第26話「背徳の裏切り」

 どうにか僕は、聖堂へと辿たどり着く。

 教会の聖地コゥ=サテンは、静寂せいじゃくに包まれていた。

 中へ入ると、数人の聖職者が昏倒こんとうしている。恐らく、先に進んだタュン先輩が無力化したのだろう。これだけ豪華な聖堂を建てておいて、神父やシスター達は数人しかいなかった。

 高い天井の礼拝堂へと入り、僕は首をかしげる。


「普通の教会と変わらないような……何が違うんだ? この聖地に何の意味が」


 だが、その時だった。

 反響するような声が、僕を呼ぶ。


「ドッティ君か? こっちに来たまえ。地下だ」


 先輩の声が奥から響いた。

 見れば、神父が立つ祭壇さいだんの奥から声が聴こえる。

 すぐに駆け寄ってみると、隠された下り階段が姿を現していた。

 この祭壇をどけて、先輩は地下へと進んだらしい。

 奥には等間隔に蝋燭ろうそくともり、ぼんやりと明かりが続いている。

 迷わず僕は、地下への階段を降り始めた。


「この音……かなり深いぞ? これが、教会の……聖地コゥ=サテンの秘密なのか!?」


 走る僕の足音が、遠く長く響いてゆく。

 地下空間はどうやらかなりの広さがあるようだ。

 そして、壁に反射して膨らむタュン先輩の声が響く。


「なるほど……これを教会は隠していたのか。こんな形で私の夢と対面することになろうとはね」


 先輩の、夢?

 それはもしかしたら……そう思っていた時、視界が開ける。

 聖堂の地下には、想像もしなかったものが広がっていた。


「こ、これは……魔法陣まほうじん!?」


 そう、かなり大規模な魔法陣がそこにはあった。

 地下空間は天井が高く、周囲をぐるりと燭台しょくだいが囲んでいる。その明かりが闇に浮かび上がらせるのは、巨大な魔法陣。

 円形に呪文を並べるタイプと異なり、四角い。

 10m四方程の魔法陣には、その輪郭りんかくかたどる白いラインが光っていた。格子状こうしじょうの白い線が引かれ、その中に無数の紋様もんようと魔法文字が並んでいる。

 四つの角には、奇妙な柱が屹立きつりつしていた。

 どの柱にも、三つの光が……赤、黄色、青の丸い円が並んでいる。

 そして、その魔法陣の中央でタュン先輩が振り向いた。


「やあ、ドッティ君。無事だね?」

「は、はいっ! 先輩、これは」

「これが教会の秘密さ……それとも、唯一神ゆいいつしんトゥラックの秘密と言うべきかな?」

「……教会の、秘密」


 僕は、ある一つの結論を思い描いて戦慄せんりつした。

 教会はトゥラック神をほうじて、人々の救済と平安を祈る宗教団体だ。この大陸では唯一の大型宗教で、どんな小さな集落にも教会がある。

 人は皆、怪我や病気の治癒を祈り、勉学を学び、地域の交流の場として活用してきた。

 教会は一方で、異端いたんとするものを厳しく処断してきた。


「……これは、先輩。教会が」

「そう、この魔方陣は見たことがないタイプのものだ。そして、冒険者ギルドに正式に登録された魔法使いや魔導師、一般的な召喚の儀式に使われるものとも全く学術体系が違う。つまり」

「つまり、!?」


 驚くべき真実だ。

 異端、異教、背教者はいきょうしゃ……そして、魔女。

 こうしたものを公の場で弾劾だんがいしてきた教会が、秘境の地で異端そのものともいえる研究を進めていたのだ。そして、それが自らの教義に反すると知るから、隠した。秘匿ひとくされたこの場所で、密かに研究を進めていたのだ。

 そして、タュン先輩は怪しげに目を細める。


「教会の聖職者、僧侶達が使う法術ほうじゅつの術式ではない……あれは魔法とは異なり、神へと祈りを捧げて奇跡の力を行使するものだ。信仰心にもよるが、怪我や病気の治癒、呪いの解除などだね。でも、この魔方陣は」

「……以前、冒険者ギルドで聞いたことがあります。魔法陣を用いる儀式によって、異界から……異世界からの魔神や高位存在を召喚することができると」

「その通りだ、ドッティ君。そして詳しくは……彼に説明してもらおうか」


 タュン先輩の視線にうながされ、僕は振り向く。

 そこには、先程僕が倒したガルテンさんが立っていた。

 彼はふらふらと、僕達の立つ魔法陣の中に入ってくる。


「知ってしまったか……そう、これが教会の秘密。何十年もかけて、転生せし勇者達から情報を引き出し生み出したものだ」

「ガルテンさん!」

「大丈夫だ、ドッティ君。もう彼は戦えない……戦わない。全ては終わったことなんだ」


 ガルテンさんの目にはもう、光はなかった。

 うつろな視線を彷徨さまよわせながら、彼は懺悔ざんげを始める。


「教会は以前より、唯一神トゥラックを信奉しんぽうしてきた。そして、魔王の出現と前後して、トゥラック神は多くの勇者をこの世界へと招いたのだ。まさに、奇跡……」


 だが、その奇跡が百年続いても、魔王は倒されていない。

 そればかりか、転生してくる勇者達によってこの世界は大きく変化した。文化は多様化して、多くの民に広がった。一方で昔ながらの風俗や暮らしが姿を消してゆく。便利な文明の利器が出回り、それに頼った生活が日常化し始めた。

