第2話「マウストラップ」

 僕の名は、ドッティ・カントン。

 転生勇者達が異世界と呼ぶ、生まれ育ったこの世界を守る異世界警察いせかいけいさつだ。まあ、特務捜査官とくむそうさかんというありがたーい肩書かたがきと一緒に、場末の部署に追いやられているけど。

 今日も今日とて、異世界警察は法と秩序のために働いている。

 いまは封建社会ほうけんしゃかいで、剣と魔法の世界で、魔王が支配する暗黒時代だ。

 だから、そうした価値観を逸脱いつだつした要素は取り締まらなければいけない。


「はーい、ちょっと立ち止まってください! 異世界警察です!」


 僕はジッテと呼ばれる警棒けいぼうを、両手で水平に抱えて立ち塞がる。

 ここは、冒険者達に人気の迷宮ダンジョンだ。名は確か『翡翠ノ回廊ヒスイノカイロウ』だったかな? 地下三階。その名の通り、翡翠の輝きが暗く光る回廊が、地の底まで続いている。

 僕の制止に、渋々しぶしぶと言った感じて冒険者のパーティが立ち止まった。


「ああ? くっそ、ここにきて検問けんもんかよ!」

「急いでんのよ、早くしてよね! 他の連中に下層の宝箱を取られちゃうわ!」

国家権力こっかけんりょくの犬め、俺等みたいなしたつかまえて何なんだよ!」


 まだ捕まえてはいない。

 けど、下へと向かう階段前で、僕は全ての冒険者をつかまえる。

 チラリと横目に上司を見れば……タュン・タプルン警部けいぶはけだるげに書類仕事の真っ最中だ。製紙が珍しい時代に、書類のたばがどこか白々しい。違法冒険者の取り締まりになど、協力する素振りも見せない。

 相変わらずの水着みたいな鎧で、はちきれんばかりのダイナマイトボディをギリギリのギリでおおっている。マントみたいに異世界警察の紋章が入った外套がいとう羽織はおっているが、はっきり言ってかなりいかがわしい格好だ。

 僕は上司の協力をあきらめ、職務に専念する。


「申し訳ありません、全員冒険者証ぼうけんしゃしょうを提示願えますか?」


 冒険者はすべからく、全員が冒険者ギルドに所属している。

 異世界から転生してきた勇者も、魔王打倒を目指す限り同じだ。

 僕が足止めした三人組は、心底面倒くさそうにふところから木片を取り出す。手の平サイズの木の板は、それぞれの名前や職業、ギルドで冒険者証を更新した日時がきざんである。

 それを検分して、その一つ一つを精査した。

 一つを除いて、問題はない。

 その一つを手に、僕は三人組のリーダーらしき男へと語りかけた。

 なるべく穏便おんびんに。


「えっと、そちらの方……冒険者証の更新期限が切れてます。失効しっこうしてますね、これ」

「あぁ!? そりゃお前っ、ちょっとだろうが! いそがしかったんだよ、先月まで!」

「しかし、冒険者ギルドで更新手続きを取ってもらわないと」

「それじゃ、何か? その間、仕事を休めってのか!」

「正規の冒険者証を持たない冒険者は、迷宮の探索等ができない規則でして」


 リーダー格の男は、恐らく戦士だ。その横で、僧侶そうりょと思しき女性と魔法使いらしき少年が不安げにおろおろしている。

 規則は規則だし、何かあったら責任問題だ。

 それに、冒険者ギルドが発行する冒険者証には意味がある。

 定期的に冒険者を公的機関に出頭させ、その能力を調べるのだ。人間、歳を取ればおとろえるし、怪我をした時期や病気をわずらった時期は弱る。そうした人間を危険な迷宮に入れないために、冒険者証の制度があるのだ。


