第25話「激闘!最強の聖導騎士」

 けわしい山道が続く。

 本格的な登山の様相ようそうていしてきた中、自然と僕とタュン先輩は無口になっていった。体力を温存しながら、黙々と岩肌を登る。道と言えるかどうかも怪しい登山道とざんどうは、あっという間に勾配こうばいの厳しい急斜面になってゆく。

 先輩は前を登りながら、手を伸べてくれた。

 その手を握って引っ張り上げられ、さらに上がって今度は僕が手を引く。

 相棒の存在を、僕は今日ほどありがたいと思ったことはない。

 タュン先輩もそう思ってくれてたら、嬉しい。

 そして、突然視界が開けた。


「見ろ、ドッティ君……あれが聖地コゥ=サテンだ」

「あ、あれが……」


 山頂には、古い火口が広がっている。

 その窪地くぼちになった中央に、古い古い聖堂が建てられていた。訪れる者も少ない、秘境ひきょうとさえ言える聖地にしては、やけに立派な聖堂だ。しかも、まだ新しい。

 走れば5、6分という距離に、僕達は荘厳そうごんな建築物を見下ろしていた。


「この場所は、信仰心が特に厚い敬虔けいけん信徒しんと、そしておのれを高めてさとりを得たい聖職者のみが訪れる場所だ。だが、どうかね? 少し、成金趣味なりきんしゅみが過ぎないかね、あの聖堂は」

「た、確かに……何か、キラキラしてますね」


 風雨にさらされてきたにしては、やけに手入れが行き届いている。それに、屋根に輝く十字架じゅうじかも、黄金に宝石をあしらった豪奢なものだ。

 こんなにもきらびやかな宗教建築は、ちょっと見られない。

 教会の総本山にある大聖堂だって、もっと質素でおごそかな雰囲気なのに。

 そう思っていると、頭上から声が落ちてくる。


「よく辿たどり着いたな……だが、ここまでだ。背教者はいきょうしゃよ、今すぐ抵抗をやめろ!」


 振り向き視線をあげると、冷たい風にマントを棚引たなびかせる男が立っていた。

 巨岩の上に剣を突き、その柄に両手を置いて直立不動の聖導騎士せいどうきし、ガルテン・ブラッベール枢機卿すうきけいだ。教会でも法王に次ぐ権力を持った、事実上の最高指導者でもある。

 次期法王とうわさされる男は、剣を抜くと飛び降りる。

 僕達の前にズシャリと着地し、装飾が施されたさやを放り捨てた。


「今なら命までもは取らん……だが、知り過ぎたこと、さらに知ろうとすることへの罪はあがなってもらうぞ」

「おやおや、聖導騎士様は怖いことを言う。聞いたか? ドッティ君。命までもは取らんと言うが、私は魔女で君は共犯者だ。待ってる拷問は百や二百ではない。さて、どうしたものかね」

