第8話「真実の頸城」

 王都にある異世界警察いせかいけいさつの本庁……その庁舎へとおもむくのは、三ヶ月ぶりだ。

 僕は見慣れた詰め所にやってくると、不思議な安堵感あんどかんを覚える。

 ここは特務捜査官とくむそうさかんの僕とタュン先輩に用意された場所……と言えば聴こえはいいが、ようするに物置になっていた空き部屋を片付けただけの場所だ。

 だが、僕とタュン先輩の机がある。

 組織に属する自分の居場所を、明確に視覚化した空間はありがたかった。


「ふむ、とりあえずドッティ君」

「は、はいっ!」

「お茶でも飲もう。用意しておいてくれ。私が食堂から湯をもらってこよう」

「あ、タュン先輩! そんな、僕が行きますよッ!」


 あいかわらずタュン先輩は、異世界警察の紋章もんしょうきざまれた外套がいとうをマントのように羽織はおっている。その下は天下御免てんかごめんのビキニアーマー、それもハイレグ具合の凄いやつだ。最近太ったかもしれないとこぼしていた、我らが痴女姫警部ちじょひめけいぶは……ムッチムチのタユンタユンでエロめかしい。

 僕は見慣れてるが、詰め所を覗き込む男達の視線は先輩に釘付くぎづけだ。

 だが、そんな彼女を雑用で食堂まで行かせる訳にはいかない。

 僕が猥褻物陳列罪わいせつぶつちんれつざいに問われてしまう。

 そんなことを考えていた、その時だった。


「はぁい、タュン。それと……ドッティ君だったかしら? ふふ、お疲れ様」


 語尾にハートマークが連なってそうな、甘い声。

 部屋の入口に、タュン先輩も真っ青な色気のかたまりたたずんでいた。その人物は、着崩きくずした外套をひじまでぶら下げていた。なだらかな肩があらわで、長い長いすそを引きずっている。

 やはりというか、へそ出しビキニにフンドシスタイルの美女だ。

 あまりに女臭いムンムンな色香いろかは、タュン先輩とは別の意味でいかがわしい。


「おや、リシーテ・シリコッティじゃないか。元気だったかね?」

おおむね、ね。仕事を頼んでおいて、おや、はないんじゃないかしらん?」


 どうやらタュン先輩とは知り合いのようだ。

 年の頃も先輩と同じか、やや上か。

 彼女は僕に熱い視線を注ぎつつも、詰め所となってる部屋に入ってくる。


「例の件、調べておいたわよぉん? ふふ……あたしみたいな女に借りを作ると、高くつくんだから」

「なに、借りれるだけ借りておくさ。ありがとう、リシーテ」

「どういたしまして。ただ、あんまり危ない橋を渡らないでほしいわネ」


 リシーテと呼ばれた美女の手には、書類のたばが握られている。

 製紙せいしだから、その重要度が高いものだろう。

 この時代、紙は貴重な物資だ。普段は羊皮紙ようひしの巻物で情報は保管されるし、そうでないものは全て記憶に頼っている。高度な技術で作られた製紙は、貴重なのだ。

 その製紙の束をバサバサ言わせて、リシーテさんはタュン先輩に並ぶ。

 あ、胸と胸との膨らみ、そのほんのり突き出たぷっくりさんがぶつかりそう。


「タュン、あなたの言う通りに過去の事例を調べたわ……連続勇者殺人事件れんぞくゆうしゃさつじんじけん。その被害者とおぼしき人間は、公的にカウントされている以上にいそうね」

「何人増えたかな?」

「事故死、老衰ろうすい、その他もろもろ……今まで無関係だと思えた転生勇者の死の中から、新たに57件の事例が追加されそうネ」

「それはそれは……ふふ、どうやら我々はどでかいドラゴンの尻尾を踏んだようだな。喜べ、ドッティ君。追いかける敵の姿は膨らむばかりだな」


 フフンと鼻を鳴らして、タュン先輩は嬉しそうだ。

 だが、僕としてはたまったもんじゃない。

 もとより社会の巨悪と戦う覚悟だし、この世界――転生勇者が異世界と呼ぶ世界――の秩序と調和を守るつもりでいる。だが、連続勇者殺人事件はあまりにも規模の大きな案件だ。場末の二人が追いかけるには、巨大な事件過ぎる。