「すみません、他の二人の方は大丈夫ですが……そちらの方は」

「急いでるんだよ、おまわりさんよぉ!? 今朝方けさがた、王国の方からこの迷宮に新し宝箱の配布があったって聞いてるんだ! 他の連中に横取りされちまう!」

「横取りもなにも、迷宮の宝箱は誰のものでもなくてですね」

「じゃあ何か? たかが冒険者証の更新を忘れてただけで、俺の扶持ぶちをなくそうってのかい! こいつら仲間の手前もある、どうしてくれんだ!」


 どうしてくれんだ、と言いたいのはこっちの方だ。

 よくもまあ、冒険者証が失効してるのにも気付かず、危険な迷宮にノコノコ来てくれたものだ。

 でも、僕は怒鳴どなりたい気持ちをグッとこらえて言葉を続ける。

 つもりだった。

 その瞬間までは。


「ね、ねっ! 待って! ほら……後! モンスターが! 湧いてる、ごっついのが湧いてる!」

「ホントだ! とりあえず、応戦しなきゃ! 宝箱の回収もなにもあったもんじゃない! こんな所で検問に引っかかるから、もぉ!」


 突然、迷宮内にけだもののような咆哮ほうこうほとばしる。

 僕が足止めしてた冒険者達の背後に、ゆらりと威容いようが姿を現した。

 狭い通路内を密閉するようなプレッシャーは、巨大なモンスターだ。

 思わず僕は、ジッテを抜きつつ叫ぶ。


「クッ、こんな浅い階層でサイクロプスだって!? ちょ、ちょっとタュン先輩! サイクロプスです、サイクロプス!」


 サイクロプス、それは一つ目の巨人だ。

 知能は低いが、人間の倍以上の巨躯きょくから繰り出される怪力は強烈の一言に尽きる。そして、その手には血濡ちぬれの棍棒こんぼうが握られていた。非常にまずいことに、ついさっき別のパーティを襲って全滅させた直後らしい。