「タュン・タプルン! そして、ドッティ・カントン! ……ここまでだ」


 だが、僕はジッテを抜き放つと一歩前へと進み出る。

 寒さも恐怖も感じているが、肉体が震えてすくむことはなかった。一度だけ肩越しに振り返って、タュン先輩へ僕は言い放った。


「先輩っ! 先に行ってください。あの聖堂に真実が……なら、僕がここでガルテンさんを食い止めますっ!」

「ん、では頼む」

「……止めないんですか!? 少しは心配してください、一度くらいはよせとか言ってくださいよぉ!」

「ふむ、だが何の心配もしてないのだ。ドッティ君、君はやればできる男だ」


 グイと突然、マントを引っ張られた。

 そして、冷たくなったほおにやわらかなぬくもりが触れる。

 先輩の吐息といきを感じた、それは一瞬のキスだった。

 驚き目を見張る僕の背を、タュン先輩はバン! とたたく。


「頼むぞ、ドッティ君。全部終わったら、何か安くて美味いものをおごってやろう」

「……はいっ!」


 先輩はそれだけ言うと、火口への斜面を降り始める。

 走り出す背を追おうとしたガルテンさんの前に、僕は自分の矮躯わいくを押し込んだ。


「ここは通さないっ!」

「どけっ、ドッティ・カントン!」

「どきません……どけませんよ! 絶対に!」


 ヒュン、と風切る刃が振るわれる。

 僕の握るジッテが、金切り声で火花を歌った。

 しびれが走る両手でジッテを握って、僕は防戦しながら立ちふさがる。

 教会の最強騎士を前に、無謀だった。

 だが、無茶だと知ってさえ、無理だとは思わない。

 僕の心は今、こんなにもんでおだやかな冷静さに満ちているから。やっぱり、僕の心は死んでいる。壊れているのだ……はっきりとガルテンさんの太刀筋たちすじが見える。


「くっ、この俺が苦戦だと!?」

「あなたは強い! でも……僕だって訓練は受けてる。そういう人間が守りに徹したら、ちょっとやそっとじゃ殺せないって、わかってくださいよ!」

「こんな児戯じぎにも等しい力で、この俺にっ!」


 戦う必要はないし、倒そうとしなくてもいい。

 ガルテンさんを足止めして、先に行かせなければいいのだ。

 危うい剣舞に踊る僕を、何度も死が擦過さっかする。どれもが必殺の一撃で、その全てに殺気が宿っていた。だが、氷のような冷たい判断力が、僕の全神経に緊張感を満たす。

 極限の集中力の中、僕は自分でも不思議に思えるくらい、冷静だった。


「クソッ、どけぇ!」

「どきません!」

「つくづくがたい! まさに呪われし者、そのものだっ! ……思い出させてやろう、ドッティ・カントン! 貴様の両親が何故なぜ惨殺ざんさつされたのかを!」


 動揺を誘う見えいた挑発だった。

 だが、僕は無言でジッテを動かし続ける。

 神速で繰り出される刺突しとつと斬撃を、さばいていなす。

 少しずつ下がっているのはわかっている、だが時間は稼げている。

 そして……ガルテンさんにもう、言われるまでもない。

 僕はすでに真実を知り、さらなる真実を求めているのだ。


「そう、僕の両親はむごたらしく殺された! 死んでいい人ではなかった……でも、殺されたんだ!」

「そうだ! その犯人を俺は知っている。さあ、無駄な戦いをやめろ。俺が予定通り法王になれば、その恩赦おんしゃでお前を生かすことだってできよう!」

「人に与えられた生、それは死んでいないだけだ! 生きるということは、自分で選ぶこと! 僕はタュン先輩にそう教わったんだ。それに」


 ――そう、それに。

 既に真実は我にあり。

 驚きに表情をゆがめるガルテンさんは、僕の言葉に動きが鈍った。

 逆に僕は、さらなる集中の中で精神力が研ぎ澄まされてゆく。


「僕はもう知っている! 両親を殺したかたきを! それは」

「……なん、だと……お前は、それを知ってて、それで俺に!」

「そうだ……タュン先輩達が教えてくれたんだ。真実を求めるなら、それを恐れず受け止める必要がある。僕は耐えられなかった、耐え難かった! でも、耐えた!」


 僕は大声で叫びながら、ジッテの枝分かれした部分を剣へとませた。

 鍔迫つばぜいの形でガルテンさんへと全力を押し込む。


「両親を殺した人間……! 小さい頃の僕、ドッティ・カントンが両親を殺した! !」


 そう、忘れ得ぬ惨劇をもたらした殺人鬼。

 それは僕、ドッティ・カントンだ。

 リシーテさんが封印された捜査資料を探し当ててくれて、それでわかったのだ。

 

 血塗ちまみれの母、そのまま陵辱りょうじょくされた母。

 そして、血の海に沈んだ父。

 断片的な記憶がパズルのピースとなって脳裏に散らばる。

 未だに絵の全貌が見出だせなくても、僕は自分の凶行きょうこうを思い出した。トラウマの元凶、無意識に封じてきた記憶を取り戻しつつあるのだ。


「……そこまで、知ってしまったか。だが!」

「くっ! 知りたくはなかった! でも、真実というものは選べない。二つに一つというものじゃないんだ! 作れないし、いつわれない、だから唯一の真実は大切なんだ!」


 全身の筋肉が悲鳴をあげていた。

 だが、僕は歯を食いしばってジッテを押し込む。

 乾いた音が響いて、ガルテンさんの剣が根本からへし折れた。

 それでガルテンさん自身も、心が折れてしまったかのように言葉を失う。呆然ぼうぜんとしてしまったその長身を蹴り飛ばすと、そのまま彼はストンと尻もちをついて動かなくなった。


「この、俺が……負ける、だと?」

「勝ち負けじゃないっ! あるべき姿で、あるがままに……この世界、人々の暮らし、魔王と戦う勇者達……その全てのありかたを守るのが、僕達異世界警察いせかいけいさつだ!」


 全身が焼けるように熱い。

 のどを出入りする荒げた呼吸が、まるで熱風のように感じられた。

 全身に疲労物質がくまなく行き渡り、僕も倒れそうになる。

 だが、ふらつく足取りで僕はタュン先輩を追った。

 背中を向けたが、既にガルテンさんの戦意は失われている。先程の鬼気迫る殺気が嘘のように、彼はうつむきながらつぶやく。


「……俺は、ただ……長らく、続いた……教会の、秘密を。世界の……秘密を、守る、ために」


 僕は無視して先へと進む。 

 だが、思うように脚が動かない。

 ヘトヘトで心身ともに憔悴しょうすいしきっていたが、それでもタュン先輩を追いかける。

 背中で聴くガルテンさんの声は、徐々に細く小さくなっていった。


「教会、の……トゥラック神の、加護……転生せし、勇者の秘密……その奇跡、そのものを……長年かけて、少しずつ……痕跡こんせきも残さず、極秘に。勇者達の口を封じて」


 僕は一度だけ振り返ると、叫んだ。

 そこにもう、若き枢機卿の威風堂々いふうどうどうたる姿はなかった。


「教会のことなんか知らない! 興味もないですよ! ただ……悪事はあばくし、真実を捻じ曲げる者とは誰とでも戦います! これから僕は、僕自身とだって戦い続けますから」


 それだけ言って、僕は走り出した。

 疲労困憊ひろうこんぱいの身体が重く、這い上がる寒さに汗が冷たく乾いてゆく。

 それでも僕は、真っ直ぐ聖堂を見詰めて聖地へと脚を踏み入れた。

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