 だが、ふと気になって僕は言葉を挟んだ。


「あ、あれ……僕達は昨夜、ゴーレムもどきの、ロ、ロッ、ロロ――」

「ロボットだ、ドッティ君」

「そう、ロボット! 異界から呼び出されたロボットと格闘していました。そのあと、宿で風呂を借りて宿泊せずに夜の馬車の飛び乗って……さっき着いたばかりですけど」

「そうだな。どうした? 何もおかしいことはあるまい」


 いやいや、おかしいでしょう。

 リシーテさんは時間を費やしてアレコレ調べてくれたようだ。

 僕達と会った時にはもう、その調査結果を手に持っている。

 余りにも手際てぎわが良すぎる。

 そのことを問いただしたら、すぐに訳は知れた。

 しかも、公僕こうぼくにあるまじき不徳が。


「タュン、そういうことはメールでいいのよ? 突然真夜中に電話してくるから、びっくりしたじゃない」


 リシーテさんの手には、あのスマホが……虹水晶にじすいしょうで作ったそれは、転生勇者が持ち込んだテクノロジー。

 そして、闇社会で流通している、


「あーっ! あっ、あっ、あの! リシーテさん!」

「あら、どしたの? えっと、ドッティ君、よね? ふふ……おねーさんの美しさにやられちゃったかしらん? いいのよ、君みたいな子、つまみ食いしたくなっちゃうもの」

「違います! それっ、密造品!」

「ふふ、ケツの穴の小さいことを……これは正規のルートでゲットしたご禁制の品よ?」

「それ、正規のルートっていいません! なんで、どうして!」

「あら……本庁の幹部はみんな持ってるわよ? 便利なんですもの」


 なんということだろう……そこには、以前僕とタュン先輩で取り締まったスマホもどきが握られている。本来、この世界にあってはならないものだ。

 そして、リシーテさんはそれを隠そうともしない。

 どうやらタュン先輩は、昨夜のうちにこれでリシーテさんと連絡を取ったようだ。


「ドッティ君……気にするな。潔癖は身を滅ぼすぞ? これはそう、超法規的措置ちょうほうきてきそちだ。捜査のためならば、ある程度は非合法な手段も有効活用せねばならない」

「……そーですか、そーですか。でも、そうならそうと……僕にも一言欲しかったですね」

「だから言っただろう? 君の分もスマホを……スマホもどきをどうかと」


 悪びれないタュン先輩に、僕は歯ぎしりが止まらない。

 だが、こみ上げる怒りをグッとこらえて、二人の話を促す。

 リシーテさんの話は、実に興味深いものだった。同時に戦慄せんりつをも連れてくる……なんて恐ろしい話なんだ。僕達が知るずっと前から、この世界で転生勇者は殺され続けていたのだ。それも、魔王が率いる闇の軍前とは関係なく、守るべきこの世界そのものによって背中から。

 タュン先輩は茶の準備をしながら、朗々と語る。


「とりあえず、これではっきりした……この世界には、転生勇者を排除しようとする勢力が存在する。個人ではない……組織的に勇者を殺して回る集団がいるようだ」


 それは自分も同感だ。

 この連続勇者殺人事件は、単独犯ではない。

 自分達のいる王国だけでも、これだけの数の勇者が殺害されているのだ。時間も地域もバラバラで、自然死と思えた案件でさえ犯人の影がちらつく。

 他の国家を調べれば、その数は膨大なものになるだろう。

 大陸全土を覆う、大規模な組織的犯罪……謎の勢力が、魔王を倒すべく神が招いた転生勇者を排除しようとしている。それも、狡猾こうかつに、残忍ざんにんに。あたかも異物の干渉を取り締まる異世界警察よりも強硬に、流入する全ての元凶たる勇者そのものをシャットアウトするように。


「まあ、そんな訳だ。助かったよ、リシーテ。礼と言ってはなんだが、茶でもご馳走ちそうしよう。ドッティ君、私はちょっと湯を取ってくる」


 タュン先輩は湯を入れる小さな壺を持って、行ってしまった。

 ずっとかまどに火の灯っている食堂ならば、沸騰した湯をもらえるのだ。

 そして、その背を見送りながら僕がぼーっとしているとい、リシーテさんはフフフと意味深な笑みを浮かべる。


「ドッティ・カントン君……よね? 階級は巡査」

「え、ええ」

「タュンから頼まれてたのよ。あなたのことも調べておいてくれって。そう……あなたの両親が惨殺された、あの凄惨な事件のことを」

「……! そ、それは」


 僕が壊れてしまった、あの日。

 冷たくなった父と母とが、血塗ちまみれで沈んでいる原風景。

 幼少期の僕の、消したくても消せない記憶だ。

 そのことをタュン先輩は、どうやら気にかけてくれたらし。余計なことをと思う反面、あの飄々ひょうひょうとした先輩が僕のことを気遣きづかってくれたのが嬉しい。


「当時の捜査記録は、少し不鮮明なとこがあるわね……ただ、はっきりしてることは一つ。あなたのご両親を殺害した犯人は、密室ともいえる屋内に痕跡も残さず侵入してるわ」

「そ、それは……そうかも、しれません」


 僕はあの日を、はっきり覚えていない。

 だが、両親は普通の人間で、平凡な一戸建てに住む夫婦だった。父の職業は鍛冶屋かじや、主に冒険者が使う武器を作っていた。僕の世話をしながら家事一切を受け持っていた母も、ごくごく平凡な主婦だったと思う。

 そのありふれた生活は、何者かによって破壊された。

 僕の目の前で、血の海に染まったのだ。


「あなたのご両親は切り刻まれ、お母様はその前に悪漢あっかんおかされていたわ。その上で、殺したあとに死体もはずかしめられている……陵辱りょうじょくの限りを尽くされたみたいね」

「……そう、ですか」

「タュンに頼まれた範囲で調べたけど……ただ、はっきりとわかったことが一つだけあるわ」


 それは、僕も知らなかった真実。

 そして、どこかおぼろげで曖昧な幼少期の知らない現実だった。

 リシーテさんの言葉で、僕は初めてそのことを知る。


「ドッティ君、君のお母さんは……よ。そして、まだはっきりとわかってはいないけど、例の勇者連続殺人事件の被害者とも言えるわ」


 信じられない話で、突然ハンマーで強打されたような衝撃だった。

 衝撃に全身が吹き飛ぶ、そのことすら知覚できないような驚き。

 だが、その時初めて僕は知った。両親のかたきは、自分達が追う勇者連続殺人事件の犯人。勇者をただただ殺す、有無を言わさず消してゆく者達の毒牙に両親はやられたのだ。

 僕は、僕が壊れてしまった瞬間が、大きな事件に繋がっていることを知ったのだった。

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