 異世界警察いせかいけいさつが異文化と異文明を取り締まるのは、こうした動きを制限するためだ。

 そんな中で……教会の連中は誘惑に負けたのだ。

 ガルテンさんは奥の暗がりを見やって、つぶやき続ける。


「あれが発見されたことで、教会の上層部は決意した……それは、外では異端と言われている行為。こちらの世界から、勇者達がいた異世界へと転生するという計画だ」


 僕は思い出した。

 タュン先輩の夢……幼い王女が胸に秘めた願い。

 そう、それを実際に教会は計画していたのだ。

 皮肉を込めてタュン先輩は、辛辣とも言える言葉を突きつけた。


「異端審問によって多くの罪なき人間を殺しておきながら、教会は自ら堕落だらくして、それを隠した。組織の自浄作用とやらが無力なのは、異世界警察も同じだが……全く、見るに耐えないね。何か言いたいことはあるかい? ガルテン・ブラッベール枢機卿すうきけい

「俺には……選択肢はなかった。先代、先々代から受け継がれたこの秘密を……次の法王になる者として、守るしかなかった」

「己のなしてることが罪だという自覚がありながらかい?」

「……教会の罪を背負える人間でなければ、法王として民を導けない」

詭弁きべんだね! 君は自身を正当化し、代々の法王達と同じく誘惑に身を浸した。勇者達が暮らしている異世界への転生を研究し……向こうの世界への野望を夢想したのだ」


 ガルテンさんは否定しなかった。

 だが、僕を見ると小さく自嘲気味じちょうぎみに話し出す。


「ドッティ君、君が両親を殺した……これは正確ではない」

「えっ!? だ、だって、リシーテさんは」

「正確には……勇者だった母親を殺したのは、父親だ。そして君は……母親へ非道な冒涜を働いた父親を殺した。何故なら」


 その続きは、聞くまでもなかった。

 聞きたくなかった。

 もう、真実の残酷さは十分だと思ったんだ。


「何故なら、熱烈な信者だった君の父親に、聴取済みの勇者……転生前の具体的な記憶を聴き取った母親を殺させたのは……教会だからだ」

「……どうして」

「教会は勇者達の世界への道を模索もさくしていた。だが、それを決して外部に漏らすわけにはいかない。有益な情報を得た後は、情報源の勇者には死んでもらうしかなかった」

「死んでもらうしかないなんて、言うなっ! ……あ、ああ……そうだ、僕は……あの時、僕は」


 僕はその場に崩れ落ちた。

 凍っていた記憶の奥底から、幼少期の惨劇さんげきよみがえる。

 死んだ母にまたがり腰を振る父の、その狂気に取り憑かれた表情。やめてと頼んだ僕は突き飛ばされ、床についた手が……母の血に濡れたナイフを握ったのだ。

 本当に全ての記憶を取り戻し、僕は込み上げる嗚咽おえつに絶叫した。

 タュン先輩はそっと僕に歩み寄り、背を抱いてくれる。


「さて、ガルテン枢機卿。自供じきょうの続きは取調室で頼もうか。それと……すでにもう、君が事件に関与した証拠、物証もあるんだ」

「……物証? それは」

「勇者ケネディの死を銃による犯行とし、その犯人を魔女アナスタシアにするため……君はこの銃弾を用意し、意図的にウエッジ氏が捜査で見つけるように仕組んだ。違うかい?」


 先輩は懐から、あのビニール袋に入った弾丸を取り出した。

 そして、語る……何故これが、ビニール袋に包まれているのかを。


「ガルテン枢機卿、勇者達の異世界では……私達のこの世界より何倍も、うんと警察の捜査が発達している。それだけ、凶悪な犯罪、巧妙こうみょうな手口が多いのだよ。だから……魔法のない異世界では、が捜査の決め手となる。科学とは、錬金術れんきんじゅつの発達した姿、世のことわりだ」

「……何が言いたい」

「ウエッジ氏は異世界の捜査法についても、勉強していたようだ。だから、この弾丸にダイイングメッセージを込めたのだ。……ガルテン枢機卿、?」


 タュン先輩はハッキリと言い放つ。

 異世界からもたらされた知識で戦う彼女が、僕には勇者に見えた。


「人の指は皆、それぞれ固有の指紋というものを持っている。指の小さなしわの形は、一人一人違うのだ。そして、指紋は触れたものに残る。……この弾丸から、君の指紋が出てくるはずだが、どうかね? 観念したまえ」

「……ふ、ふっ! ふははははっ! 参ったね……俺の完敗だ。だがっ!」


 不意に、部屋の奥で明かりが灯った。

 煌々こうこうと光る、それは闇に落ちてきた二つの流星だ。燭台の炎とは全く違う、まるで魔法のようなまばゆさが僕達を包む。二つの丸い輝きが、逆光の中で浮かび上がらせる影。

 部屋の奥で不気味な咆哮ほうこうと共に、巨大なけだものが黒い影を浮かび上がらせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る