第5話「手のひらサイズのチートアイテム」

 今日も今日とて、僕は現場に来ている。

 現場百回なんて言葉がある通り、異世界警察いせかいけいさつ特務捜査官とくむそうさかんも基本は同じだ。

 今回の事件は、違法なアイテムの密売……その現場を押さえたところだ。この街の地元警察や自警団にも協力してもらって、ちょうど摘発てきはつを終えたばかりである。

 借りた地元の集会場は今、ずらりと並んだ違法アイテムが床を埋めていた。


「で……これ、何です? タュン先輩」

「ふむ、不勉強だね……ドッティ君」


 相変わらず外套がいとうをマントのように肩に引っ掛け、タュン・タプルン警部は己の両肘りょうひじを抱いて笑う。それ、ビキニアーマーからこぼれそうなお胸がギュッってなるんで、やめてもらえませんか……僕も健康で健全な男子としてですね。

 だが、タュン先輩は自分の美貌びぼうには無自覚なのだ。

 彼女は、並べられた密売品を手に取る。

 それは水晶で出来た、小さな板切れだ。


「これはだね、ドッティ君。だ」

「すまほ?」

「そう、スマートフォンの略で、スマホだよ。聞いたことはないかい?」

「……あっ! そ、それって、あの!」


 僕は思い出した。

 それは、もう半世紀程も前の伝説……とある転生勇者が魔王討伐の旅で、かなりいい線までいった話である。結局志半こころざしなかばにして死んだのか、それとも元の世界に帰っちゃったのか。今も魔王とその闇の軍勢は元気である。

 小さい頃に、そんな勇者の物語を本で読んだことがあった。

 その勇者の能力は、強力な禁術きんじゅつでもないし、卓越した剣技でもない。身体的に頑強でもなく、知恵者でもない。だが、スマホと呼ばれる魔法のアイテムで、あらゆる困難を克服こくふくしてゆくのだ。


「それが、スマホなんですかあ」

「そうだとも。正確には……スマホもどき」

「そういう形のものだったんですね。小さい頃に読んだ本では、青白い小人が閉じ込められた硝子がらすの小瓶でしたが」

「まあ、似たようなものだよ」


 タュン先輩はスマホの一つを手に、どこかなつかしそうな目をしている。ひょっとしたら過去に、他にもスマホを持っていた勇者がいるのだろう。一国の姫君として多くの勇者と交流を持った過去が、タュン先輩にはある。

 そうした王宮での暮らしは、彼女の中で思い出になって久しい。

 今、タュン先輩はどんな思いで異世界警察として働いているのだろうか。

 それは僕にはわからない。


「ええと、確か……ドッティ君、知っているか? 君が言うように、本物のスマホにも姿なき小人が入っている。だから、君の呼んだ本はあながち全てが虚構きょこうとも言い難い」

「へえ……じゃあ、これにも?」

「そう、スマホには全てと呼ばれる小人が入っているのさ。見えない賢人けんじんとして、スマホの持ち主を助けてくれるんだ。どれやってみようか?」


 フンと鼻を鳴らして、タュン先輩はそっと口にスマホを近付けた。

 しっとりつややかなくちびるが、静かに言の葉をつむぐ。


「オーケイ・グウグル。……ああ、これは小人を呼び出す呪文だよ」

「なるほど……あっ!」


 即座に、水晶の板切れは光り出した。

 そして、即座に透き通った声が返ってくる。


『何でしょうか、御主人様』

「今日の夜は、そうだな……この街に美味しい肉料理の店はあるかね?」


 そう言って、タュン先輩はこの街の名前を吹き込む。

 そんなどうでもいいことをと思ったが、流石さすがは勇者の叡智えいちたるスマホの小人だ。賢人グウグルは姿は魅せないのに、即座に答えを返してくる。


『三軒見つかりました』

「見たまえ、ドッティ君。ほら、店の名前が並んでいるだろう?」

「わっ、本当だ! あ、絵まで……これ、凄いですね。なんて精緻せいち絵画かいがなんだろう」

「写真、というらしい。見たままに真の姿を写す、ゆえに写真。ただし、生き物を移せば。そして、スマホにはその写真を写す機能もあるのだよ」

「何それ怖い! あ、じゃあ……」

「そう、あの伝説の勇者は恐らく、戦闘時は写真を撮って敵の魂を奪ったのだろうね」


 恐ろしい話だ。

 この手のひらサイズの板切れが、賢人グウグルを封じて使役しえきし、敵の魂さえも奪ってしまうという。それは確かに、この世界の秩序を乱す異世界の危険な文明に思えた。

 だが、タュン先輩は真面目な表情でスマホを見詰め続けている。


「ふむ……ドッティ君。ラム肉の店も美味しそうだが、こっちの店もなかなか……今夜はどうしようか迷うね。君は何か、希望があるかい?」

「タュン先輩! まずはお仕事でしょう! 押収品を検分中です!」

「おっと、そうだった」


 そうこうしていると、地元警察の担当刑事がやってきた。

 異世界警察の中でも、当然だが王都や首都に位置する中央と、各都市や村々の地元とでは温度差がある。そして、僕達のような場末の鼻つまみ者こと特務捜査官というのは、どちらからも歓迎されない。

