていたのだ。

 車上の人となって落ち着いたところで、ようやく僕は言いたかったことを全てブチける。今までずっと押さえ込んでいた感情が、取りつくろうことを忘れた言葉となってあふれ出た。

 こういう時だけ、自分の心というものの存在を感じることがあった。


「タュン先輩! 無茶です……凄く無茶ですよ! 何を考えてるんですかっ!」

「何を、と言われてもなあ。うん、でも色々と考えていたさ。だからこうして現に」

「僕がどれだけ心配したか!」

「どれだけ、と言われてもね。でも、素直に嬉しいよ。ありがとう」


 そう言ってタュン先輩は、囚人服しゅうじんふくのような灰色のころもを脱ぎ捨てる。川の水で濡れたそれから着替えるのは、勿論もちろん普段のあのビキニアーマーだ。僕は慌てて背を向けたが、用意周到な協力者にも言葉の矢を射る。

 相変わらず羞恥心が仕事をしていない。

 そして、フードを脱いだ旅装姿は、僕が予想した通りの人間だった。


「最初からグルだったんですね……リシーテさんっ!」

「ふふ、バレちゃったかしら?」


 僕にダイイングメッセージを残して、死んだはずのリシーテさんが笑っている。教会の方でも、追い詰めた挙句あげく滝壺たきつぼに身を投げたと聞かされていた。

 だが、彼女は生きている。

 あしがある。

 勇者達の住む異世界では、幽霊には脚がないという迷信があるらしい。

 だが、むっちりとした褐色かっしょくの脚と、扇情的せんじょうてきな踊り子風の露出度……間違いなくタュン先輩のかつての相棒、リシーテさんだった。


「そろそろ説明してください、二人共! まず……タュン先輩、どうやったあの魔女裁判を乗り切ったんですか? 軽く見積もっても10分は水の中にいたのに」

「ああ、そのことから。見ての通りだ、リシーテが裏で助けてくれてたんだよ」

「や、見てもわからないですから。どういうことですか、全く……」


 そういえば、リシーテさんの髪もまだ少し濡れている。

 だが、どんな魔法を使っても水中で長時間呼吸を維持するのは難しい。

 素潜すもぐりの漁師など、鍛え抜かれた人間が訓練を積んでれば別だ。そして、タュン先輩は勿論、リシーテさんにもその気配はない。

 だが、二人は顔を見合わせフフフと笑った。

 何だかすごーく、面白くない。


「ドッティ君、私のお仕事を忘れてないかしらん?」

「えっと、確か異世界警察いせかいけいさつで……あっ! 転生勇者が持ち込んだ違法品、押収物おうしゅうぶつの管理!」

「そう、だから……いわゆるチートアイテムが沢山手に入るの。例えば、ほらこれ。滝壺にダイビングしても、このアイテムがあればね」


 馬車の奥から、リシーテさんは金属の物体を持ってくる。

 円筒状えんとうじょうで、管が出ている道具だ。そして、背負えるようにベルトがついている。

 見た瞬間に僕は、ハッとなった。


「これ、まさか」

「そうよ? 異世界の勇者達が使う、水中で呼吸する装置。アクアラングっていうらしいわ」

「……じゃあ、タュン先輩が水に沈められたあの時」

「そ、私はこれを持って橋の下から川底に潜ったわ。あとは、引き上げる気配があるまで交代で空気を吸ってたって訳」


 なるほど、確かに教会はタュン先輩が人間だと証明した。

 魔女の魔法など存在しなかった……

 そして、タュン先輩が少し得意げなのがイラッとする。

 だが、彼女はそれ自体が一種の賭けだったと言う。


「教会の異端審問いたんしんもんは、それ自体が現在進行系の拷問ごうもんの歴史だ。魔女しか火傷やけどしない聖なる火だの何だの、枚挙まいきょにいとまがない」

「ようするに、こじつけて魔女に仕立て上げて……殺すんですよね」

「勿論。そこで、だ……リシーテ、君にはこのあと、勇者アナスタシアの保護を頼めるかい?」


 着替えが終わったらしく、最後にタュン先輩は異世界警察の紋章が入った外套がいとう羽織はおる。そこには、いつもの頼もしい上司で相棒、特務捜査官とくむそうさかんタュン・タプルン警部がいた。

 彼女の言葉に、リシーテさんも大きくうなずく。


「彼女は魔女ではなく、人間として罪をつぐなうべきだものね」

「ああ。そして、それを裁くのは司法の仕事だ。教会ごときが勝手に出てきていい領分じゃないのさ。そう、彼女は魔女ではない……この転生勇者社会が生み出した犠牲者の一人だったのだから」


 あ、今『私ってばいいこと言った!』ってドヤ顔した。

 だから何で、そう意味もなく得意げなんですか、先輩。

 でも確かにそうだ……この百年、僕達の世界の歴史は正しかっただろうか? 本当にあるべき文明と文化の発展は、なされただろうか? 転生勇者という異物が大量に流入し、多くの技術と知識がもたらされた。

