第27話「異世界への扉」
それは、とても奇妙なモンスターだった。
そう、モンスター……魔物、だと思う。
だが、僕にはどこか
タュン先輩はただただ、目を細めて
「先輩っ! あれは……何かいます、こっちに来ますよ!」
「まあ、待ちたまえ。あれは、生き物の
「えっ!? で、でも」
だが、四本の前足と後足は酷く短く、頭部ばかりが大きい。逆に後ろ側は真っ平らになっており、妙に不自然な直線で構成されていた。
確かに、先輩の言う通りかも知れない。
今にも飛びかかってくるかのように、身を低く構える
「あの足……先輩っ! 車輪です! 生き物じゃなくて」
「そう、恐らく
「では、あれは」
「うむ! 異世界のものだ」
その時、
そして、僕達が振り返る先で……ゆっくり身を起こした男が笑っていた。
身をゆすり、喉をのけぞらせながら立ち上がったのは、ガルテン・ブラッベール
「見ろぉ! あれこそが……あれこそが、この
――唯一神トゥラック。
それが、教会が
そのトゥラック神の化身が、あの荷車なのだろうか?
そして、甲高い
「
ガルテンさんは、開き直りとも取れる声をあげる。
だが、ゆっくりとタュン先輩はガルテンさんへ歩み寄った。
「宗教とは本来、
「そうとも! だが、文明が発達するにつれて、徐々に人々の信仰心は薄れていった。そして、百年前の
あまりにもこの世界の暮らしは、便利になり過ぎた。
祈り願う前に、やれることが増えたのだ。
それは進歩だと言えるが、転生勇者によって異世界からもたらされたものが、正当な進化かどうかは難しい。難しいからこそ、法を作って異世界警察に取り締まらせているのだ。
ガルテンさんの演説は続く。
その異様な興奮に
「人は豊かになると、
「見くびらないでもらえるだろうか、ガルテン枢機卿。それは人間をお
「黙れっ! 教会が真に威光を取り戻すため、転生勇者の出入りを完全に把握、掌握してコントロールする必要があった」
「おやおや、神様のやることに通行税でも取るのかい?」
ガルテンさんの言い分が、僕には少し理解できる。
だが、決して共感できない。
そして、認めてしまう訳にはいかなかった。
教会という魂の救済を目的とした組織が、その組織自体のために動き出した結果がそこにはある。宗教は
しかし、それをガルテンさんに理解してもらうことはできないだろう。
魔法陣の中央、四角く切り取られた中心で彼は叫ぶ。
「お前達によって教会の暗部は暴かれるだろう……だが、その時にはもう俺は! この世界にはいない! 勇者が転生するまで住んでいた異世界へ、俺は行く! そこにはもう、異世界警察の捜査の手も
「はっ……先輩っ! 危ない!」
僕は即座に、先輩へ飛びついて押し倒した。
今まで僕達が立っていた場所を、風が突き抜ける。
爆音を撒き散らしながら、例のトゥラック神の御神体が突っ込んできたのだ。
そして、先輩の胸の谷間から顔をあげて、僕は見た……笑いながらガルテンさんは、その巨大な鉄の荷車に
そこには、無残な姿を
「そう、これで……正しい、手順……皆、そう、言って、た……この、方法が、転生を」
血を吐きながらも、ガルテンさんの表情は穏やかになっていく。
そして、僕の下でタュン先輩も身を起こした。
「助かったよ、ドッティ君。だが、私を押し倒すなど十年早いぞ?」
「す、すみません」
「ふふ、今はまだな……だが、その先は楽しみというものだ。さて」
先輩は立ち上がると、ガルテンさんへと歩み寄る。
すぐに
ガルテンさんは既に、
大いなる陰謀が明らかになったが、その全ての秘密を持ってガルテンさんは
それもまた、誰にもわからない。
小さく
「かつて私は、勇者達の暮らしていた世界に憧れた。それは、異端だと言われたのだがね。神があちらからこちらへと、勇者を運ぶ。その流れに逆らい、こちらからあちらへ行くなど背信だ、とね」
「じゃあ、ガルテンさんは」
「彼は既に、宗教家としての
その時、あの御神体がボン! と爆発した。
壁へと突っ込んだまま、メラメラと音を立てて燃え始める。
やはり、あれは機械だ。
以前、勇者アイゾウ氏が呼び出した機械のゴーレムと似ていた。機械、つまり装置…つまり、物質でしかないもの。道具だ。それを
それを神と崇めれば、
神は常に、献身を持って働く者にこそ宿るのだ。
「ふむ、いかんね……火が回り始めた。逃げようか、ドッティ君」
「は、はい……でも、ガルテンさんは。うわっ! 火が!」
「生き残ることが先だ。容疑者死亡のままでも、立件することはできるさ。さあ、戻ったら忙しくなるぞ……教会に対しても、大規模な立ち入り捜査が行われるだろう」
「……これで、よかったのでしょうか」
「
急いで階段を上がりながらも、走るタュン先輩は即答した。
彼女には迷いはない。
そして、慎重に捜査を進めていた巨悪は、ついに暴かれだのだ。
犠牲を強いられた。
帰らぬ人となった者達は皆、死んでいい人間ではなかった。死んでいい人間など存在しないのだ。ガルテンさんでさえ、罪を
僕は外へ出て、地の底が爆発で崩落してゆく音を聴いた。
外に出ると既に、リシーテさんが手配してくれたのだろうか……? 異世界警察の大規模な人員が聖堂を取り囲んでいた。その中へと、まるで
「
「ま、待ってくださいよ!」
肩で
入れ替わるように、大勢の捜査員が聖堂の中へと
僕達が必死で追い詰め、白日のもとに晒した真実。
それがもたらしたのは、今までより眩しいとさえ思える日常だ。あまりに当たり前に暮らしていたタュン先輩と僕が、魔女だ背教者だと社会から敵視される……そんな危険な状態が終わりを告げたのだ。
「先輩っ! とりあえず王都に戻りましょう」
「うん、そうだな。その前に……」
「その前に?」
「この地方は実は、
「ちょ、先輩っ!」
「はっはっは、今夜は祝杯だ。地元の人間に聞いて、
タュン先輩はいつもの調子で、既に次を
普段通りの全く変わらぬ先輩をみていると、僕まで戻ってきたという実感に満たされる。この
その、あまりにもまばゆい光に、僕はついていけるだろうか?
いや、
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