 中央にあっては中央エリート達から煙たがられる。

 地域にあっては地域の叩き上げからうとまれる。

 まあ、しょうがない話だ。


「どうも、ええと……タュン・タプルン警部とドッティ・カントン巡査ですね? どうも、作った職人の自供を元に、密売品のことを色々と……あの、警部?」

「ああ、ありがとう。ところで……この三軒の店だと、どれが一番オススメだね?」

「あっ、えっと……と、とりあえず地元では、予算にもよりますが……ここの羊肉を使った炒め料理が人気、ですかねえ」


 何をやってるんですか、何を。

 相手もかなり困惑気味だが、タュン先輩はいつものマイペースだ。得意げに「だそうだ、ドッティ君。羊で決まりだな」と笑っている。

 何でそういう、格好いい笑みをこういう時に無駄遣むだづかいするんだろう。

 黙ってればミステリアスな美女なのに、本当に残念な人だ。

 だが、タュン先輩は次の瞬間には、若い警官の話をうながす。


「ええと、ドワーフの名工の手による細工でして……これは全部、希少な虹水晶にじすいしょうを加工したものだそうです。そして、中に精霊やら魔神やらを片っ端から違法に封入してますね」

「ほう? なるほど……虹水晶とは考えたものだな」


 虹水晶というのは、僕達の世界ではそこそこ希少な鉱物だ。その特性は、微弱ながらマナを発するという点である。我々が魔法や法術、召喚などを行う差には、必ず自分の生命力であるマナを使う。

 そのマナを、虹水晶は微量ながら放出し続けているのだ。

 そのため、術士の装飾品として人気があるのだ。


「つまり、召喚された者達を封じて、虹水晶から発するマナで維持しているのか。ふむ、考えたものだね? 本物のスマホというのも、もしかしたらそうなのかもしれん」

「それで、警部。封入されてる精霊達には呪いがかけられてまして」

「ああ、それでグウグルを演じさせられてる訳だな?」

「そういうことになります」


 報告を聞く間ずっと、タュン先輩はスマホをいじりまわしている。

 何だかちょっと、手慣れて見えた。


「ふむ、報告御苦労だったね。ありがとう。では、押収した品は全て中央で再調査の上、順次精霊や魔神の解放作業に入ろう。……で、そのドワーフの職人が流通も?」

「いえ、それはホビット達の行商が売り歩いていたようです。で……冒険者の中でも、一部の転生勇者にバカ売れだそうで」

「恐らく、有名な伝説のスマホ勇者と近い世界から来た者達だね。背後関係はそれで終わりかな? 大きな組織とかに繋がってる様子は」

「それはまだ、何とも……ただ」

「ただ?」


 若い警官は周囲を見渡してから、そっと小声で口元を近付けてきた。

 自然と僕も、タュン先輩にしがみつくように身を寄せる。

 今日もタュン先輩からは、整髪料か何かのいい香りがした。


「取引先のリストに、気になる名前が何個か……それが、ですね」

……異世界警察の関係者だろう? 違うかね」

「……その通りです、警部」


 僕は思わずまゆをしかめてしまった。

 これほどに便利なアイテムだ、誰だって欲しくなる。だが、その存在自体がこの世界の調和を乱しているのだ。

 転生勇者達が異世界と呼ぶ、僕達の世界。

 そこには、僕達から見て異世界の物は極力ない方がいい。

 魔王が暴れているのでどうしても、必要最低限の活用はいたしかたない。それは神の意志であり、祝福されて転生した勇者にもたらされた奇跡でもあるからだ。

 やれやれと肩を竦めて、タュン先輩は溜息を零す。


「中央も地方も変わらないな。我々は秩序の守り手のはずが、こうした異世界の違法品を欲しがるなど……さもしいとは思わんかね?」

「同感です、警部……いや、中央からくる特務捜査員と聞いて正直自分は……でも、警部のような方もいらっしゃるんですね」

「当然さ、私とドッティ君は常に正義と法、何より民のために働いている。故に、こうして閑職かんしょくに追いやられてもいるのさ。だが、それでもやることに変わりはない、そうだろ?」

「はい! あ、では小官は宿の手配がありますので!」


 感激した様子で、地元の警官は行ってしまった。

 それを見送り、タュン先輩は……そのまま、


「ちょ、ちょっと! タュン先輩! 何やってるんですか!」

「ん? ああ、まない」

「済まない、じゃないですよ! 言ったそばからこれだ、もう!」

「君の分も必要だな、ほら」

「いらないですよ!」


 タュン先輩は露骨ろこつにしらけた顔で、まるで子供のように頬をふくらます。ふくれて唇をとがらせたって駄目です、僕の目の黒いうちは。


「……何だ、試してみたかったんだがな」

「何をですか、何を」

「このスマホというアイテムは……離れたスマホ保持者同士で会話ができるのだよ。そういう機能を持ったアイテムに、グウグルだの写真だのがくっついたのがスマホだそうだ」

「それは……便利ですね! あ、いや、いけないっ! いけないですよ! さあ先輩! それを渡してください!」


 僕はタュン先輩が渋々差し出したスマホを、他の押収品と同じ場所に並べ直す。

 ちょっと興味はあったけど、先輩が選んでくれた僕のスマホも戻す。

 その夜、羊を食べながらタュン先輩はずっと、スマホに未練みれんたらたらなのだった。

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