 それは本来、この世界ではもっとあとに生まれるべきだったのではないか。

 いずれこの世界の人間達も、互いの叡智えいちを集めて同じ場所に辿り着く……それはもっと、遙かなる未来だったのではないだろうか。

 だが、今はそんなことを考えてもせんない話だ。


「了解よ、タュン。じゃあ、あとはお願いね……御者ぎょしゃにはお金を渡してあるから大丈夫」

「少し多めにかな?」

「いいえ……たっぷり大量に、よ」

「なら信頼できる。無償で夢や理想のために働こうとする人間ほど、信用できないものはないからね」


 僕もちらりと御者を見やる。

 あまり人相のいい男ではないが、ただ前だけを見て馬車を走らせていた。

 買収済み、互いに詮索無用せんさくむようで働いているのだろう。

 それは好都合だ。

 そしえ、タュン先輩とあれこれ打ち合わせをして、すぐ近くでリシーテさんは降りることになった。

 それにしても、やっぱり不思議だ。

 二人の間には今も、確かなきずながある。

 そしてそれは、僕とタュン先輩のものより強固に思えた。嫉妬しっとじゃないけど、少しあこがれる。僕もいつか、タュン先輩に信頼してもらえる相棒になりたい。

 一人前の男になって、異世界警察でこれからも働き続けたい。

 あと、お給料がいいからというのもあるし。


「さて、じゃあまたしばらくお別れね。そうそう、タュン。あなたの新しいスマホもどき、アドレスと番号を教えて頂戴ちょうだい

「ああ、そうだったね。どれどれ……ナントカ線通信とかいうのができるはずだね?」

「赤外線通信よ。もっとも、本物のスマホと違ってスマホもどきは、封じられた精霊同士の感応波かんのうはを読ませ合って、情報を更新するのだけども」


 二人はスマホを向け合いながらも、細かなことを互いにチェックする。

 ここから先は本当の戦い、そして決戦だ。

 巨悪の正体、全てを牛耳ぎゅうじっていた黒幕には教会が絡んでいる。その理由は謎だが、先程のガルテンさんの焦りからもそれは知れる。

 ガルテンさんがあの時、僕を気遣って嘘をついたこと、忘れない。

 だが、僕は嘘で守られた平穏よりも、真実を探して傷付く方がいい。

 それをタュン先輩が望んでいるから、一緒に進みたいのだ。


「あ、そういえば……リシーテさん。改めて聞きます、けど」


 僕は一連の魔女裁判騒動が終わったからか、思い出した。

 そして、そのことを素直にリシーテさんに聞いてみた。


「あの、僕の両親の死……その真相をあの時、リシーテさんは」


 リシーテさんは真剣な表情を一瞬見せた。

 すぐにいつもの微笑びしょうに戻ったが、真実を知る者の顔を見せてしまった。

 タュン先輩も隣で、うながすような視線を注いでくる。


「……わかったわ、これはタュンに頼まれて調べていたことだから。今回の連続勇者殺人事件……何十年も続くこの事件と、ドッティ君の両親の死は無関係じゃないの」

「じゃあ、やっぱり真犯人は……教会が絡んでるんですか?」

「それは――」


 口ごもるリシーテさんに、僕の不安は募った。

 もしかして……いや、もしかしてなんてレベルじゃない。


「僕はもう、その人の顔を知ってるんですね? 例えば……教会の聖導騎士せいどうきしとか」

「……無関係ではないわね。ただ」

「ただ? 何です、ハッキリ言ってください! 大丈夫ですよ、僕は。あの頃からそうなんです……あまり動じないんです。動揺しても、心が真っ平らなんですよ。だから」


 不意に僕は、隣のタュン先輩に抱き締められた。

 強く強く、豊満ほうまんな胸が押し付けられる。

 甘やかな匂いとぬくもりに包まれ、突然のことで僕は言葉を失った。


「ドッティ君、強がるのはやめたまえ。君の心は死んでなどいない。だから、私がリシーテに頼んだのだ。真相が知れたら、。君が気になってしかたがない、そういう状況に放り込んでくれと」

「何故……どうしてですか、タュン先輩」

「君に生き残る理由を背負わせたかった。心が死んでるなどとうそぶく生意気な少年に、本当に死んではほしくなかったのだよ」


 そうして、僕の髪を優しくタュン先輩はでてくれる。

 やがて馬車は止まり、肩越しに御者が振り向いた。

 リシーテさんは降りる準備をしながら、僕に背を向けつぶやく。

 そう、絞り出すように真実を告げてくる。


「ドッティ君、あなたの両親を殺した人間の名は――」


 一瞬、耳を疑った。

 何を言われているのか、さっぱりわからなかった。

 だが、理解不能なその一言が、端的な真実そのものだと感じた。

 直感がそれを教えてくれた。

 ここでリシーテさんが嘘をつく必要はない。そして、普段とは別種の衝撃に僕の心は生き返った。そう、いつも動じた時の、どこか他人事のような平静さが失われてしまった。

 僕はタュン先輩の胸の中で、泣いた。

 あの日、惨殺された両親の前では、出てこなかった涙だ。

 そして、断片的な記憶がよみがえる。


「……行くのかい、リシーテ」

「ええ。じゃあ、あとをお願いね……勇者アナスタシアに関しては、善処してみるわ」

「ありがとう。……また、会えるといいのだが」

「そうね」


 リシーテさんが降りて、馬車は再び走り出した。

 僕は残酷過ぎる真実に傷付けられ、その出血におぼれそうになる。とめどなく流れる涙で先輩を濡らしながら、ずっとぬくもりに甘えて泣き続けるしかできなかった。

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