 ジッテを持つ手が震える。

 基本的に、異世界警察の特務捜査官はモンスターとの戦闘を前提としていない。

 ちらりと視線を走らせれば、タュン先輩はようやく書類の束をかばんにしまいこんだ。

 だが、先程の冒険者三人組の、そのリーダーは嫌味いやみな笑いを向けてくる。


「俺ぁ戦わんぜ? 何せ、冒険者証を失効してるからなあ? 冒険者として戦ったら、違法だよなあ?」


 うわっ、馬鹿がちょっと頭を使ってみせた、その実自分の馬鹿を露呈ろていした瞬間だ。自分の生命いのちがかかっているのに、そんなことが言えるのか? 信じられない。

 だが、法的な手続きの意味では彼の言う通りだ。

 冒険者としての探索、戦闘には冒険者証がいる。

 冒険者ギルドに認可された者しか、冒険者として活動してはいけない。

 そのことを脳裏に再確認していると……面倒くさそうにタュン先輩が歩み出た。


きみ、ちょっと下がっていたまえ。あと、そこの彼、規定に従って罰金だ」

「あ、あのっ! 先輩!」

「何、気にするな。サイクロプス程度ならば、私の敵でもあるまい」


 意味不明な余裕で、タュン先輩はフンと鼻を鳴らす。

 そして、彼女がすっとべた手が、バチバチとあお稲妻いなずまを握り始めた。


「えっ、タュン先輩……魔法、使えるんですか!?」

「私とて以前は一国の王女だ。これくらいは……たまには、久しぶりに、うん、時々は……おろ? おっかしいな」


 たのもしく思えたのも、一瞬の出来事だった。

 シュボン! と、タュン先輩が構築していた魔法の呪文がき消える。先輩自身のマナが足りなかったのか、それとも最初からそんなじゅつなど使えなかったのか。

 だが、絶叫を張り上げるサイクロプスにとっては関係ない。

 いつも通り飄々ひょうひょうとしているタュン先輩めがけて、鋼鉄の棍棒が振り上げられた。

 だが、全てを肉塊にくかいに帰す鉄塊てっかいは、落ちてはこなかった。

 まあ、ムチムチとした全てをいつでもさらしているタュン先輩は、さながら、見るも猛毒な毒婦どくふという名の肉そのものだが。

 彼女が小首を傾げる中、サイクロプスの絶叫が響いた。

 そして、甲冑姿かっちゅうすがたの一人の男が割って入る。


「御無事ですか? 同業者の皆様。そして、異世界警察の皆様」


 颯爽さっそうと現れたのは、輝く白銀の鎧に身を包んだ騎士だ。

 そう、冒険者証を見ずとも騎士だとわかった。教会の紋章が刻まれた盾と、ほのかに光る剣……攻防一体の装備に身を包んだ美丈夫イケメンは、サイクロプスの利き腕をバッサリと叩き斬って身をひるがえす。


「事情は知りませんが、御婦人ごふじんの危機とあらば!」


 いかにも紳士といった言動、そして表情……男は背にタュン先輩をかばう。

 だが、先輩はその直後、思い出したように手をたたく。

 そして、先程溶け消えた魔法の力が彼女に戻ってきた。


「そうそう、間違えていたよ。さて……今、私達は公務中だ。邪魔してくれるな、サイクロプス君」


 先程失敗したかに見えた呪文が、あっという間に稲光いなびかりを走らせる。

 強力な電撃に襲われたサイクロプスは、まるで骨が透けて見えると錯覚する程のダメージに絶叫した。そして、それが断末魔になる。黒焦くろこげになった巨体が沈むと、僕は冷たい汗にれながら安堵あんどする。

 そして、冒険者証を失効していた男も、露骨ろこつに胸をで下ろしていた。

 ただ、救援に駆けつけてくれた騎士だけが、笑顔でタュン先輩に向き直る。


「ありがとう、レディ。俺が割って入るまでもなかったようだな」

「ん、まあ……助かったことには礼を言おう。それと」

「それと?」

「冒険者証の提示を。私は異世界警察の特務捜査官、タュン・タプルンだ」


 今までのサボりっぷりはどこ吹く風、しれっとタュン先輩が手を出す。

 苦笑しつつ、騎士様は名乗りながらポーチから冒険者証を出した。


「俺は聖導騎士せいどうきしガルテン・ブラッベール。教会より祝福を受けし者だ」

「の、ようだな。しかし、武器は剣のようだが?」

「法の改正で、今は聖導騎士も皆が剣や槍を武器にしている。聖職者せいしょくしゃが刃物を持てないというのは、今の若い世代にも理解しがたいからね。俺に違法性はないはずだが?」

「……そのようだな、ガルテン枢機卿すうきけい

「まいったな、俺は肩書とは別に腕っ節だけで冒険してるつもりだが」


 タュン先輩の言葉で思い出した。

 このさわやかな男前はガルテン・ブラッベール……教会の枢機卿であり、最強の聖導騎士と名高い英雄だ。いわゆる転生勇者達が主力となって進められている魔王討伐の中で、唯一この世界で生まれ育った人間として参加している。

 知る人ぞ知る有名人、それがガルテンきょうだ。


「さて、俺に違法性はないな? 教会の人間だって、調理にはナイフを使うし、手紙が届けばハサミを使う。刃物は道具であって、道具に善悪はないからね」


 白い歯をこぼして、ガルテンは笑った。そして、足止めを食っていた三人が見守る中、タュン先輩と儀礼的ぎれいてきなやり取りを終える。

 これぞ騎士の中の騎士、神罰の代行者たる聖導騎士だ。

 彼は仲間も連れず一人で、階段を下へと降りてゆく。

 こういう仕事には全くやる気を見せないタュン先輩は、不思議とその背を見えなくなるまで見送っていた。

 その時は僕は、タュン先輩もイケメンには弱いんだなあ、なんて呑気のんきに考えていたのだった。

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