第8話「真実の頸城」
王都にある
僕は見慣れた詰め所にやってくると、不思議な
ここは
だが、僕とタュン先輩の机がある。
組織に属する自分の居場所を、明確に視覚化した空間はありがたかった。
「ふむ、とりあえずドッティ君」
「は、はいっ!」
「お茶でも飲もう。用意しておいてくれ。私が食堂から湯をもらってこよう」
「あ、タュン先輩! そんな、僕が行きますよッ!」
あいかわらずタュン先輩は、異世界警察の
僕は見慣れてるが、詰め所を覗き込む男達の視線は先輩に
だが、そんな彼女を雑用で食堂まで行かせる訳にはいかない。
僕が
そんなことを考えていた、その時だった。
「はぁい、タュン。それと……ドッティ君だったかしら? ふふ、お疲れ様」
語尾にハートマークが連なってそうな、甘い声。
部屋の入口に、タュン先輩も真っ青な色気の
やはりというか、へそ出しビキニにフンドシスタイルの美女だ。
あまりに女臭いムンムンな
「おや、リシーテ・シリコッティじゃないか。元気だったかね?」
「
どうやらタュン先輩とは知り合いのようだ。
年の頃も先輩と同じか、やや上か。
彼女は僕に熱い視線を注ぎつつも、詰め所となってる部屋に入ってくる。
「例の件、調べておいたわよぉん? ふふ……あたしみたいな女に借りを作ると、高くつくんだから」
「なに、借りれるだけ借りておくさ。ありがとう、リシーテ」
「どういたしまして。ただ、あんまり危ない橋を渡らないでほしいわネ」
リシーテと呼ばれた美女の手には、書類の
この時代、紙は貴重な物資だ。普段は
その製紙の束をバサバサ言わせて、リシーテさんはタュン先輩に並ぶ。
あ、胸と胸との膨らみ、そのほんのり突き出たぷっくりさんがぶつかりそう。
「タュン、あなたの言う通りに過去の事例を調べたわ……
「何人増えたかな?」
「事故死、
「それはそれは……ふふ、どうやら我々はどでかい
フフンと鼻を鳴らして、タュン先輩は嬉しそうだ。
だが、僕としてはたまったもんじゃない。
もとより社会の巨悪と戦う覚悟だし、この世界――転生勇者が異世界と呼ぶ世界――の秩序と調和を守るつもりでいる。だが、連続勇者殺人事件はあまりにも規模の大きな案件だ。場末の二人が追いかけるには、巨大な事件過ぎる。
だが、ふと気になって僕は言葉を挟んだ。
「あ、あれ……僕達は昨夜、ゴーレムもどきの、ロ、ロッ、ロロ――」
「ロボットだ、ドッティ君」
「そう、ロボット! 異界から呼び出されたロボットと格闘していました。そのあと、宿で風呂を借りて宿泊せずに夜の馬車の飛び乗って……さっき着いたばかりですけど」
「そうだな。どうした? 何もおかしいことはあるまい」
いやいや、おかしいでしょう。
リシーテさんは時間を費やしてアレコレ調べてくれたようだ。
僕達と会った時にはもう、その調査結果を手に持っている。
余りにも
そのことを問いただしたら、すぐに訳は知れた。
しかも、
「タュン、そういうことはメールでいいのよ? 突然真夜中に電話してくるから、びっくりしたじゃない」
リシーテさんの手には、あのスマホが……スマホもどきがあった。
そして、闇社会で流通している、違法な密造品だった。
「あーっ! あっ、あっ、あの! リシーテさん!」
「あら、どしたの? えっと、ドッティ君、よね? ふふ……おねーさんの美しさにやられちゃったかしらん? いいのよ、君みたいな子、つまみ食いしたくなっちゃうもの」
「違います! それっ、密造品!」
「ふふ、ケツの穴の小さいことを……これは正規のルートでゲットしたご禁制の品よ?」
「それ、正規のルートっていいません! なんで、どうして!」
「あら……本庁の幹部はみんな持ってるわよ? 便利なんですもの」
なんということだろう……そこには、以前僕とタュン先輩で取り締まったスマホもどきが握られている。本来、この世界にあってはならないものだ。
そして、リシーテさんはそれを隠そうともしない。
どうやらタュン先輩は、昨夜のうちにこれでリシーテさんと連絡を取ったようだ。
「ドッティ君……気にするな。潔癖は身を滅ぼすぞ? これはそう、
「……そーですか、そーですか。でも、そうならそうと……僕にも一言欲しかったですね」
「だから言っただろう? 君の分もスマホを……スマホもどきをどうかと」
悪びれないタュン先輩に、僕は歯ぎしりが止まらない。
だが、こみ上げる怒りをグッと
リシーテさんの話は、実に興味深いものだった。同時に
タュン先輩は茶の準備をしながら、朗々と語る。
「とりあえず、これではっきりした……この世界には、転生勇者を排除しようとする勢力が存在する。個人ではない……組織的に勇者を殺して回る集団がいるようだ」
それは自分も同感だ。
この連続勇者殺人事件は、単独犯ではない。
自分達のいる王国だけでも、これだけの数の勇者が殺害されているのだ。時間も地域もバラバラで、自然死と思えた案件でさえ犯人の影がちらつく。
他の国家を調べれば、その数は膨大なものになるだろう。
大陸全土を覆う、大規模な組織的犯罪……謎の勢力が、魔王を倒すべく神が招いた転生勇者を排除しようとしている。それも、
「まあ、そんな訳だ。助かったよ、リシーテ。礼と言ってはなんだが、茶でもご
タュン先輩は湯を入れる小さな壺を持って、行ってしまった。
ずっと
そして、その背を見送りながら僕がぼーっとしているとい、リシーテさんはフフフと意味深な笑みを浮かべる。
「ドッティ・カントン君……よね? 階級は巡査」
「え、ええ」
「タュンから頼まれてたのよ。あなたのことも調べておいてくれって。そう……あなたの両親が惨殺された、あの凄惨な事件のことを」
「……! そ、それは」
僕が壊れてしまった、あの日。
冷たくなった父と母とが、
幼少期の僕の、消したくても消せない記憶だ。
そのことをタュン先輩は、どうやら気にかけてくれたらし。余計なことをと思う反面、あの
「当時の捜査記録は、少し不鮮明なとこがあるわね……ただ、はっきりしてることは一つ。あなたのご両親を殺害した犯人は、密室ともいえる屋内に痕跡も残さず侵入してるわ」
「そ、それは……そうかも、しれません」
僕はあの日を、はっきり覚えていない。
だが、両親は普通の人間で、平凡な一戸建てに住む夫婦だった。父の職業は
そのありふれた生活は、何者かによって破壊された。
僕の目の前で、血の海に染まったのだ。
「あなたのご両親は切り刻まれ、お母様はその前に
「……そう、ですか」
「タュンに頼まれた範囲で調べたけど……ただ、はっきりとわかったことが一つだけあるわ」
それは、僕も知らなかった真実。
そして、どこかおぼろげで曖昧な幼少期の知らない現実だった。
リシーテさんの言葉で、僕は初めてそのことを知る。
「ドッティ君、君のお母さんは……転生勇者よ。そして、まだはっきりとわかってはいないけど、例の勇者連続殺人事件の被害者とも言えるわ」
信じられない話で、突然ハンマーで強打されたような衝撃だった。
衝撃に全身が吹き飛ぶ、そのことすら知覚できないような驚き。
だが、その時初めて僕は知った。両親の
僕は、僕が壊れてしまった瞬間が、大きな事件に繋がっていることを知ったのだった。
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